悪い夢
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「……ただいま、です」
「おかえり」
悠が家に帰ると、彼は変わらない様子で夕飯の準備をしていた。
遼太郎さんも悠も夕飯を作る気がないのだと早々に理解した彼は、菜々子の面倒を見がてら夕飯まで作ると決めたらしい。拾われた後日からは今の時間は堂島宅にいるようになっていた。
(とはいえ”弁当の下準備がある”とかで夕食を作ってしばらくしたら帰ってしまうのだが)
輪ゴムで髪を縛り、シャツとズボンの上から紺色のシンプルなエプロンを身につけた彼は帰ってきた悠を見、何を言いたいのか分かったのか息を吐く。
「悪い夢だと言ったろ。お前が気にする事じゃない」
それだけ言うとまた正面に向き直り、細かく切った肉をよけてパン粉を測り始めた。
今日は何を作るのだろう。そう考えていると昼間思っていた事を思い出し、悠は「ユキさん」と声をかける。
「ん、何?」
「明日のお弁当に、ハンバーグ入れてほしいんですけど……」
「いいよ、別に」
即答。
ほぼ考え込む様子もなく言われたのに目を丸くすれば、「お前の運が良かったな」と肩を竦められた。
「夕飯で作ろうと思ってたし。でもまあ、今度からそういうことは早めに言え」
「……」
「ほら、携帯貸せ。登録しておくから」
ユキは一度手を拭いて、携帯を出すように促す。
その手に自分の携帯を乗せると、器用に開けてカチカチとボタンを押し始めた。
僅かな間、悠はまたジッと彼を見る。
自分より10センチほど低い背。細い腕や指先は、とてもさっき双剣を振り回していたようには見えない。
中性的で、綺麗な顔立ち。基本的に単色系の服しか着ないものの、寧ろそれがとても合っていた。
彼は打ち終えた携帯を返し、そしてまた食材と向き直る。
「帰るの遅くなったり、飯のリクエストあったらこっちに入れろ。なるべく応える」
「は、はい」
悠が携帯をポケットに仕舞うと、ひょこりと部屋から出てきた菜々子が顔を出した。
「ユキお兄ちゃん、今日はハンバーグ?」
「ああ、……こねてみるか?」
「やる!」
「じゃあ、手洗ってきな。あと、テーブルで作業させるからテーブル拭いといてくれ」
ユキがそういうと、菜々子は嬉しそうに頷いて洗面所に向かう。
その間に彼は台拭きを用意して、テーブルの上に置いた。
「……ユキさんって、なんか、慣れていますよね」
「は?」
「その、他人がすぐ心開いちゃうっていうか、……安心できる言葉があるんです。
そういうのをサラリと言えちゃうの、すごいなあって」
「それを記憶のない俺に言われてもな」
ばっさりとほめ言葉を落とされ、思わず苦笑する。
彼は目を細め、そして息を吐いた。
「多分、元からこうだったんだろうよ。応えられる分は応える、誰が何をしたくて、それには何が必要か考える。そういうのが全部、癖になってるんだ」
―自分の事は正直どうでもよくて、とりあえず他人の迷惑にならない程度に相手の道を示す。
―自分に出来る最大限で、相手に尽くす。……それが全部、癖になっているのだと。
「……それ、辛くないんですか?」
思わず出た言葉に、それでもユキはボウルに材料を入れながら「全然」と返す。
「自分の笑顔より、あんた等の笑顔の方が俺は好きだし」
「……」
「…鳴上君?顔赤いぞ?熱でもあるのか?」
(どうしてこの人は、平然と爆弾をぶち込むのだろう……)
何でもないですと顔を覆えば、彼はそうと言って少し踵を浮かせた。
細長い指先が灰色の髪を捉え、そしてゆっくりと下ろされる。
ポンポン。
軽く頭を叩いているようなその手のひらに悠が目を丸くすると、ユキは小さく口を開いた。
「鳴上君は、多分もう少し甘えても大丈夫だ。
別に、誰も困ったり怒ったりなんかしないさ」
「ユキ、さ……」
「手、洗ってきたよ!」
本当ですか、そう訊ねようとしたその時。
菜々子が元気よくリビングに戻ってきて、そして少し急ぐようにテーブルを拭いた。
ユキさんはそれに気づいて、材料をいれたボウルを彼女の前に置く。
「ん。じゃあこれ、材料いれたからこねてくれ。粘土みたいにな」
「うん!」
「俺も手伝います」
悠が咄嗟にそう言うと、彼は目を瞬きさせて、「軽く手は洗え」とシンクを指差し言った。
「一緒にサラダでも作るか。ゆで卵とトマトを切ってもらっていい?」
「はい」
手を水洗いしてパッパッと軽く水気を取ると、既に冷やされたゆで卵とトマトを手渡される。
「これは肉切ってたから……そっちの使え。包丁はその隣な」
彼はてきぱきと、つかっていたまな板を洗い空いたスペースにもう一つのまな板と包丁をのせた。
悠も早速切ろうとすると、「こら」と小さい声が飛んでくる。
「?」
指差したのは、彼が今まさに切ろうとしていた野菜。……の上に置かれた手。
野菜を掴んでいた手を指され、悠は首を傾げる。
「そうじゃない、野菜とかを切るときは、左手はこうだ」
ユキは両手を猫のように丸めると、「にゃー」と一言呟いた。
「……こう、ですか?」
「うん。そうしないと、怪我する」
それだけ言うと、彼は皿を出して水を切った野菜を並べる。
そして味噌汁の様子を見、他には……と指を折って確認をし始めると、リビングの方から「混ぜ終わった!」と元気な声が聞こえ振り向いた。
「じゃあ、一緒に形作ろう。プレート持っていくから待ってて」
「うん!」
「鳴上君はそれ終わったら皿に盛り付けてね」
「あ、はい!」
ユキが銀色のプレートを持って移動すれば、悠も呆然と止めていた手を動かしまた真剣にゆで卵と格闘する。
(……なんか、こういうの、初めてかも)
トントン、トントン。
小気味良く包丁を切る音を響かせながら、悠はふとそう思った。
「菜々子ちゃんが作ったうちの一つ、明日のお前の弁当な」
「はい」
「じゃあじゃあ、おとーさんたちのも作る!」
「助かるよ」
「おかえり」
悠が家に帰ると、彼は変わらない様子で夕飯の準備をしていた。
遼太郎さんも悠も夕飯を作る気がないのだと早々に理解した彼は、菜々子の面倒を見がてら夕飯まで作ると決めたらしい。拾われた後日からは今の時間は堂島宅にいるようになっていた。
(とはいえ”弁当の下準備がある”とかで夕食を作ってしばらくしたら帰ってしまうのだが)
輪ゴムで髪を縛り、シャツとズボンの上から紺色のシンプルなエプロンを身につけた彼は帰ってきた悠を見、何を言いたいのか分かったのか息を吐く。
「悪い夢だと言ったろ。お前が気にする事じゃない」
それだけ言うとまた正面に向き直り、細かく切った肉をよけてパン粉を測り始めた。
今日は何を作るのだろう。そう考えていると昼間思っていた事を思い出し、悠は「ユキさん」と声をかける。
「ん、何?」
「明日のお弁当に、ハンバーグ入れてほしいんですけど……」
「いいよ、別に」
即答。
ほぼ考え込む様子もなく言われたのに目を丸くすれば、「お前の運が良かったな」と肩を竦められた。
「夕飯で作ろうと思ってたし。でもまあ、今度からそういうことは早めに言え」
「……」
「ほら、携帯貸せ。登録しておくから」
ユキは一度手を拭いて、携帯を出すように促す。
その手に自分の携帯を乗せると、器用に開けてカチカチとボタンを押し始めた。
僅かな間、悠はまたジッと彼を見る。
自分より10センチほど低い背。細い腕や指先は、とてもさっき双剣を振り回していたようには見えない。
中性的で、綺麗な顔立ち。基本的に単色系の服しか着ないものの、寧ろそれがとても合っていた。
彼は打ち終えた携帯を返し、そしてまた食材と向き直る。
「帰るの遅くなったり、飯のリクエストあったらこっちに入れろ。なるべく応える」
「は、はい」
悠が携帯をポケットに仕舞うと、ひょこりと部屋から出てきた菜々子が顔を出した。
「ユキお兄ちゃん、今日はハンバーグ?」
「ああ、……こねてみるか?」
「やる!」
「じゃあ、手洗ってきな。あと、テーブルで作業させるからテーブル拭いといてくれ」
ユキがそういうと、菜々子は嬉しそうに頷いて洗面所に向かう。
その間に彼は台拭きを用意して、テーブルの上に置いた。
「……ユキさんって、なんか、慣れていますよね」
「は?」
「その、他人がすぐ心開いちゃうっていうか、……安心できる言葉があるんです。
そういうのをサラリと言えちゃうの、すごいなあって」
「それを記憶のない俺に言われてもな」
ばっさりとほめ言葉を落とされ、思わず苦笑する。
彼は目を細め、そして息を吐いた。
「多分、元からこうだったんだろうよ。応えられる分は応える、誰が何をしたくて、それには何が必要か考える。そういうのが全部、癖になってるんだ」
―自分の事は正直どうでもよくて、とりあえず他人の迷惑にならない程度に相手の道を示す。
―自分に出来る最大限で、相手に尽くす。……それが全部、癖になっているのだと。
「……それ、辛くないんですか?」
思わず出た言葉に、それでもユキはボウルに材料を入れながら「全然」と返す。
「自分の笑顔より、あんた等の笑顔の方が俺は好きだし」
「……」
「…鳴上君?顔赤いぞ?熱でもあるのか?」
(どうしてこの人は、平然と爆弾をぶち込むのだろう……)
何でもないですと顔を覆えば、彼はそうと言って少し踵を浮かせた。
細長い指先が灰色の髪を捉え、そしてゆっくりと下ろされる。
ポンポン。
軽く頭を叩いているようなその手のひらに悠が目を丸くすると、ユキは小さく口を開いた。
「鳴上君は、多分もう少し甘えても大丈夫だ。
別に、誰も困ったり怒ったりなんかしないさ」
「ユキ、さ……」
「手、洗ってきたよ!」
本当ですか、そう訊ねようとしたその時。
菜々子が元気よくリビングに戻ってきて、そして少し急ぐようにテーブルを拭いた。
ユキさんはそれに気づいて、材料をいれたボウルを彼女の前に置く。
「ん。じゃあこれ、材料いれたからこねてくれ。粘土みたいにな」
「うん!」
「俺も手伝います」
悠が咄嗟にそう言うと、彼は目を瞬きさせて、「軽く手は洗え」とシンクを指差し言った。
「一緒にサラダでも作るか。ゆで卵とトマトを切ってもらっていい?」
「はい」
手を水洗いしてパッパッと軽く水気を取ると、既に冷やされたゆで卵とトマトを手渡される。
「これは肉切ってたから……そっちの使え。包丁はその隣な」
彼はてきぱきと、つかっていたまな板を洗い空いたスペースにもう一つのまな板と包丁をのせた。
悠も早速切ろうとすると、「こら」と小さい声が飛んでくる。
「?」
指差したのは、彼が今まさに切ろうとしていた野菜。……の上に置かれた手。
野菜を掴んでいた手を指され、悠は首を傾げる。
「そうじゃない、野菜とかを切るときは、左手はこうだ」
ユキは両手を猫のように丸めると、「にゃー」と一言呟いた。
「……こう、ですか?」
「うん。そうしないと、怪我する」
それだけ言うと、彼は皿を出して水を切った野菜を並べる。
そして味噌汁の様子を見、他には……と指を折って確認をし始めると、リビングの方から「混ぜ終わった!」と元気な声が聞こえ振り向いた。
「じゃあ、一緒に形作ろう。プレート持っていくから待ってて」
「うん!」
「鳴上君はそれ終わったら皿に盛り付けてね」
「あ、はい!」
ユキが銀色のプレートを持って移動すれば、悠も呆然と止めていた手を動かしまた真剣にゆで卵と格闘する。
(……なんか、こういうの、初めてかも)
トントン、トントン。
小気味良く包丁を切る音を響かせながら、悠はふとそう思った。
「菜々子ちゃんが作ったうちの一つ、明日のお前の弁当な」
「はい」
「じゃあじゃあ、おとーさんたちのも作る!」
「助かるよ」