12番目のシャドウ
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「彼の精神状態は現在も非常に不安定なんです。詳しくは言えませんが、例えるなら細長い杖で必死に全身を支えているような……いつ倒れるかも分からなければ、治療方法も見つかっていません。……本人には言っておりませんが、寧ろここまでなんとかなっているのは本当に奇跡に近いのです」
案内された、病室向かいの小さな一室。
そう言った医者は、荒垣に棚のファイルに閉じられていた幾つかの紙を見せた。
それはペンで描かれた、木や生き物の絵。
どれも一つ一つ丁寧に描かれているが、それを全体で見てふと、荒垣は首を傾げた。
「……なんか、バランスっつーか……まとまりがない?」
何処かしっかりしているようで、ぼやけている。
どの絵も、そんな印象を受けた。
「それが、今の彼の精神状態です。彼に実際、ひとつの題を提供して描いてもらってます。
簡単に説明すると、一本の堅い意志はあるけれど、それ以外の心情が淡くぼやけている。……これでは、いつか」
そこまで言って、医者は目を伏せる。
「少し気をつけてあげてください。彼はきっと貴方がたが思っているよりも脆い。倒れてからでは遅いんですよ」
「……今回は、それに対する忠告、ですか」
「ええ。……彼の過去は、聞きましたよね?」
首肯。
「……彼は、自分が両親を殺したと思ってる。
…でもそれは、違うんです」
こっそり調べたんですけど、と医者は数枚の写真と書類を出した。
「死因は車同士の衝突による、脳出血です。”影時間”にクッションが作動せず、そのままガラスに……即死、でした。
これは、桐条グループが調べた極秘のものなので、実際はただの事故死と言われていますけど」
その書類に書かれた死亡推定時刻は、”影時間”になってすぐだ。
彼がペルソナを発動させたと言っていたのは、影時間から暫く経ってから。推定時刻と、大きくズレている。
「彼が殺したと言っていたその……”シャドウ”というものは、恐らく彼の両親の僅かに残っていた思念から出現したもので、例えそれを倒してなくとも…………ご両親は亡くなっていたでしょう。
彼はきっとそれをショックで忘れている。そして、自分が殺したのだと……」
「……アンタ、”影時間”を知っているのか?」
「患者の話を聞くのも、医者の役目ですから。
生憎、僕は”棺”の中で眠っていて、体感はできませんけど。信じてはいますよ」
苦笑し、肩を竦める。それに荒垣は「だろうな」と頷き返して、これを自分に教えていいのかと尋ねた。
「さっき、少し話を聞いていたんです。幾月さんに関わらないのであれば、知らせてもいいかと思いまして」
「……」
「俺はあの人が嫌いです。……ユキ君をバケモノ扱いして、何度も無理矢理連れて行こうとやってきました。
ユキ君も、それを忘れていない。だから、あの人を警戒してるんです」
「……ちょっと、誰ですかアンタ?ここは患者がいます。お帰りください。」
外科のある一室の前。医者は幾月に対し、怪訝そうな声を出した。
しかし彼は退くことさえせず、口角を釣り上げる。
「何だねキミは?いやそれよりも彼だよ!あのおどろおどろしい眼に奇っ怪な髪!そんな異形の彼に能力を与えたら最高のバケモノになれる!彼に会わせてくれ!」
「……は?」
カッと血がのぼり、思い切り男の右頬を殴る。
幾月は勢いよく地面に体をうち、医者はそれを見て声を荒げた。
「ふざけんな!てめえはあの子をなんだと思ってる!」
あの子だって、ただの人間なんだぞ。
それをなんだ、まるで、外見が全てかのように決め付けて。
―そんなアンタこそ、バケモノだろ。
「…………お帰りください。今度来たら訴えますから」
―二度と来んな。
言葉を飲み込み冷たく告げると、幾月は肩を竦めて去っていった。
(やっぱり、誰でも入れる外科にいさせちゃダメだな……相談しないと)
そう考えながらガラガラとドアを開けて、「検査の時間だよ」と比較的明るい声を出す。
それまでジイっと本を読んでいた白髪の少年はゆっくりと医者を見、コクリと頷いた。
「……ねえ、せんせい。おれは、おどろおどろしいの?」
検査中、彼はポソリと尋ねる。
「おれのかみ、やっぱり変なの?ねえ、おれ、おかしいの?」
「……そんなことはない、とても綺麗な眼で、素敵な髪だよ。」
そう言って頭を撫でれば、目を細め猫のように手に頭を擦りつけてくる。
無意識の行動らしいが、それが唯一彼が子供っぽく見える行為で思わず微笑んだ。
「……せんせい。おれ、小学校行く前に、おねがいしていい?」
「……なんだい?」
「二年生から、ふくがく?するんだけど、……入院でおやすみしてたってしんだんしょ、書いてほしいんだ」
「……もう、学校行っても平気かい?具合が悪いとかは……」
「かみの毛とか目は、大丈夫。学校行ったりするときはね、うぃっぐ?とか、からーこんたくと?とかしてるから。
それに、ずっとこのままじゃ、お母さん達も心配するし」
淡々と言った彼は、そう言って窓の方を見る。
「おかあさん」と小さく呟かれた声はやはり何の感情もこもっていなくて、医者は気にしないように頷いた。
「……いいよ。でも、退院しても一ヶ月に最低二回は病院に来ること。辛いことがあったら何でも言うこと。この二つは守ってな」
「うん。……ありがとうございます」
ペコリと頭を下げた少年の、重力に従って落ちる白い髪を指で梳く。
「そろそろ、かみも切らなきゃ」と言った彼に、「今度、おじさんに頼もうね」と微笑んだ。
―俺は、彼を完全に支えてあげることも、心の在処を作ってやることも出来ないダメ医者だけれど。
「彼には目的があり、現実と戦う理由がある。……それに寄り添う事を、諦めはしない」
そう言った医者の眼は、確かな決意に包まれていた。
案内された、病室向かいの小さな一室。
そう言った医者は、荒垣に棚のファイルに閉じられていた幾つかの紙を見せた。
それはペンで描かれた、木や生き物の絵。
どれも一つ一つ丁寧に描かれているが、それを全体で見てふと、荒垣は首を傾げた。
「……なんか、バランスっつーか……まとまりがない?」
何処かしっかりしているようで、ぼやけている。
どの絵も、そんな印象を受けた。
「それが、今の彼の精神状態です。彼に実際、ひとつの題を提供して描いてもらってます。
簡単に説明すると、一本の堅い意志はあるけれど、それ以外の心情が淡くぼやけている。……これでは、いつか」
そこまで言って、医者は目を伏せる。
「少し気をつけてあげてください。彼はきっと貴方がたが思っているよりも脆い。倒れてからでは遅いんですよ」
「……今回は、それに対する忠告、ですか」
「ええ。……彼の過去は、聞きましたよね?」
首肯。
「……彼は、自分が両親を殺したと思ってる。
…でもそれは、違うんです」
こっそり調べたんですけど、と医者は数枚の写真と書類を出した。
「死因は車同士の衝突による、脳出血です。”影時間”にクッションが作動せず、そのままガラスに……即死、でした。
これは、桐条グループが調べた極秘のものなので、実際はただの事故死と言われていますけど」
その書類に書かれた死亡推定時刻は、”影時間”になってすぐだ。
彼がペルソナを発動させたと言っていたのは、影時間から暫く経ってから。推定時刻と、大きくズレている。
「彼が殺したと言っていたその……”シャドウ”というものは、恐らく彼の両親の僅かに残っていた思念から出現したもので、例えそれを倒してなくとも…………ご両親は亡くなっていたでしょう。
彼はきっとそれをショックで忘れている。そして、自分が殺したのだと……」
「……アンタ、”影時間”を知っているのか?」
「患者の話を聞くのも、医者の役目ですから。
生憎、僕は”棺”の中で眠っていて、体感はできませんけど。信じてはいますよ」
苦笑し、肩を竦める。それに荒垣は「だろうな」と頷き返して、これを自分に教えていいのかと尋ねた。
「さっき、少し話を聞いていたんです。幾月さんに関わらないのであれば、知らせてもいいかと思いまして」
「……」
「俺はあの人が嫌いです。……ユキ君をバケモノ扱いして、何度も無理矢理連れて行こうとやってきました。
ユキ君も、それを忘れていない。だから、あの人を警戒してるんです」
「……ちょっと、誰ですかアンタ?ここは患者がいます。お帰りください。」
外科のある一室の前。医者は幾月に対し、怪訝そうな声を出した。
しかし彼は退くことさえせず、口角を釣り上げる。
「何だねキミは?いやそれよりも彼だよ!あのおどろおどろしい眼に奇っ怪な髪!そんな異形の彼に能力を与えたら最高のバケモノになれる!彼に会わせてくれ!」
「……は?」
カッと血がのぼり、思い切り男の右頬を殴る。
幾月は勢いよく地面に体をうち、医者はそれを見て声を荒げた。
「ふざけんな!てめえはあの子をなんだと思ってる!」
あの子だって、ただの人間なんだぞ。
それをなんだ、まるで、外見が全てかのように決め付けて。
―そんなアンタこそ、バケモノだろ。
「…………お帰りください。今度来たら訴えますから」
―二度と来んな。
言葉を飲み込み冷たく告げると、幾月は肩を竦めて去っていった。
(やっぱり、誰でも入れる外科にいさせちゃダメだな……相談しないと)
そう考えながらガラガラとドアを開けて、「検査の時間だよ」と比較的明るい声を出す。
それまでジイっと本を読んでいた白髪の少年はゆっくりと医者を見、コクリと頷いた。
「……ねえ、せんせい。おれは、おどろおどろしいの?」
検査中、彼はポソリと尋ねる。
「おれのかみ、やっぱり変なの?ねえ、おれ、おかしいの?」
「……そんなことはない、とても綺麗な眼で、素敵な髪だよ。」
そう言って頭を撫でれば、目を細め猫のように手に頭を擦りつけてくる。
無意識の行動らしいが、それが唯一彼が子供っぽく見える行為で思わず微笑んだ。
「……せんせい。おれ、小学校行く前に、おねがいしていい?」
「……なんだい?」
「二年生から、ふくがく?するんだけど、……入院でおやすみしてたってしんだんしょ、書いてほしいんだ」
「……もう、学校行っても平気かい?具合が悪いとかは……」
「かみの毛とか目は、大丈夫。学校行ったりするときはね、うぃっぐ?とか、からーこんたくと?とかしてるから。
それに、ずっとこのままじゃ、お母さん達も心配するし」
淡々と言った彼は、そう言って窓の方を見る。
「おかあさん」と小さく呟かれた声はやはり何の感情もこもっていなくて、医者は気にしないように頷いた。
「……いいよ。でも、退院しても一ヶ月に最低二回は病院に来ること。辛いことがあったら何でも言うこと。この二つは守ってな」
「うん。……ありがとうございます」
ペコリと頭を下げた少年の、重力に従って落ちる白い髪を指で梳く。
「そろそろ、かみも切らなきゃ」と言った彼に、「今度、おじさんに頼もうね」と微笑んだ。
―俺は、彼を完全に支えてあげることも、心の在処を作ってやることも出来ないダメ医者だけれど。
「彼には目的があり、現実と戦う理由がある。……それに寄り添う事を、諦めはしない」
そう言った医者の眼は、確かな決意に包まれていた。