第四章 海神と天使
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
千栄理の葬儀が終わった後、ハデスはすぐスマートフォンでベルゼブブへ連絡する。いつもと変わらない物憂げな声で応答した彼に、ハデスは静かに告げる。
「今、葬儀が終わった」
「……そうですか。僕は呼ばれなかったけど、どうでした?」
「ああ、良い式だった。が、少しポセイドンが心配だな。……ベルゼブブ、折り入って頼みたいことがある」
「珍しいですね。ハデスさんがそういう言い方するなんて。良いですよ」
「ふっ……まだ何も言っていないのだがな」
「僕にハデスさんの頼みを断る理由、ありませんし。それに……」
そこでベルゼブブは一拍置いた。電話越しに息を吸う音が聞こえた。
「僕も今、正直、腸が煮えくり返ってどうにかなりそうなんです」
微かに怒気を含んだ物言いにハデスは意外だなと思う。彼は千栄理に嫌われていたはずだが、一体どうしたのかと。ならば、やることは一つだとハデスは口を開いた。
「なら、この件について調査を頼む。必ず千栄理の命を奪った者を余とポセイドンの前に引き出せ」
「はい。もちろんです」
ではな、と通話を切ったハデスは執務に戻ろうと冥界へ足を向けた。
ハデスとの通話が終わり、スマホの画面を数秒見ていたかと思うと、ベルゼブブは早速行動を開始した。ベリアルに千栄理が亡くなった旨を伝えつつ、アスクレピオスに殺害現場となった下層の神殿を調査するように伝えるよう言い、検死結果を送る。床に寝転がっている救破を蹴飛ばしてアダマスを呼びに行くよう言いつける。蹴られた救破は面倒くさがりつつも、部屋から出て行った。部屋に一人となったベルゼブブはじっと自分の手を見つめる。
「千栄理……本当に、いなくなっちゃったんだね。折角、僕と友達になりたいって言ってくれたのに」
パーティの時も、冥界に来た時も、怖がってはいたけれど、君は確かに言ってくれた。僕のことを優しい神様だって。それなら、とぎゅっとその手を握る。
「せめて、その思いに報いなければいけないよね。あの時、言ってくれた君の言葉を……嘘にしたくない」
確かに僕は君の葬儀に呼ばれるような縁起の良い神じゃない。でも、だからといって、やれることが無い訳でもない。ベリアルからの報告を待つ間、ベルゼブブはパソコンモニターにいくつもの映像を呼び出し、その全てに目を通し始める。これは彼が以前、作った蝿達の視点を通して録画した映像の数々だ。残念ながら音声は出ないが、それでも手がかりくらいにはなるだろう。主に下層の人間達の国を撮った映像に目を通していく。
「この中に、きっとある。あの子が死んだ理由」
必ず見つけてみせる。普段、どんよりとした彼の目に微かに決意を滲ませてベルゼブブはじっとモニターを見つめていた。
「到着です」
人間の姿に化けたベリアルは、ようやくアスクレピオスの診療所に到着した。わざわざ入国手続きをしてここまで来たからには、ベルゼブブには後日何か奢ってもらおうと考えつつも、インターホンを押す。すぐに看護師が出て応対し、やがて奥からアスクレピオスが出て来た。
「はいはい。何ですか?」
アスクレピオスは初め、患者だと思っていたのか、口元に微かに笑みを浮かべていたが、相手がベリアルだと分かると、露骨に嫌な顔をする。
「はぁい、アスクレピオス。元気でしたか?」
「うっわ、ベリアル様かよ。最悪だわ」
「様付けしてりゃ許されると思ってます? あなた。まぁ、良いです。そんなことより、あなた千栄理が死んだって知ってます?」
「そりゃ知ってるでしょ。外見なかったんすか? 皆で千栄理ちゃんの葬式、盛大にやってんのに」
そう言って、外を指すアスクレピオス。確かに、とベリアルも頷く。表では千栄理の熱心な信者達が空の棺と大きな看板程の大きさに引き伸ばされた千栄理の遺影に向かって嗚咽し、祈りを捧げていたのだ。それを横目に見てベリアルは内心、悪態を吐いたものだ。その女神様を殺したのはお前らの同胞だろうに。葬儀より先にやることあんだろ、と。
「今日、僕が来たのは不本意ですが、ブブくんの指令だからですよ」
「……ベルゼブブ様の?」
「はい。千栄理が何故、死んだのか。事件当時、何があったのか調べろ、とあなたに伝えるようにと仰せつかったんです。……けっ、本当に不本意ですが。でも、僕らよりあなたの方がこの国に詳しいですし、嗅ぎ回りやすいでしょ?」
「なるほど、確かに」
「ってことで、はいこれ。ブブくんの検死結果です。どうぞご参考までに。お医者様」
「嫌味言わないと死ぬんすか、あんた」
ベリアルからメールで検死結果を受け取り、アスクレピオスは一通り目を通す。咥えている煙草の火がジジ、と進んだかと思うと、「了解す」とだけ言ってスマホをしまった。
「んじゃ、頼みましたよ。僕はもう戻ります。――ああ、ご心配なく。こんなところ、もう二度と来ませんから」
そう言って煙草の煙をうざったそうに手で払いつつ、ベリアルは診療所を出て行った。そのまま大通りへ出た彼はかつて千栄理の信者だった者達が大袈裟な程、咽び泣いている葬列を見て、小さく呟いた。
「あー、ヤダヤダ。グロいったらないですね」
今日は千栄理の葬列があることだし、道路も各所で封鎖されている。さすがに患者も来ないだろうと踏んだアスクレピオスは着替えるのも面倒なので、仕事着のまま中央区まで向かうことにした。服は帰って来た時に洗濯に出せば良いやと考えて。また看護師に怒られるだろうが、仕方ない。まずは犯行現場となった千栄理の元神殿を調べようと思ったのだ。
ここから中央区まではそれなりの距離があるが、それでも一番外側よりはましだろう。アスクレピオスは内心で「古代生まれで良かった」と思った。ここ、人間達の街では中央区に近い程古く、外側に行く程現代的な建造物が建ち並ぶ造りになっている。人間達の文化保護という観念からそのように造られたのだ。もし、外部から魔族や魔物に侵略された場合、現代的な物なら破壊された際の修復は容易だが、それが古代の物だった場合、物によっては修復は不可能となってしまう故だった。アスクレピオスのような街に住む人間に好意的な下級神を守る意味もある。
中央区に着き、エレベーターで最上階へ向かう。千栄理がいない今、彼女の神殿はもしかしたら、封鎖されているかもしれないと一瞬頭に過ったが、まぁ、その時は改めて申請するか。面倒だけどと考えつつ、チンという軽い音が鳴って目的の階に着いた。千栄理の神殿はエレベーターを降りてすぐ目の前にある。以前、彼女がここに訪れ、ここからの景色を非常に気に入っていたという話が出回り、神殿を建てるならここが良いだろうと各領主達の決議だった。確かにここの展望室は見事なものだが、千栄理はいつ訪れたのだろうとアスクレピオスは疑問に思う。ふと、階段の一段目に足を掛けたところで、アスクレピオスは足元に花びらが落ちているのを見付けた。今は花束らしき物は無いが、彼が来る前に誰かがここに花を供えに来ていたようだ。千栄理の人望基信仰を考えたら納得できる。
そんな彼女だったからこそ、何としても真実を明らかにせねばならない。そう思い、アスクレピオスは階段を進もうとしたところで、背後からエレベーターが稼働する音が聞こえた。反射的に振り返って見ると、エレベーターは下の階に降り始めている。直感でアスクレピオスはここに誰か来るのだと分かった。いつもなら気にせず、そのまま現場検証に向かうのだが、何故か彼の直感はこのまま待っていた方が良いと判断し、特に逆らう理由も無いし、と彼は階段に座り込んで待つことにした。そうこうしているうちにチン、と軽快な音をさせて誰かが降りて来る。現れたその人物にアスクレピオスは意外そうに目を丸くした。
「あんたは……」
「今日は朕の他に客がいるとは珍しいな」
現れた男は装飾の爪をアスクレピオスに向けて言い放った。
「頭が高い!」
「今、葬儀が終わった」
「……そうですか。僕は呼ばれなかったけど、どうでした?」
「ああ、良い式だった。が、少しポセイドンが心配だな。……ベルゼブブ、折り入って頼みたいことがある」
「珍しいですね。ハデスさんがそういう言い方するなんて。良いですよ」
「ふっ……まだ何も言っていないのだがな」
「僕にハデスさんの頼みを断る理由、ありませんし。それに……」
そこでベルゼブブは一拍置いた。電話越しに息を吸う音が聞こえた。
「僕も今、正直、腸が煮えくり返ってどうにかなりそうなんです」
微かに怒気を含んだ物言いにハデスは意外だなと思う。彼は千栄理に嫌われていたはずだが、一体どうしたのかと。ならば、やることは一つだとハデスは口を開いた。
「なら、この件について調査を頼む。必ず千栄理の命を奪った者を余とポセイドンの前に引き出せ」
「はい。もちろんです」
ではな、と通話を切ったハデスは執務に戻ろうと冥界へ足を向けた。
ハデスとの通話が終わり、スマホの画面を数秒見ていたかと思うと、ベルゼブブは早速行動を開始した。ベリアルに千栄理が亡くなった旨を伝えつつ、アスクレピオスに殺害現場となった下層の神殿を調査するように伝えるよう言い、検死結果を送る。床に寝転がっている救破を蹴飛ばしてアダマスを呼びに行くよう言いつける。蹴られた救破は面倒くさがりつつも、部屋から出て行った。部屋に一人となったベルゼブブはじっと自分の手を見つめる。
「千栄理……本当に、いなくなっちゃったんだね。折角、僕と友達になりたいって言ってくれたのに」
パーティの時も、冥界に来た時も、怖がってはいたけれど、君は確かに言ってくれた。僕のことを優しい神様だって。それなら、とぎゅっとその手を握る。
「せめて、その思いに報いなければいけないよね。あの時、言ってくれた君の言葉を……嘘にしたくない」
確かに僕は君の葬儀に呼ばれるような縁起の良い神じゃない。でも、だからといって、やれることが無い訳でもない。ベリアルからの報告を待つ間、ベルゼブブはパソコンモニターにいくつもの映像を呼び出し、その全てに目を通し始める。これは彼が以前、作った蝿達の視点を通して録画した映像の数々だ。残念ながら音声は出ないが、それでも手がかりくらいにはなるだろう。主に下層の人間達の国を撮った映像に目を通していく。
「この中に、きっとある。あの子が死んだ理由」
必ず見つけてみせる。普段、どんよりとした彼の目に微かに決意を滲ませてベルゼブブはじっとモニターを見つめていた。
「到着です」
人間の姿に化けたベリアルは、ようやくアスクレピオスの診療所に到着した。わざわざ入国手続きをしてここまで来たからには、ベルゼブブには後日何か奢ってもらおうと考えつつも、インターホンを押す。すぐに看護師が出て応対し、やがて奥からアスクレピオスが出て来た。
「はいはい。何ですか?」
アスクレピオスは初め、患者だと思っていたのか、口元に微かに笑みを浮かべていたが、相手がベリアルだと分かると、露骨に嫌な顔をする。
「はぁい、アスクレピオス。元気でしたか?」
「うっわ、ベリアル様かよ。最悪だわ」
「様付けしてりゃ許されると思ってます? あなた。まぁ、良いです。そんなことより、あなた千栄理が死んだって知ってます?」
「そりゃ知ってるでしょ。外見なかったんすか? 皆で千栄理ちゃんの葬式、盛大にやってんのに」
そう言って、外を指すアスクレピオス。確かに、とベリアルも頷く。表では千栄理の熱心な信者達が空の棺と大きな看板程の大きさに引き伸ばされた千栄理の遺影に向かって嗚咽し、祈りを捧げていたのだ。それを横目に見てベリアルは内心、悪態を吐いたものだ。その女神様を殺したのはお前らの同胞だろうに。葬儀より先にやることあんだろ、と。
「今日、僕が来たのは不本意ですが、ブブくんの指令だからですよ」
「……ベルゼブブ様の?」
「はい。千栄理が何故、死んだのか。事件当時、何があったのか調べろ、とあなたに伝えるようにと仰せつかったんです。……けっ、本当に不本意ですが。でも、僕らよりあなたの方がこの国に詳しいですし、嗅ぎ回りやすいでしょ?」
「なるほど、確かに」
「ってことで、はいこれ。ブブくんの検死結果です。どうぞご参考までに。お医者様」
「嫌味言わないと死ぬんすか、あんた」
ベリアルからメールで検死結果を受け取り、アスクレピオスは一通り目を通す。咥えている煙草の火がジジ、と進んだかと思うと、「了解す」とだけ言ってスマホをしまった。
「んじゃ、頼みましたよ。僕はもう戻ります。――ああ、ご心配なく。こんなところ、もう二度と来ませんから」
そう言って煙草の煙をうざったそうに手で払いつつ、ベリアルは診療所を出て行った。そのまま大通りへ出た彼はかつて千栄理の信者だった者達が大袈裟な程、咽び泣いている葬列を見て、小さく呟いた。
「あー、ヤダヤダ。グロいったらないですね」
今日は千栄理の葬列があることだし、道路も各所で封鎖されている。さすがに患者も来ないだろうと踏んだアスクレピオスは着替えるのも面倒なので、仕事着のまま中央区まで向かうことにした。服は帰って来た時に洗濯に出せば良いやと考えて。また看護師に怒られるだろうが、仕方ない。まずは犯行現場となった千栄理の元神殿を調べようと思ったのだ。
ここから中央区まではそれなりの距離があるが、それでも一番外側よりはましだろう。アスクレピオスは内心で「古代生まれで良かった」と思った。ここ、人間達の街では中央区に近い程古く、外側に行く程現代的な建造物が建ち並ぶ造りになっている。人間達の文化保護という観念からそのように造られたのだ。もし、外部から魔族や魔物に侵略された場合、現代的な物なら破壊された際の修復は容易だが、それが古代の物だった場合、物によっては修復は不可能となってしまう故だった。アスクレピオスのような街に住む人間に好意的な下級神を守る意味もある。
中央区に着き、エレベーターで最上階へ向かう。千栄理がいない今、彼女の神殿はもしかしたら、封鎖されているかもしれないと一瞬頭に過ったが、まぁ、その時は改めて申請するか。面倒だけどと考えつつ、チンという軽い音が鳴って目的の階に着いた。千栄理の神殿はエレベーターを降りてすぐ目の前にある。以前、彼女がここに訪れ、ここからの景色を非常に気に入っていたという話が出回り、神殿を建てるならここが良いだろうと各領主達の決議だった。確かにここの展望室は見事なものだが、千栄理はいつ訪れたのだろうとアスクレピオスは疑問に思う。ふと、階段の一段目に足を掛けたところで、アスクレピオスは足元に花びらが落ちているのを見付けた。今は花束らしき物は無いが、彼が来る前に誰かがここに花を供えに来ていたようだ。千栄理の人望基信仰を考えたら納得できる。
そんな彼女だったからこそ、何としても真実を明らかにせねばならない。そう思い、アスクレピオスは階段を進もうとしたところで、背後からエレベーターが稼働する音が聞こえた。反射的に振り返って見ると、エレベーターは下の階に降り始めている。直感でアスクレピオスはここに誰か来るのだと分かった。いつもなら気にせず、そのまま現場検証に向かうのだが、何故か彼の直感はこのまま待っていた方が良いと判断し、特に逆らう理由も無いし、と彼は階段に座り込んで待つことにした。そうこうしているうちにチン、と軽快な音をさせて誰かが降りて来る。現れたその人物にアスクレピオスは意外そうに目を丸くした。
「あんたは……」
「今日は朕の他に客がいるとは珍しいな」
現れた男は装飾の爪をアスクレピオスに向けて言い放った。
「頭が高い!」
