アリエッタは死にました。最期まで愛しい緑の影を、イオンを想いながら死にました。
 だから、アリエッタは木漏れ日の中に愛しい少年の姿を見て、これは幻だろうかと小首を傾げた。瞼の裏に焼き付いたあの緑が虚像を結んだのだろうか、と。けれど、

「久しぶりだね、アリエッタ」

 そのソプラノは空気を揺らすものではなく、魂そのものに響く想念のようなもの。懐かしい少年の声。穏やかな深緑の瞳が嗤う。アリエッタの剥き身の魂が震えた。嗚呼。

「イオン様……!」

 アリエッタは湧き上がる衝動に任せて、少年に向けてまっすぐ両腕を伸ばして駆け寄ると、そのまま彼に抱き着いた。そして、目の前にある彼の細い肩に小動物のように擦り寄り顔を埋める。
 もう血肉の通っていないアストラルの存在になった二人の間には熱も温度も無い。それなのに、触れ合った部分からほんのりと温もりが広がっていくような錯覚に陥る。どこか曖昧で、二人の境目が溶けていくような不思議な感覚。これがきっと魂の触れ合いなのだろう。それでもイオンはイオンとして、アリエッタはアリエッタとして、未だ音譜帯に還ることなく、混じりあうこともなく、別個の存在としてここにある。薄皮のような一線を隔てたすぐ隣に大切なあの人がいる。それはアリエッタにとってかけがえのない幸福だった。
 それなのに、イオンは腕をだらりと垂らして人形のように押し黙っている。アリエッタは瑞々しい果実にも似た赤い瞳を揺らして、彼の顔を不安そうに見上げる。

「イオン様……?」
「アリエッタ、お前、僕と模造品の見分けもつかなかったんだね」

 アリエッタが目を溢れそうなほど見開くのと対照的に、イオンは目を細めた。アリエッタの綺麗な柘榴色の瞳。舐めたら甘いだろうか。酸っぱいだろうか。どちらにしてもきっと好ましい。こんな風に想っているだなんて、アリエッタには教えないけれど。イオンは責めるような口調で告げながら、内情を胸の内に隠して穏やかに微笑む。

「あ……あの……っ! イ、オン様……」

 アリエッタの薄い唇がわなわなと震えて、綺麗な瞳からついに涙が落ちた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、イオン様。アリエッタ……イオン様守れなくて、ごめんなさい……!」

 感情的な慟哭。それから嗚咽。イオンの口から、はぁ、と溜息が漏れる。

「お前は僕の愛玩動物なのに」
「アリエッタはイオン様の導師守護役。アリエッタのイオン様は、イオン様だけ。ごめんなさい」
「もういいよ。そもそも先に君を欺こうとしたのは僕の方だ」

 イオンは微笑みの表情を崩すことなく、されどもう一度嘆息した。

「はぁ……。だけど、文句のひとつも言いたくなるよね。アリエッタは僕の……僕だけの導師守護役だろう?」
「はい、イオン様……」
「それなのに主人とガラクタを間違えるなんて」
「……ごめんなさい」

 ごめんなさい、イオン様。ごめんなさい。壊れた音機関のように同じ台詞しか繰り返さなくなったアリエッタ。ぼろぼろと涙を溢して、イオンの肩に顔を擦り付けると温かい涙が白い布地に染み込んでいく。
 縋り付くアリエッタを、イオンは幼子をあやすより乱暴に、強く抱きしめた。少女の細い肩はそのままイオンの腕に収まる。少年は愛らしい桃色の頭を優しく撫でる。丸い頭蓋の形を確かめるようなそれは、まるで愛おしむような仕草だった。

「もう二度と僕とガラクタを間違えないように、僕のことを教えてあげなきゃいけないみたいだね、アリエッタ」
「はい。……イオン様、もう、どこにもいかないですよね……? アリエッタは、ずっとイオン様と一緒に居たいです……」
「……ああ、これからはずっと一緒だよ、アリエッタ。僕だけの導師守護役」

 二人は肉体という呪縛から解き放たれた。もう預言にも寿命にも、何ものにも縛られない。草葉の陰で、ずっと一緒。
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