第一章
夢小説設定
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無事に外出着を買い、城に戻ってきたルカは真っ直ぐ自分の部屋へと向かう。誰かに見られる前に外出着を隠したかったからだ。隣室にいる筈のクジャにはなるべく気取られないよう、極力足音を殺して部屋に入る。ベッドの下に外出着を包装している紙袋ごと押し込み、給湯室の戸棚に買って来た茶葉をしまってから、ルカはクジャへ報告しに隣室へと向かった。
隣室のドアを開けると彼の姿は無く、どこかに出かけたのかと思ったルカはほっと息をつく。しかし、それもほんの束の間、すぐに背後で扉の開く音がした。入って来たクジャはルカの姿を認めると、「遅かったじゃないか」と些か疑いの目を向けた。
「たかが茶葉を買いに行くのに、どれだけ寄り道をしていたのかな?」
「も、申し訳ございません……」
外出着を買ったことは彼に勘付かれてはいけないと内心、必死に無心を努めるルカ。そんな彼女の胸の内を知ってか知らずか、クジャは彼女を通り過ぎていつものようにデスクへ就く。嫌味は相変わらずだが、これまでと違い、ゆったりとした空気を纏っている彼の様子に気が付いたルカはそのまま疑問を口にする。
「あの、クジャ様。今日の仕事は……」
「ああ、もう後は機を待つだけとなったからねえ。今日は特にやることは無いよ。……そのうちキミにも手伝ってもらうことがあるかもしれないから、今から覚悟をしておくんだね」
「手伝うこと、ですか? でも、私……」
「何か心配なことでもあるのかな? 手伝いといっても、誰にでもできる簡単なことだよ。今とあまり変わらないさ。キミは僕について事務仕事をしていればいいから。この僕について仕事ができるんだ。光栄に思うと良いよ。今より待遇も良くなるだろうしね」
「……そ、うですね。それはとても楽しみです」
歌うようにルカのこれからの待遇について話すクジャ。そんな彼の様子に彼女はどうしても言い出せなかった。いや、言い出せる雰囲気だったとしても彼女は決して言わなかっただろう。それでも、彼への罪悪感が日々募っていくのを彼女は重く感じていた。
しかし、同時に彼女はこうも思っていた。自分がいなくなったところでクジャには何の影響も与えない、取るに足らない存在だから彼も自分のことなどすぐに忘れるだろう、と。第三者から見て本当にそうなのかは彼女には分からない。けれど、ルカはそう思いたかった。これを現実逃避だとは思っていなかった。
ルカの待遇について続けるクジャの話はもう殆ど、彼女の頭には入ってこなかった。
ガーネット姫の誕生日はもう明日に迫っていた。明日になったら、自分も彼女もこの城どころか、この国を出て行く。最後の確認にとルカは彼女に呼び出され、人払いされた彼女の自室でまたお茶会に参加していた。紅茶とお菓子を飲み食いしつつ、明日のことについて話しているうちに、ルカはガーネット姫が自分とは対照的な思いがあることを感じていた。姫はルカと違って、新しい世界に踏み出す楽しみしか見出していないように見えた。
「明日が待ち遠しいですね、ルカ」
「そうですね、姫様」
自分はどうしたら良いのだろう。思わず、ルカはそんなことを考えてしまう。もう自分にはそんな選択肢など用意されていないというのに、考えずにはいられないのだ。
ふと、先日クジャに言われたことを思い出す。彼は自分について仕事をしてもらうと言っていた。その時のことを思い出すと、ルカは胸が締め付けられるような心地がした。明日、自分は彼の期待を裏切ってここを出て行くのだ。そう思うと、ルカは胸の中に鉛のような重く、陰惨な影が差すような気がした。
本当はどうしたら良かったのだろうか。どうしたら、ガーネット姫もクジャもどちらも傷付けない方を選ぶことができるんだろう。二杯目の紅茶をカップに注ぎながらずっと考えていたルカだったが、どうにもその答えは出せそうになかった。紅茶の味も、よく分からない。
「あの、姫様」
「どうしました?」
「その……」
一瞬、「私、やっぱり止めようと思います」と言いかけた口は、開いた形のまま音が発されることは無い。ルカは今更、止めると言うのがひどく無責任な気がしたのだ。あなたを守ると誓って約束したのに、やっぱり止めますと言うのは、それこそ誠実じゃないと思った。代わりにルカの口から出てきたのは、別の言葉だった。
「私がいなくなった後の、仕事……とかは……?」
「……わたくしもどうしたらいいか、ずっと考えていました。でも、仕方ないことですよ、ルカ。これは誰にも言えない、わたくし達だけの約束です。……きっと、お母様やベアトリクスが取り計らってくれると思いますよ」
「そう、ですよね。大丈夫……ですよね」
脳裏に自分がいなくなった後のクジャの姿を思い浮かべる。きっと彼は自分がいなくなっても、またいつもの嫌味を言って、すぐ他の兵士をつかせるだろう。きっと大丈夫。自分の代わりとなった兵士には悪いが、私の代わりはここにはいくらでもいるのだから。そう考えると、ルカはまるで自分がただの消耗品のような気がして、またずんと気持ちが重くなった。
しかし、すぐに明日のことを考えて気持ちを切り替える。明日はガーネット姫と二人で城を出る。そうなったら、もう自分はただ大勢いる兵士の一人ではなく、姫を守る騎士にならなければ。私が姫様を守るんだ。そう思うと、ルカは不思議と勇気が湧いてきた。同時に彼女もガーネット姫と同じような、未知の世界へ踏み出す高揚感のようなものも込み上げてくる。
「明日はよろしくお願いしますね、ルカ」
「はい。ご随意に」
にこやかに微笑むガーネット姫へルカも応えるように傅き、恭しく一礼した。
「明日、一度ここを離れようと思ってね」
夜、ガーネット姫とのお茶会を済ませたルカは今度はクジャに呼び出されていた。というのも彼曰く、明日は騒がしくなるので避難するべく、ここには戻って来ないらしい。時折、彼が銀の龍に乗ってどこかへ出かけていくのは見たことがあるが、今回はガーネット姫の誕生日パーティが終わるまで身を隠す意味合いが強いようだ。
「騒がしいのは嫌いだからね」と言う彼に良かった、とルカは内心で安堵する。それなら、明日自分がいなくなってもしばらくは気付かれないだろうと思ったからだ。
「そういう訳だから明日はいないけれど、明後日は戻るから何日か宿泊できる準備をしておくように」
「泊まる準備ですか?」
「……僕についてもらうって言っただろう? もう忘れてしまったのかい?」
詳しい話によると、彼はこことは違う別荘を持っており、明後日以降ルカはそちらに住み込みで働くことになっているようだ。自分が想定していた仕事より何だか大事になっているのではないかと今更ながら思い始める彼女を置いて、クジャはどんどん話を進めていく。
「もう女王陛下にも話は通してあるし、許可ももらってるからね。急な変更だと思うだろうけど、ある程度生活に不自由無いようには手配しているから、余計な心配はしなくていいよ」
「あ、えっと……はい、分かりました」
どこか嬉しそうな雰囲気を纏っているクジャに「自分は明日ここを出て行くからその必要は無い」などとルカはどうしても言い出せなかった。本来なら直属の上司である彼にだけは言っておくべきことなのであろうが、彼女は今のクジャに真実を言ってしまう方がとても残酷なことをしているような気がしたのだった。
その後も仕事の話を続ける彼の様子を、せめて目に焼き付けておこうとルカは口元に微笑を浮かべていた。
隣室のドアを開けると彼の姿は無く、どこかに出かけたのかと思ったルカはほっと息をつく。しかし、それもほんの束の間、すぐに背後で扉の開く音がした。入って来たクジャはルカの姿を認めると、「遅かったじゃないか」と些か疑いの目を向けた。
「たかが茶葉を買いに行くのに、どれだけ寄り道をしていたのかな?」
「も、申し訳ございません……」
外出着を買ったことは彼に勘付かれてはいけないと内心、必死に無心を努めるルカ。そんな彼女の胸の内を知ってか知らずか、クジャは彼女を通り過ぎていつものようにデスクへ就く。嫌味は相変わらずだが、これまでと違い、ゆったりとした空気を纏っている彼の様子に気が付いたルカはそのまま疑問を口にする。
「あの、クジャ様。今日の仕事は……」
「ああ、もう後は機を待つだけとなったからねえ。今日は特にやることは無いよ。……そのうちキミにも手伝ってもらうことがあるかもしれないから、今から覚悟をしておくんだね」
「手伝うこと、ですか? でも、私……」
「何か心配なことでもあるのかな? 手伝いといっても、誰にでもできる簡単なことだよ。今とあまり変わらないさ。キミは僕について事務仕事をしていればいいから。この僕について仕事ができるんだ。光栄に思うと良いよ。今より待遇も良くなるだろうしね」
「……そ、うですね。それはとても楽しみです」
歌うようにルカのこれからの待遇について話すクジャ。そんな彼の様子に彼女はどうしても言い出せなかった。いや、言い出せる雰囲気だったとしても彼女は決して言わなかっただろう。それでも、彼への罪悪感が日々募っていくのを彼女は重く感じていた。
しかし、同時に彼女はこうも思っていた。自分がいなくなったところでクジャには何の影響も与えない、取るに足らない存在だから彼も自分のことなどすぐに忘れるだろう、と。第三者から見て本当にそうなのかは彼女には分からない。けれど、ルカはそう思いたかった。これを現実逃避だとは思っていなかった。
ルカの待遇について続けるクジャの話はもう殆ど、彼女の頭には入ってこなかった。
ガーネット姫の誕生日はもう明日に迫っていた。明日になったら、自分も彼女もこの城どころか、この国を出て行く。最後の確認にとルカは彼女に呼び出され、人払いされた彼女の自室でまたお茶会に参加していた。紅茶とお菓子を飲み食いしつつ、明日のことについて話しているうちに、ルカはガーネット姫が自分とは対照的な思いがあることを感じていた。姫はルカと違って、新しい世界に踏み出す楽しみしか見出していないように見えた。
「明日が待ち遠しいですね、ルカ」
「そうですね、姫様」
自分はどうしたら良いのだろう。思わず、ルカはそんなことを考えてしまう。もう自分にはそんな選択肢など用意されていないというのに、考えずにはいられないのだ。
ふと、先日クジャに言われたことを思い出す。彼は自分について仕事をしてもらうと言っていた。その時のことを思い出すと、ルカは胸が締め付けられるような心地がした。明日、自分は彼の期待を裏切ってここを出て行くのだ。そう思うと、ルカは胸の中に鉛のような重く、陰惨な影が差すような気がした。
本当はどうしたら良かったのだろうか。どうしたら、ガーネット姫もクジャもどちらも傷付けない方を選ぶことができるんだろう。二杯目の紅茶をカップに注ぎながらずっと考えていたルカだったが、どうにもその答えは出せそうになかった。紅茶の味も、よく分からない。
「あの、姫様」
「どうしました?」
「その……」
一瞬、「私、やっぱり止めようと思います」と言いかけた口は、開いた形のまま音が発されることは無い。ルカは今更、止めると言うのがひどく無責任な気がしたのだ。あなたを守ると誓って約束したのに、やっぱり止めますと言うのは、それこそ誠実じゃないと思った。代わりにルカの口から出てきたのは、別の言葉だった。
「私がいなくなった後の、仕事……とかは……?」
「……わたくしもどうしたらいいか、ずっと考えていました。でも、仕方ないことですよ、ルカ。これは誰にも言えない、わたくし達だけの約束です。……きっと、お母様やベアトリクスが取り計らってくれると思いますよ」
「そう、ですよね。大丈夫……ですよね」
脳裏に自分がいなくなった後のクジャの姿を思い浮かべる。きっと彼は自分がいなくなっても、またいつもの嫌味を言って、すぐ他の兵士をつかせるだろう。きっと大丈夫。自分の代わりとなった兵士には悪いが、私の代わりはここにはいくらでもいるのだから。そう考えると、ルカはまるで自分がただの消耗品のような気がして、またずんと気持ちが重くなった。
しかし、すぐに明日のことを考えて気持ちを切り替える。明日はガーネット姫と二人で城を出る。そうなったら、もう自分はただ大勢いる兵士の一人ではなく、姫を守る騎士にならなければ。私が姫様を守るんだ。そう思うと、ルカは不思議と勇気が湧いてきた。同時に彼女もガーネット姫と同じような、未知の世界へ踏み出す高揚感のようなものも込み上げてくる。
「明日はよろしくお願いしますね、ルカ」
「はい。ご随意に」
にこやかに微笑むガーネット姫へルカも応えるように傅き、恭しく一礼した。
「明日、一度ここを離れようと思ってね」
夜、ガーネット姫とのお茶会を済ませたルカは今度はクジャに呼び出されていた。というのも彼曰く、明日は騒がしくなるので避難するべく、ここには戻って来ないらしい。時折、彼が銀の龍に乗ってどこかへ出かけていくのは見たことがあるが、今回はガーネット姫の誕生日パーティが終わるまで身を隠す意味合いが強いようだ。
「騒がしいのは嫌いだからね」と言う彼に良かった、とルカは内心で安堵する。それなら、明日自分がいなくなってもしばらくは気付かれないだろうと思ったからだ。
「そういう訳だから明日はいないけれど、明後日は戻るから何日か宿泊できる準備をしておくように」
「泊まる準備ですか?」
「……僕についてもらうって言っただろう? もう忘れてしまったのかい?」
詳しい話によると、彼はこことは違う別荘を持っており、明後日以降ルカはそちらに住み込みで働くことになっているようだ。自分が想定していた仕事より何だか大事になっているのではないかと今更ながら思い始める彼女を置いて、クジャはどんどん話を進めていく。
「もう女王陛下にも話は通してあるし、許可ももらってるからね。急な変更だと思うだろうけど、ある程度生活に不自由無いようには手配しているから、余計な心配はしなくていいよ」
「あ、えっと……はい、分かりました」
どこか嬉しそうな雰囲気を纏っているクジャに「自分は明日ここを出て行くからその必要は無い」などとルカはどうしても言い出せなかった。本来なら直属の上司である彼にだけは言っておくべきことなのであろうが、彼女は今のクジャに真実を言ってしまう方がとても残酷なことをしているような気がしたのだった。
その後も仕事の話を続ける彼の様子を、せめて目に焼き付けておこうとルカは口元に微笑を浮かべていた。
