こちら異世界転生部現実課
「お前のせいでオレは何もかも失うことになったんじゃないかっ!!」
そう激怒する勇者にマキコは一瞬だけ全く興味の無い表情をした後、少々困ったような微笑みを浮かべた。
「はて。一体何のことやら。こちらには全く身に覚えがないんだがねぇ」
その態度にかっと頭に血が上ったのか、勇者はまた荒々しくテーブルを両手で叩いた。元の世界であったなら、それだけでテーブルどころかその下の床までもが粉々に砕かれるはずの力で叩いたのだが、この空間に置かれているテーブルには傷一つ入らない。その事実も密かに勇者のささくれ立つ心を逆撫でる。ここでは彼の有り余る程の力も全く発揮されない。自分はまな板の上の魚と同様なのだと否が応でも思い知らされる。その心を見透かしたようにマキコはにやにや笑いを浮かべて頬杖をつき、言った。
「ああ、ここでは君の力は一切使えないよ。そもそもその力はワタシが与えたものだからね。今後、君がどうするかで返してやっても良いし」
「『返してやっても』? どういうことだ!?」
苛々と答えを促す勇者にマキコは心底面倒そうな顔をして煽り立てる。
「まだ分かんないの? 頭悪いなぁ。そんなんだから、ワタシの力が無いと魔法の一つすら覚えられなかったんだよ」
「何だと、このっ……!!」
「ああ、はいはい。勇者サマは凄いですねぇ~。みんながあなたにひれ伏す世界で唯一の存在ですねぇ~。でさぁ、何の用? ワタシはお前に用なんて無いんだけど」
自分が勇者となったあの世界に送り出した時とは真反対と言ってもいい態度のマキコに、勇者ははぐらかされたことにも気付かずに本題へ入る。
「はっ、そ、そうだっ! そのことで悪魔のお前に用があったんだっ! おいっ! さっさとオレの名誉も妻も返しやがれっ!」
「だから、何のことだっての。後、ワタシ悪魔じゃないって言ったよね? 何回言えば、理解できるのかなぁ」
深い溜め息を吐くマキコに勇者は尚も「とぼけるなっ!」と食い下がった。彼曰く、あの世界で唯一の宝を手にし、何者にも負けない力を手に入れたと思ったら、世界の全てが彼の目の前で砂の城のように崩れ去ってしまったのだという。それまでの彼の努力は全て白紙に戻り、後に残されたのは世界の英雄となった自分ただ一人だけ。孤独に耐えられなかった彼は伝説の宝剣で自らの命を絶ったのだという。そこまで聞いたマキコは何が可笑しいのか、いきなり腹を抱えて笑い出した。
「で、伝説の……ぷくくっ……宝剣を使って……することが、それかよ……っ! くっくっく……あはははははははははっ!! まさかその剣もそんなくだらないことに使われるとは思ってなかっただろうね……!」
「く、くだらないだとっ!? 人一人の人生を狂わせておいて、言うことがそれかっ!?」
「ああ、そうだよ。くだらない。たかが『人一人』じゃないか」
怒りのままに喚く勇者に、マキコは冷徹な嘲笑を浴びせて言い捨てた。もう営業スマイルすら浮かべなくなった彼女に、ただの人間となった勇者は気圧され、狼狽える。そんな彼に構わず、マキコは続ける。
「それに、お前は全ての責任がまるでワタシにあるかのように言ってるけど、違うよな? お前があの世界に続く扉を開ける前、あの時、ワタシは何て言った? 『行くのも自由、行かないのも自由。選ぶのはあなただ』って。覚えてないのか? ワタシはしっかり覚えてるぞ。この言葉にお前は確かに了承したんだ」
「で、でも……じゃあ、なんであの世界は何も無くなって……」
「物事には何事にも限界ってものがある。物語でも命でも、いつかはエネルギーやページを消費し尽くして終わり、永い時の中で消えてしまうよな? それは世界でも同じこと」
「…………は? 世界、でも……?」
未だ理解できずにいる勇者にマキコは淡々とした口調でじわじわと追い詰める。その口元にはいつの間にか愉悦の笑みが浮かんでいた。
「お前はあの世界のエネルギーを全て消費し尽くしてしまったんだよ。誰にも負けなくなってしまった代わりに、世界は『お前』という存在を扱いきれなくなった。だから、自ら消滅することを選んだんだろうな」
「まぁ、どちらにしろ、あのままではお前が世界の脅威となるのに時間はかからなかったし、そうなってしまった場合、誰もお前を止めることはできないから、そこで行きつく未来が決定してしまったから消滅したとも言えるけどな」とまるで何でもないことのように言ってのけるマキコに、男は今まであの世界での出来事を走馬灯のように体験する。選ばれた血筋の者として生まれ直し、周囲の女の子達に素っ気ない態度を取りつつも、ずっと傍にいてくれた幼馴染の白魔導師と結婚し、世界で唯一の宝を集め、世界の敵となっていた魔王を殺し、新たな敵も殺し尽くし、伝説の宝剣を手に入れて誰にも負けない最強の英雄となった。それが原因で、輝かしい名誉も力も、愛する妻も何もかも失ってしまった。それが全て自分のせいだと言われてしまっては、男は押し寄せてくる喪失感と罪悪感に今にも圧し潰されそうになっていた。
「『世界』を『世界』で買ったお前は、あたかもその世界が全て自分のものになったような気になった。だから、あの世界で好き勝手に行動して世界本来の秩序を乱していたんだろう? そのまま身の丈に合った幸せを選んでいれば、世界ごとすべてを失うなんてことにならなかったのに。お前みたいな奴はワタシ達としても、ただただ迷惑だ。折角ある程度育った世界を失うことになるなんて、結構な損失なんだぞ? 最も、あの世界はもう一度宇宙から育て直しになるだけだがな。それにどれだけの時間と労力とエネルギーが必要か、考えたことも無いんだろう? 本当に迷惑なものだな」
世界も人も命も、まるでその辺の花や木と同様の扱いをするような態度を取るマキコに、男は理解できない者を見る目で呆然と呟いた。
「なん……なんなんだ……。何なんだよ、お前……っ!?」
目の前にいる、人の形をしているのにどこか人間ではない雰囲気を纏う少女に、男は心底震え上がった。そんな彼にマキコは侮蔑の表情を崩さず言い放つ。
「ワタシ達は今こうして人の形はしているが、人ではない。お前のような魂を導き、正しき世界へと送る者。或いはお前のような者を戒め、苛め抜く者。獄卒だよ」
依然として何も言えない男にテーブルに立って紅茶のカップを蹴り飛ばし、中身を浴びせかけたマキコは脅すようにもう一度言った。
「もう一度言う。ワタシ達は獄卒だ。特にお前みたいなのを虐めるのが堪らなく好きな、な」
「ひ、ひぃ……っ! い、嫌だっ!! オレの……オレの、世界は……っ!」
「元より『お前の世界』なんて存在しない。『世界』とは誰の所有物でもないからだ。じゃあ、とっとと行け」
ぐい、と男の胸倉を掴んだマキコはそのままぶんっ、と横に投げ、いつの間にかあった扉へ叩きつけた。「へぶっ!?」と情けない声を上げた男は、ぶつけた鼻を押さえながらも自分がぶつかった扉を見る。それは黒い石で出来た重く、頑丈そうな扉だった。装飾もノブも何も無い。ただの石板が二枚合わさったような質素な物だ。一度閉まったら二度と開かないようなその扉に、嫌な予感を覚えた男は後退って距離を取ろうとする。
「な、なんだこれ……!?」
「何って、薄々分かってるだろ? お前がこれからながーい間、虐められる場所だよ」
ゆっくりと重い扉が開く。何かを引きずっているような音を立てながら開いていくその先は真っ暗な中に燃え盛る炎の海が広がっていた。それと共に遥か彼方から悲鳴のような声が微かに聞こえてくる。いくつも。いくつも。いくつも。その悲痛な声にマキコは聞き入っているように目を閉じ、再び開けると嗜虐の笑みを浮かべて男の首根っこを掴んでゆっくり引きずり始める。石の扉へ向かって。
「『死』と『世界』をもって浄化されなかったお前の魂は『地獄』へ行くと判断された。さあ、オトモダチにご挨拶でもしたらどうだ?」
「嫌だっ!! いやだっ!!!! いやだいやだいやだいやだぁああああああああああっ!!!!!!」
ぽい、とゴミか何かを捨てるようにマキコは男を扉の先へ投げ入れた。そこに入った瞬間、男が持っていた唯一の宝物も伝説の宝剣も、何もかもが砂となり、消えていく。「嫌だ」と叫ぶ男の声が落ちていく体を追いかけるようにして聞こえ、やがて何も聞こえなくなった。
扉を閉めたマキコは少々疲れたようにふう、と息を吐き、再びテーブルに戻って椅子に座る。テーブルは何事も無かったかのように元に戻っており、熱い紅茶と焼きあがったばかりのクッキーが載ってすらいた。マキコは背もたれに背中を預け、皿に載っているクッキーを一枚取って口に運んだ。
「全く、人間というのはこうもどうしようもない生き物なのかねぇ。力を与えたのはワタシだけど、それをどう使うかはお前達次第だというのに。あの男はそれをすっかり忘れて、あの世界で好き放題していたんだよ。幼馴染の他にも数人の女と少年少女に手を出していたし、その全員に『別れるから』と言って金を無心したこともあったし、更に言えば、他種族の男達を見せしめだと言って殺したこともあったな。勇者で世界の英雄だということを笠に着て、終いには自分を讃える国まで造った。もうここまですれば、一通りの欲は無くなるかと思ったのに、それをひたすら飽きるまで繰り返した結果、伝説の宝剣を手に入れる頃には世界のエネルギーが底を尽きてしまった。それで反省するかと思ったら、最後に出てきた言葉は『オレの世界』だと。純情振っていても、自らの欲望には勝てないものなんだねぇ、人間ってのは」
「相変わらず、ヤバいやり方してんスねぇ、マキコ先輩ってば」
いつの間にか、マキコの向かいにはまた誰かが座っていた。彼女はそちらに目を向けてひらひらと片手を振って挨拶する。
「やぁ、もてくん。仕事は順調かな?」
「まぁ、ぼちぼちですね。僕はマキコ先輩と違って穏やかですし」
向かいの席にはダックスフントの子犬がちょこんと座っており、青年の声はその子犬の口から聞こえていた。
そう激怒する勇者にマキコは一瞬だけ全く興味の無い表情をした後、少々困ったような微笑みを浮かべた。
「はて。一体何のことやら。こちらには全く身に覚えがないんだがねぇ」
その態度にかっと頭に血が上ったのか、勇者はまた荒々しくテーブルを両手で叩いた。元の世界であったなら、それだけでテーブルどころかその下の床までもが粉々に砕かれるはずの力で叩いたのだが、この空間に置かれているテーブルには傷一つ入らない。その事実も密かに勇者のささくれ立つ心を逆撫でる。ここでは彼の有り余る程の力も全く発揮されない。自分はまな板の上の魚と同様なのだと否が応でも思い知らされる。その心を見透かしたようにマキコはにやにや笑いを浮かべて頬杖をつき、言った。
「ああ、ここでは君の力は一切使えないよ。そもそもその力はワタシが与えたものだからね。今後、君がどうするかで返してやっても良いし」
「『返してやっても』? どういうことだ!?」
苛々と答えを促す勇者にマキコは心底面倒そうな顔をして煽り立てる。
「まだ分かんないの? 頭悪いなぁ。そんなんだから、ワタシの力が無いと魔法の一つすら覚えられなかったんだよ」
「何だと、このっ……!!」
「ああ、はいはい。勇者サマは凄いですねぇ~。みんながあなたにひれ伏す世界で唯一の存在ですねぇ~。でさぁ、何の用? ワタシはお前に用なんて無いんだけど」
自分が勇者となったあの世界に送り出した時とは真反対と言ってもいい態度のマキコに、勇者ははぐらかされたことにも気付かずに本題へ入る。
「はっ、そ、そうだっ! そのことで悪魔のお前に用があったんだっ! おいっ! さっさとオレの名誉も妻も返しやがれっ!」
「だから、何のことだっての。後、ワタシ悪魔じゃないって言ったよね? 何回言えば、理解できるのかなぁ」
深い溜め息を吐くマキコに勇者は尚も「とぼけるなっ!」と食い下がった。彼曰く、あの世界で唯一の宝を手にし、何者にも負けない力を手に入れたと思ったら、世界の全てが彼の目の前で砂の城のように崩れ去ってしまったのだという。それまでの彼の努力は全て白紙に戻り、後に残されたのは世界の英雄となった自分ただ一人だけ。孤独に耐えられなかった彼は伝説の宝剣で自らの命を絶ったのだという。そこまで聞いたマキコは何が可笑しいのか、いきなり腹を抱えて笑い出した。
「で、伝説の……ぷくくっ……宝剣を使って……することが、それかよ……っ! くっくっく……あはははははははははっ!! まさかその剣もそんなくだらないことに使われるとは思ってなかっただろうね……!」
「く、くだらないだとっ!? 人一人の人生を狂わせておいて、言うことがそれかっ!?」
「ああ、そうだよ。くだらない。たかが『人一人』じゃないか」
怒りのままに喚く勇者に、マキコは冷徹な嘲笑を浴びせて言い捨てた。もう営業スマイルすら浮かべなくなった彼女に、ただの人間となった勇者は気圧され、狼狽える。そんな彼に構わず、マキコは続ける。
「それに、お前は全ての責任がまるでワタシにあるかのように言ってるけど、違うよな? お前があの世界に続く扉を開ける前、あの時、ワタシは何て言った? 『行くのも自由、行かないのも自由。選ぶのはあなただ』って。覚えてないのか? ワタシはしっかり覚えてるぞ。この言葉にお前は確かに了承したんだ」
「で、でも……じゃあ、なんであの世界は何も無くなって……」
「物事には何事にも限界ってものがある。物語でも命でも、いつかはエネルギーやページを消費し尽くして終わり、永い時の中で消えてしまうよな? それは世界でも同じこと」
「…………は? 世界、でも……?」
未だ理解できずにいる勇者にマキコは淡々とした口調でじわじわと追い詰める。その口元にはいつの間にか愉悦の笑みが浮かんでいた。
「お前はあの世界のエネルギーを全て消費し尽くしてしまったんだよ。誰にも負けなくなってしまった代わりに、世界は『お前』という存在を扱いきれなくなった。だから、自ら消滅することを選んだんだろうな」
「まぁ、どちらにしろ、あのままではお前が世界の脅威となるのに時間はかからなかったし、そうなってしまった場合、誰もお前を止めることはできないから、そこで行きつく未来が決定してしまったから消滅したとも言えるけどな」とまるで何でもないことのように言ってのけるマキコに、男は今まであの世界での出来事を走馬灯のように体験する。選ばれた血筋の者として生まれ直し、周囲の女の子達に素っ気ない態度を取りつつも、ずっと傍にいてくれた幼馴染の白魔導師と結婚し、世界で唯一の宝を集め、世界の敵となっていた魔王を殺し、新たな敵も殺し尽くし、伝説の宝剣を手に入れて誰にも負けない最強の英雄となった。それが原因で、輝かしい名誉も力も、愛する妻も何もかも失ってしまった。それが全て自分のせいだと言われてしまっては、男は押し寄せてくる喪失感と罪悪感に今にも圧し潰されそうになっていた。
「『世界』を『世界』で買ったお前は、あたかもその世界が全て自分のものになったような気になった。だから、あの世界で好き勝手に行動して世界本来の秩序を乱していたんだろう? そのまま身の丈に合った幸せを選んでいれば、世界ごとすべてを失うなんてことにならなかったのに。お前みたいな奴はワタシ達としても、ただただ迷惑だ。折角ある程度育った世界を失うことになるなんて、結構な損失なんだぞ? 最も、あの世界はもう一度宇宙から育て直しになるだけだがな。それにどれだけの時間と労力とエネルギーが必要か、考えたことも無いんだろう? 本当に迷惑なものだな」
世界も人も命も、まるでその辺の花や木と同様の扱いをするような態度を取るマキコに、男は理解できない者を見る目で呆然と呟いた。
「なん……なんなんだ……。何なんだよ、お前……っ!?」
目の前にいる、人の形をしているのにどこか人間ではない雰囲気を纏う少女に、男は心底震え上がった。そんな彼にマキコは侮蔑の表情を崩さず言い放つ。
「ワタシ達は今こうして人の形はしているが、人ではない。お前のような魂を導き、正しき世界へと送る者。或いはお前のような者を戒め、苛め抜く者。獄卒だよ」
依然として何も言えない男にテーブルに立って紅茶のカップを蹴り飛ばし、中身を浴びせかけたマキコは脅すようにもう一度言った。
「もう一度言う。ワタシ達は獄卒だ。特にお前みたいなのを虐めるのが堪らなく好きな、な」
「ひ、ひぃ……っ! い、嫌だっ!! オレの……オレの、世界は……っ!」
「元より『お前の世界』なんて存在しない。『世界』とは誰の所有物でもないからだ。じゃあ、とっとと行け」
ぐい、と男の胸倉を掴んだマキコはそのままぶんっ、と横に投げ、いつの間にかあった扉へ叩きつけた。「へぶっ!?」と情けない声を上げた男は、ぶつけた鼻を押さえながらも自分がぶつかった扉を見る。それは黒い石で出来た重く、頑丈そうな扉だった。装飾もノブも何も無い。ただの石板が二枚合わさったような質素な物だ。一度閉まったら二度と開かないようなその扉に、嫌な予感を覚えた男は後退って距離を取ろうとする。
「な、なんだこれ……!?」
「何って、薄々分かってるだろ? お前がこれからながーい間、虐められる場所だよ」
ゆっくりと重い扉が開く。何かを引きずっているような音を立てながら開いていくその先は真っ暗な中に燃え盛る炎の海が広がっていた。それと共に遥か彼方から悲鳴のような声が微かに聞こえてくる。いくつも。いくつも。いくつも。その悲痛な声にマキコは聞き入っているように目を閉じ、再び開けると嗜虐の笑みを浮かべて男の首根っこを掴んでゆっくり引きずり始める。石の扉へ向かって。
「『死』と『世界』をもって浄化されなかったお前の魂は『地獄』へ行くと判断された。さあ、オトモダチにご挨拶でもしたらどうだ?」
「嫌だっ!! いやだっ!!!! いやだいやだいやだいやだぁああああああああああっ!!!!!!」
ぽい、とゴミか何かを捨てるようにマキコは男を扉の先へ投げ入れた。そこに入った瞬間、男が持っていた唯一の宝物も伝説の宝剣も、何もかもが砂となり、消えていく。「嫌だ」と叫ぶ男の声が落ちていく体を追いかけるようにして聞こえ、やがて何も聞こえなくなった。
扉を閉めたマキコは少々疲れたようにふう、と息を吐き、再びテーブルに戻って椅子に座る。テーブルは何事も無かったかのように元に戻っており、熱い紅茶と焼きあがったばかりのクッキーが載ってすらいた。マキコは背もたれに背中を預け、皿に載っているクッキーを一枚取って口に運んだ。
「全く、人間というのはこうもどうしようもない生き物なのかねぇ。力を与えたのはワタシだけど、それをどう使うかはお前達次第だというのに。あの男はそれをすっかり忘れて、あの世界で好き放題していたんだよ。幼馴染の他にも数人の女と少年少女に手を出していたし、その全員に『別れるから』と言って金を無心したこともあったし、更に言えば、他種族の男達を見せしめだと言って殺したこともあったな。勇者で世界の英雄だということを笠に着て、終いには自分を讃える国まで造った。もうここまですれば、一通りの欲は無くなるかと思ったのに、それをひたすら飽きるまで繰り返した結果、伝説の宝剣を手に入れる頃には世界のエネルギーが底を尽きてしまった。それで反省するかと思ったら、最後に出てきた言葉は『オレの世界』だと。純情振っていても、自らの欲望には勝てないものなんだねぇ、人間ってのは」
「相変わらず、ヤバいやり方してんスねぇ、マキコ先輩ってば」
いつの間にか、マキコの向かいにはまた誰かが座っていた。彼女はそちらに目を向けてひらひらと片手を振って挨拶する。
「やぁ、もてくん。仕事は順調かな?」
「まぁ、ぼちぼちですね。僕はマキコ先輩と違って穏やかですし」
向かいの席にはダックスフントの子犬がちょこんと座っており、青年の声はその子犬の口から聞こえていた。
2/2ページ
