赤の城
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その声に一番早く反応したのは、雪子を連れてきた青年だった。
彼は駆け出し、そして迷う事なく桔梗の間と書かれたプレートの扉を開く。
「…………」
「も、もう死にたいんだ、死なせてくれ……!!」
そこには、配膳されたナイフを首に向けた男が奥にのけぞりながら座っていて。
青年は息を吐いてから、「すみませんが」と声をかける。
「本当に死にたいのなら、なんでその手は震えてるんですか?」
「え……」
「それに、死にたいと本当に思ってたら、”死なせてくれ”なんて言えないんですよ?
人は、死にたいときには周りなんて省みませんから」
青年は近づいて、男の手に握られたナイフをグッと自分の首に向けさせた。
「体の中、鳩尾の辺りに、何か黒くずしんと重いものがたまっていく。
心が文字通り海に沈みこむようで、ただ死ぬ事以外考えられなくなっていく。それが、死にたいという気持ちです」
淡々とした声。しかしそれは、確かな意思を持って男に、追いかけてきた仲居たちの耳に響く。
「……」
「……話を、聞かせてもらえますか?」
そう続けると、男は静かにナイフを持っていた力をだらんと抜き、口を開いた。
自分は、戦争を生き延びた人間だと。
一人土豪で生き残り、残りの友人は皆死んでしまったのだと。
彼等から責め立てられる夢に、もう耐え切れないのだと。
それを聞いた青年は、彼の手を取って言う。
「それは、きっと怒られますよ?」
「……やっぱり、そうなのか?」
「いいえ。生きるほうでなく、死んだら。
”なんでお前は、楽しい土産話の一つもないんだ”って。
”お前が結局自殺しちまうほどつまんねえ世の中の話なんて、面白いわけない”って」
その言葉に、男は目を見開き顔を上げた。
「時間は沢山あります。その中で精一杯生きて、楽しんで、笑って。
それで、全部終わったらその人たちに言えば良いんです。
”世の中はこんなに楽しかったぞ。今度はお前らも、一緒に生きよう”って」
それが、貴方が彼等に一番言いたかったことではないんですか?
青年はそういいながら、男に何かを手渡す。
「!!……これ、は……」
それは、昔の玩具のような、そんなボロくさい紋章。
「来る途中の廊下で拾いました。大切なものなんでしょう?」
そう訊ねると、男は泣きそうな顔で頷きぎゅっとそれを皺の刻まれた両手で握り締めた。
「…そう、だな……ワシは、またあいつ等と……」
「……」
もう死ぬ気はなさそうだな。青年がそう判断して部屋から出ると、仲居たちが申し訳無さそうに頭を下げる。
「あの、何とお礼を言ったら……」
「…気にしないでください。俺も、部外者の癖にでしゃばりました」
青年は頭を掻いて、そしてふうと息を吐いた。
「お嬢さんのことで、疑われても仕方が無いと思っていますし、二度と彼女と関わるなというのでしたら関わりません。
……では、失礼します」
規則正しく頭を下げ、スタスタと玄関口へ向かっていく。
すると「ユキさん!」と雪子が奥から現れ、肩にかけられたフードを返そうとした。
「いいよ、別に今返さなくて」
「え……」
「疲れと雨のせいで、寒気、止まってないでしょ。
落ち着くまでそれ着てていい。要らなくなったら捨てておいて」
何か言い返す隙も与えず、「ちゃんと寝て、里中さん達を安心させなよ」と言って彼は去る。
既に土砂降りとなった雨の中、赤い目を見られないよう俯いて。
「……私より、雪みたい」
「え?」
「あの人、どんどん溶けてっちゃうの。こっちがなんて思ってようとお構いなしに、優しさだけを降らせて、見返りもなく溶けて。
……ずるいなあ」
雪子の独り言のような声に、仲居たちは戸惑い顔を見合わせる。
やがて雪子が小さく咳をし、慌ててまた奥へと戻っていった。
「ユキおにいちゃん、またびしょぬれ!」
「服貸すんで、またシャワー浴びてってください」
「……別に、風邪引かないから…」
「だめ!」
「……わかったよ」
彼は駆け出し、そして迷う事なく桔梗の間と書かれたプレートの扉を開く。
「…………」
「も、もう死にたいんだ、死なせてくれ……!!」
そこには、配膳されたナイフを首に向けた男が奥にのけぞりながら座っていて。
青年は息を吐いてから、「すみませんが」と声をかける。
「本当に死にたいのなら、なんでその手は震えてるんですか?」
「え……」
「それに、死にたいと本当に思ってたら、”死なせてくれ”なんて言えないんですよ?
人は、死にたいときには周りなんて省みませんから」
青年は近づいて、男の手に握られたナイフをグッと自分の首に向けさせた。
「体の中、鳩尾の辺りに、何か黒くずしんと重いものがたまっていく。
心が文字通り海に沈みこむようで、ただ死ぬ事以外考えられなくなっていく。それが、死にたいという気持ちです」
淡々とした声。しかしそれは、確かな意思を持って男に、追いかけてきた仲居たちの耳に響く。
「……」
「……話を、聞かせてもらえますか?」
そう続けると、男は静かにナイフを持っていた力をだらんと抜き、口を開いた。
自分は、戦争を生き延びた人間だと。
一人土豪で生き残り、残りの友人は皆死んでしまったのだと。
彼等から責め立てられる夢に、もう耐え切れないのだと。
それを聞いた青年は、彼の手を取って言う。
「それは、きっと怒られますよ?」
「……やっぱり、そうなのか?」
「いいえ。生きるほうでなく、死んだら。
”なんでお前は、楽しい土産話の一つもないんだ”って。
”お前が結局自殺しちまうほどつまんねえ世の中の話なんて、面白いわけない”って」
その言葉に、男は目を見開き顔を上げた。
「時間は沢山あります。その中で精一杯生きて、楽しんで、笑って。
それで、全部終わったらその人たちに言えば良いんです。
”世の中はこんなに楽しかったぞ。今度はお前らも、一緒に生きよう”って」
それが、貴方が彼等に一番言いたかったことではないんですか?
青年はそういいながら、男に何かを手渡す。
「!!……これ、は……」
それは、昔の玩具のような、そんなボロくさい紋章。
「来る途中の廊下で拾いました。大切なものなんでしょう?」
そう訊ねると、男は泣きそうな顔で頷きぎゅっとそれを皺の刻まれた両手で握り締めた。
「…そう、だな……ワシは、またあいつ等と……」
「……」
もう死ぬ気はなさそうだな。青年がそう判断して部屋から出ると、仲居たちが申し訳無さそうに頭を下げる。
「あの、何とお礼を言ったら……」
「…気にしないでください。俺も、部外者の癖にでしゃばりました」
青年は頭を掻いて、そしてふうと息を吐いた。
「お嬢さんのことで、疑われても仕方が無いと思っていますし、二度と彼女と関わるなというのでしたら関わりません。
……では、失礼します」
規則正しく頭を下げ、スタスタと玄関口へ向かっていく。
すると「ユキさん!」と雪子が奥から現れ、肩にかけられたフードを返そうとした。
「いいよ、別に今返さなくて」
「え……」
「疲れと雨のせいで、寒気、止まってないでしょ。
落ち着くまでそれ着てていい。要らなくなったら捨てておいて」
何か言い返す隙も与えず、「ちゃんと寝て、里中さん達を安心させなよ」と言って彼は去る。
既に土砂降りとなった雨の中、赤い目を見られないよう俯いて。
「……私より、雪みたい」
「え?」
「あの人、どんどん溶けてっちゃうの。こっちがなんて思ってようとお構いなしに、優しさだけを降らせて、見返りもなく溶けて。
……ずるいなあ」
雪子の独り言のような声に、仲居たちは戸惑い顔を見合わせる。
やがて雪子が小さく咳をし、慌ててまた奥へと戻っていった。
「ユキおにいちゃん、またびしょぬれ!」
「服貸すんで、またシャワー浴びてってください」
「……別に、風邪引かないから…」
「だめ!」
「……わかったよ」