第四章 海神と天使
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茶番だな、とポセイドンは感じていた。声を張り上げ、剣を振り下ろす真似をして小次郎を応援する人類の姿にポセイドンは終始冷めていた。蟻が何匹集まったところで所詮、蟻は蟻。矮小な虫がいくら束になったところで神に勝てる道理は無い。現に小次郎は槍の連撃で既にかなりの血を流している。このまま押し切れば、体は残っていてもいずれ失血死する。なんとも儚いものだ。所詮この程度かと思っていると、不意に下方から何かが閃き、槍の軌道を大きく逸らし、止めた。
「勝ちてえんだよっ!!!!」
はっとポセイドンは小次郎を見た。止めた。ただの人間がこの技を――ハデスと同じ事をした。
「人間は一人ではか弱くても、みんなで協力すれば、凄い力になるんですよ。その力はきっと、時には神様にも届くかもしれません」
唐突に千栄理の言葉を思い出した。何故、今彼奴のことを思い出す。否、そんな訳がないとすぐにその言葉を脳裏から打ち消した。
ふと見ると、小次郎は何故か目を瞑り、何かに集中しているようだった。しかし、ポセイドンにはそんなこと関係無かった。小次郎は刀を下げ、敗北を受け入れるように棒立ちになっているだけだ。これで終わる。もう一度と突き出された槍を、彼はゆっくりとした動きで避けた。水の流れに身を任せるように、空気と一体になったように無駄の無い、最小限の動きで続く連撃を躱し、前進して来る。
そうして、遂に小次郎はポセイドンの眼前まで迫った。
「やっと……はあ……はあ……。ここまで来たぜ……神サマ」
だから、なんだ。先の一撃にはほんの少し驚かされたが、それだけだ。この距離なら確実に仕留められる。
「佐々木ぃいいいい!! 往けええええええええ!!」
そんな声に背中を押されるように、小次郎は跳んだ。それを迎え撃とうと、ポセイドンは槍を突き出した。――はずだった。
右腕が、槍の穂先ごと飛んでいた。
斬られた。槍の柄と腕を同時に。
数秒、時が止まったような気がした。だが、気がしただけだ。すぐさま飛んで行こうとする右腕だった物を掴み、強く握り込んで肉を握り潰す。
神は群れぬ。隣り合う者はいない。
右腕を失う前と変わらぬ速さで、尚も仕留めようと振り下ろす。が、それもすぐに斬り飛ばされる。
神は謀らぬ。初めから策を弄する必要などない。
無いのならば、あるもので仕留めるだけだ。神通力で穂先を引き寄せ、歯で食い締める。
神は頼らぬ。己の命を預ける者はいない。
そのまま振り下ろす前に胸を二刀で互い違いに袈裟斬りにされる。その衝撃で口に銜えていた穂先を放してしまった。脳裏に「獲られた」という感覚が過ぎるも、瞬時に握り潰す。王は膝を付かぬ。誰かに傅くなど以ての外だ。ガラン、と地面に槍の穂先が落ちる音がどこか遠くに聞こえる。ぐっと両足に力を込め、立った。
「こ……」
呼吸ができない。口内に血が溜まっているのだ。憎い。殺してやる。薄明るい光の中、儚く見えた小次郎は確かに呼吸をして、生きていた。それが堪らなく、憎たらしい。
「この……」
その声に震えた玉体が綻ぶのが感覚としてあった。
「雑魚が……」
その言葉を最期に、決して膝を付かなかったポセイドンの上体が、地面に転がった。
戦乙女達、人類が歓喜の渦に飲み込まれる中、ばしゃっ、と血溜まりの中にポセイドンの下半身が闘技場に倒れ込む。二刀に付いた血を払い、小次郎はふらつきながらも、笑っていた。
「勝つってのは……なかなか良い気分だねぇ」
この信じられない光景に呆然としていたヘイムダルは、はっと我に返り、勝者の名を告げる。
「ラ……神VS人類最終闘争 第三回戦……。しょ……勝者は……人類代表……ッ! 佐々木小次郎ぉおおおおお!!」
人類側の観客が割れんばかりの拍手と絶叫に等しい歓びと賛美を上げる。そんな中、小次郎はポセイドンが立っていた場所へ何気なく視線を戻した時、彼の上に光が降り注ぐのが見えた。
「は…………嬢ちゃん……?」
「え? あれって……」
「――千栄理……?」
それは千栄理の姿に見えた。背に二対の羽根を宿した彼女が優しい微笑みを浮かべ、ポセイドンの体へとその白く、細い手を伸ばす。そうして、パキパキと音を立ててガラス細工が砕けるようにヒビが入っていくポセイドンの首を、そっと愛おしげに持ち上げた彼女はにこりと小次郎に笑いかけ、そのまま遥か上空へ彼と共に消えて行った。
その様を見送った小次郎は晴れやかな顔で呟いた。
「なんだい、神サマ……。あんた、仲間なんか要らねぇって言ってたのに…………迎えに来てくれる嬢ちゃん がいるんじゃねぇか」
空に溶けて行った相手を小次郎もまた、愛おしげに見つめていた。
「…………さん」
「ポセ…………さん」
「…………イドン……さん……!」
さわさわと風が髪を撫でていく。どこからか花の香りがする。誰かの声も聞こえるような気が――
「ポセイドンさん!」
はっとポセイドンは目が覚めた。背中に柔らかい芝生の感触がする。声に導かれるように上体を起こすと、すぐ傍に千栄理がいた。キトンのような柔らかな白い服を着ている。
「……千栄理……? ……ここは……」
花畑だ。小さな川沿いに色とりどりの花が咲き誇り、それがどこまでも続いているように見える。ポセイドンはその中の一本の木の陰に倒れていたようだ。どうしてこんなところにいるのか、ポセイドンには全く分からなかった。何も覚えていないのだ。
「大丈夫ですか? ポセイドンさん」
「千栄理、余は……」
「まだちょっとぼーっとしますか?」
「……」
そのままいつもそうしていたように千栄理の頭に触れようとして、ポセイドンは手を止めた。不思議そうな顔をする千栄理に彼は少し不安気に呟く。
「触れたら……お前が消えてしまいそうな気がした」
すると、彼女はおかしそうに笑って「大丈夫ですよ。ほら」と自分の手をポセイドンの大きな手に重ねた。温かい。その小さな手にひどく安心した。千栄理に引っ張られるようにしてポセイドンは立ち上がる。そんな彼に彼女は花畑の向こうを指した。
「行きましょう、ポセイドンさん。あっちでアムピトリテ様も待っていますよ」
アムピトリテ。懐かしいその響きにポセイドンの口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「……そうか」
「私、アムピトリテ様と一緒にケーキを作ったんです。一緒に食べましょう」
「ああ。それは……楽しみだ」
良かった。じんわりとその言葉だけがポセイドンの胸に残る。そのまま千栄理と手を繋いだまま、ポセイドンは花畑の中をゆっくりと歩いて行った。
「勝ちてえんだよっ!!!!」
はっとポセイドンは小次郎を見た。止めた。ただの人間がこの技を――ハデスと同じ事をした。
「人間は一人ではか弱くても、みんなで協力すれば、凄い力になるんですよ。その力はきっと、時には神様にも届くかもしれません」
唐突に千栄理の言葉を思い出した。何故、今彼奴のことを思い出す。否、そんな訳がないとすぐにその言葉を脳裏から打ち消した。
ふと見ると、小次郎は何故か目を瞑り、何かに集中しているようだった。しかし、ポセイドンにはそんなこと関係無かった。小次郎は刀を下げ、敗北を受け入れるように棒立ちになっているだけだ。これで終わる。もう一度と突き出された槍を、彼はゆっくりとした動きで避けた。水の流れに身を任せるように、空気と一体になったように無駄の無い、最小限の動きで続く連撃を躱し、前進して来る。
そうして、遂に小次郎はポセイドンの眼前まで迫った。
「やっと……はあ……はあ……。ここまで来たぜ……神サマ」
だから、なんだ。先の一撃にはほんの少し驚かされたが、それだけだ。この距離なら確実に仕留められる。
「佐々木ぃいいいい!! 往けええええええええ!!」
そんな声に背中を押されるように、小次郎は跳んだ。それを迎え撃とうと、ポセイドンは槍を突き出した。――はずだった。
右腕が、槍の穂先ごと飛んでいた。
斬られた。槍の柄と腕を同時に。
数秒、時が止まったような気がした。だが、気がしただけだ。すぐさま飛んで行こうとする右腕だった物を掴み、強く握り込んで肉を握り潰す。
神は群れぬ。隣り合う者はいない。
右腕を失う前と変わらぬ速さで、尚も仕留めようと振り下ろす。が、それもすぐに斬り飛ばされる。
神は謀らぬ。初めから策を弄する必要などない。
無いのならば、あるもので仕留めるだけだ。神通力で穂先を引き寄せ、歯で食い締める。
神は頼らぬ。己の命を預ける者はいない。
そのまま振り下ろす前に胸を二刀で互い違いに袈裟斬りにされる。その衝撃で口に銜えていた穂先を放してしまった。脳裏に「獲られた」という感覚が過ぎるも、瞬時に握り潰す。王は膝を付かぬ。誰かに傅くなど以ての外だ。ガラン、と地面に槍の穂先が落ちる音がどこか遠くに聞こえる。ぐっと両足に力を込め、立った。
「こ……」
呼吸ができない。口内に血が溜まっているのだ。憎い。殺してやる。薄明るい光の中、儚く見えた小次郎は確かに呼吸をして、生きていた。それが堪らなく、憎たらしい。
「この……」
その声に震えた玉体が綻ぶのが感覚としてあった。
「雑魚が……」
その言葉を最期に、決して膝を付かなかったポセイドンの上体が、地面に転がった。
戦乙女達、人類が歓喜の渦に飲み込まれる中、ばしゃっ、と血溜まりの中にポセイドンの下半身が闘技場に倒れ込む。二刀に付いた血を払い、小次郎はふらつきながらも、笑っていた。
「勝つってのは……なかなか良い気分だねぇ」
この信じられない光景に呆然としていたヘイムダルは、はっと我に返り、勝者の名を告げる。
「ラ……
人類側の観客が割れんばかりの拍手と絶叫に等しい歓びと賛美を上げる。そんな中、小次郎はポセイドンが立っていた場所へ何気なく視線を戻した時、彼の上に光が降り注ぐのが見えた。
「は…………嬢ちゃん……?」
「え? あれって……」
「――千栄理……?」
それは千栄理の姿に見えた。背に二対の羽根を宿した彼女が優しい微笑みを浮かべ、ポセイドンの体へとその白く、細い手を伸ばす。そうして、パキパキと音を立ててガラス細工が砕けるようにヒビが入っていくポセイドンの首を、そっと愛おしげに持ち上げた彼女はにこりと小次郎に笑いかけ、そのまま遥か上空へ彼と共に消えて行った。
その様を見送った小次郎は晴れやかな顔で呟いた。
「なんだい、神サマ……。あんた、仲間なんか要らねぇって言ってたのに…………迎えに来てくれる
空に溶けて行った相手を小次郎もまた、愛おしげに見つめていた。
「…………さん」
「ポセ…………さん」
「…………イドン……さん……!」
さわさわと風が髪を撫でていく。どこからか花の香りがする。誰かの声も聞こえるような気が――
「ポセイドンさん!」
はっとポセイドンは目が覚めた。背中に柔らかい芝生の感触がする。声に導かれるように上体を起こすと、すぐ傍に千栄理がいた。キトンのような柔らかな白い服を着ている。
「……千栄理……? ……ここは……」
花畑だ。小さな川沿いに色とりどりの花が咲き誇り、それがどこまでも続いているように見える。ポセイドンはその中の一本の木の陰に倒れていたようだ。どうしてこんなところにいるのか、ポセイドンには全く分からなかった。何も覚えていないのだ。
「大丈夫ですか? ポセイドンさん」
「千栄理、余は……」
「まだちょっとぼーっとしますか?」
「……」
そのままいつもそうしていたように千栄理の頭に触れようとして、ポセイドンは手を止めた。不思議そうな顔をする千栄理に彼は少し不安気に呟く。
「触れたら……お前が消えてしまいそうな気がした」
すると、彼女はおかしそうに笑って「大丈夫ですよ。ほら」と自分の手をポセイドンの大きな手に重ねた。温かい。その小さな手にひどく安心した。千栄理に引っ張られるようにしてポセイドンは立ち上がる。そんな彼に彼女は花畑の向こうを指した。
「行きましょう、ポセイドンさん。あっちでアムピトリテ様も待っていますよ」
アムピトリテ。懐かしいその響きにポセイドンの口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「……そうか」
「私、アムピトリテ様と一緒にケーキを作ったんです。一緒に食べましょう」
「ああ。それは……楽しみだ」
良かった。じんわりとその言葉だけがポセイドンの胸に残る。そのまま千栄理と手を繋いだまま、ポセイドンは花畑の中をゆっくりと歩いて行った。
