第一章
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今日はガーネット姫の誕生日。今日で彼女も十六歳になる。彼女の母であるブラネ女王は今日の為に劇場艇を呼び寄せ、劇団タンタラスの演劇を鑑賞する予定だ。王族だけではなく、貴族も庶民も貧民も皆それぞれの席で観劇することを許されているため、実質無礼講のようなものだった。
ガーネット姫とルカは劇が一番盛り上がってきた辺りで劇場艇に乗り移る作戦だ。万が一、劇団員に見つかった場合、状況によってはルカがガーネット姫の影武者として名乗り出るつもりだ。ルカとガーネット姫は彼女の自室にて互いに最終確認をしていた。姫の命で人払いは済んでいる。
「今夜はわたくしの側仕えとして、お母様にルカを取り立ててくださるようお願いしています。わたくしが『気分が悪い』と言ったら、出発の合図ですよ。わたくしに付き添う形で部屋に戻り、準備をします」
「はい、承知致しております」
既にガーネット姫の自室には彼女の顔を隠す為のローブと護身用のロッド、ルカの外出着と武器が置いてある。彼女の厚意でルカもガーネット姫の自室で着替えて良いことになっていた。互いに確認が終わるとルカは一度、部屋を出てベアトリクス将軍を呼びに行った。
やがて、ルカを伴って将軍が部屋に入り、彼女と共にガーネット姫に正装のドレスを着せる準備をする。彼女が身に着ける物を一通りテーブルに出すと、最後にベアトリクスがクローゼットからドレスを出してきた。白い生地に大振りのレースがたっぷりとあしらわれているシンプルながら、使われている生地を見れば、それが王族に相応しい気品があると分かる物だ。
ティアラとネックレス、ドレスに袖を通すと、ガーネット姫の美貌と相まってとても美しく可憐だ。
「お美しいです、ガーネット様」
「とても綺麗です、姫様」
微かに笑みを浮かべるベアトリクス。ほう、とルカの口からも感嘆の溜め息が漏れる。そんな二人にガーネット姫も「ありがとうございます、二人共」と微笑み返した。ガーネット姫の準備もできたところで、ベアトリクスは他の仕事へ戻り、残されたルカもガーネット姫へ「では、姫様。また今夜、お迎えに上がります」と言い残して部屋を出て行った。ただ一人残されたガーネット姫はパーティまで特にすることも無いので、休める時に休んでおこうと、ゆったりと椅子に座って瞼を閉じた。
とろとろとした微睡みの中、遠くでさざ波の声が聞こえた気がした。それはどんどん近づいてくると共に激しさを増し、遂には嵐の夜の光景となってガーネット姫の目の前に現れた。
荒れた海を一隻の小舟が行く。それは目的地へ進んでいるというより、ただ激しい風雨と波間に何とか飲み込まれずにいるだけのように見えた。一際大きな波を乗り越えたかと思うと、叩きつけられるようにして小舟は遥か下の水面に着地する。こんな嵐の夜だというのに乗り手に航海の知識は無いのか、船の帆を張ってしまっていて、それ故に雨風に振り回されているようだ。成す術もなく勝手に小舟の方向が変わり、瞬間的に閃いた雷光で乗り手の顔が見えた。乗り手は二人いて、船首側にはまだ年端もいかないくらいの少女。その後ろには母親らしき女性が一人。二人共分厚い生地のローブに身を包み、フードを被っている。少女は荷物の木箱に必死にしがみついているのがやっとの様子で、女性の方は吹き付ける雨風に顔をしかめ、少女を守ろうと身を乗り出した。
「はっ……」
そこで夢は途切れた。少しだけ微睡んだつもりのガーネット姫はまだ眠い目を擦ると、窓から差し込む光が夕陽になっていることに気が付いた。目蓋を閉じる前はまだ昼間だったのに随分と眠ってしまっていたようだ。目を覚ますためにガーネット姫は少しだけ開いていた窓に近付き、もっと開けて風を取り込む。そこから彼女の目に飛び込んできたのは、母がこの日のために呼び寄せた劇団タンタラスが活動拠点としている劇場艇・プリマビスタの姿だった。
「もうすぐ始まるのですね……。何としても、あの艇に乗らなければ。……お母様のためにも」
そう呟くガーネット姫は何かを決意しているような、思い詰めているような顔をしていた。
夜になり、空に二つの月が浮かぶ。ロイヤルシートへ案内されるブラネ女王とガーネット姫の数歩後ろからスタイナーとベアトリクス、その更に後ろからルカが付いて行く。スタイナーとベアトリクスはロイヤルシートへ続く唯一の出入り口の警備をする為、ルカはガーネット姫の計らいで彼女の給仕係として女王と姫がそれぞれの席に就くと、彼女は姫の側にそっと佇んでいた。目の前には既に劇場艇が着いており、開演までもう間もない。
ふと、ルカはクジャのことを思い浮かべた。今日は朝から彼の姿を見ていない。そのお陰で彼女は以前まで担当していた警備の仕事に戻り、ノーラやメリッサと話す機会も増えたのだが、彼のことが頭から離れることは無かった。ずっと彼の身の回りの世話をしていたせいか、頭に浮かぶのは彼のことばかりだ。ちゃんと食事を摂っているのかだとか、また精神的に不安定になっていはしないかだとかと気になってしまう。
しかし、すぐにそんな考えを振り払おうとルカは頭を振って目の前の作業に集中した。観劇の際は少量だが、ワインが用意されている。ガーネット姫は飲まないが、ブラネ女王はいつもグラスに一杯だけ飲んでから観劇するので、ルカはそのワインを用意していた。こういった時の為にルカが入隊した折、ベアトリクスと共に散々練習したことがある。今日初めて女王へワインを差し出すが、不思議と彼女に緊張は無かった。『アレクサンドリア・ミスト』と印字されたラベルの赤ワインをグラスに注ぎ、女王へ差し出す。ワインをグラスに注ぎ入れる時、何故かワインと共に白い靄のようなものも一緒に立ち上ってきたが、酒に詳しくないルカは少し変わったワインだなと思った。
「女王陛下、ワインを……」
「おお、気が利くのぉ。やはり、観劇の前にはこれが無いと始まった気がせぬわ」
ルカが差し出すのとほぼ同時にブラネ女王は彼女の顔をろくに見もしないで、ワイングラスをひったくるように取り、口を付ける。そこでルカはあれ、と違和感を覚えた。
ブラネ女王にはルカは一度だけ会ったことがある。それは彼女がここに来た日だ。記憶も身寄りも無い自分をガーネット姫とベアトリクスが保護してくれ、せめて兵士として身を立てられるようにとベアトリクスと共に女王へ嘆願しに行ったことがある。その時の女王は今と姿かたちは全く変わっていないが、その所作や表情には一種の高貴さ、気品が溢れていた。ルカを見つめる目にも慈愛と威厳が共存しているような光が宿っていたと記憶している。
「身寄りも記憶も無いとは……それでは、苦労も絶えぬであろう。良かろう。ならば、兵士としてアレクサンドリアに留まることを許す。この国の為、共に尽力してくれると私も女王として嬉しく思う」
そう言って、ここにいることを許してくれたのだ。
しかし、今の女王と比べると、どこがどうとは詳しく言葉に表せるものではないが、何か妙だなとルカは思ったのだった。そのまま思考にどっぷりと沈みそうになった彼女を現実に引き戻したのは、誰かが彼女の手首を掴んだからだった。
驚き、そちらへ目を向けると、そこには厳しい表情のベアトリクスがいた。あ、と思ったのも束の間、将軍はルカの手にある盆を彼女の手から抜いて静かに下がった。その一連の動きにやっと自分が女王の邪魔になる場所に立っていると自覚したルカは「も、申し訳ありません!」と頭を下げる。
「言われたのなら、早く下がれ。全く……ガーネットの頼みでなかったら、このような者をつけるなど……」
言外に「無能」と言われ、かっと恥ずかしさと悲しみが彼女の胸中を占める。そのショックに耐えようと震えつつ謝り、ルカはガーネット姫の近くへ戻る。その時、ガーネット姫が彼女の手袋の端を掴み、意識を自分に向けさせると、声を出さずに「大丈夫」と言ってくれた。努めて明るい表情を作ってそう言ってくれる彼女に、ルカは少し気持ちを持ち直して声を出さずに「ありがとうございます」と返した。
ガーネット姫とルカは劇が一番盛り上がってきた辺りで劇場艇に乗り移る作戦だ。万が一、劇団員に見つかった場合、状況によってはルカがガーネット姫の影武者として名乗り出るつもりだ。ルカとガーネット姫は彼女の自室にて互いに最終確認をしていた。姫の命で人払いは済んでいる。
「今夜はわたくしの側仕えとして、お母様にルカを取り立ててくださるようお願いしています。わたくしが『気分が悪い』と言ったら、出発の合図ですよ。わたくしに付き添う形で部屋に戻り、準備をします」
「はい、承知致しております」
既にガーネット姫の自室には彼女の顔を隠す為のローブと護身用のロッド、ルカの外出着と武器が置いてある。彼女の厚意でルカもガーネット姫の自室で着替えて良いことになっていた。互いに確認が終わるとルカは一度、部屋を出てベアトリクス将軍を呼びに行った。
やがて、ルカを伴って将軍が部屋に入り、彼女と共にガーネット姫に正装のドレスを着せる準備をする。彼女が身に着ける物を一通りテーブルに出すと、最後にベアトリクスがクローゼットからドレスを出してきた。白い生地に大振りのレースがたっぷりとあしらわれているシンプルながら、使われている生地を見れば、それが王族に相応しい気品があると分かる物だ。
ティアラとネックレス、ドレスに袖を通すと、ガーネット姫の美貌と相まってとても美しく可憐だ。
「お美しいです、ガーネット様」
「とても綺麗です、姫様」
微かに笑みを浮かべるベアトリクス。ほう、とルカの口からも感嘆の溜め息が漏れる。そんな二人にガーネット姫も「ありがとうございます、二人共」と微笑み返した。ガーネット姫の準備もできたところで、ベアトリクスは他の仕事へ戻り、残されたルカもガーネット姫へ「では、姫様。また今夜、お迎えに上がります」と言い残して部屋を出て行った。ただ一人残されたガーネット姫はパーティまで特にすることも無いので、休める時に休んでおこうと、ゆったりと椅子に座って瞼を閉じた。
とろとろとした微睡みの中、遠くでさざ波の声が聞こえた気がした。それはどんどん近づいてくると共に激しさを増し、遂には嵐の夜の光景となってガーネット姫の目の前に現れた。
荒れた海を一隻の小舟が行く。それは目的地へ進んでいるというより、ただ激しい風雨と波間に何とか飲み込まれずにいるだけのように見えた。一際大きな波を乗り越えたかと思うと、叩きつけられるようにして小舟は遥か下の水面に着地する。こんな嵐の夜だというのに乗り手に航海の知識は無いのか、船の帆を張ってしまっていて、それ故に雨風に振り回されているようだ。成す術もなく勝手に小舟の方向が変わり、瞬間的に閃いた雷光で乗り手の顔が見えた。乗り手は二人いて、船首側にはまだ年端もいかないくらいの少女。その後ろには母親らしき女性が一人。二人共分厚い生地のローブに身を包み、フードを被っている。少女は荷物の木箱に必死にしがみついているのがやっとの様子で、女性の方は吹き付ける雨風に顔をしかめ、少女を守ろうと身を乗り出した。
「はっ……」
そこで夢は途切れた。少しだけ微睡んだつもりのガーネット姫はまだ眠い目を擦ると、窓から差し込む光が夕陽になっていることに気が付いた。目蓋を閉じる前はまだ昼間だったのに随分と眠ってしまっていたようだ。目を覚ますためにガーネット姫は少しだけ開いていた窓に近付き、もっと開けて風を取り込む。そこから彼女の目に飛び込んできたのは、母がこの日のために呼び寄せた劇団タンタラスが活動拠点としている劇場艇・プリマビスタの姿だった。
「もうすぐ始まるのですね……。何としても、あの艇に乗らなければ。……お母様のためにも」
そう呟くガーネット姫は何かを決意しているような、思い詰めているような顔をしていた。
夜になり、空に二つの月が浮かぶ。ロイヤルシートへ案内されるブラネ女王とガーネット姫の数歩後ろからスタイナーとベアトリクス、その更に後ろからルカが付いて行く。スタイナーとベアトリクスはロイヤルシートへ続く唯一の出入り口の警備をする為、ルカはガーネット姫の計らいで彼女の給仕係として女王と姫がそれぞれの席に就くと、彼女は姫の側にそっと佇んでいた。目の前には既に劇場艇が着いており、開演までもう間もない。
ふと、ルカはクジャのことを思い浮かべた。今日は朝から彼の姿を見ていない。そのお陰で彼女は以前まで担当していた警備の仕事に戻り、ノーラやメリッサと話す機会も増えたのだが、彼のことが頭から離れることは無かった。ずっと彼の身の回りの世話をしていたせいか、頭に浮かぶのは彼のことばかりだ。ちゃんと食事を摂っているのかだとか、また精神的に不安定になっていはしないかだとかと気になってしまう。
しかし、すぐにそんな考えを振り払おうとルカは頭を振って目の前の作業に集中した。観劇の際は少量だが、ワインが用意されている。ガーネット姫は飲まないが、ブラネ女王はいつもグラスに一杯だけ飲んでから観劇するので、ルカはそのワインを用意していた。こういった時の為にルカが入隊した折、ベアトリクスと共に散々練習したことがある。今日初めて女王へワインを差し出すが、不思議と彼女に緊張は無かった。『アレクサンドリア・ミスト』と印字されたラベルの赤ワインをグラスに注ぎ、女王へ差し出す。ワインをグラスに注ぎ入れる時、何故かワインと共に白い靄のようなものも一緒に立ち上ってきたが、酒に詳しくないルカは少し変わったワインだなと思った。
「女王陛下、ワインを……」
「おお、気が利くのぉ。やはり、観劇の前にはこれが無いと始まった気がせぬわ」
ルカが差し出すのとほぼ同時にブラネ女王は彼女の顔をろくに見もしないで、ワイングラスをひったくるように取り、口を付ける。そこでルカはあれ、と違和感を覚えた。
ブラネ女王にはルカは一度だけ会ったことがある。それは彼女がここに来た日だ。記憶も身寄りも無い自分をガーネット姫とベアトリクスが保護してくれ、せめて兵士として身を立てられるようにとベアトリクスと共に女王へ嘆願しに行ったことがある。その時の女王は今と姿かたちは全く変わっていないが、その所作や表情には一種の高貴さ、気品が溢れていた。ルカを見つめる目にも慈愛と威厳が共存しているような光が宿っていたと記憶している。
「身寄りも記憶も無いとは……それでは、苦労も絶えぬであろう。良かろう。ならば、兵士としてアレクサンドリアに留まることを許す。この国の為、共に尽力してくれると私も女王として嬉しく思う」
そう言って、ここにいることを許してくれたのだ。
しかし、今の女王と比べると、どこがどうとは詳しく言葉に表せるものではないが、何か妙だなとルカは思ったのだった。そのまま思考にどっぷりと沈みそうになった彼女を現実に引き戻したのは、誰かが彼女の手首を掴んだからだった。
驚き、そちらへ目を向けると、そこには厳しい表情のベアトリクスがいた。あ、と思ったのも束の間、将軍はルカの手にある盆を彼女の手から抜いて静かに下がった。その一連の動きにやっと自分が女王の邪魔になる場所に立っていると自覚したルカは「も、申し訳ありません!」と頭を下げる。
「言われたのなら、早く下がれ。全く……ガーネットの頼みでなかったら、このような者をつけるなど……」
言外に「無能」と言われ、かっと恥ずかしさと悲しみが彼女の胸中を占める。そのショックに耐えようと震えつつ謝り、ルカはガーネット姫の近くへ戻る。その時、ガーネット姫が彼女の手袋の端を掴み、意識を自分に向けさせると、声を出さずに「大丈夫」と言ってくれた。努めて明るい表情を作ってそう言ってくれる彼女に、ルカは少し気持ちを持ち直して声を出さずに「ありがとうございます」と返した。
