捨てられたモノ達の復讐劇

 その洞窟迷宮が現れた時、人々は恐れ戦きながらも、その奥に何があるのか覗かずにはいられなかった。ある人は「きっと一番奥には別世界への扉があるんだ」と言い、ある人は「いや、きっととてつもない宝物があるんだ」と言い、ある人は「伝説の剣が眠っていて、持ち主を待っているんだ」と言った。けれど、それのどれも正解ではなかった。ある時、勇気ある人々が足を踏み入れて、その最奥を目指した。最奥は案外あっさり見つかり、勇者達はみんな拍子抜けした。
 あるのはただの行き止まりだけだった。最初こそ人々は「これはダンジョンからの挑戦状だよ! きっともっと先があるんだ!」と言って意気揚々と様々な人が調べに調べ尽くした。初めは近隣の村の自治団が、次はどこからかやって来たトレジャーハンターの一団が、次はさすらいの旅人が、次は王国騎士団と学者達が。だけど、誰もその先へは行けなかった。
 そのうち、人々はこんなつまらない、迷宮ですらない、暗くてジメジメした場所になんか行きたくないと言って打ち捨てた。山奥にぽつんとあるその洞窟は怖いうわさ話の的になったけれど、それでも何も起こらない、やはりつまらない場所だったので、皆が皆その洞窟自体を忘れていった。
 今はその洞窟はただのゴミ捨て場になっている。それはそれで問題には度々挙げられてはいたが、それでも誰にも興味を持たれない洞窟だった。近隣の村やわざわざ遠くの都からやって来た人達はみんなここに要らなくなったモノを捨てて行った。食べ残し、縮んだ靴下の片方、汚れ切った雑巾、足が折れたかかしや柄が折れたほうき、何かの燃えカス、死んだ金魚、そして、誰かの死体。そんなモノ達が洞窟の中に捨てられていった。そんな暗くてジメジメしていて、臭い洞窟にある時、また死体が運び込まれてきた。

 夜遅く、月の無い晩のこと。その男達は皆顔を布で隠していた。正体を隠す為という意味もあるにはあるが、それよりもこの匂いに耐えられそうもなかったからだ。乗って来た馬を近くの木に繋いで、三人の男達は四頭目の馬から何か大きな荷物を下ろした。三人の男のうち、洞窟の入口を最小限まで絞った光の魔法で見回していた一人が呟く。

「相変わらず、ひでぇ匂いだ」
「無駄口叩くな。しゃべると益々ひどくなるぜ。ほら、アイン。しっかり手元を照らせよ。よく見えねぇだろうが」
「へいへい、兄貴様の仰せのままに」
「ぶっ飛ばすぞ。にしても、こんな別嬪さんでも要らねぇって言われちまうんだなぁ。今の世の中ってのは」

 シーツに包まれた荷物を下ろした男は少し残念そうにシーツをずらして、現れたモノの顔を見た。それは一人の少女の顔だった。白く長い髪に白い肌、つるんとした傷一つ無い顔はとても可愛らしい。しかし、その顔からは既に生気が無く、青白い。生きていたらさぞ美しい少女だっただろう。まるで人形のように身動ぎ一つ、心臓の鼓動一つしない少女の顔を男は残念そうに眉を寄せてまたシーツを被せた。

「念のため、一番奥で解体しろだと」

 死体を持つ男の言葉に二人は「うげぇ」と言いたげに舌を出した。大金が積まれていなかったら、誰が好き好んでこんな仕事を請け負うかと思いつつ、依頼人の指示通りに洞窟の中に入ろうと足を向ける。他の二人が「マジかよ、兄貴」だとか「勘弁してくれよぉ」と先程までの生意気な態度はどこへやら、この不気味な洞窟に入りたくなくてすっかり弱気になってしまっている。そんな二人を「黙ってついて来い」と叱咤して、兄貴と呼ばれた男は洞窟の中へ足を踏み入れた。
 洞窟の入り口からは既にむせ返る程の悪臭が漂ってくる。生ゴミやら汚れた布類、動物の死骸や腐った毛皮なども転がっているせいでそれらが複雑に混ざり合い、最低最悪と言っても過言ではない臭いを発していた。恐らく顔を覆う布が無かったら、洞窟の中になど入れなかっただろう。足元に散乱しているゴミをなるべく踏まないように進むが、ゴミが多過ぎて最早それは不可能となっている。仕方なくゴミを踏み付けつつ、漂うゴミ臭さに耐えながら奥へ奥へと足早に進む。さっさと仕事を済ませ、こんなところからは一刻も早く出たいからだ。
 そうして、程なくして辿り着いた最奥の壁はやはり噂通りの行き止まりだ。岩盤のように固い壁に出迎えられた男達は足でゴミをいくらか退かして場所を作ると、そこに少女の遺体を横たえた。アインが腰に提げている袋から鋸を取り出し、遺体を包んでいたシーツを地面に敷いて作業を開始した。
 真っ白な少女の美しい見た目も相まって、まるでその作業は人形の解体やぬいぐるみの中綿を取るようなものと錯覚した。頭、両腕、両足を切り、胴の中身を綺麗に抜くと、それらをゴミ山の中へ適当に放る。残ったのは少女の小さな頭だけだったが、男達はその相貌を汚すことはどうしてもできなかった。代わりに閉じている瞳を無理矢理開かせ、右目の眼球を外すとそれを靴で踏み付けてゴミ山に投げ、それで終わった。この一連の作業を極力目を瞑り、吐き気を堪えながらのものだったため、それが精一杯だったのだ。作業が終わると、男達は道具も何も片付けずにその場から慌てて逃げ去った。行き止まりの壁に彼女の血が飛沫となって掛かっていたことにも気付かずに。
 男達が逃げ去って数分、少女の血が掛かった壁はゆっくりと永い眠りから覚めるように脈打ち、ある魔法陣が浮かび上がった。それはこの世においては最早見たことのある者はごく限られた、古代の魔法だった。その魔法は薄緑色の光を放ち、風を巻き上げて少女の頭、胴、四肢を持ち上げたかと思うと、ゴミ山からも赤や白、黒や緑と色とりどりの靄を取り出し、それらで少女の体を繋ぎ合わせていく。まるで針と糸で縫い合わせるように丁寧に、手早く少女の体が出来上がると、その魔法はそれきり消えてしまった。
 ゆっくりと灰色の睫毛が縁取られた両目が開かれる。しかし、本来眼窩にあるはずの瞳は左目しか無く、右目にはその代わりとでも言うように大きなボタンが嵌まっていた。中央に空いている穴を囲むように花の模様が描かれている薄紫色のボタンだ。少女は地面にはだしの足を着けると、不思議そうに継ぎ接ぎだらけの自分の両手や体を見た。最後に自分の顔にぺたぺたと触れると、少女は益々不思議そうに瞬きをする。ふと、その時、何か硬い物が足に当たった。足元へ視線を落とすと、そこには薄い板のような物が落ちていた。丁度手に納まるくらいの大きさで、埃にまみれた表面を拭くと、つるつるとした光沢があることに気付く。少女は何を思ったのか、それに少し力を込めた。すると、彼女の手から薄い板のような物へ虹色の靄のようなものが移る。そうして、少女が意識を集中させることを止めると、その薄い板は口を利いた。

「んんぅ……なんだぁ? 誰だ? 俺様を起こすのは?」

 薄い板はまだ眠たそうな声を出して、しばらく黙っていたかと思うと、急に驚いた声を出した。その大声に驚いた少女は危うく板を落としそうになるも、なんとか落とすことは免れた。

「な、な、なんだよお前っ!? お、お前が俺様を起こしたのかっ!?」

 薄い板の声に少女は無言でこくこくと頷く。こちらの表情が見えているらしく、板は呆然と「そうか」と呟いた後、当然の疑問を口にする。

「どこだ? ここ」

 それにも少女は答えられない。首を傾げる彼女に板は「ま、いいや」と言って自己紹介を始めた。

「ここがどこかもお前が誰かも分かんねぇけど、まずは自己紹介ってやつだな。お前は知らないだろうけど、俺様はかつて物凄い物知りで稀有な才能を持っていた存在なんだぜ! 誰もが俺様を頼り、夢中になってたんだ! そう、俺様は……えっと、誰だっけ……?」

 それを皮切りに彼らが互いに話し合った結果――その間も少女は一言も話さなかったが――互いに自分の名前も思い出せない、ここがどこでどうして自分達はここにいるのかも全く覚えていないという有様だった。一人と一つの間に重い沈黙が流れたが、物は諦めなかった。

「まぁ、名前すらお互いに思い出せねぇけど、だったら自分達で好きなように付けちまうってのはどうだ?」

 板の提案に少女は嬉しそうに顔を綻ばせて頷いた。そこでまた板が質問する。

「そういや、お前。なんで喋らないんだ?」

 そう訊かれても、少女にはただ『喋らない方が良い』という予感があったことしか分からない。「試しに何か喋ってみろよ」と板に言われた彼女は、自分でも少しだけ試してみようと口を開けた。その瞬間、少女の口を借りて、少女の意思とは全く違う、でたらめな言葉が一斉に発された。老若男女様々な声が入り混じったそれはどれも怨嗟の念を纏っていた。その声が漏れる度、少女の口からは真っ黒な靄のようなものが出てきてしまう。本能的にそれが良くないものだと感じた彼女は、慌てて自分の口を押さえた。そんな少女に板は静かに言う。

「別に無理して喋ることねぇよ。今のはお前の言葉じゃないんだろ? だったら、俺様が何とか分かってやるからさ」

「同じ場所で目覚めたもん同士、仲良くやっていこうぜ」と続ける板に少女は少しだけ元気になり、微笑んだ。更に板は続ける。

「とにもかくにもまずは、名前だ。これから外に出るにしても名前がなきゃ呼びづれぇ。何か思い付かねぇのか?」

 板の提案に少女は少し考えてみるも、特に名前らしいものは出てこない。少女がなかなか答えないので、とうとう痺れを切らした板が「何かヒントになるようなもん、ねぇのか?」と言い、少女は周囲を見回すもあるのはゴミばかりだ。何となく板を引っくり返してみると、そこには真ん中に輪っかのような物が貼り付けてあり、そのすぐ下に白地に黒い複雑な模様で狼の絵が描いてある物が貼られていた。端の方が剥がれかかっており、少女が爪でこりこりと撫でると、簡単に剥がし取れた。
 こんなのが貼ってあったと板にも見えるようにすると、板は何か思い出したのか「あっ!」と声を上げた。

「俺様、これ知ってるぞ! こういうのってトライバル柄っていうんだよ! おぁ、良いじゃねぇか! トライバル! 何か響きがかっこいいから、俺様この名前にする! ……でも、ちょっと長いよなぁ。う~ん……だったら、『トライ』ってのはどうだ?」

 その名前の意味が分からないのか、こてんと不思議そうに首を傾げる少女に板は意味を教えてやる。

「トライバル柄の頭三文字を取って、『トライ』。トライってのは良い意味なんだぜ。『とにかく何でもやってみろ』って意味だ。悩んでも仕方ねぇ時はとにかく行動あるのみ! な? 俺様にぴったりだろ?」

 意味を教えてもらうと、確かにと言いたげに少女は嬉しそうに何度も頷く。板、基トライの名前が決まったところで次は少女の番だ。トライが意気揚々と「俺様が付けてやる!」と意気込んだは良いが、なかなか良い名前が浮かばない。トライの時と同じように何か手掛かりのようなものはないかと周囲を見回すと、さっきは気が付かなかったが、すぐ傍にシーツが敷かれていることに気付いた。大部分が血で汚れているそれを少女は持ち上げてみる。

「うぇ、ばっちぃな」

 トライの言葉に少女もほんの少しだけ眉間にしわを寄せて同意する。それより、どこかに何か名前らしいものは無いかと検分していると、端の方に金糸で何か刺繍されていることに気が付いた。声が出せない少女の代わりにトライが読んでやる。

「ネ……インだってよ。多分、店か何かの名前だろ。どうする? これにしとくか?」

 トライの言葉に少女は何度か口をもごもごさせると、気に入ったらしく、嬉しそうに何度も頷いた。それを見て――目があるのかは分からないが――トライは次の話題に移った。

「よし。じゃあ、ネイン。まずはお前の服を見繕わないとな!」

 その言葉にまたもや不思議そうな顔をするネインは、トライに言われるまま、自分の体を見下ろす。ネインの体には所々に痛々しい継ぎ接ぎの跡があり、それらも彼女の大事な部分も丸見えだった。今更気付いたネインは、さっと両腕で自分の体を何とか隠そうとするも、トライに呆れられてしまう。

「なんだお前、気付いてなかったのか。じゃあ、その辺にあるもんで何とかしといた方が良いんじゃないか? 人間は服を着なきゃいけないんだろ?」

「取り敢えず、その布はばっちぃからやめとけ」と未だ血まみれのシーツを持っているネインに言うと、彼女は素直に頷いて放した。他に何かないかと辺りのゴミの山を探ってみる。ふと、空間の隅にあるひっくり返った木の椅子の下に何か白い布のような物があった。ネインはそれを取ろうと端を持って引っ張ってみるが、椅子の他にも何か重い物が乗っているらしく、なかなか引っ張り出せない。無理やりにでも引っ張る彼女に、慌ててトライが止めた。

「おいおい、ちょっと待てって! こういうのは上に乗ってる物から退かしていった方が良いんだよ」

「まずはデカいもんから一個ずつ退かすんだ」というトライの助言にネインは頷き、最初に目についた椅子から退かしていく。そうしてゴミを一つずつ退かし、一番奥にあった大きな棚を押して退かすと、ようやく布が取れた。それは少し胸の辺りが汚れてはいるが、まだ使えそうなワンピースだった。ウエストのところに赤い紐が通されており、ベルトとして使えそうだ。

「ちょーっと汚れてるけど、このくらいなら大丈夫だろ。なぁ、ネイン。ちょっとこれ着てみろよ」

 トライの提案にネインはまた素直に頷いてワンピースの袖を通してみる。着てみるとネインよりは少しお姉さんなワンピースだったらしく、スカート丈が少し長いように思えるが、着られないことはない。気に入ったらしい彼女はくるりとその場で回ってみせて、スカートが広がる様を楽しんでいる。満足すると、ネインは腰の赤い紐を抜き、それをトライの輪っかに通して肩に掛ける。いきなり視点が変わったことに驚いたのか、トライが素っ頓狂な声を上げる。

「うぉっ!? なんだなんだ!?」

 再びネインがトライを手に持って自分の顔の前に持って来ると、トライは安心したように呟いた。

「なんだ、そこにいたのか。ネイン。……これは多分、俺様を肩に掛けたってことか?」

 その推察にネインは「褒めて」と言いたげに得意げな顔をする。そんな彼女に非常に言いにくそうな様子でトライは言った。

「あー……ごめんだけどな、ネイン。この持ち方だとちょっとびっくりする。後、この服ポケットが無いだろ? 歩く時は良いけど、走る時は多分、お互いに嫌な思いすると思うんだ」

 トライの意見を聞いても、いまいちイメージできていないネインは「何が?」と言いたげにきょとんとした顔をする。そんな彼女にも分かりやすいようにトライはまごまごしつつも説明する。

「んーとな、俺様を手に持たないで走るってこともあるだろ? 絶対に無いとは言い切れないだろ?」

 頷くネイン。

「俺様をネインの腿辺りに置いておくとな、走った時、バンバン当たっちまうと思うんだ。結構痛ぇと思う」

「俺様が跳ねて近くにいる奴にも当たっちまって危ないから止めような」と結んだ説明に納得したようで、ネインは肩に掛けるのは止めて少し考えた。そうして、彼女はトライに結んだ紐を自身の首に巻いてみた。丁度ネインの首の下に来る位置で、これなら走っても邪魔にならないし、トライを振り回すことも無い。しかし、これはこれでまた問題があった。

「これ凄く良いけど、紐長過ぎねぇか? あと、もっと安定性が欲しいとこだな」

 そう言われてネインは不満そうな顔をする。折角良いアイディアだったのにと言いたげな顔にトライは「だって、そうなんだもん」と一歩も譲らない。確かに彼の言う通り、ただ紐を通しただけでは端の方がだいぶ余る上に輪っかに通した部分が左右に滑ってしまう。「何か紐を切れるようなもん、ねぇか?」の一言でネインは辺りを見回す。ふと、近くに鋸が落ちていたので、それで切ることにした。これにも少し血が付いていたが、どうにかこうにか紐を切ることに成功し、もう一度結んでみる。今度は紐が余ることなく、丁度良い長さになった。

「おっ? おっ? 良いんじゃねぇか? これで後は安定性だけだな」

 その問題もネインが解決した。彼女は輪っかに通した部分を少しの間観察していたかと思うと、何か閃いたのか、その輪っか部分に縛り付ける形で紐を通して固定した。そうすれば、首に巻いても左右に滑ることは無くなった。

「おおっ、これなら大丈夫だな。ありがとな、ネイン。じゃあ、後はこっから出るか!」

「おー!」と言うように天へ拳を突き上げるネイン。その勢いのまま、彼女はワンピースを拾った時と同じように道を塞いでいるゴミだけを退かしながら進み始めた。何故か道らしい道は既に出来ていたため、ネインとトライはそれほど苦労することなく、上って行けた。途中、何度か足を滑らせそうになったが、その度に周辺の大きなゴミや突き出た岩に捕まって事なきを得た。その中でトライ曰く、とても良い物をネインは手に入れた。
 何度か滑り落ちそうになった時、咄嗟に掴んだ物がそれだった。安全な場所に落ち着いてからそれをゴミ山から引っ張り出すと、それは『フレグランスコート』と呼ばれる外套だった。一見、普通の革製のコートに見えるが、トライの知識によるとこのコートは持ち主の感情に反応し、相応の良い香りを発するコート、らしい。

「ここに捨てられたってことは今は持ち主がいないってことだ。なら、貰っても大丈夫だろ。端の方がちょっと擦れてるけど、まだ着れるのになぁ」

「もったいねぇなぁ」と呟くトライの声は少し寂しげだった。
 フレグランスコートを着るのは外に出る直前でいいと言われたネインは、休まずどんどん地上を目指して上って行く。ちっとも疲れも息切れも感じないのは不思議だったが、疲れないのは良いことだと思ったネインは遂に洞窟の外へ出た。
 初めて見た外の景色は、朝陽に照らされてとても美しいものだった。ゴミ山の中とは全く違う、緑色の木々に囲まれ、どれもが瑞々しい生気をいっぱいに吸って朝露に葉を濡らしている。足下の草々は名前の分からない綺麗な花を眠そうに咲かせ、もっと成長しようとしているかのように背伸びをしている。降り注ぐ朝日は昇ったばかりらしく、薄黄色のヴェールを広げたかのように優しく暖かそうだ。生命力に満ち溢れた景色にネインとトライは感嘆して、外への一歩を踏み出すのを忘れるくらいだった。

「すっげぇ……」

 しばらくの間、森の中の景色に気圧されていたネインは、トライの呼びかけにはっと気が付いた。

「なぁ、ネイン。景色を眺めるのも良いけどよぉ。そろそろ一歩くらいは行ってみても良いんじゃねぇか? ほら、そのコート着てさ」

 トライの助言にネインはまだ少しぼんやりとした様子だったが、うんと頷いて手に持っていたコートを羽織ってみる。着た途端、ネインの全身をふんわりと花の香りが包み込む。ネインは知らなかったが、それはスイートピーの爽やかな香りだった。ゴミ山から救出したとは思えないくらい良い香りのするコートに顔を埋め、その香りを胸いっぱいに吸うと、ネインは決心したのか、恐る恐る最初の一歩を踏み出した。
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