夜のイカロス

 どこか遠くで声のようなものが聞こえた、気がした。誰かに呼び止められた印象を受けたラギーは、背後を振り返る。しかし、そこには誰もいない。
 気のせいか、と思って洗濯物が入った籠を持ち直し、リネン室へ再び歩き出す。また呼ばれた。また振り返るも、やはり誰もいない。それが何度か続き、流石にしつこく思った彼は背後を振り返った際に周囲に怒鳴った。

「何なんスか! しつこいッスよ!? 隠れてないで出てこいって!」

 しかし、その声に応える者はいない。しーんと静まり返る廊下にラギーは恐怖よりも苛立ちが勝っていく。この忙しい時にわざわざ魔法を使ってまで自分を呼び止めるのだから、犯人には後でがっつり請求してやると考えながらもう一度呼ばれた気がして、とうとうラギーはキレた。

「だぁーっ! もうしつこ過ぎだってのっ!!」

 振り返ったラギーは一瞬、距離が近すぎてそれが何なのか分からなかった。ただ、急に目の前が真っ暗になった錯覚を覚えたのだ。そのくらい相手との距離が近かったとも言える。だが、ラギーの優れた観察力と頭の回転はすぐに答えを叩き出してしまう。それがぽっかりと空いた眼窩だということに。そして、それが祖母の顔をしていると気が付いてしまったラギーは頭が真っ白になり、洗濯籠を落としたことに構っていられない程、焦って逃げ出した。背後で形容しがたい悲鳴のような叫びが聞こえる。甲高いその声はラギーの耳をつんざかんばかりの鋭さで頭の奥にこびりつこうとしてくる。あまりの煩さとこれ以上、頭の中に侵入されまいとしてラギーは両耳を塞いで走った。
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