夏の終わり
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ザアザアと雨が降り注ぐ、初秋。
この分だと文化祭も中止だなと考えながら、ユキはふらりと傘をさして散歩に出ていた。
ウィッグは蒸れるから、念のためにゴーグルだけ付けて、大きめのフードを目深に被る。
ゴーグルの色が濃いからか、木の葉や空が同じような色に見えるのが少し残念だが、面倒な事になるよりはマシだった。
神社の脇まで通りかかると、誰かが階段を慌てて降りてくるのが見えた。
「……乾君?」
「あ……ウサギさん」
彼はペコリとユキに礼をして、すぐに去ろうとする。
ユキはなんとなく彼の方に傘を出して、トントンと肩を叩いた。
「……ウチ、寄ってく?もてなしは出来ないけど、寮よりは近いよ?」
「はい、紅茶大丈夫?」
「あ、はい、いただきます」
天田はユキの家のソファーに腰掛けながら、カップに口を付けた。
(結局、シャワーや洗濯機まで借りちゃったな……)
今着ているのは、彼のお古だという月光館小等部のシャツとズボンだ。
家に着いた途端「風邪ひくから、シャワー浴びておいで」と着替えと共に風呂場に放り込まれたのだから驚きである。
「……ウサギさんは、月光館の生徒だったんですか?」
「……小学校は、そこに通ってたよ」
当たり障りのない、過去の情報。
このくらいなら教えてくれるのかと、天田はのんびりと考える。
ふとリビングを見渡して、その閑散具合にポツリと呟いた。
「まるで、誰も住んでないみたいだ……」
「まあ、俺以外住んでいないからね。俺も一日に数時間しかいないし」
ユキはそう言いながら、何てことないように台所から砥石を持ち出してナイフを研ぎ始める。
「……ご家族は、その……」
「死んだよ。……いや、……殺された、かな」
少し悩んだように出てきた言葉に、天田の体が固くなる。
恨んでないんですか、と掠れた声で聞くと、彼は目を丸くした。
「恨んでも、何にもなんないよ。疲れるだけだ。
それに、そんな事したってさほど意味はない」
「事件があったときのこと、覚えているかな?」
お医者さんの、優しく尋ねる声。出された麦茶にも手をつけず、俺は必死に嘘を搾り出す。
「……お父さんとお母さんは、俺を車が衝突する前にドアを開けて外に押し出して……その後は、よく覚えてません」
「そう……」
「……ごめんなさい」
―嘘なんです。
近所のおじさんが、「謝んな。お前が生きてくれただけでも充分だ」と泣きはらした目で俺を撫でる。
―ごめんなさい。
おじさんとお父さんは、古くからの親友だと聞いていた。多分、ここに来る前に泣いてきたんだろう。
そんな、おじさんにとって大切な人がいなくなって、俺が生きている。
「……ごめん、なさい」
だって俺が、お母さん達を―。
「俺は、シャドウ化した両親を殺した。殺されたのは事実だけど、その憎む対象が自分自身なんて、笑えるだろ?」
もう一本ナイフを研ぎながら言ったユキは、酷く乾いた声をしていた。
「殺したいっていう気持ちは、いつだって自分を置いていく。……その代わり、殺した事だけはずっと忘れられない。糸のように首に絡みついて、これでもかと縛りつけて……動けなくなるんだ」
そう言って自身の首元にナイフを持っていくと、ピッと薄く皮を切る。
天田はそれに言葉を失い、持っていたカップを落としそうになった。
「罪悪感。奪われた憎しみ。何も手元に残らない虚無。それに俺が耐えられたんだったら、今ここに俺はいないんだろうな」
ザアザアと、雨音が外から聞こえてくる。
人を恨む辛さを知る青年は、表情一つ変えずに首元から溢れる血を止め。
人の復讐の為生きていた少年は、ただただ自分の進もうとしていた道が真っ暗であったことに気がついた。
この分だと文化祭も中止だなと考えながら、ユキはふらりと傘をさして散歩に出ていた。
ウィッグは蒸れるから、念のためにゴーグルだけ付けて、大きめのフードを目深に被る。
ゴーグルの色が濃いからか、木の葉や空が同じような色に見えるのが少し残念だが、面倒な事になるよりはマシだった。
神社の脇まで通りかかると、誰かが階段を慌てて降りてくるのが見えた。
「……乾君?」
「あ……ウサギさん」
彼はペコリとユキに礼をして、すぐに去ろうとする。
ユキはなんとなく彼の方に傘を出して、トントンと肩を叩いた。
「……ウチ、寄ってく?もてなしは出来ないけど、寮よりは近いよ?」
「はい、紅茶大丈夫?」
「あ、はい、いただきます」
天田はユキの家のソファーに腰掛けながら、カップに口を付けた。
(結局、シャワーや洗濯機まで借りちゃったな……)
今着ているのは、彼のお古だという月光館小等部のシャツとズボンだ。
家に着いた途端「風邪ひくから、シャワー浴びておいで」と着替えと共に風呂場に放り込まれたのだから驚きである。
「……ウサギさんは、月光館の生徒だったんですか?」
「……小学校は、そこに通ってたよ」
当たり障りのない、過去の情報。
このくらいなら教えてくれるのかと、天田はのんびりと考える。
ふとリビングを見渡して、その閑散具合にポツリと呟いた。
「まるで、誰も住んでないみたいだ……」
「まあ、俺以外住んでいないからね。俺も一日に数時間しかいないし」
ユキはそう言いながら、何てことないように台所から砥石を持ち出してナイフを研ぎ始める。
「……ご家族は、その……」
「死んだよ。……いや、……殺された、かな」
少し悩んだように出てきた言葉に、天田の体が固くなる。
恨んでないんですか、と掠れた声で聞くと、彼は目を丸くした。
「恨んでも、何にもなんないよ。疲れるだけだ。
それに、そんな事したってさほど意味はない」
「事件があったときのこと、覚えているかな?」
お医者さんの、優しく尋ねる声。出された麦茶にも手をつけず、俺は必死に嘘を搾り出す。
「……お父さんとお母さんは、俺を車が衝突する前にドアを開けて外に押し出して……その後は、よく覚えてません」
「そう……」
「……ごめんなさい」
―嘘なんです。
近所のおじさんが、「謝んな。お前が生きてくれただけでも充分だ」と泣きはらした目で俺を撫でる。
―ごめんなさい。
おじさんとお父さんは、古くからの親友だと聞いていた。多分、ここに来る前に泣いてきたんだろう。
そんな、おじさんにとって大切な人がいなくなって、俺が生きている。
「……ごめん、なさい」
だって俺が、お母さん達を―。
「俺は、シャドウ化した両親を殺した。殺されたのは事実だけど、その憎む対象が自分自身なんて、笑えるだろ?」
もう一本ナイフを研ぎながら言ったユキは、酷く乾いた声をしていた。
「殺したいっていう気持ちは、いつだって自分を置いていく。……その代わり、殺した事だけはずっと忘れられない。糸のように首に絡みついて、これでもかと縛りつけて……動けなくなるんだ」
そう言って自身の首元にナイフを持っていくと、ピッと薄く皮を切る。
天田はそれに言葉を失い、持っていたカップを落としそうになった。
「罪悪感。奪われた憎しみ。何も手元に残らない虚無。それに俺が耐えられたんだったら、今ここに俺はいないんだろうな」
ザアザアと、雨音が外から聞こえてくる。
人を恨む辛さを知る青年は、表情一つ変えずに首元から溢れる血を止め。
人の復讐の為生きていた少年は、ただただ自分の進もうとしていた道が真っ暗であったことに気がついた。