不平等のその先に
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ふっ、と最後の呪霊の残骸が消えていく。
「帰るぞ」
伏黒の声が聞こえて、私は構えを解いた。視界に入った空は夜の訪れを告げている。想定よりも長い時間をかけてしまったようだ。集中していくつもの印を結んだ手は重く、上手く動かない。
それは伏黒も同じだった。いや、それ以上か。彼は珍しく肩で息をしている。玉犬を褒めるように撫でると、すぐに己の影へと溶かした。一度、大きく息を吐いたと思えば、何も言わずに先を歩いていく。ちょっと待って、なんて制止は聞かないだろう。私は急いで彼の後に続く。
「あのさ、伏黒」
隣に並べば、彼はちらりとこちらを見た。整っている顔には生々しい傷がついている。ところどころ制服が破けているのはそれだけ厳しい戦いをしていた証。見えないところでは打撲や捻挫もしているのではないか。
目立った外傷がない私より、明らかに酷い有様だった。そして、それは。
「私のこと庇わなくていーよ」
伏黒が私の前に出ることが多いから。今日の任務は大量発生した三級呪霊を祓うこと、それからその数が予想以上に多かったこともあって、動きが乱れた私を伏黒は的確にカバーしてくれた。
「役割的にそうなるだけだ。気にするな」
なんて事ないように言う伏黒に、ぐっと言葉が詰まる。
私の術式は印を結び、詠唱することで広範囲への火力が高い攻撃が可能となる。しかし、その分詠唱中は隙だらけ。弱点があるが故に、私と組む人は必然的に近接も出来る人になる。
今回、伏黒は蝦蟇を私の近くに待機させて隙を狙おうとする呪霊を祓わせ、彼自身は真希先輩から教わっている呪具を使っての近接戦闘と玉犬で応戦していた。
それは、まあ、うん。正直言うと、仕方ないかなと思う部分もある。いや、めちゃめちゃ嫌だけど。伏黒に限らず、私と組んでくれた人にはなるべく怪我をして欲しくない。でも、私の術式を承知で組んでくれてるということは、必要以上の怪我を負う覚悟をしてくれているのだとも思う。
だから、相手が怪我するのは嫌だと思うと同時に少しだけ嬉しさも感じる。だって、それは私が任務達成に必要な人材であると認めてくれていることでもあるから。
結局は割り切るしかないのだ。それはそれ、これはこれと。その点で言うと、伏黒の言うことはやはり一理あるし、言う通りなのだが。
生憎、私は別の所が気になってしまっていた。
「うん、ありがとう。.......でも、そうじゃなくて」
ゆっくりと腕を持ち上げ、伏黒の手を握る。彼はびくりと体を強ばらせた。
「おい」
「もっと自分のことも大事にしてよ」
制服をめくってみれば、案の定、手首が赤く腫れ上がっていた。ところどころ内出血している部分もある。思わず眉をひそめてしまった。
躊躇せずに、敵に向かう。呪術師であるために不可欠な要素だ。一瞬の迷いが命取りになることもあるから。でも、それは命を投げ出すことと同義ではない。
伏黒はどんな場面でも冷静な判断を下す。たとえ自分の死に繋がることでも、救える人がいるのなら行動に移すだろう。それが、悔しい。伏黒の命を大事に思ってる人は周りに沢山いるのに。私の我儘だけれど、自分の命を惜しいとほんの少しでも思ってもらいたい。そしたら、私はこれからも、きっと。
――貴方の隣で多くの時間を過ごせるのに。
「伏黒がぼろぼろになっていくのを見るの、嫌だな」
私はポーチから冷却シートを取り出して伏黒の手首に貼りつける。高専に帰ってすぐに硝子先生の治療を受けるとはいえ、早めに対処しておくことに越したことはない。伏黒に限らず、組んでくれた人へのせめてもの恩返しの為に救急箱代わりのポーチは常に携帯している。
大きな手に頬を撫でられたのは、私が包帯を巻くのに一生懸命になっている時だった。突然のことに頭が真っ白になって、その一瞬後に状況を飲み込んだ。反射的に後ろに下がろうとするも、肩を掴まれて阻まれる。
「ふ、伏黒?」
呼んでも彼は答えず、再び私の頬に手を這わせた。かさついた感触が擽ったくて、こちらを見る伏黒の視線が甘くて。私の知らない伏黒が目の前にいる。恥ずかしいのに、顔が熱いのに、どうしても彼から目を離すことが出来ない。
「何かあっ」
精一杯を振り絞って出した言葉は飲み込むしかなかった。耳元で、伏黒の低い声が聞こえたから。
「俺は、たかが呪霊にお前を傷物にされるのが嫌だ」
分かってくれ。
吐息と共に吐き出された言葉。その一つ一つが脳内に響いた。噛み砕いて、何回も反芻して、やっとのことで意味を理解する。
……そういうところだよ、伏黒。ずるいなぁ。
「包帯、ありがとう」
「うん」
さっきの気配はどこへいったのか、いつも通りの伏黒恵に戻った彼は、また先を歩いていく。今度は置いていかれないように私も隣に並んだ。煩い心臓の鼓動も、赤く染まっているであろう頬も、今は夜の深さに溶けて見えないだろうから。
もう少しだけこの嬉しさを味わっていてもいいかな、なんて。
「帰るぞ」
伏黒の声が聞こえて、私は構えを解いた。視界に入った空は夜の訪れを告げている。想定よりも長い時間をかけてしまったようだ。集中していくつもの印を結んだ手は重く、上手く動かない。
それは伏黒も同じだった。いや、それ以上か。彼は珍しく肩で息をしている。玉犬を褒めるように撫でると、すぐに己の影へと溶かした。一度、大きく息を吐いたと思えば、何も言わずに先を歩いていく。ちょっと待って、なんて制止は聞かないだろう。私は急いで彼の後に続く。
「あのさ、伏黒」
隣に並べば、彼はちらりとこちらを見た。整っている顔には生々しい傷がついている。ところどころ制服が破けているのはそれだけ厳しい戦いをしていた証。見えないところでは打撲や捻挫もしているのではないか。
目立った外傷がない私より、明らかに酷い有様だった。そして、それは。
「私のこと庇わなくていーよ」
伏黒が私の前に出ることが多いから。今日の任務は大量発生した三級呪霊を祓うこと、それからその数が予想以上に多かったこともあって、動きが乱れた私を伏黒は的確にカバーしてくれた。
「役割的にそうなるだけだ。気にするな」
なんて事ないように言う伏黒に、ぐっと言葉が詰まる。
私の術式は印を結び、詠唱することで広範囲への火力が高い攻撃が可能となる。しかし、その分詠唱中は隙だらけ。弱点があるが故に、私と組む人は必然的に近接も出来る人になる。
今回、伏黒は蝦蟇を私の近くに待機させて隙を狙おうとする呪霊を祓わせ、彼自身は真希先輩から教わっている呪具を使っての近接戦闘と玉犬で応戦していた。
それは、まあ、うん。正直言うと、仕方ないかなと思う部分もある。いや、めちゃめちゃ嫌だけど。伏黒に限らず、私と組んでくれた人にはなるべく怪我をして欲しくない。でも、私の術式を承知で組んでくれてるということは、必要以上の怪我を負う覚悟をしてくれているのだとも思う。
だから、相手が怪我するのは嫌だと思うと同時に少しだけ嬉しさも感じる。だって、それは私が任務達成に必要な人材であると認めてくれていることでもあるから。
結局は割り切るしかないのだ。それはそれ、これはこれと。その点で言うと、伏黒の言うことはやはり一理あるし、言う通りなのだが。
生憎、私は別の所が気になってしまっていた。
「うん、ありがとう。.......でも、そうじゃなくて」
ゆっくりと腕を持ち上げ、伏黒の手を握る。彼はびくりと体を強ばらせた。
「おい」
「もっと自分のことも大事にしてよ」
制服をめくってみれば、案の定、手首が赤く腫れ上がっていた。ところどころ内出血している部分もある。思わず眉をひそめてしまった。
躊躇せずに、敵に向かう。呪術師であるために不可欠な要素だ。一瞬の迷いが命取りになることもあるから。でも、それは命を投げ出すことと同義ではない。
伏黒はどんな場面でも冷静な判断を下す。たとえ自分の死に繋がることでも、救える人がいるのなら行動に移すだろう。それが、悔しい。伏黒の命を大事に思ってる人は周りに沢山いるのに。私の我儘だけれど、自分の命を惜しいとほんの少しでも思ってもらいたい。そしたら、私はこれからも、きっと。
――貴方の隣で多くの時間を過ごせるのに。
「伏黒がぼろぼろになっていくのを見るの、嫌だな」
私はポーチから冷却シートを取り出して伏黒の手首に貼りつける。高専に帰ってすぐに硝子先生の治療を受けるとはいえ、早めに対処しておくことに越したことはない。伏黒に限らず、組んでくれた人へのせめてもの恩返しの為に救急箱代わりのポーチは常に携帯している。
大きな手に頬を撫でられたのは、私が包帯を巻くのに一生懸命になっている時だった。突然のことに頭が真っ白になって、その一瞬後に状況を飲み込んだ。反射的に後ろに下がろうとするも、肩を掴まれて阻まれる。
「ふ、伏黒?」
呼んでも彼は答えず、再び私の頬に手を這わせた。かさついた感触が擽ったくて、こちらを見る伏黒の視線が甘くて。私の知らない伏黒が目の前にいる。恥ずかしいのに、顔が熱いのに、どうしても彼から目を離すことが出来ない。
「何かあっ」
精一杯を振り絞って出した言葉は飲み込むしかなかった。耳元で、伏黒の低い声が聞こえたから。
「俺は、たかが呪霊にお前を傷物にされるのが嫌だ」
分かってくれ。
吐息と共に吐き出された言葉。その一つ一つが脳内に響いた。噛み砕いて、何回も反芻して、やっとのことで意味を理解する。
……そういうところだよ、伏黒。ずるいなぁ。
「包帯、ありがとう」
「うん」
さっきの気配はどこへいったのか、いつも通りの伏黒恵に戻った彼は、また先を歩いていく。今度は置いていかれないように私も隣に並んだ。煩い心臓の鼓動も、赤く染まっているであろう頬も、今は夜の深さに溶けて見えないだろうから。
もう少しだけこの嬉しさを味わっていてもいいかな、なんて。
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