第一章
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ガーネット姫との逃走劇まで後数日。ルカはクジャに買い物へ行くよう言いつけられ、城下町に出ていた。いつもなら、ノーラやメリッサと一緒に行くのだが、今日は声を掛けなかった。というのも、ルカはガーネット姫と抜け出す為、兵士の格好とは別に外出着を買おうと思っていたからだ。彼女は自身が嘘をつくのが苦手だと自覚しているので、友人であるノーラやメリッサに嘘を貫き通すことは難しいと考えていたせいもある。
アレクサンドリアは剣を使う兵士が多く、将軍も剣で武功を立ててきたせいか、弓術士の装備は少ないだろうと考えて、彼女はまずクジャのお使いを先に済ませることにした。お使いと言っても、多くは紅茶の茶葉を買いに行くのである。そろそろ殆どの茶葉が残り少なくなってきたのだ。クジャには城に戻ったら、彼にいくら掛ったのか報告しなければならないので、必ず領収書を受け取るのを忘れないようにと頭に叩き込み、彼女は最近見つけた専門店へ足を運んだ。
「こんにちは」
緋色と焦げ茶に塗られた屋根に外壁の、こじんまりとしているが、掃除が行き届いている店のガラス戸を開けると、カランカランと軽快なベルの音がする。店の中は壁際に何種類もの茶葉が入っている棚がぎっしりと並び、一目で品揃えの良い店だと分かる。微かに奥から薫る紅茶の甘やかな香りにルカは少し陶酔しているような感覚を覚えた。それも束の間、彼女の挨拶にすぐカウンターの向こう側から声が返ってくる。
「あら、いらっしゃい。ルカちゃん。またお使い?」
カウンターの中でしゃがみ、何やら作業をしていたこの店の女将はルカの声に立ち上がってぱっと振り向いた。ウェーブがかった金髪に勝気そうな表情、すらりと背が高く、細身の女性だ。ルカよりだいぶ年上だが、その目には商売への情熱と生来の輝きに満ちていた。少し前からルカとはある人物の話題で仲良くなった女性だった。
「こんにちは。そうなんです。今日は数が多くて」
ルカが書いてきたメモを渡すと、女将は「まぁまぁまぁ、ほんとに多いわねぇ」と驚いた調子で言い、やる気が削がれた。どころか益々やる気に満ち溢れ、「ちょっと待っててね。すぐ詰めちゃうから!」と言って、てきぱきとメモを片手に数ある棚の中から目当ての茶葉を取り出す作業に入る。
「そういえば、最近どう? うちの子。まだ将軍になるんだーって言ってる?」
「あ、はい。私とは担当場所が分かれちゃったんですけど、カミラ先輩、訓練も毎日手を抜かずに頑張ってますよ」
「将軍になるには戦場で武功を立てなきゃいけないんでしょう? ……あたしは正直、あの子が戦場に行くなんて考えただけでも恐ろしくて堪らないわ。あの子には悪いけど、やっぱり我が子には平和に暮らしてもらいたいものね」
「そう、ですよね」
作業する手は止めずにそう言ってどこかやるせない顔をする女将に、ルカは少しだけ寂しくなった。自分には故郷の記憶も両親の記憶も無い。アレクサンドリアに来るまで、どこでどう生きていたのかすら思い出せない。もし、自分の両親がまだどこかで生きているのだとしたら、今も女将と同じように自分を思って捜してくれているのだろうか。どうして自分はアレクサンドリア城に置き去りにされてしまったのか。
ついそんなことを考えてしまい、ルカはこの世界で一人ぼっちになってしまったかのような孤独感を覚えた。しかし、それも少しの間のことで、頼んだ茶葉をそれぞれの袋に詰めた女将の声で我に返る。
「どうしたの? ルカちゃん」
「あ……い、いいえ。ちょっとぼーっとしちゃってました。すみません、ありがとうございます!」
「そう? 疲れてるんじゃないの? あ、ちょっと待ってて」
そう言って女将は奥のテーブルから焼き菓子の袋を一つ取ると、ルカが差し出した代金と引き換えに茶葉が入った袋と一緒に手渡した。
「え? あの、これは……?」
「あたしからのサービスよ。一休みしてから行きなさい。これからもあの子をよろしくね」
「で、でも、これ売り物じゃ――」
「いいのいいの。一個くらいどうってことないから」
「そういう訳にはいきませんよ! お金払わせてください!」
「ま、若いのに堅いこと言うんじゃないの」
それからも代金を巡って押し問答があったが、結局ルカは女将に上手く丸め込まれてしまい、無償で焼き菓子をもらうことになってしまった。未だ少し納得がいっていない彼女に「椅子が無くてごめんだけど、良かったらそこの階段に座って食べて行きな」と入り口近くにある二階への階段を示す。それは緩やかな曲線を描く木製の手すりが優雅な印象を受けるものだった。踏み板と蹴込みは店の屋根と同じ緋色の柔らかな布が張ってあり、座っても痛くなりにくそうだ。
お言葉に甘えてルカはそこに腰掛け、焼き菓子を食べることにした。店名が印字された茶色の紙袋の口を開けて中を覗いてみると、そこにはブラネ女王が好きなバラの絵が焼き付けられているフィナンシェがいくつか入っていた。袋いっぱいに立ち上るバターとアルモンドの香りにルカは嬉しさで胸がいっぱいになった。
「わぁ、フィナンシェだぁ~!」
「あら、好きなお菓子だった? それは良かった」
ここが外出先だということをすっかり忘れていたルカは、その女将の言葉にはっと我に返り、恥ずかしさで頬を紅潮させた。
「あ、えっと……す、すみません」
「どうして謝るの? 良いじゃない。誰だって好きなお菓子の前では喜びたくなるものでしょ?」
そう言っていつの間にか紅茶も淹れていたらしい女将は、それもルカへ差し出した。また遠慮しようとする彼女に女将は笑って「お菓子には紅茶が無くっちゃ始まらないわよ」と言う。まだ三年だけだが、この国で過ごしてきたルカはそれなりにこの国の習慣が身についていたので、確かにと妙に納得して受け取った。
フィナンシェは一口噛むごとにじゅわっとバターの味が口内に染み渡り、アルモンドの香りと砂糖の甘さがじんわりと広がり、疲れた体に染みていく。口の中が甘くなると、紅茶を一口。すっきりとしているのにまろやかな飲み口のお茶はブレンドティーだろうか。ルカには何のブレンドかまでは分からなかったが、その豊かな香りはフィナンシェととても相性が良かった。
「美味しい……」
「ふふ、ありがとう。そういえば、ルカちゃん。今日のお使いは随分と種類が多かったけど、お城の人達ってのはそんなに紅茶を飲むの?」
「あ、いいえ。今日のはその……私がお仕えしてる方の物なんです」
「あら、それは初耳ね。ルカちゃんがお仕えしてる人って? あ、聞いても良いお話かしら?」
「ちょっとだけなら、多分大丈夫です」
「その仕えてる人って男の人? 女の人?」
「男の人です。とても紅茶に詳しい人で――」
「あら、じゃあ、うちはその人のお眼鏡に適ったって訳ね」
「はい。ここの紅茶は美味しいって言ってましたよ」
「あらぁ、嬉しい。それで? ルカちゃんはその人のことどう思ってるの?」
「? どうって……」
「好きなの? ってことよ」
言われた瞬間、咄嗟にルカの頭に浮かんだのは先日プレゼントをくれた時のクジャだった。最初に会った頃の冷たさなんて一切無い、照れる気持ちを押し隠しているつんとした表情やそっぽを向く仕草。あの時は彼を少しだけ可愛いと思ったのだった。
しかし、それと同時にどこか寂しい気持ちにもなった。もうすぐ自分はガーネット姫と共にこの国を出る。次、いつ彼に会えるのかは分からない。そう思うと、ルカは密かに自分と彼はそういう関係にはならないと思っていた。
だが、そんな気持ちとは裏腹に出てきた言葉は困惑に満ちていた。
「……分からないです。私とあの方はそういう関係にはならないと思いますし」
「そうなの? でもね、ルカちゃん。人生ってある日突然、がらっと変わったりするものなのよ。数ヶ月後にはその人とそういう関係になってたりしてね」
「あはは。どうでしょうね」
誤魔化すようにまた紅茶を一口飲んで、ルカはほうと息を吐いた。
アレクサンドリアは剣を使う兵士が多く、将軍も剣で武功を立ててきたせいか、弓術士の装備は少ないだろうと考えて、彼女はまずクジャのお使いを先に済ませることにした。お使いと言っても、多くは紅茶の茶葉を買いに行くのである。そろそろ殆どの茶葉が残り少なくなってきたのだ。クジャには城に戻ったら、彼にいくら掛ったのか報告しなければならないので、必ず領収書を受け取るのを忘れないようにと頭に叩き込み、彼女は最近見つけた専門店へ足を運んだ。
「こんにちは」
緋色と焦げ茶に塗られた屋根に外壁の、こじんまりとしているが、掃除が行き届いている店のガラス戸を開けると、カランカランと軽快なベルの音がする。店の中は壁際に何種類もの茶葉が入っている棚がぎっしりと並び、一目で品揃えの良い店だと分かる。微かに奥から薫る紅茶の甘やかな香りにルカは少し陶酔しているような感覚を覚えた。それも束の間、彼女の挨拶にすぐカウンターの向こう側から声が返ってくる。
「あら、いらっしゃい。ルカちゃん。またお使い?」
カウンターの中でしゃがみ、何やら作業をしていたこの店の女将はルカの声に立ち上がってぱっと振り向いた。ウェーブがかった金髪に勝気そうな表情、すらりと背が高く、細身の女性だ。ルカよりだいぶ年上だが、その目には商売への情熱と生来の輝きに満ちていた。少し前からルカとはある人物の話題で仲良くなった女性だった。
「こんにちは。そうなんです。今日は数が多くて」
ルカが書いてきたメモを渡すと、女将は「まぁまぁまぁ、ほんとに多いわねぇ」と驚いた調子で言い、やる気が削がれた。どころか益々やる気に満ち溢れ、「ちょっと待っててね。すぐ詰めちゃうから!」と言って、てきぱきとメモを片手に数ある棚の中から目当ての茶葉を取り出す作業に入る。
「そういえば、最近どう? うちの子。まだ将軍になるんだーって言ってる?」
「あ、はい。私とは担当場所が分かれちゃったんですけど、カミラ先輩、訓練も毎日手を抜かずに頑張ってますよ」
「将軍になるには戦場で武功を立てなきゃいけないんでしょう? ……あたしは正直、あの子が戦場に行くなんて考えただけでも恐ろしくて堪らないわ。あの子には悪いけど、やっぱり我が子には平和に暮らしてもらいたいものね」
「そう、ですよね」
作業する手は止めずにそう言ってどこかやるせない顔をする女将に、ルカは少しだけ寂しくなった。自分には故郷の記憶も両親の記憶も無い。アレクサンドリアに来るまで、どこでどう生きていたのかすら思い出せない。もし、自分の両親がまだどこかで生きているのだとしたら、今も女将と同じように自分を思って捜してくれているのだろうか。どうして自分はアレクサンドリア城に置き去りにされてしまったのか。
ついそんなことを考えてしまい、ルカはこの世界で一人ぼっちになってしまったかのような孤独感を覚えた。しかし、それも少しの間のことで、頼んだ茶葉をそれぞれの袋に詰めた女将の声で我に返る。
「どうしたの? ルカちゃん」
「あ……い、いいえ。ちょっとぼーっとしちゃってました。すみません、ありがとうございます!」
「そう? 疲れてるんじゃないの? あ、ちょっと待ってて」
そう言って女将は奥のテーブルから焼き菓子の袋を一つ取ると、ルカが差し出した代金と引き換えに茶葉が入った袋と一緒に手渡した。
「え? あの、これは……?」
「あたしからのサービスよ。一休みしてから行きなさい。これからもあの子をよろしくね」
「で、でも、これ売り物じゃ――」
「いいのいいの。一個くらいどうってことないから」
「そういう訳にはいきませんよ! お金払わせてください!」
「ま、若いのに堅いこと言うんじゃないの」
それからも代金を巡って押し問答があったが、結局ルカは女将に上手く丸め込まれてしまい、無償で焼き菓子をもらうことになってしまった。未だ少し納得がいっていない彼女に「椅子が無くてごめんだけど、良かったらそこの階段に座って食べて行きな」と入り口近くにある二階への階段を示す。それは緩やかな曲線を描く木製の手すりが優雅な印象を受けるものだった。踏み板と蹴込みは店の屋根と同じ緋色の柔らかな布が張ってあり、座っても痛くなりにくそうだ。
お言葉に甘えてルカはそこに腰掛け、焼き菓子を食べることにした。店名が印字された茶色の紙袋の口を開けて中を覗いてみると、そこにはブラネ女王が好きなバラの絵が焼き付けられているフィナンシェがいくつか入っていた。袋いっぱいに立ち上るバターとアルモンドの香りにルカは嬉しさで胸がいっぱいになった。
「わぁ、フィナンシェだぁ~!」
「あら、好きなお菓子だった? それは良かった」
ここが外出先だということをすっかり忘れていたルカは、その女将の言葉にはっと我に返り、恥ずかしさで頬を紅潮させた。
「あ、えっと……す、すみません」
「どうして謝るの? 良いじゃない。誰だって好きなお菓子の前では喜びたくなるものでしょ?」
そう言っていつの間にか紅茶も淹れていたらしい女将は、それもルカへ差し出した。また遠慮しようとする彼女に女将は笑って「お菓子には紅茶が無くっちゃ始まらないわよ」と言う。まだ三年だけだが、この国で過ごしてきたルカはそれなりにこの国の習慣が身についていたので、確かにと妙に納得して受け取った。
フィナンシェは一口噛むごとにじゅわっとバターの味が口内に染み渡り、アルモンドの香りと砂糖の甘さがじんわりと広がり、疲れた体に染みていく。口の中が甘くなると、紅茶を一口。すっきりとしているのにまろやかな飲み口のお茶はブレンドティーだろうか。ルカには何のブレンドかまでは分からなかったが、その豊かな香りはフィナンシェととても相性が良かった。
「美味しい……」
「ふふ、ありがとう。そういえば、ルカちゃん。今日のお使いは随分と種類が多かったけど、お城の人達ってのはそんなに紅茶を飲むの?」
「あ、いいえ。今日のはその……私がお仕えしてる方の物なんです」
「あら、それは初耳ね。ルカちゃんがお仕えしてる人って? あ、聞いても良いお話かしら?」
「ちょっとだけなら、多分大丈夫です」
「その仕えてる人って男の人? 女の人?」
「男の人です。とても紅茶に詳しい人で――」
「あら、じゃあ、うちはその人のお眼鏡に適ったって訳ね」
「はい。ここの紅茶は美味しいって言ってましたよ」
「あらぁ、嬉しい。それで? ルカちゃんはその人のことどう思ってるの?」
「? どうって……」
「好きなの? ってことよ」
言われた瞬間、咄嗟にルカの頭に浮かんだのは先日プレゼントをくれた時のクジャだった。最初に会った頃の冷たさなんて一切無い、照れる気持ちを押し隠しているつんとした表情やそっぽを向く仕草。あの時は彼を少しだけ可愛いと思ったのだった。
しかし、それと同時にどこか寂しい気持ちにもなった。もうすぐ自分はガーネット姫と共にこの国を出る。次、いつ彼に会えるのかは分からない。そう思うと、ルカは密かに自分と彼はそういう関係にはならないと思っていた。
だが、そんな気持ちとは裏腹に出てきた言葉は困惑に満ちていた。
「……分からないです。私とあの方はそういう関係にはならないと思いますし」
「そうなの? でもね、ルカちゃん。人生ってある日突然、がらっと変わったりするものなのよ。数ヶ月後にはその人とそういう関係になってたりしてね」
「あはは。どうでしょうね」
誤魔化すようにまた紅茶を一口飲んで、ルカはほうと息を吐いた。
