お相手ごちゃ混ぜ

「じゃあ、子分。オレ様、先に行くからなっ!」

 うきうきで出かける準備を終えたグリムはそう言って、きらきらした目を向けてくる。玄関から出て行く直前にリボンは曲がっていないか、忘れ物は無いか監督生としっかり確認する。

「グリム、持ち寄りのお菓子ある?」
「ばっちりなんだゾ!」
「みんなと合流する前に開けて食べちゃダメだからね」
「わ、分かってるんだゾ!」
「後は……うん、今日もリボンが決まってる。かっこいい親分のかんせ~い」
「当然なんだゾ! ……なぁ、子分。なんでオレ様と一緒に行かねぇんだぁ?」

「せっかくの休みなのに」と少しむくれるグリムに、監督生はふふと笑う。今日は一年生の皆とカラオケに行く約束をしていたのだが、その少し前に通販で買った物が届く日でもある。代引きで受け取ると選択してしまっていたので、せめてグリムだけでも先に楽しんでくれたら、という親心のようなもので、監督生は先に彼だけを送り出すことにしたのだった。

「荷物受け取ったら、私もすぐ行くから。いつも行くとこだし、すぐ合流できるよ」

 彼らがいつも行くのは麓の町にある穴場のカラオケ店だ。少し路地に入ったところにある店で、周囲の治安は少し不安だが、立地が悪い分、料金は格安でもある。お菓子を持ち込んでもお咎めなしの店なので、よくナイトレイヴンカレッジ生が利用しているのだ。店に向かう際に連絡しておけば、デュースかジャックが目印に店の前に立っていてくれているし、場合によっては迎えにも来てくれるので、その点は安心でもある。
 そうこうしているうちに約束の時間が近くなっていた。

「あ、グリム。そろそろだから行ってて」
「このお菓子の袋、邪魔なんだゾ」
「背中にこうして背負って行けば大丈夫だよ。ほら、貸して」

 チョコレートやスナック菓子が多いので、重さはそこまである訳ではないが、がさがさと嵩張るそれを監督生はグリムの背中に苦しくないように括り付ける。その姿はサンタのようで、監督生は彼の可愛さに思わず、笑みを零した。

「ふふ、そうしてるとサンタさんみたいだね。グリム」
「クリスマス、すっげぇ美味かったし、すっげぇ楽しかったんだゾ! なぁなぁ、子分。またクリスマスやりたいんだゾ! 毎日でも良いんだゾ!」
「あれは年に一度だから、特別なんだよ。ふふふ。グリムが素直にそう言うってことは、よっぽど気に入ったんだね」
「べ、別にそんなに気に入ってないんだゾ! ただ、美味いもんが食える日はオレ様にとって『トクベツ』ってだけなんだゾ!」

 素直じゃない親分に子分の監督生はそのふわふわの頭を撫でてやり、「また来年ね」と宥める。彼女の優しい手に気持ちよさそうな親分は「ふなふなぁ……」と目を細める。そうして、何気なくぴょこっと立っていた寝ぐせを直してやると、監督生は「じゃあ、行ってらっしゃい」とグリムを送り出した。

「おう! 子分も早く来るんだゾ!」
「はーい」
「行って来まーす! なんだゾ!」
「行ってらっしゃい、グリム」

 四つ足で走り、あっという間に見えなくなったグリムの背中を見送って、監督生は荷物が来るまでの間、掃除をすることにした。午前中に指定してあるので、そのうち来るだろうと思い、彼女はいつもはなかなかできない箇所の掃除を丁寧にしようと腕をまくった。
 まずは掃き掃除だと掃除用具入れから箒を出す。「二階からかけなくちゃね」と独り言を呟きつつ、とんとんと二階への階段を上がり、監督生は廊下の奥から箒をかけ始めた。

 小一時間くらい経っただろうか、なかなか宅配便が来ないなと顔を上げると、いつの間にか辺りが随分暗くなっていることに気が付いた。どうしたのだろうと近くの窓から外を見ると、空模様がだいぶ怪しくなっている。最初はただ雨が降るかもしれないとだけ思った彼女だったが、ある重要なことを思い出した。

「あっ、洗濯物! ごめん、おじさん達、洗濯物お願い!」

 監督生が何も無い空間にそう呼びかけると、ゴースト達がどこからともなく現れる。三人のうち、チビのゴーストが開口一番こう言った。

「気が付かなかったら教えてやろうと思ってたけど、心配する必要無かったみたいだね。ヒッヒ」
「お前さん一人だと大変じゃろうからなぁ。洗濯物はワシらがやっておくから、箒を休ませるでないぞ」
「ありがとう、おじさん達」
「その代わり、また『アレ』を作って欲しいなぁ」
「『アレ』? うん、分かった。じゃあ、帰ってきたら作るね」

 監督生とゴースト達の言う『アレ』とは、きゅうりのごまキムチ和えのことだ。簡単なのにやみつきになるくらい美味しいので、時々深夜に開かれるゴースト達の酒盛りに登場するおつまみなのだ。夕食の副菜としても食べられるので、監督生が作る時は量多めに作ることが多い。
 やったーと歓喜の声を上げてゴースト達は壁をすり抜け、洗濯物を取り込みに行った。今日の夕飯が一品決まったところで、まだ雨は降っていないか、彼女はもう一度窓から外を眺める。少し霧は出ているが、まだ雨は降っていないようだ。

「良かった。まだ雨降ってなさそ……あれ?」

 ふと、彼女の目に敷地内の大きな木の傍に誰か佇んでいる姿が映った。顔は見えない。霧が出ているせいもあるが、黒っぽく分厚いコートに身を包み、頭からすっぽりフードを被っているせいでもある。敷地内にいるということは、自分の知り合いだろうかと彼女は考える。あんな恰好をした知り合いなどいただろうかと記憶を掘り起こしてみても、そんな人物は該当しない。それに、と彼女はもう一度、その人物の隣に生えている木と見比べた。ここからその木まではそれなりの距離があるので、もちろん隣に立っている人物も小さく見える……はずだ。しかし、それにしてはなんだか――

「なんか……大きい……?」

 そう口にした途端、ふと、その人物がこちらを向いた。ここから表情までは見えない筈なのに、監督生にはその人物が笑ったような気がしたのだ。同時に、目が合ったと直感する。ひゅ、と無意識に吸った冷たい空気が喉奥を滑っていく。今までに感じたことのない程の怖気を感じた監督生は咄嗟に身を縮め、窓の下に滑り込ませた。持っていた箒がばたん、と床に倒れる。その音がやけに大きく響いた気がした。
 身の危険は今までも何度か感じたことはあったが、これはその比ではない。命の危機だ。どうしよう、と思考停止しそうになる頭でゆるゆると考え始めた時、不意にインターホンが鳴った。その音にびくっと身を震わせ、ぎゅっと自分の体を抱く。そうしていると、周囲の物音に否が応でも敏感になり、いつの間にか雨が降ってきていると分かった。
 またブザーが鳴る。次第に雨足が強くなり、その度に鳴っているような気さえした。恐る恐る監督生は立ち上がる。ゆっくりと窓の外を見た彼女は「え……」と零す。

 いない。さっきまであの木の隣に立っていた人がいなくなっている。まさか、と彼女は玄関の方を振り返る。相変わらず玄関のブザーは鳴り、玄関ドアの向こうの人物は監督生が応対するのを待っている。

「お、落ち着いて……大丈夫。もしかしたら、宅配便のゴーストさんかもしれないし」

 大丈夫、落ち着けと自分に言い聞かせる。きっと偶然、タイミングが悪かっただけなんだ。ゴースト達がいるはずなのだが、妙に静まり返っている談話室へ下りて行く。ざあざあと雨が降っているせいで電気を点けていないオンボロ寮は暗く、冷たい闇に閉ざされたかのようだ。
 音をたてないよう静かに歩き、そっと談話室から玄関の方を覗く。内心、ドア越しに見える影が大きかったらどうしようと危惧していた彼女だったが、実際に見た彼女はほっと胸を撫で下ろした。ドア越しに見える影は小さい。良かった。あの不審者じゃないと安心した彼女は、「はーい」とブザーに返事をしつつ、ドアを開けた。開けてしまった。

「どちら様……あれ?」

 開けたドアの先には誰もいなかった。念の為と玄関から少し身を乗り出して見回しても、人影らしきものは無い。不思議そうに首を傾げてドアを閉めようとしたその時、ドアの陰から鋭い声が飛んだ。

「逃げろ! [#dn=1#]!!」

 それがチビのゴーストの声だと理解するより先に監督生が閉めようとしたドアを押さえる形で、無遠慮に差し込まれたのはゴツい黒革のブーツだった。泥で汚れた靴裏からべちゃっと湿り気を帯びた音がした。突然のことに監督生の思考は停止し、代わりに心臓の鼓動が早鐘を打つ。ドッドッドッドッとまるで耳元で鳴っているようだ。その合間を縫って来るように灰色の大きく無骨な手がぬう、とドアの向こうから伸びて監督生の小さな手を掴もうとした。

「ひっ……!?」

 驚きと恐怖で監督生は思わず、ノブから手を放してしまった。あっと思った時には既に遅く、灰色の冷たい手はそのままドアを押し開けて入って来ようとしている。監督生は咄嗟に踵を返し、とにかく逃げようと談話室へ駆け戻った。背後でドアがぎぃいいい、とゆっくり開く音がする。逃げなければと直感した監督生はなるべく玄関から離れた談話室の窓を開けようと内鍵を開け、手を掛けて横に引くが、何故かびくともしない。

「なんでっ!? 開いてよ……っ!」

 固く閉ざされた窓に悪戦苦闘していると、背後からゴッ、ゴッ、と重そうな足音が迫ってくる。音の方向からして真っ直ぐこちらに向かって来ていると分かった監督生はまた恐怖に背中を押されるようにして窓を諦め、急いで二階へ逃げる。捕まったら何をされるか分からない。きっと『終わり』が来るのだろう。終わり、終わり、終わり、終わり。
 最早彼女の頭は身に迫る恐怖で碌に機能していなかった。殆ど転がるようにして二階への階段を上がり、真っ直ぐ自室へ逃げ込む。ここも窓は開かない。誰か助けて。
 助けて欲しい一心でベッドの上に放置されていた自分のスマホを持って逡巡らしい逡巡もせず、彼女はクローゼットの中に身を潜めて息を殺す。メッセージアプリでエース達に「助けて」とだけ送ると両手で自分の口を覆い、声が出ないように強く押さえ付ける。
 そうしていると、どこか遠くから男の声が聞こえてきた。

「さて、どこかな? 逃げないで、スウィングさんと遊ぼう」

 息を殺す。見付かったら、終わりだ。

「監督生くん? どこにいる?」

 一瞬、自分を指されて監督生はびくりと震える。何故、あの男は自分を知っている……?

「哀しいなぁ。いや、寂しいかな。出てきてお話しよう。きっと楽しいぞ」

 何を言われてもここにいることは絶対――コンコン、と部屋のドアがノックされる。危うく零れそうだった声をぐっと堪える。いや、きっと気のせいだ。この部屋じゃない。

「入るよ、監督生くん」

 クローゼットのドア越しにあの男の声が聞こえる。がたがたと震える体で物音を立てないように監督生は更に身を縮こまらせる。もうこれ以上無理だと思えるくらいに。助けて助けて助けて助けて誰か助けて。

「どこかな? ……ここかなぁ?」

 声はベッドの下を捲ったようだ。その声の調子からわざとらしさを感じ、監督生の目に涙が溢れてくる。ベッドの下を覗いた後は、ここに来る。
 予想通り、男は「ン~? いないなぁ」とわざとらしく呟いた後、こちらに向かって来る。監督生はこれまでで一番ぎゅっと自分の体を強く抱いた。
 しかし、ふっと男の気配はそこで消えた。しばらく待っても何の物音も気配もしない。

「………………」

 帰った……?
 そう思い始めた監督生は体の緊張をゆっくり解き、小さく息を吐く。そこで再び玄関からピンポーンとインターホンが鳴る。その音に一瞬びくついたが、何のことは無い。きっと宅配便のゴーストだろう。出なくちゃ、と思った彼女は念の為、ゆっくりそっとクローゼットの扉を開けた。ドアの陰から部屋の中を見回す。本当に誰もいない。今度こそほっと安堵の息を吐いて、クローゼットから出た彼女は扉を閉めた。

「見ぃつけた」

 すぐ背後から耳元でそんな声が聞こえた。



「監督生!!」

 エース達が連絡のつかない監督生を心配してオンボロ寮へ足を踏み入れた時には、既に雨は上がっていた。廊下には泥を落とさずに入った足跡が点々と続いていた。既に足跡と共に付いた泥は生乾きになっており、彼女が助けを求めてからだいぶ時間が経っているのだと分かる。

「くそっ……」
「一体、何があったんだ?」

 オンボロ寮のゴースト達に訊いても、背後から不意打ちで魔法を食らわされ、拘束されてしまったので、犯人の顔は見ていないようだった。やっと拘束を解いた時にはオンボロ寮には妙な結界が張ってあり、中に入ることができなかったとも。エース達、魔法士養成学校の学生にとっては、それが本当なら犯人はとんでもない奴なのだと分かる。ゴーストを複数拘束し、その上こんな大きな建物全体に独自の結界を張るなど、並大抵の魔法士ではない。
 ただ、まだ監督生がどこかに隠れていないか、一縷の望みを掛けてエース達は寮の中を隈なく捜し始める。しかし、儚い希望はデュースが見つけた紙切れに打ち砕かれた。

「監督生のクローゼットに貼ってあったんだ」

 そう言ってデュースが差し出した紙切れには血のような赤黒い文字でこう書いてあった。

 次は君達が鬼だよ
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