三人共に家を出た後（菜々子が、鍵は花瓶の下に入れておくからと教えてくれた）、ユキは手にビニール袋を持って真っ直ぐに今朝連絡を入れた場所を訪れる。
チャイムを鳴らして暫くすると、優しそうな女の人が姿を現した。
「さっき、連絡をした者です。初めまして」
ユキは軽く礼をして、青色のコンタクトがズレてないか少し確認する。
女の人は彼の髪を見て、あら、と小さな声を発してから、こほんと咳払いをした。
「電話でも言ったけど……未成年の場合、連帯保証人がいたほうがいいわよ？」
「…別に、一年しか住む予定はないです」
ユキは肩を竦めて、パーカーの裏から札束をそのまま出し、そして彼女に押し付けるように渡す。
「敷金礼金、一年分の家賃、保険料……合わせて、これくらいであってますか？」
「え……」
「足りなければ、午後にはおろしてきます。……それとも、やっぱり連帯保証人はいるべきですか？」
親、死んでいていないんですけど。そう呟くと女の人は慌ててその札束の枚数と額を確認して、恐る恐る口を開いた。
「いいえ……家賃を前払いでいただけるなら……」
額も、合ってます、そう告げられ、ユキはそうですかと目を細める。
女性は一度家の中に戻り、そして小さな鍵二つと契約書を持って戻ってきた。
「じゃあ、鍵、渡すわね？そこに住んでた人、越したばかりで、まだ水道とかがそのまま使えるようになってるから……」
「ありがとうございます。あとこれ、つまらないものですけど」
彼は鍵を受け取り、手に持っていたビニール袋を差し出す。
それは今朝作っていた羊羹で、女性はパチクリと瞬きして受け取った。
「あら、美味しそうな羊羹……ありがとうね。さっきご連絡を頂いたときは、どんな子かと思ったけれど……
　その髪と目は、元からなのかしら？あ、いえね、とても綺麗な色をしているから」
「……ええ。少し、病気で」
「そう……それ、契約書とかだから、明日までに郵便受けに投函しておいてね」
コクリと頷き、そして「他にもしなければならない事があるので」と小さく断りを入れてからその女性と別れる。
（……これで、住まいは問題なし。次は……）
ユキは鍵をポケットに入れ、今度はまた別の方向へ迷いなく進む。
この場所で募集されているバイト一覧。それが書かれた掲示板の前に立つと、一つ一つ内容を確認した。
「バイト、バイト……ジュネス？」
掲示板の一番隅に、『ジュネス、パート、アルバイト、随時募集中』と書かれた小さなポスターが目に付く。
一先ずコレを午前中の分にしよう。彼は内容を覚えて、また掲示板の中央に目を向けた。
「あと、早朝の分……午後は、一応空けておこう」
そう考えると、新聞配達のバイトがいいかな。彼は一通り覚え、そして近くにあった公衆電話を利用して連絡を取った。
「あ、もしもし、桜木と申します……」
ジュネスも新聞配達も人が足りていなかったのか二つ返事でOKされ、ユキは少し目を丸くする。
他にも入れてみたいとは思ったが、あまり急に入れすぎると身体が壊れそうだと諦めた。
「これでいいかな。……あ、あと履歴書買ってこないと……」
手ぶらで明日から来ていいとは言われたが、一応体裁は取るべきだろう。
「……家具や携帯と一緒に買っておくか」
彼は電話ボックスから出て、水色の傘を手にまた歩き出した。