転校生
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11月9日。
「おーい転校生君!入ってきなさーい!」
ザワザワとした教室に、望月綾時は意気揚々と乗り込む。
すると女子の高い歓声と、男子のおーっという声が聞こえてきた。
「えっと……望月綾時っていいます。わからないこと優しく教えてくれると嬉しいな」
そう言って賑やかな教室を見回すとひとり、ずっと机に伏せった黒髪が目に入る。
先生は気にしていないのか、「席はあそこね」とその彼の隣の席を指差した。
「あ、はーい」
沢山の視線を気に留めないようにしながら席に座ると、チラリと横を確認する。
(……寝てる?)
これだけ教室がざわついているのに、微動だにしない。
制服からして、男子生徒だろうか。カッチリと制服を着ているその姿は、とても普段寝ているような不良にも見えずアンバランスな感じがする。
SHRが終わり先生が教室を去ると、僕はトントンと隣の人の肩を叩いた。
「ねえねえ、起きてる?」
反応なし。
しばらく揺さぶるとピクリと肩が動き、金色の瞳が眼鏡越しに僕を見た。
「何…?誰……?」
中性的な、整った顔立ち。やや眉間に皺を寄せた彼は涼やかな声でそう言うと小さく首を傾げる。
「ヒドイ!朝のHRで紹介されたのに~」
「……ごめんね」
彼は小さな声で謝罪を入れて、「それで、名前は?」と訊いてきた。
「僕、転入生の望月綾時。君は?」
「……桜木、ユキ」
「へえ~桜木君か……あ、そうそう、もしよかったらさ、昼休み校舎を案内してくれないかな?」
「……俺より、他の人の方がいいと思うけど」
そう言って彼は、僕の後ろを指差す。
振り返ると、話しかけようとウズウズしている女子達の姿が。
僕はんーと考えたあと、ニッコリと笑って答えた。
「でも、僕は君に案内して欲しいんだけど……ダメかな?」
「……別に」
諦めたような声でそう言うと、彼はまた机に伏せる。
それとほぼ同時に先生が入ってきて彼をジロリと睨めつけると、僕を見て「お、転入生か」と笑った。
「はい。望月綾時です!」
「おお、元気で結構。……隣がソイツとは、お前も運が悪かったなあ」
ピクリ。その声に、前に座る濃い青の髪をした男子と、廊下側に座る帽子を被った男子が肩を揺らす。
僕は「そうなんですか?」とわざとおどけたように返すと、先生は親切に教えてくれた。
「ソイツは中等部で暴力事件を起こしてるんだよ。検査入院とやらで休む事も多いが、まあ大体ただのサボリに違いない。テストで点を取れるから俺らも見逃してやってるがな」
「へえ……そんな怖い人には見えませんけどねえ……」
「一個上の先輩を血が出てんのに殴り続けたんだ。人を見かけで判断したら、痛い目みるぞ?」
嘲るように笑い、先生は授業に入る。
前の席の男子が拳を握りしめて「違う」と呟いていたのを、僕は首をかしげて教科書を捲った。
「じゃあ今日から『こころ』に入るぞー。そうだな……桜木!」
ペラペラとページを開きながら、怒鳴りつけるような声が彼を起こした。
彼はゆっくりと顔を上げ、「はい」と返す。
「104ページ目からの『先生と遺書』の部分、書いてあるところ全部読んでみろ。
授業中に教科書も出さないんだ。勿論、内容は覚えているよな?」
(……先生、この部分前半後半省略されてても30ページくらいあるんですけど!?)
しかも、上段下段で一ページだ。字数なんて考えたくもない程多い。
―彼に対するあてつけか、それとも……
そう考えていると、彼は机の中をゴソゴソと漁り、何かを取り出しては立ち上がった。
そしてその何かを、机に落とす。
(あれは……教科書?)
疑問形がついたのは、それらは全て表紙がカッターのようなもので切り裂かれていて、中身もところどころ破かれた跡が見えたからだ。
勿論、彼がやったわけではないのだろう。国語だけじゃない、数学、化学……とにかく、僕が貰ったものと同じなのであれば、無事な教科書は何一つないようだった。
「……『そのうち年が暮れて春になりました。ある日奥さんが……』」
淡々とした、涼やかなテノールボイス。
金色の目は黒板を見据えたまま、ピクリとも動かない。
かわりに、先生は青筋を立ててジッと彼を睨んでいた。
(大方、こんなの覚えてないだろって出したんだろーけど……にしても、桜木君も桜木君で中々すごいなー)
彼は視線が集中していることさえ気に留めず、ただ抑揚の感じにくい声で『私』を語った。
お嬢さんを欲しいがために友人を責め立て、結局後ろめたさも残ったまま友人が死んでしまう『私』を、淡々と、淡々と。
「『ぐるぐる回りながら、その夜明けを待ち焦がれた私は、永久に暗い夜が続くのではなかろうかという思いに悩まされました。』」
最後のページに書かれていた一文を諳んじ終えると、またガタリと椅子に座り、教科書を中に入れては顔を伏せる。
先生が何か言おうとしたけど、それはチャイムによってかき消された。
「おーい転校生君!入ってきなさーい!」
ザワザワとした教室に、望月綾時は意気揚々と乗り込む。
すると女子の高い歓声と、男子のおーっという声が聞こえてきた。
「えっと……望月綾時っていいます。わからないこと優しく教えてくれると嬉しいな」
そう言って賑やかな教室を見回すとひとり、ずっと机に伏せった黒髪が目に入る。
先生は気にしていないのか、「席はあそこね」とその彼の隣の席を指差した。
「あ、はーい」
沢山の視線を気に留めないようにしながら席に座ると、チラリと横を確認する。
(……寝てる?)
これだけ教室がざわついているのに、微動だにしない。
制服からして、男子生徒だろうか。カッチリと制服を着ているその姿は、とても普段寝ているような不良にも見えずアンバランスな感じがする。
SHRが終わり先生が教室を去ると、僕はトントンと隣の人の肩を叩いた。
「ねえねえ、起きてる?」
反応なし。
しばらく揺さぶるとピクリと肩が動き、金色の瞳が眼鏡越しに僕を見た。
「何…?誰……?」
中性的な、整った顔立ち。やや眉間に皺を寄せた彼は涼やかな声でそう言うと小さく首を傾げる。
「ヒドイ!朝のHRで紹介されたのに~」
「……ごめんね」
彼は小さな声で謝罪を入れて、「それで、名前は?」と訊いてきた。
「僕、転入生の望月綾時。君は?」
「……桜木、ユキ」
「へえ~桜木君か……あ、そうそう、もしよかったらさ、昼休み校舎を案内してくれないかな?」
「……俺より、他の人の方がいいと思うけど」
そう言って彼は、僕の後ろを指差す。
振り返ると、話しかけようとウズウズしている女子達の姿が。
僕はんーと考えたあと、ニッコリと笑って答えた。
「でも、僕は君に案内して欲しいんだけど……ダメかな?」
「……別に」
諦めたような声でそう言うと、彼はまた机に伏せる。
それとほぼ同時に先生が入ってきて彼をジロリと睨めつけると、僕を見て「お、転入生か」と笑った。
「はい。望月綾時です!」
「おお、元気で結構。……隣がソイツとは、お前も運が悪かったなあ」
ピクリ。その声に、前に座る濃い青の髪をした男子と、廊下側に座る帽子を被った男子が肩を揺らす。
僕は「そうなんですか?」とわざとおどけたように返すと、先生は親切に教えてくれた。
「ソイツは中等部で暴力事件を起こしてるんだよ。検査入院とやらで休む事も多いが、まあ大体ただのサボリに違いない。テストで点を取れるから俺らも見逃してやってるがな」
「へえ……そんな怖い人には見えませんけどねえ……」
「一個上の先輩を血が出てんのに殴り続けたんだ。人を見かけで判断したら、痛い目みるぞ?」
嘲るように笑い、先生は授業に入る。
前の席の男子が拳を握りしめて「違う」と呟いていたのを、僕は首をかしげて教科書を捲った。
「じゃあ今日から『こころ』に入るぞー。そうだな……桜木!」
ペラペラとページを開きながら、怒鳴りつけるような声が彼を起こした。
彼はゆっくりと顔を上げ、「はい」と返す。
「104ページ目からの『先生と遺書』の部分、書いてあるところ全部読んでみろ。
授業中に教科書も出さないんだ。勿論、内容は覚えているよな?」
(……先生、この部分前半後半省略されてても30ページくらいあるんですけど!?)
しかも、上段下段で一ページだ。字数なんて考えたくもない程多い。
―彼に対するあてつけか、それとも……
そう考えていると、彼は机の中をゴソゴソと漁り、何かを取り出しては立ち上がった。
そしてその何かを、机に落とす。
(あれは……教科書?)
疑問形がついたのは、それらは全て表紙がカッターのようなもので切り裂かれていて、中身もところどころ破かれた跡が見えたからだ。
勿論、彼がやったわけではないのだろう。国語だけじゃない、数学、化学……とにかく、僕が貰ったものと同じなのであれば、無事な教科書は何一つないようだった。
「……『そのうち年が暮れて春になりました。ある日奥さんが……』」
淡々とした、涼やかなテノールボイス。
金色の目は黒板を見据えたまま、ピクリとも動かない。
かわりに、先生は青筋を立ててジッと彼を睨んでいた。
(大方、こんなの覚えてないだろって出したんだろーけど……にしても、桜木君も桜木君で中々すごいなー)
彼は視線が集中していることさえ気に留めず、ただ抑揚の感じにくい声で『私』を語った。
お嬢さんを欲しいがために友人を責め立て、結局後ろめたさも残ったまま友人が死んでしまう『私』を、淡々と、淡々と。
「『ぐるぐる回りながら、その夜明けを待ち焦がれた私は、永久に暗い夜が続くのではなかろうかという思いに悩まされました。』」
最後のページに書かれていた一文を諳んじ終えると、またガタリと椅子に座り、教科書を中に入れては顔を伏せる。
先生が何か言おうとしたけど、それはチャイムによってかき消された。