悪い夢
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その頃。
遼太郎は、病院の一室のドアの前に立っていた。
緊張した面持ちでノックすると「どうぞ」と優しく低い声が中から聞こえ、遼太郎はゆっくりとドアを開いた。
背丈は遼太郎と同じくらいだろうか。白衣の袖を数回捲っていたその男はカルテから目を離すと、「お座りください」と微笑む。
「ええと……堂島さん、でしたよね?桜木ユキ君の事について知りたいと」
「ああ…」
「どうしてか、聞いてもいいでしょうか?」
あくまで、任意ですけど。
医者のそんな問いかけに、遼太郎は少し悩んでから口を開いた。
「……その、俺にも、娘がいるんです」
「そうなんですか?」
「はい。……娘がまだ幼稚園児だった頃、妻が事故で先立っちまいまして……」
どう話せばいいのだろう。
そうしどろもどろになりながら、言葉を紡ぐ。
「娘も、勿論俺も、ひどく悲しみましてね、今もまだ、少しぎくしゃくしとるんです。
だけど、あいつは……」
「あまり、親が亡くなった子だとは思えない?」
医者がそう尋ねれば、遼太郎は苦々しく頷いた。
「……あそこまで何考えてんのか分かんないガキは、初めてみたんです。
突き放してるみてえで、そうじゃない。何も考えてないようで、突拍子もない考えがポンと出る」
「そうですね。多くの人は、彼をそう判断するでしょう」
医者は笑顔のまま、首肯する。
そして「あまり、患者のプライバシーは口外してはいけないんですけど。あなたが保護者のような役割なのでしたらいいでしょう」と付け足しながら、椅子に深く座りなおした。
「……彼と初めて会ったのは、彼が事故に遭って暫くしてからです。
丁度私が彼の担当に決まった時、真っ赤な目の彼に会いました」
「……」
「一言で言うと、人形のような状態でした。
感情は既に無く、身体には数箇所包帯が巻かれ、ただただ青い空を見上げていたんです。」
こんにちは。そう声をかけると、ゆっくりと振り返って小さく、こんにちは、と返ってきました。
今日は警察の人がお話を聞きにくるんだけど、大丈夫?と聞くと、小さく頷いて。
警察の人が、あの時どういう状況だったか、覚えてるかな?とか、色々聞いていましたが、彼はあまり覚えてない、お母さんに外に出るよう言われて、窓から出たら、もうぶつかっていた、とだけ答えました。
他には何も答えない彼に困った顔をしながら警察が帰っていくと、彼はポツリと、信じてもらえないから、と呟いたんです。
何を信じてもらえないの?そう聞くと、おいしゃさんも信じられないと思うよ、と返事が返ってくるだけで、話そうとはしません。
その日はそれで終わりました。
後から彼に聞いて分かったその日の事は、本当に突拍子もなくて、でもそれ以上に、……彼が嘘をつかないのを知っていましたから、信じました。
彼は嘘をつくのが苦手なんじゃなくて、嘘をつく必要が無いからつかないんです。
冗談はたまに言いますけど、すぐにこちらが冗談と分かるようなものですし。
彼は優しく、そして誰よりも、否定される苦しみを理解している子でしたから、誰かを拒絶する事なく、また、どんな話でもずっと相手が満足するまで聞いてあげているのを病院で何回もみた事があります。
病院の交流スペースの隅で、ご老人の、子供の、最愛の人を失った若者の、あるいは疲れてしまった看護師の言葉を、ただただずっと聴いて、「おつかれさまです」と一言、手を取りながら言う。それだけで、病院にいたどれだけの人が救われたかは分かりません。
彼の言葉は軽くないのです。
しんしんと海に沈む雪のように、染み込むような言葉なんです。
それは俺には真似できませんし、多分事故に遭う前から彼の持っていた、自然と身についたものだったのでしょう。
それに加え、彼は自分の事も含めて、俯瞰する事に長けていました。
暗所恐怖症の症状ため、最初は拘束具をつけて、暴れないようにしてほしいと頼んできたのも彼自身でした。
学校に復帰するための診断書を頼んできたのも、彼でした。
遺族としての、遺産受け取りなどは、近所に住んでいたという父親の友人と、その人の知り合いの弁護士、そして俺と彼で進められました。
弁護士がひとつひとつの項目を分かりやすく説明し、それに俺が補足を加え、彼が答える。その繰り返しです。
親戚からも勘当されていた両親の遺産は彼が全て引き継ぎ、そして彼は友人の方に手伝いやバイトをする代わりに高校までちゃんと行く、という約束をしました。
最初は、学校をやめてずっと働く、親が彼等自身の為に稼いできたお金を使いたくない、と少し駄々をこねていましたけどね。
それでも、それだけ頭が回っていても、彼の病気は原因不明で、癒える事がありません。
寧ろ、年々少しずつ悪化していました。
中学二年生のときなんか、目をふさがれたか何かでパニックを起こしてしまったみたいですし。
……まあそれも、上級生に強姦されかけていた途中のことだったようでして。ユキ君には言わなくていいと言われましたが、一応気をつけてあげてくださいという意味も込めてお伝えしておきます。(遼太郎が怪訝そうな顔をすると、医者は短く、彼は、自分が性犯罪にあったとか丸っきり思ってないし、そもそも性教育が心配なくらいされてないんですと苦笑した)
彼がいなくなる、丁度一年くらい前から、少しだけ状況が変わりました。
彼の病気は悪化を辿りましたが、それに反して、彼がたまに楽しそうな声を出すようになったんです。
それは、本当にずっと彼と話していないと分からないくらい、些細なものだったんですけど。
有里君、という子と初めて仲良くなったそうです。
―初めて、ですよ。高校二年生で、初めて同い年の友達が出来たって、そう言ってきたんです。
転校生で、道に迷っていたのを何回か助けたら、仲良くなって、勉強を教えたりとかしたって。
バイトもシフトが一緒だから、よくくだらない話をするんだって。
……なんて遅かったんだろうって、思います。
彼の口から出てくる人物は段々と増えて、ある日俺は思わず、修学旅行に参加してみたい?と聞きました。
今まで、暗所恐怖症が治りきってなかったのと、費用がかかるとで行こうとしなかったから。
彼は少し悩んで、行きたい、と、そう答えてくれました。
恐怖症は、それまでになんとか安定させるから、行きたいと。
お金も沢山あるから、先生に頼んでみると。
俺はそのための診断書を書いて、そして彼を、修学旅行に送りました。
結果、彼はお土産と向こうで撮った写真を手に、綺麗だった、と、そう感想をくれました。
写真には、彼の友達と撮ったものが、沢山あって。
―これなら、治るのかもしれない。
―彼等に託したら、もしくは……
そう思いました。そう思えるくらいに、嬉しそうだったんです。
……でも、1月31日を境に、彼は姿を消しました。
消した、という言葉がこれほど合う状況に、あった事がありません。
………殆どの人が、彼の友達さえ、彼の存在を記憶していませんでした。
片端から訊ねましたが、結局覚えていたのは、交番の常駐さん、友人の方、彼の通っていた学校で保健医をなさっていた先生、……それだけ、だったんです。
捜索届を出そうにも、あまりにも周りが覚えていなくて……結局、何か報告があったら連絡を入れる、と、交番の方がおっしゃってくれました。
どうして消えたのか、俺には分かりませんでした。
確かに、要因と見られるものは彼の周囲に散らばっていましたけれど……それで彼が、姿を消すような事はしないと知っていたから。
三月の、丁度卒業式だったという日に、有里君が俺の元に訪れました。
ユキはどこですか、ここに、いませんか、と、息を切らせて、泣きそうな顔で訊ねてきたんです。
俺が首を横に振ると、彼はくずおれて、僕のせいだ、と呟いたんです。
僕が、彼を守れなかった。約束を叶えたいといった彼を、止められなかったって。
彼を落ち着かせて話を聞くと、ユキ君は10年前に、世界と約束をしたそうです。
―そう、ちょうど事故の日。彼が話していた内容とも一致します。
彼は、自分が強くなって世界を守るから、滅ぼさないでくれと約束をした。
そしてそのために腕を磨き、その約束を叶えたのが、1月31日だったんだと。
……突拍子もない話でしょう?でも桐条グループのデータにはそれが残っていますし、実際あったことは事実なんです。
彼はずっと蔑まれながら、裏側でただただ戦っていたんです。
一人で強敵にも立ち向かえるように。もう叶えられない願いの為に、ずっと。
「気づけなかったんですよ、俺。情けなくて、思わず壁を殴って院長に怒られちゃいました」
たははと笑って締めくくった医者はしかし、顔をくしゃりと歪めて今にも泣き出しそうだった。
遼太郎は「そう、ですか」と呟き、小さく首を振る。
―突拍子もなさすぎて、信じられない。
それが一番だった。けれど、この医者が、そしてあの少年がここまでの状況で嘘をつくほうが信じられなかった。
「……あの、叶えられない願いって……」
「…………”家族でずっと暮らしたい”」
医者はゆっくりとした口調で返す。
「滅亡なんてせずに、ただ自分を受け入れてくれる家族と、自分を愛してくれる家族とずっと過ごしたかった……それだけだったそうです。
世界を救いたいとか、そういう願いじゃないところが彼らしいんですけど」
「……」
「願うより前に、両親は衝突事故で即死されていました。でもそれに気づかなかった彼はそう約束し、そして……約束をした直後その両親から出てきた”シャドウ”を、自ら倒してしまったんです」
”シャドウ”。
人の弱い欲望から出来た、”人格の裏”の化け物。
彼はそれを見て、変わり果てた両親を見て、……おそらくその時のショックで、感情を失ったのだ。
「……彼はとても頭のいい子です。それに、誰よりも優しい子です。
ただそれが表情として出ないだけで、苦しめないだけで。……彼も、しっかりとした人間なんです」
どうか、その事を忘れないでください。
医者がそういうと、遼太郎はしっかりと頷いた。
遼太郎は、病院の一室のドアの前に立っていた。
緊張した面持ちでノックすると「どうぞ」と優しく低い声が中から聞こえ、遼太郎はゆっくりとドアを開いた。
背丈は遼太郎と同じくらいだろうか。白衣の袖を数回捲っていたその男はカルテから目を離すと、「お座りください」と微笑む。
「ええと……堂島さん、でしたよね?桜木ユキ君の事について知りたいと」
「ああ…」
「どうしてか、聞いてもいいでしょうか?」
あくまで、任意ですけど。
医者のそんな問いかけに、遼太郎は少し悩んでから口を開いた。
「……その、俺にも、娘がいるんです」
「そうなんですか?」
「はい。……娘がまだ幼稚園児だった頃、妻が事故で先立っちまいまして……」
どう話せばいいのだろう。
そうしどろもどろになりながら、言葉を紡ぐ。
「娘も、勿論俺も、ひどく悲しみましてね、今もまだ、少しぎくしゃくしとるんです。
だけど、あいつは……」
「あまり、親が亡くなった子だとは思えない?」
医者がそう尋ねれば、遼太郎は苦々しく頷いた。
「……あそこまで何考えてんのか分かんないガキは、初めてみたんです。
突き放してるみてえで、そうじゃない。何も考えてないようで、突拍子もない考えがポンと出る」
「そうですね。多くの人は、彼をそう判断するでしょう」
医者は笑顔のまま、首肯する。
そして「あまり、患者のプライバシーは口外してはいけないんですけど。あなたが保護者のような役割なのでしたらいいでしょう」と付け足しながら、椅子に深く座りなおした。
「……彼と初めて会ったのは、彼が事故に遭って暫くしてからです。
丁度私が彼の担当に決まった時、真っ赤な目の彼に会いました」
「……」
「一言で言うと、人形のような状態でした。
感情は既に無く、身体には数箇所包帯が巻かれ、ただただ青い空を見上げていたんです。」
こんにちは。そう声をかけると、ゆっくりと振り返って小さく、こんにちは、と返ってきました。
今日は警察の人がお話を聞きにくるんだけど、大丈夫?と聞くと、小さく頷いて。
警察の人が、あの時どういう状況だったか、覚えてるかな?とか、色々聞いていましたが、彼はあまり覚えてない、お母さんに外に出るよう言われて、窓から出たら、もうぶつかっていた、とだけ答えました。
他には何も答えない彼に困った顔をしながら警察が帰っていくと、彼はポツリと、信じてもらえないから、と呟いたんです。
何を信じてもらえないの?そう聞くと、おいしゃさんも信じられないと思うよ、と返事が返ってくるだけで、話そうとはしません。
その日はそれで終わりました。
後から彼に聞いて分かったその日の事は、本当に突拍子もなくて、でもそれ以上に、……彼が嘘をつかないのを知っていましたから、信じました。
彼は嘘をつくのが苦手なんじゃなくて、嘘をつく必要が無いからつかないんです。
冗談はたまに言いますけど、すぐにこちらが冗談と分かるようなものですし。
彼は優しく、そして誰よりも、否定される苦しみを理解している子でしたから、誰かを拒絶する事なく、また、どんな話でもずっと相手が満足するまで聞いてあげているのを病院で何回もみた事があります。
病院の交流スペースの隅で、ご老人の、子供の、最愛の人を失った若者の、あるいは疲れてしまった看護師の言葉を、ただただずっと聴いて、「おつかれさまです」と一言、手を取りながら言う。それだけで、病院にいたどれだけの人が救われたかは分かりません。
彼の言葉は軽くないのです。
しんしんと海に沈む雪のように、染み込むような言葉なんです。
それは俺には真似できませんし、多分事故に遭う前から彼の持っていた、自然と身についたものだったのでしょう。
それに加え、彼は自分の事も含めて、俯瞰する事に長けていました。
暗所恐怖症の症状ため、最初は拘束具をつけて、暴れないようにしてほしいと頼んできたのも彼自身でした。
学校に復帰するための診断書を頼んできたのも、彼でした。
遺族としての、遺産受け取りなどは、近所に住んでいたという父親の友人と、その人の知り合いの弁護士、そして俺と彼で進められました。
弁護士がひとつひとつの項目を分かりやすく説明し、それに俺が補足を加え、彼が答える。その繰り返しです。
親戚からも勘当されていた両親の遺産は彼が全て引き継ぎ、そして彼は友人の方に手伝いやバイトをする代わりに高校までちゃんと行く、という約束をしました。
最初は、学校をやめてずっと働く、親が彼等自身の為に稼いできたお金を使いたくない、と少し駄々をこねていましたけどね。
それでも、それだけ頭が回っていても、彼の病気は原因不明で、癒える事がありません。
寧ろ、年々少しずつ悪化していました。
中学二年生のときなんか、目をふさがれたか何かでパニックを起こしてしまったみたいですし。
……まあそれも、上級生に強姦されかけていた途中のことだったようでして。ユキ君には言わなくていいと言われましたが、一応気をつけてあげてくださいという意味も込めてお伝えしておきます。(遼太郎が怪訝そうな顔をすると、医者は短く、彼は、自分が性犯罪にあったとか丸っきり思ってないし、そもそも性教育が心配なくらいされてないんですと苦笑した)
彼がいなくなる、丁度一年くらい前から、少しだけ状況が変わりました。
彼の病気は悪化を辿りましたが、それに反して、彼がたまに楽しそうな声を出すようになったんです。
それは、本当にずっと彼と話していないと分からないくらい、些細なものだったんですけど。
有里君、という子と初めて仲良くなったそうです。
―初めて、ですよ。高校二年生で、初めて同い年の友達が出来たって、そう言ってきたんです。
転校生で、道に迷っていたのを何回か助けたら、仲良くなって、勉強を教えたりとかしたって。
バイトもシフトが一緒だから、よくくだらない話をするんだって。
……なんて遅かったんだろうって、思います。
彼の口から出てくる人物は段々と増えて、ある日俺は思わず、修学旅行に参加してみたい?と聞きました。
今まで、暗所恐怖症が治りきってなかったのと、費用がかかるとで行こうとしなかったから。
彼は少し悩んで、行きたい、と、そう答えてくれました。
恐怖症は、それまでになんとか安定させるから、行きたいと。
お金も沢山あるから、先生に頼んでみると。
俺はそのための診断書を書いて、そして彼を、修学旅行に送りました。
結果、彼はお土産と向こうで撮った写真を手に、綺麗だった、と、そう感想をくれました。
写真には、彼の友達と撮ったものが、沢山あって。
―これなら、治るのかもしれない。
―彼等に託したら、もしくは……
そう思いました。そう思えるくらいに、嬉しそうだったんです。
……でも、1月31日を境に、彼は姿を消しました。
消した、という言葉がこれほど合う状況に、あった事がありません。
………殆どの人が、彼の友達さえ、彼の存在を記憶していませんでした。
片端から訊ねましたが、結局覚えていたのは、交番の常駐さん、友人の方、彼の通っていた学校で保健医をなさっていた先生、……それだけ、だったんです。
捜索届を出そうにも、あまりにも周りが覚えていなくて……結局、何か報告があったら連絡を入れる、と、交番の方がおっしゃってくれました。
どうして消えたのか、俺には分かりませんでした。
確かに、要因と見られるものは彼の周囲に散らばっていましたけれど……それで彼が、姿を消すような事はしないと知っていたから。
三月の、丁度卒業式だったという日に、有里君が俺の元に訪れました。
ユキはどこですか、ここに、いませんか、と、息を切らせて、泣きそうな顔で訊ねてきたんです。
俺が首を横に振ると、彼はくずおれて、僕のせいだ、と呟いたんです。
僕が、彼を守れなかった。約束を叶えたいといった彼を、止められなかったって。
彼を落ち着かせて話を聞くと、ユキ君は10年前に、世界と約束をしたそうです。
―そう、ちょうど事故の日。彼が話していた内容とも一致します。
彼は、自分が強くなって世界を守るから、滅ぼさないでくれと約束をした。
そしてそのために腕を磨き、その約束を叶えたのが、1月31日だったんだと。
……突拍子もない話でしょう?でも桐条グループのデータにはそれが残っていますし、実際あったことは事実なんです。
彼はずっと蔑まれながら、裏側でただただ戦っていたんです。
一人で強敵にも立ち向かえるように。もう叶えられない願いの為に、ずっと。
「気づけなかったんですよ、俺。情けなくて、思わず壁を殴って院長に怒られちゃいました」
たははと笑って締めくくった医者はしかし、顔をくしゃりと歪めて今にも泣き出しそうだった。
遼太郎は「そう、ですか」と呟き、小さく首を振る。
―突拍子もなさすぎて、信じられない。
それが一番だった。けれど、この医者が、そしてあの少年がここまでの状況で嘘をつくほうが信じられなかった。
「……あの、叶えられない願いって……」
「…………”家族でずっと暮らしたい”」
医者はゆっくりとした口調で返す。
「滅亡なんてせずに、ただ自分を受け入れてくれる家族と、自分を愛してくれる家族とずっと過ごしたかった……それだけだったそうです。
世界を救いたいとか、そういう願いじゃないところが彼らしいんですけど」
「……」
「願うより前に、両親は衝突事故で即死されていました。でもそれに気づかなかった彼はそう約束し、そして……約束をした直後その両親から出てきた”シャドウ”を、自ら倒してしまったんです」
”シャドウ”。
人の弱い欲望から出来た、”人格の裏”の化け物。
彼はそれを見て、変わり果てた両親を見て、……おそらくその時のショックで、感情を失ったのだ。
「……彼はとても頭のいい子です。それに、誰よりも優しい子です。
ただそれが表情として出ないだけで、苦しめないだけで。……彼も、しっかりとした人間なんです」
どうか、その事を忘れないでください。
医者がそういうと、遼太郎はしっかりと頷いた。