第三章 海神と恋人
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それから千栄理は、ハデスの言った通りに好きなように自由に過ごした。城の中を散歩したり、菓子作りをしたり、鉢植えを一つだけ部屋に持ち込んで世話をしたり。のびのびと過ごしている千栄理は、以前のように笑うことが多くなってきた。良い傾向で、この調子なら、もうすぐポセイドンの許へ戻っても大丈夫だろうかという時に事件は起こった。
その夜、ハデスに今晩は客神が来ているので、早めに部屋に戻るように言われた千栄理は、言われた通りに入浴を済ませ、ベッドに入ろうとした時、バルコニーの方で何か物音がしたのに気が付いた。先程から少し肌寒くなってきてもいたので、クローゼットから上着を出して羽織り、音の正体は何だろうとバルコニーへ続く窓に近付いた。
「あれ?」
開いている。開けた覚えの無い窓はほんの僅かに隙間ができており、そこから隙間風が入ってきていた。開けた覚えは無いのにと訝しく思いつつ、きっちり閉めてベッドに戻ろうと振り返った。
今はベッド脇の間接照明だけ点けているので、部屋の中は薄暗い。その中にぼう、と浮かぶ影ができていた。シルエットから知らない男のものだと分かる。男はこちらに背を向けて立っているので、顔が分からない。少し怖くなった千栄理は緊迫した声音で「どなたですか?」と恐る恐る声を掛けてみる。
千栄理の声に反応した男は振り返り、ゆっくりと顔が見える位置まで歩み寄ってくる。高い身長、少し長めの黒髪を撫で付け、黒いジャケットに暗色のデニムスキニーを履いた端正な顔立ちの男だ。確かに男の筈だが、表情や所作、体の作りにどこか女性的な雰囲気がある。ほっそりとしたその男は千栄理と目が合うと、にっこりと人の良い笑みを浮かべた。
「こんばんはぁ~」
「こん、ばんは」
不法侵入してきた男は場違いに甘えたような柔らかい声で、のんびりと挨拶をしてくる。ついそれに応えてしまってから、千栄理ははっと相手が不法侵入してきた得体の知れない男だと気が付いて、警戒してもっと距離を取ろうとしたが、それより速く男が動いた。
「待って、逃げないで」
手首を優しく掴まれ、体を寄せられて近くの壁に追い詰められてしまう。言葉では言い表せない、邪悪な雰囲気の男に嫌悪感しか湧いてこなかった千栄理は、何とか拘束から逃れようと必死に抵抗する。
「ごめんね、驚かせるつもりは無かったんだ」
「い、いや、放してください……っ」
「そんなつれないこと言わないで? ねぇ、『こっち向いて』?」
甘い吐息混じりの男の声が耳に吹き込まれた瞬間、千栄理の体から力が抜け、彼の言葉に抗えなくなる。素直に男と目を合わせる千栄理に、男は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、そっと上着を脱がせる。
「ふふ、可愛い」
脱がせた上着をその辺に放って、大人しくなった千栄理を抱き寄せ、腰に手を回して密着する。まるで恋人同士のように寄り添って頭を撫でていたかと思うと、男はそのまま彼女を丁寧に抱き上げ、ベッドに座らせた。男はキスしようと顔を近付けたが、寸前で気が付いた千栄理の手によって口元を押さえられ、止められる。
「だ、だめです。私にはポセイドンさんが……」
自分の口元を押さえる彼女の手を優しく外させながら、男は後もう少しで堕ちるその瞳とまた目を合わせた。
「あんな奴、捨てちゃえよ。君に酷いことしたじゃない」
「い、いや……それでも、私――」
「『オレの方が君のこと、好きだよ』」
男の目が一瞬、桃色に光ると、千栄理は手から力を抜いて、膝の上に置いた。その顔はどこか惚けたような、恍惚とした表情で、明らかに普通の精神状態ではない。男は完全に抵抗しなくなった千栄理を見て、満足そうに笑みを深くする。
男が使ったのは、悪魔の『魅了』。声や視線で人間の意識を惑わし、自分の言う事を聞かせる術だ。普通の人間にはこれに対抗する術を持たない者が多い。
「可愛い。大好き。イイコだねぇ。これからオレがい~っぱい気持ち良くしてあげた後は、頭のてっぺんから爪先までゆっくり味わってあげるからね」
口先だけの愛を囁きながら、ぷちぷちと厭に丁寧な手つきで、彼女が着ているネグリジェのボタンを外しに掛かる男に、第三者の声が掛けられた。
「キミはここでお終いだよ」
そっと押し倒してきた目の前の男が一瞬でいなくなる。しかし、それでも千栄理はまだどこか夢心地にいるような惚けた顔をして、ベッドに寝そべっていた。男を蹴り飛ばした男神ベルゼブブは、その状態の千栄理を見てはあ、と呆れ切った溜息を吐いた。
「あれほど、この子に近付くなって言ったよね? 救破。なんで守れないの?」
千栄理を誑かした悪魔救破は、ベルゼブブが持っていた髑髏が付いた杖に喉を正確に貫かれ、「ぎぃいいいいいいっ!」と獣じみた声を上げて暴れている。その体はいつか見たハーピーの姿に変化していた。ベルゼブブは苦しみ、もがく救破を放って千栄理に近付く。
「血は……掛かってない。――良かった。キミもいつまで悪魔の『魅了』に掛かってるの。ほら」
ベルゼブブが彼女の目の先で一度手を叩くと、千栄理は我に返ったようだった。
「あれ? 私……ベルゼブブさん? どうしてここに? ひゃっ!? な、なんでボタンが……!」
慌ててボタンを留める千栄理に、ベルゼブブが淡々と告げる。
「ハデスさんから聞いてないの? 今日の客って、僕らのことだよ。キミ、今あいつに喰われかけてた」
「あいつって?」
「あいつ」とベルゼブブが指す先にはやっと首から杖を抜いた救破の死体がある。その凄惨な光景に千栄理は「ひっ……」と恐怖で引きつった悲鳴を上げた。飛び散った救破の血は、しゅうしゅうと蒸発しているような音を上げて周りの物を溶かしている。見ず知らずの男に暴かれそうになっていたという事実に、千栄理はぞっとして自分の肩を抱いた。
「あの人は……?」
「――あいつは救破。僕が偶然作った神工悪魔で生物兵器。同族でも人間でも何でも食べるから、気を付けて」
遅れてハデスも駆けつけてくれた。ベルゼブブは千栄理をハデスに預けると、落ちていた杖を拾って再生した救破に近付く。
「帰るよ、救破」
「げほっ……思いっきり喉どつきやがって、この根暗ドS野郎が」
「まだ仕置が足りないみたいだね。もう一度言う。この子に近付くなって言ったよね」
「意味分かんねぇんだよ。極上のご飯が目の前にいんのに、我慢なんてする意味が。こういう純粋ちゃんを胎ん中までたっぷり犯し尽くして、堕落させ切って頭から喰っちまうのが最高にイイんじゃねぇかよぉ、ベル。お前だって知ってるだろ? 一点の穢れもない奴らの心臓ぶち抜いた時の快感はさぁ……おごっ!?」
ブゥン、と低い音がしたかと思うと、救破の顔上半分はすっぱりと切れていた。千栄理には刺激が強いだろうと、ハデスが既に彼女の顔を自分の胸板に半ば押し付けていたので、彼女が目にすることは無かった。すぐに再生が始まるが、そんなことお構い無しにベルゼブブは救破の体を引きずってバルコニーへ出る。憎々しげにも苦しげにも見える表情を浮かべて救破の体を細切れにすると、バルコニーから投げ捨てた。
「お前に、お前なんかに何が分かる。失ったものの大きさ、今こうして生きていることの虚しさ……いや、お前なんかに分かる筈無い。愛を知らない、知ろうともしないお前なんかに」
まるでもう二度と手に入らないものを見るかのような目でベルゼブブは、落ちていく黒い血塗れの肉塊を見つめていた。
その夜、ハデスに今晩は客神が来ているので、早めに部屋に戻るように言われた千栄理は、言われた通りに入浴を済ませ、ベッドに入ろうとした時、バルコニーの方で何か物音がしたのに気が付いた。先程から少し肌寒くなってきてもいたので、クローゼットから上着を出して羽織り、音の正体は何だろうとバルコニーへ続く窓に近付いた。
「あれ?」
開いている。開けた覚えの無い窓はほんの僅かに隙間ができており、そこから隙間風が入ってきていた。開けた覚えは無いのにと訝しく思いつつ、きっちり閉めてベッドに戻ろうと振り返った。
今はベッド脇の間接照明だけ点けているので、部屋の中は薄暗い。その中にぼう、と浮かぶ影ができていた。シルエットから知らない男のものだと分かる。男はこちらに背を向けて立っているので、顔が分からない。少し怖くなった千栄理は緊迫した声音で「どなたですか?」と恐る恐る声を掛けてみる。
千栄理の声に反応した男は振り返り、ゆっくりと顔が見える位置まで歩み寄ってくる。高い身長、少し長めの黒髪を撫で付け、黒いジャケットに暗色のデニムスキニーを履いた端正な顔立ちの男だ。確かに男の筈だが、表情や所作、体の作りにどこか女性的な雰囲気がある。ほっそりとしたその男は千栄理と目が合うと、にっこりと人の良い笑みを浮かべた。
「こんばんはぁ~」
「こん、ばんは」
不法侵入してきた男は場違いに甘えたような柔らかい声で、のんびりと挨拶をしてくる。ついそれに応えてしまってから、千栄理ははっと相手が不法侵入してきた得体の知れない男だと気が付いて、警戒してもっと距離を取ろうとしたが、それより速く男が動いた。
「待って、逃げないで」
手首を優しく掴まれ、体を寄せられて近くの壁に追い詰められてしまう。言葉では言い表せない、邪悪な雰囲気の男に嫌悪感しか湧いてこなかった千栄理は、何とか拘束から逃れようと必死に抵抗する。
「ごめんね、驚かせるつもりは無かったんだ」
「い、いや、放してください……っ」
「そんなつれないこと言わないで? ねぇ、『こっち向いて』?」
甘い吐息混じりの男の声が耳に吹き込まれた瞬間、千栄理の体から力が抜け、彼の言葉に抗えなくなる。素直に男と目を合わせる千栄理に、男は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、そっと上着を脱がせる。
「ふふ、可愛い」
脱がせた上着をその辺に放って、大人しくなった千栄理を抱き寄せ、腰に手を回して密着する。まるで恋人同士のように寄り添って頭を撫でていたかと思うと、男はそのまま彼女を丁寧に抱き上げ、ベッドに座らせた。男はキスしようと顔を近付けたが、寸前で気が付いた千栄理の手によって口元を押さえられ、止められる。
「だ、だめです。私にはポセイドンさんが……」
自分の口元を押さえる彼女の手を優しく外させながら、男は後もう少しで堕ちるその瞳とまた目を合わせた。
「あんな奴、捨てちゃえよ。君に酷いことしたじゃない」
「い、いや……それでも、私――」
「『オレの方が君のこと、好きだよ』」
男の目が一瞬、桃色に光ると、千栄理は手から力を抜いて、膝の上に置いた。その顔はどこか惚けたような、恍惚とした表情で、明らかに普通の精神状態ではない。男は完全に抵抗しなくなった千栄理を見て、満足そうに笑みを深くする。
男が使ったのは、悪魔の『魅了』。声や視線で人間の意識を惑わし、自分の言う事を聞かせる術だ。普通の人間にはこれに対抗する術を持たない者が多い。
「可愛い。大好き。イイコだねぇ。これからオレがい~っぱい気持ち良くしてあげた後は、頭のてっぺんから爪先までゆっくり味わってあげるからね」
口先だけの愛を囁きながら、ぷちぷちと厭に丁寧な手つきで、彼女が着ているネグリジェのボタンを外しに掛かる男に、第三者の声が掛けられた。
「キミはここでお終いだよ」
そっと押し倒してきた目の前の男が一瞬でいなくなる。しかし、それでも千栄理はまだどこか夢心地にいるような惚けた顔をして、ベッドに寝そべっていた。男を蹴り飛ばした男神ベルゼブブは、その状態の千栄理を見てはあ、と呆れ切った溜息を吐いた。
「あれほど、この子に近付くなって言ったよね? 救破。なんで守れないの?」
千栄理を誑かした悪魔救破は、ベルゼブブが持っていた髑髏が付いた杖に喉を正確に貫かれ、「ぎぃいいいいいいっ!」と獣じみた声を上げて暴れている。その体はいつか見たハーピーの姿に変化していた。ベルゼブブは苦しみ、もがく救破を放って千栄理に近付く。
「血は……掛かってない。――良かった。キミもいつまで悪魔の『魅了』に掛かってるの。ほら」
ベルゼブブが彼女の目の先で一度手を叩くと、千栄理は我に返ったようだった。
「あれ? 私……ベルゼブブさん? どうしてここに? ひゃっ!? な、なんでボタンが……!」
慌ててボタンを留める千栄理に、ベルゼブブが淡々と告げる。
「ハデスさんから聞いてないの? 今日の客って、僕らのことだよ。キミ、今あいつに喰われかけてた」
「あいつって?」
「あいつ」とベルゼブブが指す先にはやっと首から杖を抜いた救破の死体がある。その凄惨な光景に千栄理は「ひっ……」と恐怖で引きつった悲鳴を上げた。飛び散った救破の血は、しゅうしゅうと蒸発しているような音を上げて周りの物を溶かしている。見ず知らずの男に暴かれそうになっていたという事実に、千栄理はぞっとして自分の肩を抱いた。
「あの人は……?」
「――あいつは救破。僕が偶然作った神工悪魔で生物兵器。同族でも人間でも何でも食べるから、気を付けて」
遅れてハデスも駆けつけてくれた。ベルゼブブは千栄理をハデスに預けると、落ちていた杖を拾って再生した救破に近付く。
「帰るよ、救破」
「げほっ……思いっきり喉どつきやがって、この根暗ドS野郎が」
「まだ仕置が足りないみたいだね。もう一度言う。この子に近付くなって言ったよね」
「意味分かんねぇんだよ。極上のご飯が目の前にいんのに、我慢なんてする意味が。こういう純粋ちゃんを胎ん中までたっぷり犯し尽くして、堕落させ切って頭から喰っちまうのが最高にイイんじゃねぇかよぉ、ベル。お前だって知ってるだろ? 一点の穢れもない奴らの心臓ぶち抜いた時の快感はさぁ……おごっ!?」
ブゥン、と低い音がしたかと思うと、救破の顔上半分はすっぱりと切れていた。千栄理には刺激が強いだろうと、ハデスが既に彼女の顔を自分の胸板に半ば押し付けていたので、彼女が目にすることは無かった。すぐに再生が始まるが、そんなことお構い無しにベルゼブブは救破の体を引きずってバルコニーへ出る。憎々しげにも苦しげにも見える表情を浮かべて救破の体を細切れにすると、バルコニーから投げ捨てた。
「お前に、お前なんかに何が分かる。失ったものの大きさ、今こうして生きていることの虚しさ……いや、お前なんかに分かる筈無い。愛を知らない、知ろうともしないお前なんかに」
まるでもう二度と手に入らないものを見るかのような目でベルゼブブは、落ちていく黒い血塗れの肉塊を見つめていた。
