幻想に負けない
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今日。今日こそ、声をかけよう。
何度目かの決心を固めながら、SHR終わりにこっそりと隣のクラスを覗く。
(桜木君、桜木君は……)
この前、一緒に教科書を拾ってくれた黒髪で眼鏡の男の子。
後ろの扉の方から顔を覗かせていると、彼は窓際の席で今まさに鞄を手に出て行くところだった。
「あ、あの、桜木君!」
ドアの前で待ち伏せして声をかければ、彼はゆっくりとした動作でこちらを見て、首を傾げる。
黒い髪がサラサラと音を立て、眼鏡の向こうの金色の瞳が「何?」と告げていた。
「その……私、山岸風花です。この前教科書を拾ってくれたお礼がしたいんだけど……今、空いてるかな?」
「……お礼?」
何の感情もこもってない声におずおずと頷くと、「別に、構わないが」と肯定が返ってくる。
「よかった……!じゃあ、ちょっと一緒に来てください!」
「え……」
キョトンとしている彼の腕を引っ張り、早足で階段を降りる。
彼は少しもたついたものの、腕を振り払う様子はない。
階段を降りてすぐ、右手側にある調理室のドアを開き、そこに彼を招いた。
「少し待っててね、今から作るから!」
「わかった」
桜木君は特にそれ以上聞く事もなく近くの椅子に腰掛けて、鞄の中から本を取り出しペラリとめくり始める。
タイトルはカバーで見えないが、装丁が綺麗で大切に読まれていることが遠目からでも分かった。
それに感心し、テーブルに向き直ってよしと意気込む。
(今日こそレシピ通り、頑張ろう!)
数十分後。
「……クッキー?」
「う、うん。その、クッキーなんだけど……」
桜木君の問いかけに、気まずくなって俯く。
彼が指差すお皿の上に乗っかっているのは、黒い焦げの塊で、どう見てもクッキーには見えないもの。
(どうしてこうなっちゃったんだろう……小麦粉の入れすぎ?オーブンの温めすぎ?)
考えだしたらキリがない。そもそもこれをクッキーだと分かった彼が凄い。
「お礼にと思ったんだけど……食べなくていいよ」と苦笑いしながら言うと、彼の細い指がヒョイとその欠片をつまんだ。
そのまま口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。
「……まあ、食えなくはない」
ひとつ、またひとつと口に入れ、何てことないように食べるその様を茫然と見つめる。
「え、こ、焦げてるよ!?体に悪いって……!!」
「今月の食費が浮いたと思えば、安い」
全部食べきってしまうと、指に付いた分の焦げをペロリと舐め、「ごちそうさま」と呟くように言った。
お皿を洗い場に運んでいく彼の姿に慌てて、「わ、私がやるよ!」と声をかける。
「今月の……?いつも朝ごはんとか、食べてないの?」
「基本、そんな食欲がわく体じゃないから。週一か、月一か……まともな食事はそのくらい。あとは大体飴1つ」
カチャカチャ、カチャカチャ。
食器を片付ける音が、調理室に響く。
桜木君は調理で使ったボウルも綺麗に洗いながら答え、私は目を丸くした。
「ええっ?それって、倒れちゃわない?」
「別に。慣れてるし」
どうも、食べる気になれないだけで。
そう言った彼の目はとても澄んでいて、何を考えているのかまるで見当がつかなかった。
「……炭を食べたのは、初めてだったけど」
「うう……ご、ごめんなさい……」
ぼそりと呟かれた一言に首を落とすと、彼は食器を乾いたタオルで拭いて水気を落とす。
「気持ちは伝わった。だから、謝る必要はない」
最後の皿を拭いて棚に戻すと、彼は椅子に置いた鞄を手にドアを開いた。
「じゃあな、山岸さん」
振り向いてはそう言って、スタスタと廊下へ去っていく。
(……やっぱり、先生達の噂と違う)
段々その音も聞えなくなって、私は片付けられた食器を見ながらふと考える。
(先生は、”サボりぐせの多い不良”とか、”カンニングの常習犯”とか”短気で手に余る問題児”とか言ってるけど……そもそも先生以外そんな事言ってないし、事件とか起こしてる人にも全然見えないし……)
―何を考えているのか、なんて、全然わからないけど。
「桜木君は、怖い人じゃない……」
多分、いや、きっと。
話せば分かる人なんだって、そう、思った。
何度目かの決心を固めながら、SHR終わりにこっそりと隣のクラスを覗く。
(桜木君、桜木君は……)
この前、一緒に教科書を拾ってくれた黒髪で眼鏡の男の子。
後ろの扉の方から顔を覗かせていると、彼は窓際の席で今まさに鞄を手に出て行くところだった。
「あ、あの、桜木君!」
ドアの前で待ち伏せして声をかければ、彼はゆっくりとした動作でこちらを見て、首を傾げる。
黒い髪がサラサラと音を立て、眼鏡の向こうの金色の瞳が「何?」と告げていた。
「その……私、山岸風花です。この前教科書を拾ってくれたお礼がしたいんだけど……今、空いてるかな?」
「……お礼?」
何の感情もこもってない声におずおずと頷くと、「別に、構わないが」と肯定が返ってくる。
「よかった……!じゃあ、ちょっと一緒に来てください!」
「え……」
キョトンとしている彼の腕を引っ張り、早足で階段を降りる。
彼は少しもたついたものの、腕を振り払う様子はない。
階段を降りてすぐ、右手側にある調理室のドアを開き、そこに彼を招いた。
「少し待っててね、今から作るから!」
「わかった」
桜木君は特にそれ以上聞く事もなく近くの椅子に腰掛けて、鞄の中から本を取り出しペラリとめくり始める。
タイトルはカバーで見えないが、装丁が綺麗で大切に読まれていることが遠目からでも分かった。
それに感心し、テーブルに向き直ってよしと意気込む。
(今日こそレシピ通り、頑張ろう!)
数十分後。
「……クッキー?」
「う、うん。その、クッキーなんだけど……」
桜木君の問いかけに、気まずくなって俯く。
彼が指差すお皿の上に乗っかっているのは、黒い焦げの塊で、どう見てもクッキーには見えないもの。
(どうしてこうなっちゃったんだろう……小麦粉の入れすぎ?オーブンの温めすぎ?)
考えだしたらキリがない。そもそもこれをクッキーだと分かった彼が凄い。
「お礼にと思ったんだけど……食べなくていいよ」と苦笑いしながら言うと、彼の細い指がヒョイとその欠片をつまんだ。
そのまま口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。
「……まあ、食えなくはない」
ひとつ、またひとつと口に入れ、何てことないように食べるその様を茫然と見つめる。
「え、こ、焦げてるよ!?体に悪いって……!!」
「今月の食費が浮いたと思えば、安い」
全部食べきってしまうと、指に付いた分の焦げをペロリと舐め、「ごちそうさま」と呟くように言った。
お皿を洗い場に運んでいく彼の姿に慌てて、「わ、私がやるよ!」と声をかける。
「今月の……?いつも朝ごはんとか、食べてないの?」
「基本、そんな食欲がわく体じゃないから。週一か、月一か……まともな食事はそのくらい。あとは大体飴1つ」
カチャカチャ、カチャカチャ。
食器を片付ける音が、調理室に響く。
桜木君は調理で使ったボウルも綺麗に洗いながら答え、私は目を丸くした。
「ええっ?それって、倒れちゃわない?」
「別に。慣れてるし」
どうも、食べる気になれないだけで。
そう言った彼の目はとても澄んでいて、何を考えているのかまるで見当がつかなかった。
「……炭を食べたのは、初めてだったけど」
「うう……ご、ごめんなさい……」
ぼそりと呟かれた一言に首を落とすと、彼は食器を乾いたタオルで拭いて水気を落とす。
「気持ちは伝わった。だから、謝る必要はない」
最後の皿を拭いて棚に戻すと、彼は椅子に置いた鞄を手にドアを開いた。
「じゃあな、山岸さん」
振り向いてはそう言って、スタスタと廊下へ去っていく。
(……やっぱり、先生達の噂と違う)
段々その音も聞えなくなって、私は片付けられた食器を見ながらふと考える。
(先生は、”サボりぐせの多い不良”とか、”カンニングの常習犯”とか”短気で手に余る問題児”とか言ってるけど……そもそも先生以外そんな事言ってないし、事件とか起こしてる人にも全然見えないし……)
―何を考えているのか、なんて、全然わからないけど。
「桜木君は、怖い人じゃない……」
多分、いや、きっと。
話せば分かる人なんだって、そう、思った。