第三章 海神と恋人
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「あれはお前のものではない。ポセイドンの伴侶だ。分を弁えろ」
ハデスの言葉を聞いても、救破は納得せず、ひたすらなんでなんでと繰り返している。まるで幼い子供のような彼に、ハデスはもう一度、深い溜息を零した。
「何故、彼奴に拘る?」
「そんなの、決まってるじゃん」
ぬう、とハデスの眼前に現れたのは、あの漆黒を纏った救破だった。目の前のハデスすら、映っていない深淵の目を向けて、彼の口から怨嗟のような声が零れ聞こえてくる。
「我は憎悪と殺戮を欲す。愛は須らく滅びん。我にあの娘を贄として捧げよ」
ぼたぼたと口から黒い血を吐き、それが地面に落ちると、しゅうしゅうと音を立てて腐らせる。千栄理を喰らう光景でも思い浮かべているのか、悦びに打ち震えてけたけたと嗤う救破。
その様を目の当たりにしても、ハデスは冷静だった。僅かに眉間に皺を寄せ、嫌悪の表情を向けたかと思うと、その顔に向かって召喚した二叉槍を突き刺す。つんざく悲鳴を意に介さず、ハデスは更に槍で救破の顔面を掻き回した。
「よくも、そのようなことが言えたものだ。余に命令するとは、大愚かの極み。貴様の言葉など、聞いてやる義理も無ければ、意味も理由も無い。さっさと散れ」
最後にぶんっ、と振って横に投げ出すと、救破の首は捥げて転がった。すぐに肉体が再生し、いつもの彼がそこにいる。
「厄介なものだな、ベルゼブブ。お前の体から一部を切り取ったとはいえ、彼奴の口を介して出てくるとは」
「僕はもう慣れましたよ」
「痛ってぇえええええええっ!! あにすんだよ、王サマ!! ぶっ殺すぞっ!!」
再生した頭と口で抗議する救破。その様子から、先程自分が言ったことは覚えていないらしかった。そこには一切言及せず、ハデスはやれやれと首を振る。
「漸く正気に戻ったか。全く、世話の焼ける」
「いきなり他人の顔、ぐちゃぐちゃにしといて、何が『世話が焼ける』んだよっ! クソがっ!」
「それ程、あの子に手を出すのは、禁止ってことなんでしょう?」
ベルゼブブの誤魔化しの言葉に、ハデスは乗ることにした。槍の切っ先を上向け、救破に向けて幼子を見守る親のような笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな」
有無を言わせない笑みを浮かべるハデスに、救破はむくれながらも、渋々納得したようだった。
着替えを済ませた千栄理が自分の席に戻ってくると、ポセイドンは椅子ごと彼女を引き寄せて抱き締める。いきなりの行動に、千栄理は少し驚いた。
「あの、ポセイドンさん。皆、見てますよ?」
「だから、なんだ」
「え? えっと……」
あまりにも当然のように神前で密着してくるので、千栄理は恥ずかしさより戸惑いの方が上回る。これでは、誰もここに近寄れないのではと思った彼女だが、皆特に気にしていないのか、顔馴染みは話したい時に来てくれる。ポセイドンを囲んでいたうちの何柱かの女神や妖精達は気まずそうな顔で千栄理にも挨拶をしてきたが、彼女は他の神と変わらず、分け隔てなく挨拶を返したばかりか、何気ないお喋りすらしては相手を安心させていた。同時に罪悪感を植え付けることにも繋がったが、千栄理はそんなことは知らない。それは女神や妖精達の胸の内に根を張るように、ひっそりと芽生えたものなのだから、元より知る由もないことだ。
女神達もその場からいなくなると、そこへ七柱の神がぞろぞろと近寄ってきた。その中には先程、恵比寿と呼ばれていた神の姿もあり、千栄理はそれだけでもしや七福神ではと閃いた。
「さっきはちゃんと挨拶できなかったからね。改めて初めまして、千栄理。アタシらは七福神。アタシらみたいのも招待してくれてありがとね」
相手が女性ということで気を遣ってくれたのだろう。若しくは恵比寿に怯えていた千栄理を慮ってか、外見が女性的な弁財天が真っ先に千栄理に話しかけてきた。弁財天に挨拶を返した千栄理は、彼が言った単語に小首を傾げる。
「どのような神様にもご挨拶をしたいので、ご招待しない神様はいませんよ?」
「どんな神様も、ねぇ。それがたとえ、天界処刑人って言われてる神でもかい?」
「しょ、けい……ええっ!?」
びっくり、とこれ以上無い程分かりやすい表情をする千栄理を見て、弁財天はおかしそうに笑う。素直な反応に気を良くしたのか、彼は千栄理の頭に触れようとした。
ところで、ぐいと千栄理の体ごと取り上げたのは、ずっと成り行きを見守っていたポセイドンで、不機嫌そうに眉を寄せて千栄理を抱き締めつつ、弁財天に牽制する。別に彼女を取るつもりは無いと肩を竦めて示した弁財天だが、ポセイドンにはそんなことは関係ないようだった。
「千栄理、もう良いか?」
「ま、まだ他の神様にご挨拶してませんよ?」
「……」
口を真一文字にして不満を表すポセイドンだが、千栄理は譲る気は無いようで、困り顔でも目で下ろして欲しいと訴える。その目に未だ納得はしていないが、千栄理の願いなら何でも叶えたいと言ってしまった手前、我を通す訳にもいかず、渋々ポセイドンは下ろしてやることにした。
「ご挨拶したら、ちゃんとここに戻ってきますよ」
「……必ずだぞ」
「はい、もちろんです」
弁財天に連れられて、七福神一柱ずつ挨拶を交わす千栄理。楽しそうな様子を見ていると、ポセイドンは彼女が言っていたあの感情はこういうものかと、内心納得すると共に些かの嫌悪も感じた。成程、これは確かに嫌なものだ。
「行っちゃったね、あの子」
いつの間にやら傍まで来ていたロキが、にやにやと嫌な笑いを唇に乗せていた。ポセイドンはちらりとそちらを一瞥しただけで、特に反応は無い。彼が何も言わずにワインを一口含んだところで、ロキがタイミングを計ったように言う。
「ポセイドンさんってさ、嫉妬とかするの?」
考えつつ、こくりと嚥下してからポセイドンは口を開いた。
「する。現に今、余はしている」
意外そうに彼の横顔を見つめていたかと思うと、ロキは何か多分に含みがある響きで「へぇ~?」と煽る。その態度に少し気分を害されたのか、僅かに眉間に皺を寄せるポセイドンに構わず、彼はこっそり呟いた。
「じゃあ、あの子をどっかに閉じ込めておきたいとか思うの? それこそ、身も心もさ」
試しているような口調で囁くロキを、ポセイドンはぴしゃりと言葉で跳ね除ける。
「お前と同等に扱うな。余は彼奴の望まぬことはしない」
毅然としたポセイドンの態度に、今度はロキが機嫌を悪くする番だった。
「ふぅ~ん? キミらのその純愛さ、いつか足元掬われるよ?」
「今でもこうして付け入る隙が十分にあるぞ」と言外に警告するロキだが、ポセイドンは聞く気は無いらしく、ふいと視線を逸らして無かったものとした。その場から離れるロキを放って置いて、ポセイドンは思考を巡らせる。
ロキは千栄理との関係を純愛だと言っていたが、ポセイドン自身はあまりそう思ったことは無かった。純愛とは文字通り、無垢な愛のことだろう。邪なものは何一つ無く、潔癖で罪の無い愛。そう定義すれば、果たしてこの想いは純愛と言えるのだろうかと、ポセイドンは疑問に感じていた。
初めは、こんなに彼女を自由にさせておくつもりは無かった。外の世界は下界にいた頃に比べると、人間にとっては魔族や他の神という脅威が増えたこの天界で、勝手に死なれては後が面倒だから、それだけだった。それがどうして、こんなにも愛しく思えるようになって、ポセイドンは時折、考えてしまう。およそ神らしくない、彼らしくないことを。
「千栄理……」
少し離れているだけなのに、今は遠く思えてしまう。お前は、本当に余と永遠を共にしてくれるのか。ポセイドンは、言い様の無い不安に駆られてしまうのだった。
ハデスの言葉を聞いても、救破は納得せず、ひたすらなんでなんでと繰り返している。まるで幼い子供のような彼に、ハデスはもう一度、深い溜息を零した。
「何故、彼奴に拘る?」
「そんなの、決まってるじゃん」
ぬう、とハデスの眼前に現れたのは、あの漆黒を纏った救破だった。目の前のハデスすら、映っていない深淵の目を向けて、彼の口から怨嗟のような声が零れ聞こえてくる。
「我は憎悪と殺戮を欲す。愛は須らく滅びん。我にあの娘を贄として捧げよ」
ぼたぼたと口から黒い血を吐き、それが地面に落ちると、しゅうしゅうと音を立てて腐らせる。千栄理を喰らう光景でも思い浮かべているのか、悦びに打ち震えてけたけたと嗤う救破。
その様を目の当たりにしても、ハデスは冷静だった。僅かに眉間に皺を寄せ、嫌悪の表情を向けたかと思うと、その顔に向かって召喚した二叉槍を突き刺す。つんざく悲鳴を意に介さず、ハデスは更に槍で救破の顔面を掻き回した。
「よくも、そのようなことが言えたものだ。余に命令するとは、大愚かの極み。貴様の言葉など、聞いてやる義理も無ければ、意味も理由も無い。さっさと散れ」
最後にぶんっ、と振って横に投げ出すと、救破の首は捥げて転がった。すぐに肉体が再生し、いつもの彼がそこにいる。
「厄介なものだな、ベルゼブブ。お前の体から一部を切り取ったとはいえ、彼奴の口を介して出てくるとは」
「僕はもう慣れましたよ」
「痛ってぇえええええええっ!! あにすんだよ、王サマ!! ぶっ殺すぞっ!!」
再生した頭と口で抗議する救破。その様子から、先程自分が言ったことは覚えていないらしかった。そこには一切言及せず、ハデスはやれやれと首を振る。
「漸く正気に戻ったか。全く、世話の焼ける」
「いきなり他人の顔、ぐちゃぐちゃにしといて、何が『世話が焼ける』んだよっ! クソがっ!」
「それ程、あの子に手を出すのは、禁止ってことなんでしょう?」
ベルゼブブの誤魔化しの言葉に、ハデスは乗ることにした。槍の切っ先を上向け、救破に向けて幼子を見守る親のような笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな」
有無を言わせない笑みを浮かべるハデスに、救破はむくれながらも、渋々納得したようだった。
着替えを済ませた千栄理が自分の席に戻ってくると、ポセイドンは椅子ごと彼女を引き寄せて抱き締める。いきなりの行動に、千栄理は少し驚いた。
「あの、ポセイドンさん。皆、見てますよ?」
「だから、なんだ」
「え? えっと……」
あまりにも当然のように神前で密着してくるので、千栄理は恥ずかしさより戸惑いの方が上回る。これでは、誰もここに近寄れないのではと思った彼女だが、皆特に気にしていないのか、顔馴染みは話したい時に来てくれる。ポセイドンを囲んでいたうちの何柱かの女神や妖精達は気まずそうな顔で千栄理にも挨拶をしてきたが、彼女は他の神と変わらず、分け隔てなく挨拶を返したばかりか、何気ないお喋りすらしては相手を安心させていた。同時に罪悪感を植え付けることにも繋がったが、千栄理はそんなことは知らない。それは女神や妖精達の胸の内に根を張るように、ひっそりと芽生えたものなのだから、元より知る由もないことだ。
女神達もその場からいなくなると、そこへ七柱の神がぞろぞろと近寄ってきた。その中には先程、恵比寿と呼ばれていた神の姿もあり、千栄理はそれだけでもしや七福神ではと閃いた。
「さっきはちゃんと挨拶できなかったからね。改めて初めまして、千栄理。アタシらは七福神。アタシらみたいのも招待してくれてありがとね」
相手が女性ということで気を遣ってくれたのだろう。若しくは恵比寿に怯えていた千栄理を慮ってか、外見が女性的な弁財天が真っ先に千栄理に話しかけてきた。弁財天に挨拶を返した千栄理は、彼が言った単語に小首を傾げる。
「どのような神様にもご挨拶をしたいので、ご招待しない神様はいませんよ?」
「どんな神様も、ねぇ。それがたとえ、天界処刑人って言われてる神でもかい?」
「しょ、けい……ええっ!?」
びっくり、とこれ以上無い程分かりやすい表情をする千栄理を見て、弁財天はおかしそうに笑う。素直な反応に気を良くしたのか、彼は千栄理の頭に触れようとした。
ところで、ぐいと千栄理の体ごと取り上げたのは、ずっと成り行きを見守っていたポセイドンで、不機嫌そうに眉を寄せて千栄理を抱き締めつつ、弁財天に牽制する。別に彼女を取るつもりは無いと肩を竦めて示した弁財天だが、ポセイドンにはそんなことは関係ないようだった。
「千栄理、もう良いか?」
「ま、まだ他の神様にご挨拶してませんよ?」
「……」
口を真一文字にして不満を表すポセイドンだが、千栄理は譲る気は無いようで、困り顔でも目で下ろして欲しいと訴える。その目に未だ納得はしていないが、千栄理の願いなら何でも叶えたいと言ってしまった手前、我を通す訳にもいかず、渋々ポセイドンは下ろしてやることにした。
「ご挨拶したら、ちゃんとここに戻ってきますよ」
「……必ずだぞ」
「はい、もちろんです」
弁財天に連れられて、七福神一柱ずつ挨拶を交わす千栄理。楽しそうな様子を見ていると、ポセイドンは彼女が言っていたあの感情はこういうものかと、内心納得すると共に些かの嫌悪も感じた。成程、これは確かに嫌なものだ。
「行っちゃったね、あの子」
いつの間にやら傍まで来ていたロキが、にやにやと嫌な笑いを唇に乗せていた。ポセイドンはちらりとそちらを一瞥しただけで、特に反応は無い。彼が何も言わずにワインを一口含んだところで、ロキがタイミングを計ったように言う。
「ポセイドンさんってさ、嫉妬とかするの?」
考えつつ、こくりと嚥下してからポセイドンは口を開いた。
「する。現に今、余はしている」
意外そうに彼の横顔を見つめていたかと思うと、ロキは何か多分に含みがある響きで「へぇ~?」と煽る。その態度に少し気分を害されたのか、僅かに眉間に皺を寄せるポセイドンに構わず、彼はこっそり呟いた。
「じゃあ、あの子をどっかに閉じ込めておきたいとか思うの? それこそ、身も心もさ」
試しているような口調で囁くロキを、ポセイドンはぴしゃりと言葉で跳ね除ける。
「お前と同等に扱うな。余は彼奴の望まぬことはしない」
毅然としたポセイドンの態度に、今度はロキが機嫌を悪くする番だった。
「ふぅ~ん? キミらのその純愛さ、いつか足元掬われるよ?」
「今でもこうして付け入る隙が十分にあるぞ」と言外に警告するロキだが、ポセイドンは聞く気は無いらしく、ふいと視線を逸らして無かったものとした。その場から離れるロキを放って置いて、ポセイドンは思考を巡らせる。
ロキは千栄理との関係を純愛だと言っていたが、ポセイドン自身はあまりそう思ったことは無かった。純愛とは文字通り、無垢な愛のことだろう。邪なものは何一つ無く、潔癖で罪の無い愛。そう定義すれば、果たしてこの想いは純愛と言えるのだろうかと、ポセイドンは疑問に感じていた。
初めは、こんなに彼女を自由にさせておくつもりは無かった。外の世界は下界にいた頃に比べると、人間にとっては魔族や他の神という脅威が増えたこの天界で、勝手に死なれては後が面倒だから、それだけだった。それがどうして、こんなにも愛しく思えるようになって、ポセイドンは時折、考えてしまう。およそ神らしくない、彼らしくないことを。
「千栄理……」
少し離れているだけなのに、今は遠く思えてしまう。お前は、本当に余と永遠を共にしてくれるのか。ポセイドンは、言い様の無い不安に駆られてしまうのだった。
