夏と困惑
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「働き者っすねー…」
まだまだ気温が上がりそうな、そんな朝。
ジュネスの屋上で誰よりもテキパキと動く白髪の青年に対し、巽は感心するように呟いた。
巽達がいるのはパラソルのあるテーブル。花村、クマは屋上の屋台、桜木は屋上と屋内を何度もダンボールを担いで往復していて、見ていて暑そうだ。
けれど桜木はケロリとしていて、汗は少しかいているものの花村たちほどではない。
それに風邪が治ってから、記憶が戻った後も変わらず花村達に接している。精神と身体の強さを測ったらどれ程の値になるのだろうかと考えていると、また山積みのダンボールを抱えて戻ってきた。
「ユキさん、大丈夫っすか?病み上がりなのに……」
「特に支障はないけど?」
花村の言葉にそう返し、彼は淡々とダンボール箱を開けて中のものを仕分ける。
「いや、でもほら……あ、そろそろ昼ですし何か食います?」
「食べる気力そんなにないからいい。そのダンボールもう空だから持って行くね」
すたすたと。潰したダンボール箱を手にまた屋内へと消えていく彼を、全員苦笑して見送った。
「……鳴上君。ユキさん、記憶戻る前より仕事中毒になってない?」
「いや……本人曰く、少し考えがスッキリしたから動きやすくなっただけ、らしいんだけど」
「それでも、ペルソナが持ってた記憶……えっと、戦いの記憶、だっけ。それと……」
「湊さんって人との記憶」
里中の言葉に、天城が付け足す。里中は「そうそう」と頷き、「それだけでしょ?返ってきたの」と再び尋ねた。
「ああ。鏡と、ぬいぐるみ。それぞれに記憶が保管されていたらしい」
「それだけで、あれだけ動けるようになる?だって戦いの記憶とかさ、今のユキさんとそんなに変わんないし……」
「まぁ、そうっすね」
「何がユキさんに引っかかってたのかは分からないし、仕方ないんじゃないかな。ハッターも、点数以上は教えてくれそうになかったもの」
ハッター。その名前を天城が言った瞬間、そのテーブルについていた全員の表情が曇る。
シャドウであって、シャドウではない。「帽子屋」というカタチを持った、桜木自身の今の姿。
「……また戦ったら、また点数分教えてくれるのかな」
ぽそり。久慈川が言うと、「それは無理クマ」と屋台からクマが戻ってきた。
「クマ!」
「ハッターは、今回イレギュラーでユキサンから離れただけクマ。それに、目的はただの暇つぶしとかじゃなくて……」
「俺達を、試していた」
鳴上が頷く。
「ハッターがスキル詠唱で尋ねた言葉。そして攻撃。恐らくあれら全てに意味があったんだと思う。……守りに必死で、ちゃんと考えられてなかったけど」
「あー、あの【あたたかいのとつめたいの〜】とかってやつか?俺も全然覚えてねーよ……」
「アタシ、ナビだったからずっと聞いてたけど……待って、今書き出してみる」
そういうと、久慈川は持ってきていた課題のノートの1ページを破り、少し唸りながらも書き始めた。
『記憶と命、大切なのはどっち?』
『皆から嫌われるもの、なーんだ?』
『欠けて戻らないティーカップ。入ってたのはなーんだ?』
『時計兎が忙しそうに時計を見ていたのはどうして?』
『帽子屋の時計がピタリと止まった、それは何故?』
『自分の命と友人の命、ほんとうに尊いのはどっち?』
『冷たいのと、暑いの、慣れるのが早かったのはどっち?』
『暗闇に閉じ込められたひとりぼっちの寂しい兎。助けてくれるのはだぁれ?』
「……アリスに関係ありそうなのもあるけど、そうじゃなさそうなのもあるね」
「ティーカップに時計が2つ……何か関係があるのか?」
「つか、最後の兎って何っすか?」
「2択のも多いよね?」
「……何見てるんだ?」
紙を見ながら皆で考え込んでいると、そんな涼しげな声が上から降ってくる。
「!あ、えっと、これは……」
「ユキさん!これ、ハッターが聞いてきたんですけど分かります?」
「ちょっ、りせちゃん!?」
慌てた天城の声をよそに、桜木は唇に指を当てながら見、そして口を開く。
「2択や誰何は、答えは人によって違うし正解はない。ティーカップの中身は、……ハッターなら【記憶】だろう。時計兎が時計を見ているのは頻繁に約束の時間を確認してたから。帽子屋の時計は、俺の時間が止まったってこと、記憶をなくしたからだと思う」
「へぇ。じゃあユキさんなら、これの答えはどうなりますか?」
「俺?」
「はい!」
「……最初のは分からない。嫌われるものは……人と違うもの、か?尊いのは……友人の方だろ。冷たい方が慣れるのが早かった。兎を助けるのは……兎を見つけた誰かだ」
ひとつ、ひとつ、言葉を確かめて、事実を、推測を答えにはめる。
冷たい指先が文字をなぞり、そして淡く青色に輝く瞳が鳴上達を捉えた。
カラーコンタクト。『なんとなく』ずっと同じものを使っているという、赤よりも馴染み深そうな色。安く薄く、医者に変えた方がいいと言われた色。
それは鳴上達を映す鏡で、受け入れる鏡で、あるがままを映そうとする鏡のようで。
「これが、ハッターの望む回答なのかは分からないけど……そもそも君達が君達らしい答えを出してるから、点数をくれたんじゃないかな」
「答え……14点……」
「戦う以前に避けるのに必死で……」
「……えーっと、どんまい?」
また沈んだ彼らに少し首を傾げながらそんな言葉をかけ、そして桜木は、鳴上に手のひらを出すように言った。
「?」
「これ、悠が持っていていいよ。というか、持っていてほしい」
「……持っていてって、これは……」
鏡だった。
木枠で囲われた、小さな、ハッターから譲り受けた鏡。念の為にと桜木に渡していた、飾りも何も無い鏡。
「それはまだ、大切なものか分からないんだ。ぬいぐるみとかは分かったんだけど。だから、分かるまで君が持っていてほしい」
「……」
首を、なんとか縦に振る。すると「ありがとう」と彼は目を細めて、また作業に戻ろうと離れかけた。
しかしそれを、久慈川が引き止める。
「あ、ユキさん!」
「何?」
「今日、夏祭りあるんですよ!一緒にどうですか?」
「あぁ、そんなのもあったなー……」
こくこくと頷いた巽に、桜木は少し時計を見て顔を上げた。
「……何時集合?」
「え?えーっと……6時とか?」
「分かった」
それだけ。
彼はさっさとダンボールを整理する作業に戻り、鳴上達は顔を見合わせる。
「……来るかな?」
「多分、来るとは思う」
「ユキサンは約束を守る人っスから、断らねえってことはくるっスよ」
「……だな」
「じゃあ、夏休みの宿題の続きやろうか」
「わー!先輩、折角忘れようとしてたのにー!」
久慈川の慌てた声に、全員が笑う。
出会った頃より伸びた髪を時々視界の隅に捉えながら、昼過ぎまでノートやワークを埋めることに専念した。
まだまだ気温が上がりそうな、そんな朝。
ジュネスの屋上で誰よりもテキパキと動く白髪の青年に対し、巽は感心するように呟いた。
巽達がいるのはパラソルのあるテーブル。花村、クマは屋上の屋台、桜木は屋上と屋内を何度もダンボールを担いで往復していて、見ていて暑そうだ。
けれど桜木はケロリとしていて、汗は少しかいているものの花村たちほどではない。
それに風邪が治ってから、記憶が戻った後も変わらず花村達に接している。精神と身体の強さを測ったらどれ程の値になるのだろうかと考えていると、また山積みのダンボールを抱えて戻ってきた。
「ユキさん、大丈夫っすか?病み上がりなのに……」
「特に支障はないけど?」
花村の言葉にそう返し、彼は淡々とダンボール箱を開けて中のものを仕分ける。
「いや、でもほら……あ、そろそろ昼ですし何か食います?」
「食べる気力そんなにないからいい。そのダンボールもう空だから持って行くね」
すたすたと。潰したダンボール箱を手にまた屋内へと消えていく彼を、全員苦笑して見送った。
「……鳴上君。ユキさん、記憶戻る前より仕事中毒になってない?」
「いや……本人曰く、少し考えがスッキリしたから動きやすくなっただけ、らしいんだけど」
「それでも、ペルソナが持ってた記憶……えっと、戦いの記憶、だっけ。それと……」
「湊さんって人との記憶」
里中の言葉に、天城が付け足す。里中は「そうそう」と頷き、「それだけでしょ?返ってきたの」と再び尋ねた。
「ああ。鏡と、ぬいぐるみ。それぞれに記憶が保管されていたらしい」
「それだけで、あれだけ動けるようになる?だって戦いの記憶とかさ、今のユキさんとそんなに変わんないし……」
「まぁ、そうっすね」
「何がユキさんに引っかかってたのかは分からないし、仕方ないんじゃないかな。ハッターも、点数以上は教えてくれそうになかったもの」
ハッター。その名前を天城が言った瞬間、そのテーブルについていた全員の表情が曇る。
シャドウであって、シャドウではない。「帽子屋」というカタチを持った、桜木自身の今の姿。
「……また戦ったら、また点数分教えてくれるのかな」
ぽそり。久慈川が言うと、「それは無理クマ」と屋台からクマが戻ってきた。
「クマ!」
「ハッターは、今回イレギュラーでユキサンから離れただけクマ。それに、目的はただの暇つぶしとかじゃなくて……」
「俺達を、試していた」
鳴上が頷く。
「ハッターがスキル詠唱で尋ねた言葉。そして攻撃。恐らくあれら全てに意味があったんだと思う。……守りに必死で、ちゃんと考えられてなかったけど」
「あー、あの【あたたかいのとつめたいの〜】とかってやつか?俺も全然覚えてねーよ……」
「アタシ、ナビだったからずっと聞いてたけど……待って、今書き出してみる」
そういうと、久慈川は持ってきていた課題のノートの1ページを破り、少し唸りながらも書き始めた。
『記憶と命、大切なのはどっち?』
『皆から嫌われるもの、なーんだ?』
『欠けて戻らないティーカップ。入ってたのはなーんだ?』
『時計兎が忙しそうに時計を見ていたのはどうして?』
『帽子屋の時計がピタリと止まった、それは何故?』
『自分の命と友人の命、ほんとうに尊いのはどっち?』
『冷たいのと、暑いの、慣れるのが早かったのはどっち?』
『暗闇に閉じ込められたひとりぼっちの寂しい兎。助けてくれるのはだぁれ?』
「……アリスに関係ありそうなのもあるけど、そうじゃなさそうなのもあるね」
「ティーカップに時計が2つ……何か関係があるのか?」
「つか、最後の兎って何っすか?」
「2択のも多いよね?」
「……何見てるんだ?」
紙を見ながら皆で考え込んでいると、そんな涼しげな声が上から降ってくる。
「!あ、えっと、これは……」
「ユキさん!これ、ハッターが聞いてきたんですけど分かります?」
「ちょっ、りせちゃん!?」
慌てた天城の声をよそに、桜木は唇に指を当てながら見、そして口を開く。
「2択や誰何は、答えは人によって違うし正解はない。ティーカップの中身は、……ハッターなら【記憶】だろう。時計兎が時計を見ているのは頻繁に約束の時間を確認してたから。帽子屋の時計は、俺の時間が止まったってこと、記憶をなくしたからだと思う」
「へぇ。じゃあユキさんなら、これの答えはどうなりますか?」
「俺?」
「はい!」
「……最初のは分からない。嫌われるものは……人と違うもの、か?尊いのは……友人の方だろ。冷たい方が慣れるのが早かった。兎を助けるのは……兎を見つけた誰かだ」
ひとつ、ひとつ、言葉を確かめて、事実を、推測を答えにはめる。
冷たい指先が文字をなぞり、そして淡く青色に輝く瞳が鳴上達を捉えた。
カラーコンタクト。『なんとなく』ずっと同じものを使っているという、赤よりも馴染み深そうな色。安く薄く、医者に変えた方がいいと言われた色。
それは鳴上達を映す鏡で、受け入れる鏡で、あるがままを映そうとする鏡のようで。
「これが、ハッターの望む回答なのかは分からないけど……そもそも君達が君達らしい答えを出してるから、点数をくれたんじゃないかな」
「答え……14点……」
「戦う以前に避けるのに必死で……」
「……えーっと、どんまい?」
また沈んだ彼らに少し首を傾げながらそんな言葉をかけ、そして桜木は、鳴上に手のひらを出すように言った。
「?」
「これ、悠が持っていていいよ。というか、持っていてほしい」
「……持っていてって、これは……」
鏡だった。
木枠で囲われた、小さな、ハッターから譲り受けた鏡。念の為にと桜木に渡していた、飾りも何も無い鏡。
「それはまだ、大切なものか分からないんだ。ぬいぐるみとかは分かったんだけど。だから、分かるまで君が持っていてほしい」
「……」
首を、なんとか縦に振る。すると「ありがとう」と彼は目を細めて、また作業に戻ろうと離れかけた。
しかしそれを、久慈川が引き止める。
「あ、ユキさん!」
「何?」
「今日、夏祭りあるんですよ!一緒にどうですか?」
「あぁ、そんなのもあったなー……」
こくこくと頷いた巽に、桜木は少し時計を見て顔を上げた。
「……何時集合?」
「え?えーっと……6時とか?」
「分かった」
それだけ。
彼はさっさとダンボールを整理する作業に戻り、鳴上達は顔を見合わせる。
「……来るかな?」
「多分、来るとは思う」
「ユキサンは約束を守る人っスから、断らねえってことはくるっスよ」
「……だな」
「じゃあ、夏休みの宿題の続きやろうか」
「わー!先輩、折角忘れようとしてたのにー!」
久慈川の慌てた声に、全員が笑う。
出会った頃より伸びた髪を時々視界の隅に捉えながら、昼過ぎまでノートやワークを埋めることに専念した。