第一章
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「ん~! 今日もおいひいでひゅ!」
クジャの毒味役となってから数日。今日も料理の美味しさに感動しているルカをクジャは怪訝そうに見つめていた。
「毎回、よくそんなに新鮮な反応ができるものだね。キミは」
「だって、どれもこれも美味しくて……!」
「はぁ……キミねぇ。毒見役ってもう少しびくびくしながら食べるものだよ?」
「そうなんですか?」
毒見役というものがどういうものか、まるで理解していない様子のルカに、クジャはわざと怖がらせるように声を低くして説明する。
「そうだよ。もし、その食事に毒が入っていたら、キミは僕の代わりに悶え苦しんで死ぬんだよ? その時、キミはどんな風に死ぬのかな? 神経毒だったら、手や足の先から徐々に痺れが出て、そのうち全身を燃えるような熱さと痛みに襲われるんだ。苦しみながら、最後には脳細胞を破壊されてそのまま死ぬ。自然毒だったら、摂取した毒物にもよるけど、一番強い毒になんて当たってしまったら、悲惨だねえ。内臓から少しずつ少しずつ細胞が壊されていって、腐り落ちてしまうんだよ。その時、キミは自分の臓器が壊されていくのを感じながら、のたうち回って死ぬんだ。表面は綺麗に、だけど、中身は醜い死体の出来上がりさ。そういう可能性は考えないのかい?」
クジャの真に迫る口調と表情を伴う説明に、ルカは先程までの幸せな気分はどこかへ行ってしまっていた。代わりに顔は青褪め、彼が語って聞かせた毒の症状に見舞われたことを想像し、カタカタと恐怖に震える。彼女が怖がる様をクジャは満足そうに見つめ、残忍な笑みを口元に浮かべた。
「フフフ。今更気が付いたのかい? よくそんな心構えで今日まで生きてこられたねえ? 運が良いよ、キミは。でも、それだけだ。僕の傍にいるんだったら、こういう可能性も常に頭に入れておかなくちゃいけないよ」
「うぅ……それは……怖い、です……。怖いです、けど、でも……私が毒見役として役目を果たしているから、クジャ様は安心してご飯を食べられるんですよね……?」
「うん? そうだね。まぁ、キミにしてはよくやっている方なんじゃないかな」
クジャなりの評価を聞いた途端、「えへへ」と嬉しそうに笑った彼女に、クジャはまたしても毒気を抜かれる。内心「しまった」と思った彼だったが、時既に遅し。ルカは自分が誰かの役に立てたことが素直にうれしいのか、先程までの恐怖に歪んだ表情はどこへやら、にこにこと笑顔を浮かべている。
「嬉しいです! 私、ちゃんとクジャ様のお役に立ってるんですね!」
「やったぁ!」と喜ぶルカを面白くなさそうに見ていたクジャが辛うじて言い返せたのは、「ふ、ふんっ。ちょっと僕に評価されたからっていい気にならないことだね!」だけだった。
「毒見、終わりました!」
「ああ、そうかい。じゃあ、そこに控えていればいいよ」
「はい」
最初の毒見から、ルカは食前酒には手を付けなくていいと言われていた。思ったより彼女が酒に弱いことを知ってから、クジャにそう言われていたのだ。少々面倒だが、仕方ないと彼は食前酒が注がれているグラスに人差し指をかざして魔力を込める。指先に青白く、小さな光が集まり、それがクジャの指先から離れてグラス全体の周囲を回ると、彼の脳裏に食前酒の情報が流れてきた。
「ふむ……いつも通りみたいだね」
そうやっていつも通りに食事を終えると、ルカへ食器を下げるように言って、クジャはまた仕事に取りかかるのだった。
「ふぅ……」
昼食から数時間経って目が疲れてきたのか、クジャが不意に書類から顔を上げて目頭を押さえる。それに気付いたルカは何も言わずにいそいそと部屋を出て行った。そうしていつものようにティーセットを持って来た彼女は、おもむろにハーブティを淹れる準備を整えていく。やがて昇ってくる心地よい香りにクジャは思わず「今日はローゼマリィか」と呟いた時だった。
「はい。とても疲れに良いみたいなので」
「別に僕は疲れていないけれどね」
ぷい、とティーセットから顔を背けるクジャの様子に、ルカは内心「素直じゃないなぁ」と苦笑するのだった。
ことりとデスクの上にカップを置いて、ルカはいつでもお替りを用意できるようにワゴンの傍で目を閉じて待っていると、やがてクジャは背けていた顔を戻してデスク上のカップへ視線を注ぐ。そして、数秒迷った後――
「本当に……僕は頼んでいないんだけどねえ」
ようやく口を付けるのがすっかり習慣になってしまった。目を閉じているルカに気付かれないよう、なるべく音を立てずに飲む彼の姿を彼女は彼に気取られないようにちら、と見て嬉しげに微笑むのだった。
それから二人は特に会話らしい会話をするわけでもなく、ただ静かにお茶を楽しむクジャと彼の言う通りに時折、お替りを注ぐルカ。互いの間に会話は無いが、このお茶の時間だけは沈黙と共に穏やかな空気が流れる。
クジャはどう思っているのかは知らないが、ルカはこの時間が好きだった。未だお茶菓子を出すまでには至っていないとはいえ、ここ最近はクジャがちゃんと食事を摂っているし、憎まれ口は利かれるものの、もうあの突然現れる激情を見せることは無くなっていた。このままこの生活が続けばいいなとルカは漠然と考えていた。
あの話が持ち上がるまでは。
ガーネット姫の十六歳の誕生日が迫る中、ルカはある日、姫本人からベアトリクスを介して呼び出しを受けた。何だろうと思いつつ、言われた通りの時間に姫の自室へ赴くと、ガーネットはいつものように天使の微笑みで出迎えてくれた。
「よく来てくれましたね、ルカ」
「あの、姫様。お話というのは?」
「たまには一緒にお茶でもと思ったんです。ほら、こちらに座って?」
ガーネットが示すテーブルには確かにお茶とクッキーが用意されており、ルカは内心少しほっとした。ベアトリクスに言い渡された時は、なんだか深刻そうな雰囲気を纏っていたせいで、相手は大切なガーネット姫だというのに、つい身構えてしまった。
ガーネット姫とまた向かい合う形で座り、出された紅茶に口をつける。この気品を感じる香りと重厚な味わいはアレクサンドリアブレンドだろうか。クジャに出会ってから随分と紅茶に詳しくなったなと感慨に耽っているルカに、ガーネットは口火を切った。
「ルカは城の外に出たことはありますか?」
「え? はい。たまにお使いで城下町に買い物をしに行ったことはあります」
ルカはこの城で暮らすようになってから外出と言えば、その程度だった。よくメリッサの話に出てくる協力国のリンドブルムにすら実際に行ったことはない。彼女は元々リンドブルムの生まれで、発明好きなところは彼女の祖父に似ているらしい。いつかメリッサに案内してもらいたいなと考えていると、ガーネットは「そうですか」といささか残念そうに呟いて、言葉を続けた。
「次のわたくしの誕生日に、わたくしはこの城を出ようと思っています」
「へ? …………ええっ!?」
思わずがたりと立ち上がったルカを制し、ガーネットは真剣な眼差しを向けた。
「あなたは気づいているか分かりませんが、わたくしはこのところ、お母様のご様子がおかしいと思っているのです」
「じょ、王陛下の……?」
「ええ。わたくしはこのことをシド大公にお伝えせねばなりません。ルカ、あなたにはそれまでわたくしの護衛をして頂きたいのです」
「ご、護衛って……姫様、何を言って……」
「ルカ、あなたはどう思いますか?」
その真っ直ぐな目は真剣そのものだった。決意を感じる目だった。少しでも冗談だとか、本気じゃないんでしょうだとか言おうものなら、失望されるだろうと分かるほどの、ある種の緊張感があった。
「もし、わたくしの言うことを信じて下さるなら、わたくしと一緒にこの城を出て頂けませんか?」
突然迫られた選択に、ルカはただ呆然と手元のティーカップの中を見つめる。赤茶色の水面には困惑した自分の顔が映っていた。
クジャの毒味役となってから数日。今日も料理の美味しさに感動しているルカをクジャは怪訝そうに見つめていた。
「毎回、よくそんなに新鮮な反応ができるものだね。キミは」
「だって、どれもこれも美味しくて……!」
「はぁ……キミねぇ。毒見役ってもう少しびくびくしながら食べるものだよ?」
「そうなんですか?」
毒見役というものがどういうものか、まるで理解していない様子のルカに、クジャはわざと怖がらせるように声を低くして説明する。
「そうだよ。もし、その食事に毒が入っていたら、キミは僕の代わりに悶え苦しんで死ぬんだよ? その時、キミはどんな風に死ぬのかな? 神経毒だったら、手や足の先から徐々に痺れが出て、そのうち全身を燃えるような熱さと痛みに襲われるんだ。苦しみながら、最後には脳細胞を破壊されてそのまま死ぬ。自然毒だったら、摂取した毒物にもよるけど、一番強い毒になんて当たってしまったら、悲惨だねえ。内臓から少しずつ少しずつ細胞が壊されていって、腐り落ちてしまうんだよ。その時、キミは自分の臓器が壊されていくのを感じながら、のたうち回って死ぬんだ。表面は綺麗に、だけど、中身は醜い死体の出来上がりさ。そういう可能性は考えないのかい?」
クジャの真に迫る口調と表情を伴う説明に、ルカは先程までの幸せな気分はどこかへ行ってしまっていた。代わりに顔は青褪め、彼が語って聞かせた毒の症状に見舞われたことを想像し、カタカタと恐怖に震える。彼女が怖がる様をクジャは満足そうに見つめ、残忍な笑みを口元に浮かべた。
「フフフ。今更気が付いたのかい? よくそんな心構えで今日まで生きてこられたねえ? 運が良いよ、キミは。でも、それだけだ。僕の傍にいるんだったら、こういう可能性も常に頭に入れておかなくちゃいけないよ」
「うぅ……それは……怖い、です……。怖いです、けど、でも……私が毒見役として役目を果たしているから、クジャ様は安心してご飯を食べられるんですよね……?」
「うん? そうだね。まぁ、キミにしてはよくやっている方なんじゃないかな」
クジャなりの評価を聞いた途端、「えへへ」と嬉しそうに笑った彼女に、クジャはまたしても毒気を抜かれる。内心「しまった」と思った彼だったが、時既に遅し。ルカは自分が誰かの役に立てたことが素直にうれしいのか、先程までの恐怖に歪んだ表情はどこへやら、にこにこと笑顔を浮かべている。
「嬉しいです! 私、ちゃんとクジャ様のお役に立ってるんですね!」
「やったぁ!」と喜ぶルカを面白くなさそうに見ていたクジャが辛うじて言い返せたのは、「ふ、ふんっ。ちょっと僕に評価されたからっていい気にならないことだね!」だけだった。
「毒見、終わりました!」
「ああ、そうかい。じゃあ、そこに控えていればいいよ」
「はい」
最初の毒見から、ルカは食前酒には手を付けなくていいと言われていた。思ったより彼女が酒に弱いことを知ってから、クジャにそう言われていたのだ。少々面倒だが、仕方ないと彼は食前酒が注がれているグラスに人差し指をかざして魔力を込める。指先に青白く、小さな光が集まり、それがクジャの指先から離れてグラス全体の周囲を回ると、彼の脳裏に食前酒の情報が流れてきた。
「ふむ……いつも通りみたいだね」
そうやっていつも通りに食事を終えると、ルカへ食器を下げるように言って、クジャはまた仕事に取りかかるのだった。
「ふぅ……」
昼食から数時間経って目が疲れてきたのか、クジャが不意に書類から顔を上げて目頭を押さえる。それに気付いたルカは何も言わずにいそいそと部屋を出て行った。そうしていつものようにティーセットを持って来た彼女は、おもむろにハーブティを淹れる準備を整えていく。やがて昇ってくる心地よい香りにクジャは思わず「今日はローゼマリィか」と呟いた時だった。
「はい。とても疲れに良いみたいなので」
「別に僕は疲れていないけれどね」
ぷい、とティーセットから顔を背けるクジャの様子に、ルカは内心「素直じゃないなぁ」と苦笑するのだった。
ことりとデスクの上にカップを置いて、ルカはいつでもお替りを用意できるようにワゴンの傍で目を閉じて待っていると、やがてクジャは背けていた顔を戻してデスク上のカップへ視線を注ぐ。そして、数秒迷った後――
「本当に……僕は頼んでいないんだけどねえ」
ようやく口を付けるのがすっかり習慣になってしまった。目を閉じているルカに気付かれないよう、なるべく音を立てずに飲む彼の姿を彼女は彼に気取られないようにちら、と見て嬉しげに微笑むのだった。
それから二人は特に会話らしい会話をするわけでもなく、ただ静かにお茶を楽しむクジャと彼の言う通りに時折、お替りを注ぐルカ。互いの間に会話は無いが、このお茶の時間だけは沈黙と共に穏やかな空気が流れる。
クジャはどう思っているのかは知らないが、ルカはこの時間が好きだった。未だお茶菓子を出すまでには至っていないとはいえ、ここ最近はクジャがちゃんと食事を摂っているし、憎まれ口は利かれるものの、もうあの突然現れる激情を見せることは無くなっていた。このままこの生活が続けばいいなとルカは漠然と考えていた。
あの話が持ち上がるまでは。
ガーネット姫の十六歳の誕生日が迫る中、ルカはある日、姫本人からベアトリクスを介して呼び出しを受けた。何だろうと思いつつ、言われた通りの時間に姫の自室へ赴くと、ガーネットはいつものように天使の微笑みで出迎えてくれた。
「よく来てくれましたね、ルカ」
「あの、姫様。お話というのは?」
「たまには一緒にお茶でもと思ったんです。ほら、こちらに座って?」
ガーネットが示すテーブルには確かにお茶とクッキーが用意されており、ルカは内心少しほっとした。ベアトリクスに言い渡された時は、なんだか深刻そうな雰囲気を纏っていたせいで、相手は大切なガーネット姫だというのに、つい身構えてしまった。
ガーネット姫とまた向かい合う形で座り、出された紅茶に口をつける。この気品を感じる香りと重厚な味わいはアレクサンドリアブレンドだろうか。クジャに出会ってから随分と紅茶に詳しくなったなと感慨に耽っているルカに、ガーネットは口火を切った。
「ルカは城の外に出たことはありますか?」
「え? はい。たまにお使いで城下町に買い物をしに行ったことはあります」
ルカはこの城で暮らすようになってから外出と言えば、その程度だった。よくメリッサの話に出てくる協力国のリンドブルムにすら実際に行ったことはない。彼女は元々リンドブルムの生まれで、発明好きなところは彼女の祖父に似ているらしい。いつかメリッサに案内してもらいたいなと考えていると、ガーネットは「そうですか」といささか残念そうに呟いて、言葉を続けた。
「次のわたくしの誕生日に、わたくしはこの城を出ようと思っています」
「へ? …………ええっ!?」
思わずがたりと立ち上がったルカを制し、ガーネットは真剣な眼差しを向けた。
「あなたは気づいているか分かりませんが、わたくしはこのところ、お母様のご様子がおかしいと思っているのです」
「じょ、王陛下の……?」
「ええ。わたくしはこのことをシド大公にお伝えせねばなりません。ルカ、あなたにはそれまでわたくしの護衛をして頂きたいのです」
「ご、護衛って……姫様、何を言って……」
「ルカ、あなたはどう思いますか?」
その真っ直ぐな目は真剣そのものだった。決意を感じる目だった。少しでも冗談だとか、本気じゃないんでしょうだとか言おうものなら、失望されるだろうと分かるほどの、ある種の緊張感があった。
「もし、わたくしの言うことを信じて下さるなら、わたくしと一緒にこの城を出て頂けませんか?」
突然迫られた選択に、ルカはただ呆然と手元のティーカップの中を見つめる。赤茶色の水面には困惑した自分の顔が映っていた。
