タルタロスと保健室
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薬品独特の匂いに目を開けると、真っ白な天井とカーテンが目に入ってきた。
体を起こして現状を確認。そして記憶を掘り返す。
いつもシャドウを倒す時つけているゴーグルが脇に置いてある。服も影時間のときに着ていたもので、しかしこの薬品の臭いからして場所は保健室。
そこで一つの答えにたどり着き、起き上がって小さくため息をつく。
「また、途中で倒れたか……」
地下モナドでは、よくあることだった。
自分は一人で散策するために、体力をギリギリまで消耗して帰れない事がある。
何故かは分からないがどうやらモナドのどの階層もこの保健室に繋がっているらしく、そこで倒れる度に此処で目を覚ますのだ。
「ハイ桜木。体調はどうですか?僕手製のドリンクでも飲みます?」
養護教諭の江戸川先生が、そう言ってニヤリと笑いながら振り向き奇妙な色のコップを手に取る。
「遠慮します」
俺が短く断ると、「それは残念……イヒヒ」と笑って先生はコップを机に置いた。
「今は四時間目ですね。ああ、担任の先生には僕から休みの連絡があったと伝えておきました」
「……すみません、助かります」
「イエ。流石にその格好じゃあ授業にも出られないでしょう」
放課後になったら、帰ってくださいね。
先生はそう言って、また机作業に戻る。俺はハイと答えて、ベッドに横になった。
このやり取りは、初めてじゃない。
7年前から俺が地下で倒れる度、やっていることだった。
初めてモナドに入ったあの日、これまでのと比べ明らかに格上の強敵にあっという間に体力を奪われその空間で意識を失った。
けれど目が覚めると真っ白で陽の差すベッドに寝かされていて。驚いて起き上がり傷が包帯に巻かれていることを確認すると、しきり用のカーテンがシャッと開かれ男がヒョイと顔を出した。
「ハイ坊や。大丈夫ですか?」
「……え、あ、はい」
大きな眼鏡に、白衣。無精髭のその男性に、思わず後ずさる。
此処はどこだろう。確かタルタロスの地下で戦ってた筈だ。じゃあ、この人は誰だ。敵?いや、わからない。
当時珍しく混乱してた頭をグルグル回転させて、起こした体を必死に自分の手で抱きかかえる。
そうだ。ナイフ。ナイフを持っている。何かあれば、これで殺せば。
脚に巻いていたナイフをギュッと握り、「誰ですか」と訊く。すると男性は気だるそうな声で頭を掻きながら答えた。
「僕は月光館学園で養護教諭をしてます、江戸川です。まあ、いうなれば保健の先生ですね」
「……保健の、先生?」
「ハイ」
月光館学園は、確かタルタロスになっている場所だ。そうなると、倒れた場所が運良くこの場所に繋がれていたと考えるのが妥当なようだった。
「この部屋で倒れてましたけど、何があったんですか?」
江戸川と名乗った教諭は椅子に腰掛け、話を促す。
俺は本当の話をしたかったけれど、きっとこの人は影時間というのを知らない人だ。正直に言っても寧ろ普通の人を巻き込んでしまいかねないし、何か別の理由を作る必要がある。
「……えっと、お兄ちゃんが忘れ物したから取ってきてくれって、その、でも迷っちゃって、」
お兄ちゃんなんて、そもそも両親もいないけれど。
それに、これだけ怪我しているのも違和感がありすぎるけれど。
それくらいしか、10の俺に考えられる言い訳が無かった。
教師は嘘だとはわかったのだろうが、特に詮索はしないと決めたのかゆらりと冷蔵庫に目を向ける。
「まあ、ゆっくり休んでください。僕は別に親御さんに連絡とかしませんから」
「………あり、がと、う……」
親御さん、連絡さえ入らないけどね。俺はそう呟いて、明るい外を見る。
昨日が金曜日だったから、今日は土曜日か。小学校も幸い休みだ。宿題は帰ってからやれば間に合うし、新聞屋のおじさんの手伝いも夕方からだったはず。
お昼までに帰れば大丈夫かな。そこまで考えると、少年、と声をかけられた。
「代わりと言ってはなんですが、僕の作った薬飲んでってください。……イヒヒ」
江戸川がそう言って差し出してきたコップには、明らかに色合いがおかしい液体が入っていて。
でもこれで詮索しないのならと、一口飲み込んだところで咳き込んだ。
「?……っげほ!な、なにこれ……苦い……」
「劇薬です」
舌がピリピリする。体力が一気に削り取られそうだ。口の中に広がるどんな味かも例え難い風味は吐き気がして、思わずバタバタと蛇口まで走り水で薄めた。
「……はー、はー……げ、きやく?」
「イエス。どうですか、味は?」
「……すごい苦い。体力限界までなくなりそう」
正直な感想を述べると、彼はニヤニヤと笑って「劇薬ですからねえ」と言った。
「ま、死にはしません。大丈夫でしょう」
「………そう」
未だ口の中に残る風味に眉を寄せていると、ふと江戸川の手が俺の髪に触れた。
「……この髪は、元からですか?」
それは、白い白い髪。そういえば家に帰っていないのだから、ウィッグを付けてなかったなと考えながら俺はコクリと頷く。
「そうだよ。目も、生まれた時からのもの。普段は隠してるけど」
気持ち悪いでしょ。そう言うと、江戸川は首を横に振った。
「イエ。とても魔術向きのいい髪だなと思いまして」
褒められているのか分からず首を傾げた俺に、江戸川は「また来てもいいですよ」と言いながら頭を撫でる。
そして俺の背に合わせてしゃがんだかと思うと、両肩に手を置かれた。
「さて、僕の名前は教えました。次は君の番です」
「……ユキ。桜木ユキ」
「ユキ君ですか。良い名ですね」
「……また来ても、怒らない?」
「イエス。宗教や魔術について知りたいのでしたら」
「なにそれ」
首を傾げた俺に、江戸川はニヤリと笑って「保健の授業です」と答える。
その後しばらく話をして、比較的人の少ない昼前に家に帰らせてもらった。
それが、江戸川と俺の出会いである。
ふわり。
何かが、頭に触れている。見上げると、母がニコリと微笑みながらその手で俺の頭を撫でていた。
(……なんか、あったかいな……)
気持ちいい、なんて考えていると、その熱がそうっと離れていく。
(……もう少し)
手を掴み、頬にすり寄せる。すると母は困ったように笑って、「甘えん坊ね」と言ってはまた頭に手を置いて撫ではじめた。
(……気持ちが、ぽかぽかしてる……?なんだっけ、この、感情の名前……)
ふわり。
浮遊感がして、視界が真っ白になっていく。
ああ、これは夢だったのか。
最後の最後、俺はそう感じながら、少し冷たくなった心臓と頬から流れる暖かい何かに首を傾げた。
体を起こして現状を確認。そして記憶を掘り返す。
いつもシャドウを倒す時つけているゴーグルが脇に置いてある。服も影時間のときに着ていたもので、しかしこの薬品の臭いからして場所は保健室。
そこで一つの答えにたどり着き、起き上がって小さくため息をつく。
「また、途中で倒れたか……」
地下モナドでは、よくあることだった。
自分は一人で散策するために、体力をギリギリまで消耗して帰れない事がある。
何故かは分からないがどうやらモナドのどの階層もこの保健室に繋がっているらしく、そこで倒れる度に此処で目を覚ますのだ。
「ハイ桜木。体調はどうですか?僕手製のドリンクでも飲みます?」
養護教諭の江戸川先生が、そう言ってニヤリと笑いながら振り向き奇妙な色のコップを手に取る。
「遠慮します」
俺が短く断ると、「それは残念……イヒヒ」と笑って先生はコップを机に置いた。
「今は四時間目ですね。ああ、担任の先生には僕から休みの連絡があったと伝えておきました」
「……すみません、助かります」
「イエ。流石にその格好じゃあ授業にも出られないでしょう」
放課後になったら、帰ってくださいね。
先生はそう言って、また机作業に戻る。俺はハイと答えて、ベッドに横になった。
このやり取りは、初めてじゃない。
7年前から俺が地下で倒れる度、やっていることだった。
初めてモナドに入ったあの日、これまでのと比べ明らかに格上の強敵にあっという間に体力を奪われその空間で意識を失った。
けれど目が覚めると真っ白で陽の差すベッドに寝かされていて。驚いて起き上がり傷が包帯に巻かれていることを確認すると、しきり用のカーテンがシャッと開かれ男がヒョイと顔を出した。
「ハイ坊や。大丈夫ですか?」
「……え、あ、はい」
大きな眼鏡に、白衣。無精髭のその男性に、思わず後ずさる。
此処はどこだろう。確かタルタロスの地下で戦ってた筈だ。じゃあ、この人は誰だ。敵?いや、わからない。
当時珍しく混乱してた頭をグルグル回転させて、起こした体を必死に自分の手で抱きかかえる。
そうだ。ナイフ。ナイフを持っている。何かあれば、これで殺せば。
脚に巻いていたナイフをギュッと握り、「誰ですか」と訊く。すると男性は気だるそうな声で頭を掻きながら答えた。
「僕は月光館学園で養護教諭をしてます、江戸川です。まあ、いうなれば保健の先生ですね」
「……保健の、先生?」
「ハイ」
月光館学園は、確かタルタロスになっている場所だ。そうなると、倒れた場所が運良くこの場所に繋がれていたと考えるのが妥当なようだった。
「この部屋で倒れてましたけど、何があったんですか?」
江戸川と名乗った教諭は椅子に腰掛け、話を促す。
俺は本当の話をしたかったけれど、きっとこの人は影時間というのを知らない人だ。正直に言っても寧ろ普通の人を巻き込んでしまいかねないし、何か別の理由を作る必要がある。
「……えっと、お兄ちゃんが忘れ物したから取ってきてくれって、その、でも迷っちゃって、」
お兄ちゃんなんて、そもそも両親もいないけれど。
それに、これだけ怪我しているのも違和感がありすぎるけれど。
それくらいしか、10の俺に考えられる言い訳が無かった。
教師は嘘だとはわかったのだろうが、特に詮索はしないと決めたのかゆらりと冷蔵庫に目を向ける。
「まあ、ゆっくり休んでください。僕は別に親御さんに連絡とかしませんから」
「………あり、がと、う……」
親御さん、連絡さえ入らないけどね。俺はそう呟いて、明るい外を見る。
昨日が金曜日だったから、今日は土曜日か。小学校も幸い休みだ。宿題は帰ってからやれば間に合うし、新聞屋のおじさんの手伝いも夕方からだったはず。
お昼までに帰れば大丈夫かな。そこまで考えると、少年、と声をかけられた。
「代わりと言ってはなんですが、僕の作った薬飲んでってください。……イヒヒ」
江戸川がそう言って差し出してきたコップには、明らかに色合いがおかしい液体が入っていて。
でもこれで詮索しないのならと、一口飲み込んだところで咳き込んだ。
「?……っげほ!な、なにこれ……苦い……」
「劇薬です」
舌がピリピリする。体力が一気に削り取られそうだ。口の中に広がるどんな味かも例え難い風味は吐き気がして、思わずバタバタと蛇口まで走り水で薄めた。
「……はー、はー……げ、きやく?」
「イエス。どうですか、味は?」
「……すごい苦い。体力限界までなくなりそう」
正直な感想を述べると、彼はニヤニヤと笑って「劇薬ですからねえ」と言った。
「ま、死にはしません。大丈夫でしょう」
「………そう」
未だ口の中に残る風味に眉を寄せていると、ふと江戸川の手が俺の髪に触れた。
「……この髪は、元からですか?」
それは、白い白い髪。そういえば家に帰っていないのだから、ウィッグを付けてなかったなと考えながら俺はコクリと頷く。
「そうだよ。目も、生まれた時からのもの。普段は隠してるけど」
気持ち悪いでしょ。そう言うと、江戸川は首を横に振った。
「イエ。とても魔術向きのいい髪だなと思いまして」
褒められているのか分からず首を傾げた俺に、江戸川は「また来てもいいですよ」と言いながら頭を撫でる。
そして俺の背に合わせてしゃがんだかと思うと、両肩に手を置かれた。
「さて、僕の名前は教えました。次は君の番です」
「……ユキ。桜木ユキ」
「ユキ君ですか。良い名ですね」
「……また来ても、怒らない?」
「イエス。宗教や魔術について知りたいのでしたら」
「なにそれ」
首を傾げた俺に、江戸川はニヤリと笑って「保健の授業です」と答える。
その後しばらく話をして、比較的人の少ない昼前に家に帰らせてもらった。
それが、江戸川と俺の出会いである。
ふわり。
何かが、頭に触れている。見上げると、母がニコリと微笑みながらその手で俺の頭を撫でていた。
(……なんか、あったかいな……)
気持ちいい、なんて考えていると、その熱がそうっと離れていく。
(……もう少し)
手を掴み、頬にすり寄せる。すると母は困ったように笑って、「甘えん坊ね」と言ってはまた頭に手を置いて撫ではじめた。
(……気持ちが、ぽかぽかしてる……?なんだっけ、この、感情の名前……)
ふわり。
浮遊感がして、視界が真っ白になっていく。
ああ、これは夢だったのか。
最後の最後、俺はそう感じながら、少し冷たくなった心臓と頬から流れる暖かい何かに首を傾げた。