”終わり”の始まり
夢小説設定
理事長と桐条先輩のお父さんが亡くなった、翌日。
私は有里君に頼んで、ウサギさんを呼んで貰っていた。
彼はもう隠す気もないのか、寮に着くとゴーグルを外してフルフルと首を軽く振って髪を払う。
「……あ、あの、……来てくれたんです、ね」
「まあ、丁度バイト無かったし。……それで?」
ゴーグル越しでない、その射抜くような視線に思わず息を呑む。
全てを見通してしまいそうな、透明な二つの瞳。私は少し俯きながら、口を開いた。
「えっと、その……私の部屋、来てください」
おどおどとそう言うと、彼はキョトンと首を傾げた。
「風花が、理事長の持ってたデータを復元してくれたらしくて、……その」
『ウサギさんにも、事件について知ってほしいから』……じゃなくて。
『10年前に事故に遭ったってきいて』……でもなくて。
こういう時、気の利いた言葉が何一つ言えない自分がもどかしい。
けれどそれだけで何を言いたいのか悟ったらしく、ウサギさんは目を細めて伸びをした。
「……まあ、いいよ」
ポツリ。
「……いいんですか?」
思わず聞き返してしまった。けれど彼は「ああ」と頷いて、階段をのぼりだす。
ハッとなって慌てて前に出て、なんとか部屋に案内した。
「えっと……ちょっとそこのソファーに座っててもらえますか?」
「ん」
彼は他の物を物色するでもなく、ただソファーに静かに腰掛けると目を瞑り息を吐く。
私がパソコンとデータを用意して開くと、その音にピクリと反応して瞼を開けた。
ジジ……ジジジ……
(ノイズ、多……風花、よくこれ復元したなー……)
おまけに、画質も酷い。ウサギさんも暫く目を丸くしていたが、やがて映像の中に人影が映り出した。
『この記録が……心ある人の目に触れることを……願います』
「!?」
(これ、屋久島の時の……)
間違いない、この声、このセリフ。
お父さんの、あの事故が起こった直後の映像だ。
「……ゆかりさん、大丈夫か?」
顔色が悪くなっていたのか、ウサギさんが私を見て首を傾げる。
私はなんとか「大丈夫、です」と答えると、映像を食い入るように見つめた。
『ご当主は忌まわしい思想に魅入られ変わってしまった……
この実験は…行われるべきじゃなかった!』
『だから私は強引に実験を中断した……
しかしそのせいで飛散したシャドウが後世に悪影響を及ぼすのは間違いないだろう。
でもこうしなければ、世界の全てが破滅したかもしれない!』
『頼む…よく聞いて欲しい。くれぐれも警告しておく…
散ったシャドウに触れてはいけない!』
「えっ……これ…」
確か、ここのセリフは、『12のシャドウを消し去る他ない』とかだったような……
『この研究を…私は止めることが出来なかった。
悪魔に魅入られたご当主の耳に私ごときの言葉は届かなかった!』
『あれらはお互いを食い合い一つになろうとする……そしてそうなればすべてが終わりだ』
『…もう一度言う、散ったシャドウに触れてはならない!!』
「父さん、実験を止めようとしてたんだ…」
あれは、理事長に改竄された部分だったのだ。
そう考えて、胸がひどく熱くなった。
視界も少しぼやけてきて、でもウサギさんは静かに映像を見つめる。
『僕はもう助からないでしょう。最後に…ひとつだけ』
『これを見たどなたかが娘に、ゆかりに会うことがあったら伝えて欲しい……』
「……」
その一瞬。
ほんの一瞬だけ、ウサギさんの目が細められた。
何故かそれが泣きそうに見えたけど、私は父の言葉を聞き逃すまいと耳を集中させる。
『帰るって約束したのにこんなことになってすまない……』
『でも父さんはお前と一緒に過ごせて、この世の誰より幸せだった。
どうか、元気でいて欲しい……』
「お父…さん……」
『愛してるよ、ゆかり』
「お父さんっ!!」
ザザザザ……ザザ……
映像は、またノイズに包まれた。
それを確認したウサギさんはポツリと、「父親か」とだけ呟く。
「夏に屋久島に行ったとき……理事長に、これを改変されたものを見せられたんです、アタシたち。
それで、父さんが10年前の事故の犯人だったんだって、今までの事、全部無駄だったんだって……」
「………」
「でも、有里君が『それでも信じてればいいんじゃないか』って言ってくれてそれで、アタシ……」
「信じてて、よかった?」
それは、いつもどおりの涼やかな声だった。
でもそれは私の心を満たすのに充分過ぎて、ボロボロと涙を零しながら頷く。
「っはい……!」
―最初、お父さんが事故で死んだのが、悲しくて。
―なのに周りから、”人殺し”って言われたのが、悔しくて。
―屋久島の時、何を信じたらいいのか分からなくなったこともあったけど。
「信じてよかった、やってた事、無駄じゃなかった……!」
「…そう」
ウサギさんは私の頭を優しく撫で、そしてすぐに立ち上がる。
「……あの、ありがとうございます。一緒に、見てもらって」
「別に。俺も、事故について何となくは分かったし。
…ついでに、ひとつ聞きたいんだけど」
「?」
「美鶴さん、大丈夫?」
ドアの前で立ち止まって振り向いた彼に、私は曖昧に頷いた。
「多分……今は忙しそうですけど」
「そう。……一応、気をつけておいて」
「へ?」
「『父親を守りたくてペルソナ使いになった』って言ってたから、あの人。
……まったく、なんでアンタ等は俺にそういう話をしてくるんだか……」
少し呆れたような声と、ハアと聞こえてくるため息。
「俺はアンタ等の仲間じゃないんだ。仲間なら仲間同士でなんとかしてくれ」
「え、あ、ちょっ……!」
パタン。
呼び止めようとする声を気にすることなく、ウサギさんは扉を閉めた。
しばらくして、トントンと階段を降りる音が聞こえてくる。
「…仲間なら仲間同士で……か……」
そう言われると、今まで結構あの人に頼りきりだったなとソファーに腰掛けながら苦笑した。
―1番目の大型シャドウから、助けてもらった。
―2番目の大型シャドウが現れた時、順平の暴走を止めてくれた。
―それから、風花も助けてもらって。
(そうだ、あと、ストレガが来たときも言い返して追っ払ってくれたし、チドリって子に順平が捕まってた時も……荒垣先輩と天田君も守ってくれて、……なんていうか、)
「ホント、どうしても頼っちゃうんだよなあ……」
強くて、冴えてて、来てほしい時に来てくれちゃう、魔法使いみたいな人。
本当は、只の助っ人なんだけど……いや、だからこそつい話してしまうのだ。
近いけど遠い、適度な距離を保って、決して人のことを哂わない人だから。
「……桐条先輩、か……」
先輩も、”前の私”と同じように動いて、そして止まってしまっているのだろうか。
『何の為に戦ってきたか分からない』と、忙しない中で嘆いているのだろうか。
「…頼まれたからには、しっかりやらないとね!」
私は自分にそう言い聞かせて、パソコンの電源を落とした。
私は有里君に頼んで、ウサギさんを呼んで貰っていた。
彼はもう隠す気もないのか、寮に着くとゴーグルを外してフルフルと首を軽く振って髪を払う。
「……あ、あの、……来てくれたんです、ね」
「まあ、丁度バイト無かったし。……それで?」
ゴーグル越しでない、その射抜くような視線に思わず息を呑む。
全てを見通してしまいそうな、透明な二つの瞳。私は少し俯きながら、口を開いた。
「えっと、その……私の部屋、来てください」
おどおどとそう言うと、彼はキョトンと首を傾げた。
「風花が、理事長の持ってたデータを復元してくれたらしくて、……その」
『ウサギさんにも、事件について知ってほしいから』……じゃなくて。
『10年前に事故に遭ったってきいて』……でもなくて。
こういう時、気の利いた言葉が何一つ言えない自分がもどかしい。
けれどそれだけで何を言いたいのか悟ったらしく、ウサギさんは目を細めて伸びをした。
「……まあ、いいよ」
ポツリ。
「……いいんですか?」
思わず聞き返してしまった。けれど彼は「ああ」と頷いて、階段をのぼりだす。
ハッとなって慌てて前に出て、なんとか部屋に案内した。
「えっと……ちょっとそこのソファーに座っててもらえますか?」
「ん」
彼は他の物を物色するでもなく、ただソファーに静かに腰掛けると目を瞑り息を吐く。
私がパソコンとデータを用意して開くと、その音にピクリと反応して瞼を開けた。
ジジ……ジジジ……
(ノイズ、多……風花、よくこれ復元したなー……)
おまけに、画質も酷い。ウサギさんも暫く目を丸くしていたが、やがて映像の中に人影が映り出した。
『この記録が……心ある人の目に触れることを……願います』
「!?」
(これ、屋久島の時の……)
間違いない、この声、このセリフ。
お父さんの、あの事故が起こった直後の映像だ。
「……ゆかりさん、大丈夫か?」
顔色が悪くなっていたのか、ウサギさんが私を見て首を傾げる。
私はなんとか「大丈夫、です」と答えると、映像を食い入るように見つめた。
『ご当主は忌まわしい思想に魅入られ変わってしまった……
この実験は…行われるべきじゃなかった!』
『だから私は強引に実験を中断した……
しかしそのせいで飛散したシャドウが後世に悪影響を及ぼすのは間違いないだろう。
でもこうしなければ、世界の全てが破滅したかもしれない!』
『頼む…よく聞いて欲しい。くれぐれも警告しておく…
散ったシャドウに触れてはいけない!』
「えっ……これ…」
確か、ここのセリフは、『12のシャドウを消し去る他ない』とかだったような……
『この研究を…私は止めることが出来なかった。
悪魔に魅入られたご当主の耳に私ごときの言葉は届かなかった!』
『あれらはお互いを食い合い一つになろうとする……そしてそうなればすべてが終わりだ』
『…もう一度言う、散ったシャドウに触れてはならない!!』
「父さん、実験を止めようとしてたんだ…」
あれは、理事長に改竄された部分だったのだ。
そう考えて、胸がひどく熱くなった。
視界も少しぼやけてきて、でもウサギさんは静かに映像を見つめる。
『僕はもう助からないでしょう。最後に…ひとつだけ』
『これを見たどなたかが娘に、ゆかりに会うことがあったら伝えて欲しい……』
「……」
その一瞬。
ほんの一瞬だけ、ウサギさんの目が細められた。
何故かそれが泣きそうに見えたけど、私は父の言葉を聞き逃すまいと耳を集中させる。
『帰るって約束したのにこんなことになってすまない……』
『でも父さんはお前と一緒に過ごせて、この世の誰より幸せだった。
どうか、元気でいて欲しい……』
「お父…さん……」
『愛してるよ、ゆかり』
「お父さんっ!!」
ザザザザ……ザザ……
映像は、またノイズに包まれた。
それを確認したウサギさんはポツリと、「父親か」とだけ呟く。
「夏に屋久島に行ったとき……理事長に、これを改変されたものを見せられたんです、アタシたち。
それで、父さんが10年前の事故の犯人だったんだって、今までの事、全部無駄だったんだって……」
「………」
「でも、有里君が『それでも信じてればいいんじゃないか』って言ってくれてそれで、アタシ……」
「信じてて、よかった?」
それは、いつもどおりの涼やかな声だった。
でもそれは私の心を満たすのに充分過ぎて、ボロボロと涙を零しながら頷く。
「っはい……!」
―最初、お父さんが事故で死んだのが、悲しくて。
―なのに周りから、”人殺し”って言われたのが、悔しくて。
―屋久島の時、何を信じたらいいのか分からなくなったこともあったけど。
「信じてよかった、やってた事、無駄じゃなかった……!」
「…そう」
ウサギさんは私の頭を優しく撫で、そしてすぐに立ち上がる。
「……あの、ありがとうございます。一緒に、見てもらって」
「別に。俺も、事故について何となくは分かったし。
…ついでに、ひとつ聞きたいんだけど」
「?」
「美鶴さん、大丈夫?」
ドアの前で立ち止まって振り向いた彼に、私は曖昧に頷いた。
「多分……今は忙しそうですけど」
「そう。……一応、気をつけておいて」
「へ?」
「『父親を守りたくてペルソナ使いになった』って言ってたから、あの人。
……まったく、なんでアンタ等は俺にそういう話をしてくるんだか……」
少し呆れたような声と、ハアと聞こえてくるため息。
「俺はアンタ等の仲間じゃないんだ。仲間なら仲間同士でなんとかしてくれ」
「え、あ、ちょっ……!」
パタン。
呼び止めようとする声を気にすることなく、ウサギさんは扉を閉めた。
しばらくして、トントンと階段を降りる音が聞こえてくる。
「…仲間なら仲間同士で……か……」
そう言われると、今まで結構あの人に頼りきりだったなとソファーに腰掛けながら苦笑した。
―1番目の大型シャドウから、助けてもらった。
―2番目の大型シャドウが現れた時、順平の暴走を止めてくれた。
―それから、風花も助けてもらって。
(そうだ、あと、ストレガが来たときも言い返して追っ払ってくれたし、チドリって子に順平が捕まってた時も……荒垣先輩と天田君も守ってくれて、……なんていうか、)
「ホント、どうしても頼っちゃうんだよなあ……」
強くて、冴えてて、来てほしい時に来てくれちゃう、魔法使いみたいな人。
本当は、只の助っ人なんだけど……いや、だからこそつい話してしまうのだ。
近いけど遠い、適度な距離を保って、決して人のことを哂わない人だから。
「……桐条先輩、か……」
先輩も、”前の私”と同じように動いて、そして止まってしまっているのだろうか。
『何の為に戦ってきたか分からない』と、忙しない中で嘆いているのだろうか。
「…頼まれたからには、しっかりやらないとね!」
私は自分にそう言い聞かせて、パソコンの電源を落とした。