タルタロスと保健室
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……どうしてこうなった。
湊は自身の手を見、ため息をついた。
その手は白く細い指によって握られていて、白くサラサラとした頭を撫で続けている。
―確か自分は、疲労しきっていて休みたいと昼休みに保健室に来て。
江戸川先生に劇薬を無理に飲まされれば小さく魘されている声が聞こえて……
「……誰か、休んでるんですか?」
「エエ。アルビノの人形が」
「………」
「半分冗談です。見てもいいですが、沈黙を誓いなさい有里」
「……はあ」
怪訝な顔をしながらもベッドのカーテンを開けると、其処には怪我だらけのユキが寝込んでいて。
目を見開いて「……ユキ?」と呟くと、「アラ、知っていたので?」と後ろから声が返ってきた。
「たまに倒れているんです、彼。ま、どのケガも軽いし長年の付き合いなので、黙っているんですがね」
「……それ、僕に言って大丈夫なんですか?」
「彼の素顔を知っているものは限られる。故に、それで物怖じしないのでしたら大丈夫でしょう」
江戸川先生はお茶をコップに入れながらキヒヒと笑い、「体調が優れないのでしたら、ここで休むついでに彼の様子を見ていてくれませんかね?僕これからちょっと授業がありますので」と言っては有無も言わさず去っていった。
やる事もないので仕方なく彼の近くまで足を運び、そのへんにあった椅子に腰掛ける。
窓から風が入り込んで、彼の髪を揺らす。
その顔は少し苦しそうで、でも普通の人にはわからないほど小さな差異だった。
包帯に、湿布。小さなそれらが彼の体を包み込むように至る箇所に貼られていて、顔を顰める。
(昨日、帰るときは此処まで酷くも無かったはず……あの後、地下で何かあったのか……?)
「……、ん……」
ジッと見ていると彼が僅かに眉間に皺を寄せ、呻く。
それをほぐしてやるように撫で、そのまま手を頭に持っていった。
(……やっぱり、サラサラだな……)
湊もくせっ毛になりにくいのだが、彼の更に絹糸のような細い髪が指をすり抜けていくのを見ると、本当に綺麗だと思う。
そしてずっとなで続け、現在に至る。
しばらくそれを堪能して手を離そうとしたら、ギュッと彼の手がそれを拒んだのだ。
「んん……」
もっと、と強請るように白い頬にすり寄せられ、驚きで思わず椅子から落ちそうになる。
かろうじて背もたれをもう片方の手で掴み寄せ、全身を支えて元の体勢に戻っては顔を手で覆った。
(……何、このねだり方)
子供か。と言いたくなる本心を抑え、手を離さないままにまた頭を撫でる。
頬も撫でてみたかったが、後が怖い。
するとポツリ、「お母さん」と小さな声と同時に一粒の涙が彼の左目からこぼれ落ちた。
「……」
母との夢を、見ていたのだろうか。
考えて、そういえば自分はどうだろうと思い直す。
彼と同じ、10年前に両親を事故で亡くした身で。
果たして、親の夢は見れていたのだろうか。
否。恐らく、そんな事考えてもいなかった。
「……面倒くさい」
一言そう言ってしまえば、全てに諦めがついたから。
どんな事でも、人との関係ですら無関心であれたから。
もぞもぞと動いて、彼が薄く目を開ける。
綺麗な瞳は少しだけそれを丸くさせると、すぐいつものつり目に戻った。
「……湊、具合でも悪いなら寝てたら?」
何で此処に、とか。そんな質問を軽く飛び越えて彼は訊く。
「どうして、とか、ないの?」
「だって、湊凄い眠そうだし。此処は保健室なんだから、具合の悪い奴が来るところでしょ?」
「……まあ、そうだね」
「じゃあ、寝たら?」
僕を見上げ、ユキは小さく首を傾げた。僕は息を吐いて「なら、手を離してほしいんだけど」と告げる。
「ん……あ、ごめんね、何か借りちゃってて」
「……別に」
混乱もなくあっさりと離されたその手に、少し拍子抜けする。
(てっきり、ビックリされて慌てて離されると思ってたんだけど)
先程から考えてはいたけれど、どうやら驚きの沸点が著しく高いようだ。
彼は何事も無かったかのように包帯を外し、貼られていた湿布をペリペリとはがしては小さくたたんで近くにあったゴミ箱に捨てていく。
「もう大丈夫なの?」
「朝からずっと寝てたし、平気。それより、湊の方が寝た方がいいだろ」
ぐい。言葉と同時に腕を引っ張られ、前に倒れこむ。前方には勿論ユキのいるベッドがあるわけで、大した衝撃もなく布団に顔をダイブさせると、そのまま腕をズリズリと引かれ気づいたらベッドに寝かされる体勢になっていた。
「……ちょっと待って、僕まだ上靴脱いでない」
「ああ、悪い」
ユキはベッドから抜けると、僕の靴をヒョイと取って下に置く。そして僕がさっきまで座っていた椅子に座ると、「寝ていいよ」と促した。
「放課後何か用事があるなら起こすし、すぐ帰るなら鞄も持ってくる」
「……それは、その髪で?」
「あ、そうか」
納得したように手を叩くと、「それは考えてなかった」と呟くように言う。
「じゃあ、放課後になったら起こすだけにする」
「それは助かる……くああ」
「……早く寝ろ」
彼はそう言って、そっぽを向く。僕はそれに頷いて、ゆっくりと瞼を下ろした。
心地良い風が吹く。もうそろそろ、夏になる。
湊は自身の手を見、ため息をついた。
その手は白く細い指によって握られていて、白くサラサラとした頭を撫で続けている。
―確か自分は、疲労しきっていて休みたいと昼休みに保健室に来て。
江戸川先生に劇薬を無理に飲まされれば小さく魘されている声が聞こえて……
「……誰か、休んでるんですか?」
「エエ。アルビノの人形が」
「………」
「半分冗談です。見てもいいですが、沈黙を誓いなさい有里」
「……はあ」
怪訝な顔をしながらもベッドのカーテンを開けると、其処には怪我だらけのユキが寝込んでいて。
目を見開いて「……ユキ?」と呟くと、「アラ、知っていたので?」と後ろから声が返ってきた。
「たまに倒れているんです、彼。ま、どのケガも軽いし長年の付き合いなので、黙っているんですがね」
「……それ、僕に言って大丈夫なんですか?」
「彼の素顔を知っているものは限られる。故に、それで物怖じしないのでしたら大丈夫でしょう」
江戸川先生はお茶をコップに入れながらキヒヒと笑い、「体調が優れないのでしたら、ここで休むついでに彼の様子を見ていてくれませんかね?僕これからちょっと授業がありますので」と言っては有無も言わさず去っていった。
やる事もないので仕方なく彼の近くまで足を運び、そのへんにあった椅子に腰掛ける。
窓から風が入り込んで、彼の髪を揺らす。
その顔は少し苦しそうで、でも普通の人にはわからないほど小さな差異だった。
包帯に、湿布。小さなそれらが彼の体を包み込むように至る箇所に貼られていて、顔を顰める。
(昨日、帰るときは此処まで酷くも無かったはず……あの後、地下で何かあったのか……?)
「……、ん……」
ジッと見ていると彼が僅かに眉間に皺を寄せ、呻く。
それをほぐしてやるように撫で、そのまま手を頭に持っていった。
(……やっぱり、サラサラだな……)
湊もくせっ毛になりにくいのだが、彼の更に絹糸のような細い髪が指をすり抜けていくのを見ると、本当に綺麗だと思う。
そしてずっとなで続け、現在に至る。
しばらくそれを堪能して手を離そうとしたら、ギュッと彼の手がそれを拒んだのだ。
「んん……」
もっと、と強請るように白い頬にすり寄せられ、驚きで思わず椅子から落ちそうになる。
かろうじて背もたれをもう片方の手で掴み寄せ、全身を支えて元の体勢に戻っては顔を手で覆った。
(……何、このねだり方)
子供か。と言いたくなる本心を抑え、手を離さないままにまた頭を撫でる。
頬も撫でてみたかったが、後が怖い。
するとポツリ、「お母さん」と小さな声と同時に一粒の涙が彼の左目からこぼれ落ちた。
「……」
母との夢を、見ていたのだろうか。
考えて、そういえば自分はどうだろうと思い直す。
彼と同じ、10年前に両親を事故で亡くした身で。
果たして、親の夢は見れていたのだろうか。
否。恐らく、そんな事考えてもいなかった。
「……面倒くさい」
一言そう言ってしまえば、全てに諦めがついたから。
どんな事でも、人との関係ですら無関心であれたから。
もぞもぞと動いて、彼が薄く目を開ける。
綺麗な瞳は少しだけそれを丸くさせると、すぐいつものつり目に戻った。
「……湊、具合でも悪いなら寝てたら?」
何で此処に、とか。そんな質問を軽く飛び越えて彼は訊く。
「どうして、とか、ないの?」
「だって、湊凄い眠そうだし。此処は保健室なんだから、具合の悪い奴が来るところでしょ?」
「……まあ、そうだね」
「じゃあ、寝たら?」
僕を見上げ、ユキは小さく首を傾げた。僕は息を吐いて「なら、手を離してほしいんだけど」と告げる。
「ん……あ、ごめんね、何か借りちゃってて」
「……別に」
混乱もなくあっさりと離されたその手に、少し拍子抜けする。
(てっきり、ビックリされて慌てて離されると思ってたんだけど)
先程から考えてはいたけれど、どうやら驚きの沸点が著しく高いようだ。
彼は何事も無かったかのように包帯を外し、貼られていた湿布をペリペリとはがしては小さくたたんで近くにあったゴミ箱に捨てていく。
「もう大丈夫なの?」
「朝からずっと寝てたし、平気。それより、湊の方が寝た方がいいだろ」
ぐい。言葉と同時に腕を引っ張られ、前に倒れこむ。前方には勿論ユキのいるベッドがあるわけで、大した衝撃もなく布団に顔をダイブさせると、そのまま腕をズリズリと引かれ気づいたらベッドに寝かされる体勢になっていた。
「……ちょっと待って、僕まだ上靴脱いでない」
「ああ、悪い」
ユキはベッドから抜けると、僕の靴をヒョイと取って下に置く。そして僕がさっきまで座っていた椅子に座ると、「寝ていいよ」と促した。
「放課後何か用事があるなら起こすし、すぐ帰るなら鞄も持ってくる」
「……それは、その髪で?」
「あ、そうか」
納得したように手を叩くと、「それは考えてなかった」と呟くように言う。
「じゃあ、放課後になったら起こすだけにする」
「それは助かる……くああ」
「……早く寝ろ」
彼はそう言って、そっぽを向く。僕はそれに頷いて、ゆっくりと瞼を下ろした。
心地良い風が吹く。もうそろそろ、夏になる。