第三章 海神と恋人
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中央区の最下層。そこに裁判所はあり、千栄理はその被告席に立っていた。この裁判は神にも人間達にも注目されているらしく、ここが人間たちの国ということもあって傍聴席には人間達が座り、神々はモニターを通して裁判が始まるのを今か今かと待っていた。
彼女の弁護人はヘルメス神。千栄理がベリアルに訴えられたと聞いたゼウスが急いで遣わした神だった。裁判が始まる前、こんなことで迷惑をかけてしまって申し訳ないと謝る千栄理に彼は「いえいえ、こんな面白……貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございます」と逆に礼を言われて、千栄理は不思議で堪らなかった。
裁判長は神話の時代から人類と関わりが深いフォルセティ神。平和とトールを敬愛する男神だから、トールと親交のある千栄理のことを悪いようにはしないだろうというのがヘルメスの見解だ。
一方、ベリアルに弁護人はいない。本人曰く「そんなの、僕一人で充分ですよ」という傲慢とも言える程の自信が彼を法廷に立たせていた。
検察官は法と掟の女神テミス。彼女とフォルセティは定期的に裁判長と検察官を交代しながら務めているらしい。検察席に座っている彼女は両目を黒い布で覆い、口元に微笑を湛えたまま座っている。千栄理は彼女に会うのは初めてだが、ヘルメスの話によると、テミスの右目は世の真実を見、左目は未来に起こることを見ることができるらしい。彼女が目を開く時はどちらか一方のみなのだという。右目で事件から裁判が起こるまでの流れを把握し、左目で犯人の心の有り様を暴き出す。裁判で証拠が不足していたとしても彼女の能力を以てすれば、真実は否応なく白日の下に晒されるのだという。
「なので、彼女はいつも眼帯を持ち歩いているのですよ」
「そうなんですか」
「ヘルメス」
裁判で使う資料を整理しつつ、千栄理にテミスのことを話しているヘルメスを見かねてなのか、顔見知りだから声を掛けてきたのか、よく分からない平坦な声がヘルメスを呼ぶ。しかし、その声は実際に発されたものではなく、ここにいる全員の頭の中に響いた声だった。そんな不思議な現象に特に気にした風も無く、ヘルメスはテミスの方へ視線をやり、恭しく礼をした。
「これは失礼致しました、テミス様。彼女はあなたのことをあまり知らなかったようでしたので」
「良いのです。裁判が始まるまでの間はより平等に。情報の偏りは公平を欠きますからね」
そこでテミスは千栄理の方を見て深々と礼をした。彼女に倣って千栄理も席から立ち上がって同じように礼をする。
「初めまして、千栄理。私はテミス。世間では法と掟の女神と呼ばれています。今回はあなたの裁判で検察官を務めさせて頂きます。よろしくお願い致します」
「あ、いいえっ。こちらこそよろしくお願いします。テミス様」
「はっ。相変わらず、お高くとまってますねぇ。テミス様ってば。下々の者と利く口は無いって感じ」
千栄理の向かい側に座っているベリアルが頬杖をついたまま、ニヤニヤ笑いを浮かべて毒を吐く。その態度にむっとした彼女は、すう、と息を吸ったかと思うとベリアルに向かって両手を筒のように翳し、声を発した。
「前にも言いましたが、この発話法は公平を期す為ですよ。ベリアル」
千栄理達には普通に話したようにしか聞こえなかったが、ベリアルにとってはそうでなかったらしい。「ぎゃっ!?」と飛び上がり、彼は慌てて両耳を塞いで訴えた。
「分かりました! 分かりましたってば! だから、声で脳内に直接攻撃してくるのは止めて下さいっ!」
「こんな可愛い僕に凶悪犯にやる術を使うなんて、信じられない!」と喚く彼を見て多少満足したのか、テミスは不敵な笑みを浮かべてまた閉口し、話し始める。
「分かれば良いのです。いつもそのくらい素直であれば、可愛らしいものですよ」
「んべーだ。僕はいつも可愛いですよーだ」
テミスに向かってべっと舌を出すベリアル。そんな彼には聞こえないように、こそっとヘルメスが千栄理に教える。
「彼、いつも裁判でテミス様に負けているんですよ」
「ああ、それで。お二人はライバルなんですね」
「ちょっと。何こそこそ喋ってるんですか。感じ悪いですよ」
むう、と頬を膨らませてこちらに近付いてくるベリアル。不躾に自分の顔を指す彼の指をヘルメスは何気なく掴んで逆向きにしようとした。
「いででででででっ!?」
「ヘルメスさん!?」
「他神のことを指すものではないですよ、ベリアル」
「これが注意する奴の態度ですかねぇ!? ヘルメス様ぁ!?」
折られることにはならなかったが、解放されるとベリアルは痛そうに掴まれた方の手を振る。神と悪魔がじゃれ合っている中、フォルセティの「静粛にお願いしますよ!」という注意の声が飛び、ヘルメスは人当たりの良い笑顔を浮かべ、ベリアルはそっぽを向いて何事も無かったかのように離れた。
千栄理の隣へ座り直したヘルメスはもう間も無く裁判が始まると予感し、こっそりと千栄理に今後の弁護について教える。大抵の場合、どんな事件でもテミスの手に掛かれば、驚く程の早さで裁判が終わってしまうらしいが、今回の裁判では少し事情が異なるからだ。
「千栄理さん」
「何ですか? ヘルメスさん」
「この裁判ですが、千栄理さんが無実になるには、自分が神だと証明しなければなりません」
「え? でも、私……」
「ええ、分かっています。それはあなたの本意とは違います。が、人間の身で神と同じことをしたということになれば、また別の問題が出てきます」
「……別の問題?」
そこでヘルメスはもっと千栄理に寄り、益々周囲に聞こえないよう細心の注意を払って彼女の耳元で囁いた。
「彼の言った神偽計業務妨害罪が成立してしまうんです。それに加えて神を騙ったとして詐欺罪も成立してしまう可能性が高いです」
「えっ!? そんな……私、そんなつもりじゃ……!」
「ええ、そうでしょう。だからこそ、今この場であなたは神だと、裁判長に認めさせねばなりません」
不安そうに今回の裁判長フォルセティへ視線を向ける千栄理。そんな彼女の肩を軽くつついて、ヘルメスは再度自分の方へ意識を向けさせる。
「ですが、安心してください。あなたを罪人として見捨てるようなこと、ポセイドン様がお許しにならないでしょう。ですので、私があなたの無実――ひいては神だと証明してみせましょう」
柔和な笑みを浮かべてそう宣言するヘルメスに、千栄理はいくらか不安を取り除かれたようだった。少しだけ安堵した様子の彼女には見えないように顔を背け、心中で「まぁ、これはどちらかと言えば、ハデス様のご意向ですが」と付け加える。
例に漏れず、ヘルメスとベリアルは既に裏で手を組んでいた。裁判を通して千栄理には神性があると証明し、頃合いを見てベリアルが「そんなこと認めない」と言いがかりを付けてヘルメスがそれを退け、更に『ギリシャの神に守られるべき存在』なのだという箔を付けるという計画だ。何のことはない。普段から他神を欺いている彼らにとって、この場の全員を欺くなど、実に容易いことだ。
そんな思惑があるなど知らず、それぞれが自分の席へ座り直したことを確認した後、フォルセティはこほん、と仕切り直すように咳払いを一つ。検察のテミスへ視線を移し、彼女がフォルセティの方へ向けてにこりと微笑むと、彼はほんのりと頬を染めて「では、これより神の真贋裁判を始めます」と誤魔化すように手元の書類を捲りつつ、厳かな口調で裁判を開始を宣言した。
彼女の弁護人はヘルメス神。千栄理がベリアルに訴えられたと聞いたゼウスが急いで遣わした神だった。裁判が始まる前、こんなことで迷惑をかけてしまって申し訳ないと謝る千栄理に彼は「いえいえ、こんな面白……貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございます」と逆に礼を言われて、千栄理は不思議で堪らなかった。
裁判長は神話の時代から人類と関わりが深いフォルセティ神。平和とトールを敬愛する男神だから、トールと親交のある千栄理のことを悪いようにはしないだろうというのがヘルメスの見解だ。
一方、ベリアルに弁護人はいない。本人曰く「そんなの、僕一人で充分ですよ」という傲慢とも言える程の自信が彼を法廷に立たせていた。
検察官は法と掟の女神テミス。彼女とフォルセティは定期的に裁判長と検察官を交代しながら務めているらしい。検察席に座っている彼女は両目を黒い布で覆い、口元に微笑を湛えたまま座っている。千栄理は彼女に会うのは初めてだが、ヘルメスの話によると、テミスの右目は世の真実を見、左目は未来に起こることを見ることができるらしい。彼女が目を開く時はどちらか一方のみなのだという。右目で事件から裁判が起こるまでの流れを把握し、左目で犯人の心の有り様を暴き出す。裁判で証拠が不足していたとしても彼女の能力を以てすれば、真実は否応なく白日の下に晒されるのだという。
「なので、彼女はいつも眼帯を持ち歩いているのですよ」
「そうなんですか」
「ヘルメス」
裁判で使う資料を整理しつつ、千栄理にテミスのことを話しているヘルメスを見かねてなのか、顔見知りだから声を掛けてきたのか、よく分からない平坦な声がヘルメスを呼ぶ。しかし、その声は実際に発されたものではなく、ここにいる全員の頭の中に響いた声だった。そんな不思議な現象に特に気にした風も無く、ヘルメスはテミスの方へ視線をやり、恭しく礼をした。
「これは失礼致しました、テミス様。彼女はあなたのことをあまり知らなかったようでしたので」
「良いのです。裁判が始まるまでの間はより平等に。情報の偏りは公平を欠きますからね」
そこでテミスは千栄理の方を見て深々と礼をした。彼女に倣って千栄理も席から立ち上がって同じように礼をする。
「初めまして、千栄理。私はテミス。世間では法と掟の女神と呼ばれています。今回はあなたの裁判で検察官を務めさせて頂きます。よろしくお願い致します」
「あ、いいえっ。こちらこそよろしくお願いします。テミス様」
「はっ。相変わらず、お高くとまってますねぇ。テミス様ってば。下々の者と利く口は無いって感じ」
千栄理の向かい側に座っているベリアルが頬杖をついたまま、ニヤニヤ笑いを浮かべて毒を吐く。その態度にむっとした彼女は、すう、と息を吸ったかと思うとベリアルに向かって両手を筒のように翳し、声を発した。
「前にも言いましたが、この発話法は公平を期す為ですよ。ベリアル」
千栄理達には普通に話したようにしか聞こえなかったが、ベリアルにとってはそうでなかったらしい。「ぎゃっ!?」と飛び上がり、彼は慌てて両耳を塞いで訴えた。
「分かりました! 分かりましたってば! だから、声で脳内に直接攻撃してくるのは止めて下さいっ!」
「こんな可愛い僕に凶悪犯にやる術を使うなんて、信じられない!」と喚く彼を見て多少満足したのか、テミスは不敵な笑みを浮かべてまた閉口し、話し始める。
「分かれば良いのです。いつもそのくらい素直であれば、可愛らしいものですよ」
「んべーだ。僕はいつも可愛いですよーだ」
テミスに向かってべっと舌を出すベリアル。そんな彼には聞こえないように、こそっとヘルメスが千栄理に教える。
「彼、いつも裁判でテミス様に負けているんですよ」
「ああ、それで。お二人はライバルなんですね」
「ちょっと。何こそこそ喋ってるんですか。感じ悪いですよ」
むう、と頬を膨らませてこちらに近付いてくるベリアル。不躾に自分の顔を指す彼の指をヘルメスは何気なく掴んで逆向きにしようとした。
「いででででででっ!?」
「ヘルメスさん!?」
「他神のことを指すものではないですよ、ベリアル」
「これが注意する奴の態度ですかねぇ!? ヘルメス様ぁ!?」
折られることにはならなかったが、解放されるとベリアルは痛そうに掴まれた方の手を振る。神と悪魔がじゃれ合っている中、フォルセティの「静粛にお願いしますよ!」という注意の声が飛び、ヘルメスは人当たりの良い笑顔を浮かべ、ベリアルはそっぽを向いて何事も無かったかのように離れた。
千栄理の隣へ座り直したヘルメスはもう間も無く裁判が始まると予感し、こっそりと千栄理に今後の弁護について教える。大抵の場合、どんな事件でもテミスの手に掛かれば、驚く程の早さで裁判が終わってしまうらしいが、今回の裁判では少し事情が異なるからだ。
「千栄理さん」
「何ですか? ヘルメスさん」
「この裁判ですが、千栄理さんが無実になるには、自分が神だと証明しなければなりません」
「え? でも、私……」
「ええ、分かっています。それはあなたの本意とは違います。が、人間の身で神と同じことをしたということになれば、また別の問題が出てきます」
「……別の問題?」
そこでヘルメスはもっと千栄理に寄り、益々周囲に聞こえないよう細心の注意を払って彼女の耳元で囁いた。
「彼の言った神偽計業務妨害罪が成立してしまうんです。それに加えて神を騙ったとして詐欺罪も成立してしまう可能性が高いです」
「えっ!? そんな……私、そんなつもりじゃ……!」
「ええ、そうでしょう。だからこそ、今この場であなたは神だと、裁判長に認めさせねばなりません」
不安そうに今回の裁判長フォルセティへ視線を向ける千栄理。そんな彼女の肩を軽くつついて、ヘルメスは再度自分の方へ意識を向けさせる。
「ですが、安心してください。あなたを罪人として見捨てるようなこと、ポセイドン様がお許しにならないでしょう。ですので、私があなたの無実――ひいては神だと証明してみせましょう」
柔和な笑みを浮かべてそう宣言するヘルメスに、千栄理はいくらか不安を取り除かれたようだった。少しだけ安堵した様子の彼女には見えないように顔を背け、心中で「まぁ、これはどちらかと言えば、ハデス様のご意向ですが」と付け加える。
例に漏れず、ヘルメスとベリアルは既に裏で手を組んでいた。裁判を通して千栄理には神性があると証明し、頃合いを見てベリアルが「そんなこと認めない」と言いがかりを付けてヘルメスがそれを退け、更に『ギリシャの神に守られるべき存在』なのだという箔を付けるという計画だ。何のことはない。普段から他神を欺いている彼らにとって、この場の全員を欺くなど、実に容易いことだ。
そんな思惑があるなど知らず、それぞれが自分の席へ座り直したことを確認した後、フォルセティはこほん、と仕切り直すように咳払いを一つ。検察のテミスへ視線を移し、彼女がフォルセティの方へ向けてにこりと微笑むと、彼はほんのりと頬を染めて「では、これより神の真贋裁判を始めます」と誤魔化すように手元の書類を捲りつつ、厳かな口調で裁判を開始を宣言した。
