転校生
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「此処が調理室、あとそっちが被服室で、まとめて家庭科室って呼んでる。殆ど来ることはないだろうけど、一応頭にはいれといて」
「うん」
昼休み。
約束通り彼は僕の手を引き、簡単に校舎内を案内してくれていた。
彼の手は冷たくひんやりとしていて、男に握られていると思っていても全然不快感がこない。
「あと、購買はあるけど食堂は少し遠い。他の学年の教室は三階。それと……テスト結果とか行事のことは掲示板に張り出されるから、こまめに確認して。赤点は40点未満だけど、ノート提出でどうにかなってる人もいる」
「へー…ちなみに、桜木君はテストどうなの?」
「……さあ、人並み、じゃない?」
彼は暫く考え込んだあとそう答えて、掲示板を見上げる。
僕も同じように見上げ、そしてテスト結果の書かれた二年の欄を見て固まった。
「……全部、一番上に君の名前あるんだけど?」
各教科と、その総合。その全ての一番最初に、彼の名前が書いてあった。
彼は「ほんとだ」とたいして驚いても誇ってもいないように感想をいい、肩を竦める。
「ほんとだ、って……ていうか、全部満点!?」
「……解答欄、全部埋めたから」
(……聞きたいところと、少しズレてる答え方するなあ)
そう苦笑すると、それを察したのか、桜木君はボソリと付け足した。
「あんまり勉強みたいなことはしてないから、それしか言い様がないんだ。……望月君は、大丈夫なの?」
「んー……ちょっとヤバイ?僕、勉強苦手だし」
「……頑張りなよ」
彼はそう言って、また前を見る。
「案内はこれで終わり。……後は、自分の好きに行動して」
彼が手を離そうと力を抜いたので、僕はなんとなく、その手をもう一度ガシッと握った。
彼は目を丸くしてから、「何?」とこちらを見る。
「君、お昼まだじゃない?良かったら僕と一緒に食べてくれると嬉しいなあって」
「……なんで?」
「なんとなく!ね、ダメかな?」
首を傾げながら尋ねると、彼は少し時計を見て、「場所による」と答えた。
「そうだね……あ、屋上!屋上行ってみたいな!」
「……そこなら、別にいいよ」
彼の了承に、僕は「やった!」と握った手をブンブン振って、購買のおばちゃんに「パン二つください!」と声をかける。
「あら、初めて見る顔だね?ほら、好きなのを選んでおくれよ」
おばちゃんは快くパンを数種類出してくれたので、その中でジャムパンと焼きそばパンをとってお代を渡した。
そして彼の手を引っ張り、階段を駆け上る。
「……そんなに急がなくても、ここの昼休み、結構長いぞ?」
「もうお腹ペコペコでさー、早く食べたいんだよね!」
「……そう」
「うん!……あ、そういえば、教室戻って君のお昼取りに行かなくていいの?」
「別に」
その答えに「そっか」と答えてドアを開き、ぶわりと冷たい風に少し身を震わせた。
僕は伸びをして、近くの柵に背中を預けるように座る。
「んー!いい天気だ!」
「小春日和、だな」
彼も淡い陽の光に目を細めながら隣に腰を下ろし、ポケットから飴玉一つ取り出すと口に含んだ。
「お昼、それだけ?」
「……ん……あんまり食欲わかなくて、水以外口にしたのしばらくぶり」
もごもごと口を動かしながらそう言われ、「へー」と流した後ガバっと彼を見る。
「……え、ご飯って毎日食べるものだよね?」
「そうだろうね」
「お腹、空かないの?」
「別に」
ガリッ。飴を噛み砕く音が響く。僕はふと自分の食べていた焼きそばパンを見て、そして彼に差し出した。
「はい」
「?」
「ひとくち、あげるよ。食べなくても平気かもしれないけど、食べれるなら絶対食べたほうがいいって!」
そう笑うと、彼は僕とパンを交互に見、小さく、あ、と口を開く。
それは指三本入るかどうかくらいの大きさで、唇が薄くピンクなのに対し、僅かに見える口の中はとても紅い。
(小さ……それに、口の中凄い真っ赤だし……綺麗な色だなー)
肌も、睫毛も、全てが濁りの無い綺麗な色で染められていて、少しドキリとした。
彼はほんのひとかじりパンを口に咥えると、ゆっくりと咀嚼する。
「んむ、……ん、く」
「……美味しい?」
「……ああ」
「もうちょっと、食べる?ていうか、食べられる分食べていいよ」
パンを彼の手に押し付けると、彼は瞬きして、「いいのか?」と首を傾げた。
「いいよ。僕ほら、ジャムパンもあるし」
「……」
彼はポケットから焼きそばパン分の代金を出して「お代」と僕のポケットに差し込み、はむっとパンを咀嚼し始める。
僕もそれを見てから、ジャムパンの袋をビリリと開けて食べ始めた。
「……あのさ……先生って、殆ど”ああ”なの?」
「……担任と、江戸川先生以外はね。まあ、問題を起こしたのは事実だから気にしないけど」
「でも、教科書だってあんなに……」
「覚えてるから気にしてない。一人の方が気が楽だし……んむ、下手に干渉されるほうが、面倒だから」
「……じゃあ、僕に話しかけられるのも、面倒?」
その言葉にピクリと反応して、彼は少しだけこちらを見る。
そしてジッと目を見やると、「休み時間だけなら、別に」と答えた。
「放課後はバイトが入ってるから、むぐ、話しかけられると迷惑だ」
「バイトやってるんだ、すごいなあ!じゃあ、休み時間だけ声をかけることにするよ」
「……俺より、他の奴と話した方が有意義だと思うけど?」
黒い髪を風になびかせ、彼は少しずつパンを口に入れながら言う。
僕は「んー……」と考えて、焼きそばのソースがついたその口元を指で拭ってやりながら答えた。
「なんか、隣にいると落ち着くっていうか、安心できるから、かな。
他の人達といるのも楽しいけど、君といると、落ち着いて息ができるような……そんな気がするよ」
この昼休みを通しただけでも、充分分かる。
彼は騒ぎ立てる事もなければ、卑屈に考えすぎることもない。
言葉は清流のように穏やかで、綺麗な響きを持っていて。
勿論、はしゃいだり喜んだりするのは好きだけれど、彼はその間に、ほんの僅かな休息所を設けてこちらが休むのを待っているように思えた。
「……望月君は、不思議な例え方をするんだな」
彼は口元に触れた指に目を細めながら、「俺は休息所か」と僕の思考を読むように呟く。
「……でもまあ、それなら納得できなくもないかもな」
「何が?」
「俺が、相談事とか身の上話ばかりされる理由」
桜木君によると、バイト先などでそんなに親しくしているわけでもないのに、休憩中に話を聞かされたりするらしい。
彼はただ相槌を打って一言二言話すだけらしいのだが、”何故か”感謝されたり懐かれたりするという。
「それは……なぜかっていうか、まあ、当然じゃないかな?」
「そうなのか?」
「休息所は、皆に好かれるものだからね。君は、人の緊張している心をほぐす事ができるんだよ」
カウンセラーとか、向いてるんじゃない?
そう言うと、彼は最後の一口を口に入れながら「そんなたいそれた人間じゃない」と首を横に振った。
「綾時君はよっぽど俺を善人としてみたいようだけど、俺が暴力事件起こしてることは忘れないほうがいいと思うよ?」
「でも、君は絶対理由なしに動かない。でしょ?」
「……なんでそう、わかりきったように……」
「分かるよ。いや、今の君のことだったら、誰だってすぐにわかるんじゃないかな?」
「……」
「今の君には、びっくりするくらい複雑な感情が見えないんだよ。だからシンプルで、わかりやすい。
そりゃあ、行動には突飛な事が多いけどね」
僕は言いながら笑う。すると彼は目を丸くし、初めて僕の”瞳の奥”を見た。
まっさらな金色の瞳。その奥は僅かに炎が立っているように赤く、それが僕の顔を映しては揺れる。
「………複雑な、感情?」
それだけ。
それだけを、彼の口は尋ねた。
僕は頷いて、「何か、思い当たることでもあった?」と、できるだけ明るく尋ね返す。
「……ああ。それに、なんで君がそんな事を言ったのか、考えてる」
「慎重だなあ……別に、何となく言ってみただけだから心配しなくていいよ?」
「違う。だって君は……」
”アイツ”に、似てる。
グイ。
瞳の炎が、一層近づく。
はぁ、と熱い息が鼻頭を撫でると、心地いい声が脳に入り込んできた。
「……”約束”、守るから」
一言。
彼は直ぐに立ち上がり、また何事もなかったかのようにスタスタとドアを開いて去っていく。
「……約束?僕、君と会ったことあるの……?」
遅れた質問は、誰も答えず風が攫っていった。
「うん」
昼休み。
約束通り彼は僕の手を引き、簡単に校舎内を案内してくれていた。
彼の手は冷たくひんやりとしていて、男に握られていると思っていても全然不快感がこない。
「あと、購買はあるけど食堂は少し遠い。他の学年の教室は三階。それと……テスト結果とか行事のことは掲示板に張り出されるから、こまめに確認して。赤点は40点未満だけど、ノート提出でどうにかなってる人もいる」
「へー…ちなみに、桜木君はテストどうなの?」
「……さあ、人並み、じゃない?」
彼は暫く考え込んだあとそう答えて、掲示板を見上げる。
僕も同じように見上げ、そしてテスト結果の書かれた二年の欄を見て固まった。
「……全部、一番上に君の名前あるんだけど?」
各教科と、その総合。その全ての一番最初に、彼の名前が書いてあった。
彼は「ほんとだ」とたいして驚いても誇ってもいないように感想をいい、肩を竦める。
「ほんとだ、って……ていうか、全部満点!?」
「……解答欄、全部埋めたから」
(……聞きたいところと、少しズレてる答え方するなあ)
そう苦笑すると、それを察したのか、桜木君はボソリと付け足した。
「あんまり勉強みたいなことはしてないから、それしか言い様がないんだ。……望月君は、大丈夫なの?」
「んー……ちょっとヤバイ?僕、勉強苦手だし」
「……頑張りなよ」
彼はそう言って、また前を見る。
「案内はこれで終わり。……後は、自分の好きに行動して」
彼が手を離そうと力を抜いたので、僕はなんとなく、その手をもう一度ガシッと握った。
彼は目を丸くしてから、「何?」とこちらを見る。
「君、お昼まだじゃない?良かったら僕と一緒に食べてくれると嬉しいなあって」
「……なんで?」
「なんとなく!ね、ダメかな?」
首を傾げながら尋ねると、彼は少し時計を見て、「場所による」と答えた。
「そうだね……あ、屋上!屋上行ってみたいな!」
「……そこなら、別にいいよ」
彼の了承に、僕は「やった!」と握った手をブンブン振って、購買のおばちゃんに「パン二つください!」と声をかける。
「あら、初めて見る顔だね?ほら、好きなのを選んでおくれよ」
おばちゃんは快くパンを数種類出してくれたので、その中でジャムパンと焼きそばパンをとってお代を渡した。
そして彼の手を引っ張り、階段を駆け上る。
「……そんなに急がなくても、ここの昼休み、結構長いぞ?」
「もうお腹ペコペコでさー、早く食べたいんだよね!」
「……そう」
「うん!……あ、そういえば、教室戻って君のお昼取りに行かなくていいの?」
「別に」
その答えに「そっか」と答えてドアを開き、ぶわりと冷たい風に少し身を震わせた。
僕は伸びをして、近くの柵に背中を預けるように座る。
「んー!いい天気だ!」
「小春日和、だな」
彼も淡い陽の光に目を細めながら隣に腰を下ろし、ポケットから飴玉一つ取り出すと口に含んだ。
「お昼、それだけ?」
「……ん……あんまり食欲わかなくて、水以外口にしたのしばらくぶり」
もごもごと口を動かしながらそう言われ、「へー」と流した後ガバっと彼を見る。
「……え、ご飯って毎日食べるものだよね?」
「そうだろうね」
「お腹、空かないの?」
「別に」
ガリッ。飴を噛み砕く音が響く。僕はふと自分の食べていた焼きそばパンを見て、そして彼に差し出した。
「はい」
「?」
「ひとくち、あげるよ。食べなくても平気かもしれないけど、食べれるなら絶対食べたほうがいいって!」
そう笑うと、彼は僕とパンを交互に見、小さく、あ、と口を開く。
それは指三本入るかどうかくらいの大きさで、唇が薄くピンクなのに対し、僅かに見える口の中はとても紅い。
(小さ……それに、口の中凄い真っ赤だし……綺麗な色だなー)
肌も、睫毛も、全てが濁りの無い綺麗な色で染められていて、少しドキリとした。
彼はほんのひとかじりパンを口に咥えると、ゆっくりと咀嚼する。
「んむ、……ん、く」
「……美味しい?」
「……ああ」
「もうちょっと、食べる?ていうか、食べられる分食べていいよ」
パンを彼の手に押し付けると、彼は瞬きして、「いいのか?」と首を傾げた。
「いいよ。僕ほら、ジャムパンもあるし」
「……」
彼はポケットから焼きそばパン分の代金を出して「お代」と僕のポケットに差し込み、はむっとパンを咀嚼し始める。
僕もそれを見てから、ジャムパンの袋をビリリと開けて食べ始めた。
「……あのさ……先生って、殆ど”ああ”なの?」
「……担任と、江戸川先生以外はね。まあ、問題を起こしたのは事実だから気にしないけど」
「でも、教科書だってあんなに……」
「覚えてるから気にしてない。一人の方が気が楽だし……んむ、下手に干渉されるほうが、面倒だから」
「……じゃあ、僕に話しかけられるのも、面倒?」
その言葉にピクリと反応して、彼は少しだけこちらを見る。
そしてジッと目を見やると、「休み時間だけなら、別に」と答えた。
「放課後はバイトが入ってるから、むぐ、話しかけられると迷惑だ」
「バイトやってるんだ、すごいなあ!じゃあ、休み時間だけ声をかけることにするよ」
「……俺より、他の奴と話した方が有意義だと思うけど?」
黒い髪を風になびかせ、彼は少しずつパンを口に入れながら言う。
僕は「んー……」と考えて、焼きそばのソースがついたその口元を指で拭ってやりながら答えた。
「なんか、隣にいると落ち着くっていうか、安心できるから、かな。
他の人達といるのも楽しいけど、君といると、落ち着いて息ができるような……そんな気がするよ」
この昼休みを通しただけでも、充分分かる。
彼は騒ぎ立てる事もなければ、卑屈に考えすぎることもない。
言葉は清流のように穏やかで、綺麗な響きを持っていて。
勿論、はしゃいだり喜んだりするのは好きだけれど、彼はその間に、ほんの僅かな休息所を設けてこちらが休むのを待っているように思えた。
「……望月君は、不思議な例え方をするんだな」
彼は口元に触れた指に目を細めながら、「俺は休息所か」と僕の思考を読むように呟く。
「……でもまあ、それなら納得できなくもないかもな」
「何が?」
「俺が、相談事とか身の上話ばかりされる理由」
桜木君によると、バイト先などでそんなに親しくしているわけでもないのに、休憩中に話を聞かされたりするらしい。
彼はただ相槌を打って一言二言話すだけらしいのだが、”何故か”感謝されたり懐かれたりするという。
「それは……なぜかっていうか、まあ、当然じゃないかな?」
「そうなのか?」
「休息所は、皆に好かれるものだからね。君は、人の緊張している心をほぐす事ができるんだよ」
カウンセラーとか、向いてるんじゃない?
そう言うと、彼は最後の一口を口に入れながら「そんなたいそれた人間じゃない」と首を横に振った。
「綾時君はよっぽど俺を善人としてみたいようだけど、俺が暴力事件起こしてることは忘れないほうがいいと思うよ?」
「でも、君は絶対理由なしに動かない。でしょ?」
「……なんでそう、わかりきったように……」
「分かるよ。いや、今の君のことだったら、誰だってすぐにわかるんじゃないかな?」
「……」
「今の君には、びっくりするくらい複雑な感情が見えないんだよ。だからシンプルで、わかりやすい。
そりゃあ、行動には突飛な事が多いけどね」
僕は言いながら笑う。すると彼は目を丸くし、初めて僕の”瞳の奥”を見た。
まっさらな金色の瞳。その奥は僅かに炎が立っているように赤く、それが僕の顔を映しては揺れる。
「………複雑な、感情?」
それだけ。
それだけを、彼の口は尋ねた。
僕は頷いて、「何か、思い当たることでもあった?」と、できるだけ明るく尋ね返す。
「……ああ。それに、なんで君がそんな事を言ったのか、考えてる」
「慎重だなあ……別に、何となく言ってみただけだから心配しなくていいよ?」
「違う。だって君は……」
”アイツ”に、似てる。
グイ。
瞳の炎が、一層近づく。
はぁ、と熱い息が鼻頭を撫でると、心地いい声が脳に入り込んできた。
「……”約束”、守るから」
一言。
彼は直ぐに立ち上がり、また何事もなかったかのようにスタスタとドアを開いて去っていく。
「……約束?僕、君と会ったことあるの……?」
遅れた質問は、誰も答えず風が攫っていった。