12番目のシャドウ
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ユキが学校を休んで、もう一週間になる。
正直来ても来なくても変わらず他者と関わらないから、周囲は特段気に留めていないのだけれど。
鳥海先生は「暫く検査入院なんだって」とだけ告げ、他の先生はそれにドンドン尾ひれを付けていった。
『医者にゴマすって、ずる休みしてる』とか。
『また暴力沙汰を起こして警察に呼ばれてる』とか。
『麻薬がうんたら』とか。というかそれは普通まずニュースになってるだろう。
一番噂となって広がっているのは、やはり二番目に語られた尾ひれだった。
誰も、彼が二人の命を救った事なんか知らない。
誰も、”暴力沙汰”に関して異を唱えない。
中学の時の事件が、未だ密かに尾を引いているから。
”先輩を殴るような、普段大人しいけど危険な奴”。
その歪んだ三年前の事実を、誰も否定しない。
(ああ、苛立たしい)
『身体をまさぐられて、気がついたら真っ赤になってた。』
僕だって、彼にしっかりと話を聞かなければ分からなかった。
『アイツ両親がいなくて先生に優遇されてたからさ、俺が落としてやろうと思ったわけよ!』
路地裏でさも英雄のように語る男の話を聞かなければ、分からなかった。
でも、それを聞こうともせず、噂を丸呑みにして遠巻きにする。
彼を平然と悪者扱いし、見下す。
一人である方が楽な彼にとっては寧ろ好都合なものなのだろうが、こうも言われると流石に腹立たしさを覚えた。
『桜木って、散々”雪の精霊”とか言われてるけど、実際は”氷の死神”だよなー』
(ユキのこと、これっぽっちも知らないくせに)
結構低体温で、冷え性で。
言葉や声は冷え冷えとしてることは多くても、行動はびっくりするくらい暖かくて。
沢山の事を考えながら、ただ何事もないように振舞っていることなんて。
「……おーい有里ー、お前、さっきから顔怖いぞー?」
近くに座る順平から、そんな声が聞こえてきた。
どうやら、結構考えこんでしまっていたらしい。
「もしかして、桜木が休んでんのと関係ある感じ?」
「…………」
「アイツ、昔から定期的に検査入院してるんだとよ。鳥海センセーに聞いたけど。
だからまあ、心配しなさんなって!」
「……そう」
そういえば、順平もなんだかんだ最近ユキと話をしている事が多い。
ユキが大抵聞き手で、それも先生が教室に近づいた瞬間本に目を戻し我関せずを貫くけれど。
「順平は、普段ユキと何話してるの?」
「んー?まあ、最近面白かったゲームとか、あとは次の小テストがどうとかだな。アイツのヤマカン、めっちゃ当たるんだぜ!なんだかんだゲームの攻略法とかも一緒に考えてくれるし。」
「へぇ……」
まあ、そりゃあ当たるだろうな。
先生の行動まで予測できるくらいだし。
順平は以前ユキと日直をして以来ポツポツと話すようになったと聞いていた。
ユキ曰く「なんでここまで話しかけてくるのかは分からないけど、害はないから気にしてない」らしい。
「有里は?アイツとどんな会話してるわけよ?」
「そうだな……勉強の事とか、好きな音楽とかかな。たまにおすすめの本紹介し合ったりするし」
「うっわあさっすが……てかあいつ、どんな曲聴くわけ?」
「ピアノとか、そういう楽器系統の曲っていうのかな……前家行ったときは、”絵のない絵本”って曲流してた」
「え、何ソレ?」
「人の声が入った曲、そんなに好きじゃないんだって。聞けなくはないけど、わざわざ聞こうとも思わないらしいよ」
そう答えれば、順平は「なるほどなー」と頷き、「って、お前桜木んち行ったことあんのかよ!」と盛大に突っ込まれた。
「うん。テスト前とか、空いてる日にはちょくちょく」
「そこで普通に返しちゃうお前に驚きだよ俺は。てかあまりアイツの家って想像できないし……
ん?つかアイツ、エロ本とか持ってるのか?」
「……無かったよ。多分存在自体知らないんじゃないかな」
「マジかよ!?それ男子高校生としてどーなの!?」
「知らないし、煩い」
顔を近づけてきた順平の肩を押し、元に戻させる。
窓の外からやってきた風の匂いは、もう秋であることを静かに告げていた。
『それ、なんて曲?』
『……絵のない絵本、第十二夜。クラリネット八重奏』
『へえ……そういうの、結構聴くの?』
『うん。あんまり歌声とか、好きじゃないから』
『?どうして?』
『……お母さんの歌ってた声、忘れそうで』
―彼は、音楽の時間が苦手だったと言っていた。
―校歌を歌う声も、楽しげな歌を歌う無邪気な声も。
―かつて自身の母が歌ってくれた、優しい声が消えてしまいそうで。
『人に前向けって言ってんのは、自分が今前向けてなくて、ずっと記憶と約束にしがみついてるからなんだ。
約束のためって思えば、無理矢理でも前が向けて、周りも少し見えるから騙せてるようなものだし』
そう外を見ながら呟いた彼は、どんな顔をしていたのだろうか。
それにすぐ「違う」と否定の言葉が出なかった僕は、どれほどそのことを後悔するのだろうか。
『同じ道を進んでほしくないから、俺は多分、湊達に声をかけたんだと思うよ』
そう言った彼の足元は、どれだけ真っ黒で歩きづらい道だったのだろうか。
―そもそもその道は、ちゃんと足をつくことができる道だったのだろうか。
正直来ても来なくても変わらず他者と関わらないから、周囲は特段気に留めていないのだけれど。
鳥海先生は「暫く検査入院なんだって」とだけ告げ、他の先生はそれにドンドン尾ひれを付けていった。
『医者にゴマすって、ずる休みしてる』とか。
『また暴力沙汰を起こして警察に呼ばれてる』とか。
『麻薬がうんたら』とか。というかそれは普通まずニュースになってるだろう。
一番噂となって広がっているのは、やはり二番目に語られた尾ひれだった。
誰も、彼が二人の命を救った事なんか知らない。
誰も、”暴力沙汰”に関して異を唱えない。
中学の時の事件が、未だ密かに尾を引いているから。
”先輩を殴るような、普段大人しいけど危険な奴”。
その歪んだ三年前の事実を、誰も否定しない。
(ああ、苛立たしい)
『身体をまさぐられて、気がついたら真っ赤になってた。』
僕だって、彼にしっかりと話を聞かなければ分からなかった。
『アイツ両親がいなくて先生に優遇されてたからさ、俺が落としてやろうと思ったわけよ!』
路地裏でさも英雄のように語る男の話を聞かなければ、分からなかった。
でも、それを聞こうともせず、噂を丸呑みにして遠巻きにする。
彼を平然と悪者扱いし、見下す。
一人である方が楽な彼にとっては寧ろ好都合なものなのだろうが、こうも言われると流石に腹立たしさを覚えた。
『桜木って、散々”雪の精霊”とか言われてるけど、実際は”氷の死神”だよなー』
(ユキのこと、これっぽっちも知らないくせに)
結構低体温で、冷え性で。
言葉や声は冷え冷えとしてることは多くても、行動はびっくりするくらい暖かくて。
沢山の事を考えながら、ただ何事もないように振舞っていることなんて。
「……おーい有里ー、お前、さっきから顔怖いぞー?」
近くに座る順平から、そんな声が聞こえてきた。
どうやら、結構考えこんでしまっていたらしい。
「もしかして、桜木が休んでんのと関係ある感じ?」
「…………」
「アイツ、昔から定期的に検査入院してるんだとよ。鳥海センセーに聞いたけど。
だからまあ、心配しなさんなって!」
「……そう」
そういえば、順平もなんだかんだ最近ユキと話をしている事が多い。
ユキが大抵聞き手で、それも先生が教室に近づいた瞬間本に目を戻し我関せずを貫くけれど。
「順平は、普段ユキと何話してるの?」
「んー?まあ、最近面白かったゲームとか、あとは次の小テストがどうとかだな。アイツのヤマカン、めっちゃ当たるんだぜ!なんだかんだゲームの攻略法とかも一緒に考えてくれるし。」
「へぇ……」
まあ、そりゃあ当たるだろうな。
先生の行動まで予測できるくらいだし。
順平は以前ユキと日直をして以来ポツポツと話すようになったと聞いていた。
ユキ曰く「なんでここまで話しかけてくるのかは分からないけど、害はないから気にしてない」らしい。
「有里は?アイツとどんな会話してるわけよ?」
「そうだな……勉強の事とか、好きな音楽とかかな。たまにおすすめの本紹介し合ったりするし」
「うっわあさっすが……てかあいつ、どんな曲聴くわけ?」
「ピアノとか、そういう楽器系統の曲っていうのかな……前家行ったときは、”絵のない絵本”って曲流してた」
「え、何ソレ?」
「人の声が入った曲、そんなに好きじゃないんだって。聞けなくはないけど、わざわざ聞こうとも思わないらしいよ」
そう答えれば、順平は「なるほどなー」と頷き、「って、お前桜木んち行ったことあんのかよ!」と盛大に突っ込まれた。
「うん。テスト前とか、空いてる日にはちょくちょく」
「そこで普通に返しちゃうお前に驚きだよ俺は。てかあまりアイツの家って想像できないし……
ん?つかアイツ、エロ本とか持ってるのか?」
「……無かったよ。多分存在自体知らないんじゃないかな」
「マジかよ!?それ男子高校生としてどーなの!?」
「知らないし、煩い」
顔を近づけてきた順平の肩を押し、元に戻させる。
窓の外からやってきた風の匂いは、もう秋であることを静かに告げていた。
『それ、なんて曲?』
『……絵のない絵本、第十二夜。クラリネット八重奏』
『へえ……そういうの、結構聴くの?』
『うん。あんまり歌声とか、好きじゃないから』
『?どうして?』
『……お母さんの歌ってた声、忘れそうで』
―彼は、音楽の時間が苦手だったと言っていた。
―校歌を歌う声も、楽しげな歌を歌う無邪気な声も。
―かつて自身の母が歌ってくれた、優しい声が消えてしまいそうで。
『人に前向けって言ってんのは、自分が今前向けてなくて、ずっと記憶と約束にしがみついてるからなんだ。
約束のためって思えば、無理矢理でも前が向けて、周りも少し見えるから騙せてるようなものだし』
そう外を見ながら呟いた彼は、どんな顔をしていたのだろうか。
それにすぐ「違う」と否定の言葉が出なかった僕は、どれほどそのことを後悔するのだろうか。
『同じ道を進んでほしくないから、俺は多分、湊達に声をかけたんだと思うよ』
そう言った彼の足元は、どれだけ真っ黒で歩きづらい道だったのだろうか。
―そもそもその道は、ちゃんと足をつくことができる道だったのだろうか。