さようなら
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3月5日。卒業式。
”約束”をしていた僕らは、屋上に集まっていた。
でも確かに、確かに全員揃っている筈なのに。
―足りない。
誰か、足りない。
「……皆様、お揃いでしょうか?」
ふと、屋上のドアが開き、一人の男性が入ってきた。
エリザベスの服に似た模様の、シックな服を来た男性。顔立ちも何処か彼女に似ている。
「……えっと、どちら様……?」
「テオドア、と申します。姉のエリザベス同様、皆様の旅路を見送る者でございます」
「……で、何の用?」
そう尋ねると、テオドアと名乗った男性は恭しく礼をし、そして口を開いた。
「お客様に、答えを差し上げにまいりました」
「……え?」
「もう既に気づいているでしょう?一人、此処に足りないということを」
「……」
「そして、彼を思い出すことが出来ない。それは当たり前でございます」
「……何が言いたい」
「貴方がたの忘れてしまった、一人の青年の話を致しましょう。彼の名前はウサギ。またの名を――桜木ユキ」
そう前置きして語りだした彼は、ただ淡々と、その物語を紡ぎ始めた。
「彼は10年前、現在のタルタロスに最も近い場所で事故に巻き込まれ、デス―ニュクスに出会いました。そしてペルソナを覚醒され、一つの約束をします」
10年後まで、人を殺すのは待って欲しい。
それまでに、答えを見つけるからと。
「そしてその後、彼の目の前で両親がシャドウ化。彼はあまりのショックに自我を失い、そのシャドウを自身の人格ごと『食べ』てしまいました」
黒く禍々しいものに変貌した両親に、少年は現実を受け入れる余裕も無かった。
ただ、微かな平穏が崩れ去っていく様を泣き叫びながら見ているしかなかった。
「それが、『死神』のアルカナ、イーター。彼の暴走した姿であり、彼の感情そのものを獲得した異形のペルソナです」
本来在ったはずの、家族での思い出や笑顔、そして、人間としての本能。
それは本体から『もう一人の自分』に押し込まれ、飲み込まれ、失った。
「彼は一人になり、その影時間も普通は感じることもないのだと悟って、その髪と目を第一に隠しました」
この髪や目は異形だと、警察や周りの目で理解した。
嘘をつくことを覚え、病院からも安定剤を貰った彼は、どんどんと自然に感情を失った。
「なんとか金を稼ぎ、仲の良い者も作らず、タルタロスにこっそり入ってはその力を磨き続けました」
封印するには、力が必要だ。
一人でも倒せる力を、彼は求めた。
「そうやって過ごしているうちに、彼の前に一人の青年が現れました」
―変な奴だと思った。
―迷ってばっかで、巻き込まれ体質みたいな人間。
「青年は、自分の目と髪に怯えない人間でした」
―その瞳に宿っていたのは、好奇でも恐怖でもなかった。
―それがなんだがむず痒くて、不思議だった。
「彼は青年もペルソナが使えると知り、何とかして守りたいと無茶をするようになりました」
何も喪いたくないという心が、彼を無理矢理引きずった。
奥底に深く根付いた記憶はトラウマとなり、その身に何度も降りかかった。
「彼は気づいていました。青年がもう一人の、ニュクスに『大いなる封印』を使える存在だと」
自分とは違う特異の力『ワイルド』を持つ青年。
彼もまた、答えを要求された人間なのだと。『デス』が封じ込まれたその身には、様々なアルカナが確立し共存することが可能なのだと。
「けれど、きっと青年は、その代償に命を使ってしまうだろうと焦ります。封印に使われる代償は、自らの心から大切なもの。彼等は命の上にコミュニティを築き、その命が重くなって何よりも大切なものに変わっているだろうと」
―沢山の人と固い絆を結んだ、大きな、大切な命。
ニュクスを封じるのに使われようとしていたものの重さが、彼は恐ろしく、怖かった。
「彼は、それなら自分はどうかと考えました」
―もし、自分がこの命を投げ出してしまえたら。
「自分は、自らの命なんてどうでもいい。あの仲間達が青年の方を信頼しているのは一目瞭然だし、大丈夫だと」
―必要とされていないのなら、死んだっていい。
―もう喪わないのなら、力を全て使ってでもアイツより先に封印のスキルを持ってしまえばいい。
「そして、ニュクスとの約束の日。彼は予定通り封印を使い、それで命を喪う筈でした」
―辿り着いた答えの先、イゴールとテオドアが自分を悲しげに迎えた。
そこで彼は、自らの体がまだ存在していることを知る。
「けれど、そうではありませんでした。彼は、本気で自身の命を軽んじていたのです。彼が本当に大切にしていたのは……彼の”いのちの答え”は、記憶でした」
家族との記憶、友人との記憶、その全てが脆い彼を支えて、生かしていた。
動物としての『生きたい』という本能は、殆どが『イーター』に食べられてしまっていて、『本体』に存在していなかったから。
「……そもそも何故、彼が召喚銃を使わなかったのか。それは使わなかったのでなく、『使えなかった』のです。例え自身が死の淵に……恐怖に立たされようとも、彼は自分の本当の姿―彼の人格というものを『本体から』出せない。ただ己がその存在を認めることでしか、『ペルソナ』を召喚することができなかったのでございます」
本能は、食べられた。けれど、それは『食べてしまったもう一人』の中には存在する。
―それが彼の矛盾であり、彼の弱点だった。
「アルカナが存在しないのは、彼本来の、ニュクスとの約束により生じた力です。ですがあのような二面性を持つものになるとは、私達は全く予想しておりませんでした」
愚者にもなれず、何にも為れず。
深い闇に全てを託した『死神』だけを宿す、完全なイレギュラー。
「消えていく記憶が仲間と過ごした日々やタルタロス、シャドウに関するものだけでなく、『全て』なのだと気づき、彼は私達に頼みごとをしました」
『自分と関わった人の中にある自分の記憶をできる限り消して欲しい。
そして自分を、どこか遠くに飛ばして欲しい』
「私達は了承し、しかし忠告しました。
私達の飛ばせる場所は、同じようにベルベットルームがある場所。従って、またシャドウと戦うことになるかもしれないと。
……また、いつの年に飛ばせるかも分からない、とも。
彼はそれでも構わないと、元から少なかった荷物を手に旅立ちました」
彼等を忘れてしまうのなら、彼らも自分を忘れてくれればいい。
―もう、何時ものようにできないのなら。
「……貴方がたとは違い、もう彼は貴方がたの事も、シャドウの事も、完全に記憶に残ってはいません。
記憶を犠牲に、ニュクスを封印したのですから。もう二度と思い出すこともないでしょう」
「……嘘だ……」
僕は、そう口に出していた。
ゆかりたちは何の事だかよく分からないのか、―彼を覚えていないのか―、揃って顔を見合わせては、首を傾げる。
「嘘、だ、そんな、そんな事、」
ある筈ない。
そう呟くより先に、彼との最後の記憶がよぎった。
―あのね、白い髪を見たらって噂、最初は5歳くらいの時に近所の人が俺を疎んで作ったんだ。
それはいつもの、淡々とした彼の声。
―そのありもしない噂を10年前現実化しちゃったのは紛れもなく俺で、広めたのも俺。
楽しいとか、悲しいとか、苦しいとか、微塵も感じられない、独特な声。
―だから、噂を否定してくれたアンタ等が、少し羨ましかったし、嬉しかったんだと思う。
でも、その時の声だけは、少しだけ優しくて、暖かかった。
―ありがとう。
「……湊さん……」
アイギスが傍に寄り、コロ丸も足元に擦り寄る。
「……ぅ、あ、……ぅわあああああああああああああぁぁぁ……!!」
ああ、泣いたのなんて、いつ以来なんだろう。
ボロボロと、涙が止まらなくて、止め方さえ覚えてないから、情けなくて。
右手首についたブレスレッドが、涙をつけてキラリと輝いた。
”約束”をしていた僕らは、屋上に集まっていた。
でも確かに、確かに全員揃っている筈なのに。
―足りない。
誰か、足りない。
「……皆様、お揃いでしょうか?」
ふと、屋上のドアが開き、一人の男性が入ってきた。
エリザベスの服に似た模様の、シックな服を来た男性。顔立ちも何処か彼女に似ている。
「……えっと、どちら様……?」
「テオドア、と申します。姉のエリザベス同様、皆様の旅路を見送る者でございます」
「……で、何の用?」
そう尋ねると、テオドアと名乗った男性は恭しく礼をし、そして口を開いた。
「お客様に、答えを差し上げにまいりました」
「……え?」
「もう既に気づいているでしょう?一人、此処に足りないということを」
「……」
「そして、彼を思い出すことが出来ない。それは当たり前でございます」
「……何が言いたい」
「貴方がたの忘れてしまった、一人の青年の話を致しましょう。彼の名前はウサギ。またの名を――桜木ユキ」
そう前置きして語りだした彼は、ただ淡々と、その物語を紡ぎ始めた。
「彼は10年前、現在のタルタロスに最も近い場所で事故に巻き込まれ、デス―ニュクスに出会いました。そしてペルソナを覚醒され、一つの約束をします」
10年後まで、人を殺すのは待って欲しい。
それまでに、答えを見つけるからと。
「そしてその後、彼の目の前で両親がシャドウ化。彼はあまりのショックに自我を失い、そのシャドウを自身の人格ごと『食べ』てしまいました」
黒く禍々しいものに変貌した両親に、少年は現実を受け入れる余裕も無かった。
ただ、微かな平穏が崩れ去っていく様を泣き叫びながら見ているしかなかった。
「それが、『死神』のアルカナ、イーター。彼の暴走した姿であり、彼の感情そのものを獲得した異形のペルソナです」
本来在ったはずの、家族での思い出や笑顔、そして、人間としての本能。
それは本体から『もう一人の自分』に押し込まれ、飲み込まれ、失った。
「彼は一人になり、その影時間も普通は感じることもないのだと悟って、その髪と目を第一に隠しました」
この髪や目は異形だと、警察や周りの目で理解した。
嘘をつくことを覚え、病院からも安定剤を貰った彼は、どんどんと自然に感情を失った。
「なんとか金を稼ぎ、仲の良い者も作らず、タルタロスにこっそり入ってはその力を磨き続けました」
封印するには、力が必要だ。
一人でも倒せる力を、彼は求めた。
「そうやって過ごしているうちに、彼の前に一人の青年が現れました」
―変な奴だと思った。
―迷ってばっかで、巻き込まれ体質みたいな人間。
「青年は、自分の目と髪に怯えない人間でした」
―その瞳に宿っていたのは、好奇でも恐怖でもなかった。
―それがなんだがむず痒くて、不思議だった。
「彼は青年もペルソナが使えると知り、何とかして守りたいと無茶をするようになりました」
何も喪いたくないという心が、彼を無理矢理引きずった。
奥底に深く根付いた記憶はトラウマとなり、その身に何度も降りかかった。
「彼は気づいていました。青年がもう一人の、ニュクスに『大いなる封印』を使える存在だと」
自分とは違う特異の力『ワイルド』を持つ青年。
彼もまた、答えを要求された人間なのだと。『デス』が封じ込まれたその身には、様々なアルカナが確立し共存することが可能なのだと。
「けれど、きっと青年は、その代償に命を使ってしまうだろうと焦ります。封印に使われる代償は、自らの心から大切なもの。彼等は命の上にコミュニティを築き、その命が重くなって何よりも大切なものに変わっているだろうと」
―沢山の人と固い絆を結んだ、大きな、大切な命。
ニュクスを封じるのに使われようとしていたものの重さが、彼は恐ろしく、怖かった。
「彼は、それなら自分はどうかと考えました」
―もし、自分がこの命を投げ出してしまえたら。
「自分は、自らの命なんてどうでもいい。あの仲間達が青年の方を信頼しているのは一目瞭然だし、大丈夫だと」
―必要とされていないのなら、死んだっていい。
―もう喪わないのなら、力を全て使ってでもアイツより先に封印のスキルを持ってしまえばいい。
「そして、ニュクスとの約束の日。彼は予定通り封印を使い、それで命を喪う筈でした」
―辿り着いた答えの先、イゴールとテオドアが自分を悲しげに迎えた。
そこで彼は、自らの体がまだ存在していることを知る。
「けれど、そうではありませんでした。彼は、本気で自身の命を軽んじていたのです。彼が本当に大切にしていたのは……彼の”いのちの答え”は、記憶でした」
家族との記憶、友人との記憶、その全てが脆い彼を支えて、生かしていた。
動物としての『生きたい』という本能は、殆どが『イーター』に食べられてしまっていて、『本体』に存在していなかったから。
「……そもそも何故、彼が召喚銃を使わなかったのか。それは使わなかったのでなく、『使えなかった』のです。例え自身が死の淵に……恐怖に立たされようとも、彼は自分の本当の姿―彼の人格というものを『本体から』出せない。ただ己がその存在を認めることでしか、『ペルソナ』を召喚することができなかったのでございます」
本能は、食べられた。けれど、それは『食べてしまったもう一人』の中には存在する。
―それが彼の矛盾であり、彼の弱点だった。
「アルカナが存在しないのは、彼本来の、ニュクスとの約束により生じた力です。ですがあのような二面性を持つものになるとは、私達は全く予想しておりませんでした」
愚者にもなれず、何にも為れず。
深い闇に全てを託した『死神』だけを宿す、完全なイレギュラー。
「消えていく記憶が仲間と過ごした日々やタルタロス、シャドウに関するものだけでなく、『全て』なのだと気づき、彼は私達に頼みごとをしました」
『自分と関わった人の中にある自分の記憶をできる限り消して欲しい。
そして自分を、どこか遠くに飛ばして欲しい』
「私達は了承し、しかし忠告しました。
私達の飛ばせる場所は、同じようにベルベットルームがある場所。従って、またシャドウと戦うことになるかもしれないと。
……また、いつの年に飛ばせるかも分からない、とも。
彼はそれでも構わないと、元から少なかった荷物を手に旅立ちました」
彼等を忘れてしまうのなら、彼らも自分を忘れてくれればいい。
―もう、何時ものようにできないのなら。
「……貴方がたとは違い、もう彼は貴方がたの事も、シャドウの事も、完全に記憶に残ってはいません。
記憶を犠牲に、ニュクスを封印したのですから。もう二度と思い出すこともないでしょう」
「……嘘だ……」
僕は、そう口に出していた。
ゆかりたちは何の事だかよく分からないのか、―彼を覚えていないのか―、揃って顔を見合わせては、首を傾げる。
「嘘、だ、そんな、そんな事、」
ある筈ない。
そう呟くより先に、彼との最後の記憶がよぎった。
―あのね、白い髪を見たらって噂、最初は5歳くらいの時に近所の人が俺を疎んで作ったんだ。
それはいつもの、淡々とした彼の声。
―そのありもしない噂を10年前現実化しちゃったのは紛れもなく俺で、広めたのも俺。
楽しいとか、悲しいとか、苦しいとか、微塵も感じられない、独特な声。
―だから、噂を否定してくれたアンタ等が、少し羨ましかったし、嬉しかったんだと思う。
でも、その時の声だけは、少しだけ優しくて、暖かかった。
―ありがとう。
「……湊さん……」
アイギスが傍に寄り、コロ丸も足元に擦り寄る。
「……ぅ、あ、……ぅわあああああああああああああぁぁぁ……!!」
ああ、泣いたのなんて、いつ以来なんだろう。
ボロボロと、涙が止まらなくて、止め方さえ覚えてないから、情けなくて。
右手首についたブレスレッドが、涙をつけてキラリと輝いた。