第三章 海神と恋人
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「はい。終わりましたよ、ポセイドンさん」
そう言って、千栄理はポセイドンの耳元から手を離す。その時、指が僅かに当たってしゃらりと石同士が擦れる音がした。雫のようなダイヤ型にカットされたラピスラズリと真円に最も近いヘマタイト。シンプルだが、手が込んでいると分かるピアスがポセイドンの両耳を飾っている。神が造る物に比べたら、遥かに脆弱だが、それでもこの上ない喜びが自分の胸を突くのをポセイドンは静かに感じていた。
「神様がお造りになる物とは違いますけど、ポセイドンさんへの願いは誰よりも込めたつもりです」
「……そうか」
そう言ってはにかむ千栄理を見て、ポセイドンもつられて微笑んだ。それと同時にピアスを付ける前の彼女の姿も思い浮かべ、ポセイドンは密かに笑みを深める。箱からこのピアスを出して掌に握り込み、何やらうんうんと念を込めていたのは願いを込めていたからなのだと分かり、益々愛おしさが止まらない。その衝動のまま、ぎゅっと抱き締めると、千栄理はくすぐったそうに笑って身動ぎした。そうして細い腕を懸命に伸ばし、彼女も抱き締め返してくる。全身で大好きだと言う千栄理にポセイドンももっと密着しようと彼女の頭に顎を乗せた。しばらくの間、そうしているとやはり千栄理から「苦しいです」と訴えられ、ポセイドンは渋々解放してやる。その代わりと言いたげに彼女の首筋に顔を埋めた彼はぼそりと呟いた。
「千栄理」
「なんですか?」
「……余は、もう耐えられぬ」
「え? ……わぁっ!?」
ぽすっといつの間にかソファからベッドへポセイドンと共に倒れこむことになった千栄理は、これまでにも何度かあった怪しい雰囲気を察知し、緊張と恥ずかしさで体を強張らせる。しかし、未だ彼らはそういった行為には及んでいなかった。シーツに沈んだまま、じっとこちらを見つめるポセイドンの頬はほんのり上気しており、千栄理の許しを得ようと熱っぽく目で訴えてくる。
「千栄理」
「あ……う、うぅ……」
「千栄理」
「う……だ、だめ、ですっ……!」
今回もダメだと分かると、ポセイドンは眉間に皺を寄せ、むっとした顔になる。そんな彼の表情に根負けしそうになった千栄理だが、そこはしっかり線引きしようと再度、「ダメです」と告げた。もういい加減、これだけ待ってくれているポセイドンには悪い気もしているが、それでもやはりまだ千栄理は怖いと感じてしまうのだった。
しかし、ポセイドンの方ももう限界だった。こんなにも愛しく思っている相手に思うように触れられないのは、もどかしくもあり、寂しさを覚えるものだ。この体が男である以上、仕方のないことでもある。何とかこの募る思いを吐き出したい彼は「ならば」と言葉を紡いだ。
「ならば、噛む」
「な、なんでですかっ!?」
「お前が許さぬのならば、余はお前を噛む。たった今、決めた」
「か、噛むって……どのくらいの強さですか?」
何を勘違いしているのか、千栄理は恐る恐るといった様子でそう訊いてくる。その手を取ってポセイドンは薬指と小指を口に含むと、ごく弱い力であむ、と噛み付いた。ざら、と指の表面を撫でる温かい舌の感触に「ひゃあっ!?」と千栄理は思わず、声を上げる。それに気を良くしたポセイドンは口から指を放し、そのまま手首に舌を這わせ、ちゅうと口付けた。
「この程度だ」
そう言ってポセイドンはそれだけで終わらず、再び千栄理の首元に唇を寄せると、同じように噛んだ。千栄理を傷付け過ぎないように優しい力で噛むと、彼女の口から「んん……っ」とくぐもった声が漏れる。柔らかな肌に付いた噛み跡にちろりと舌を這わせれば、「あっ……」とか細く戸惑いの声が聞こえる。だが、嫌がる素振りは無い。そのまま何度かポセイドンとしては薄く噛み跡を付けていくと、途中からぷるぷると震え出した千栄理の小さな手によって中断させられた。
「ぽ、ポセイドン……さん……っ。跡、残っちゃいます……」
「元よりそのつもりだ」
千栄理がいつものように拒絶しないせいで調子に乗ったポセイドンは、中断の為にそっと突き出された手にまた噛み付き、そのまままた彼女の胸元や首筋に噛み跡を残していった。
全身、余すところ無く噛まれ、舐められ、口付けられた千栄理は疲労困憊といった様子でくったりとベッドの上で脱力していた。
「う……うぅ……。これじゃ、お出かけできないです……!」
「ふん。余への贈り物を他の雑魚に造らせるからだ」
「あ、そこ気にしてたんですね」
「…………」
図星だったらしく、少しの間黙ったポセイドンは不快そうな表情から一転して獰猛に笑うと、再び千栄理に覆い被さる。
「へ? あ、あの、ポセイドン……さん?」
「……その様子では、まだ足らぬと見える」
「え? あ、い、いいですっ。もう充分ですぅっ……!」
ポセイドンの腕から抜け出そうと身動ぐ千栄理は、あっという間にポセイドンの手によって封じられ、また様々なところを噛まれ始めてしまったのだった。そんな二人をプロテウスは静かに見守りつつ、お茶の準備をし、グレムリン達には見えないように配慮していた。
翌日、パンの配達に来た千栄理を見て、ある神は呆れ、ある神は微笑ましく笑い、ある神はポセイドンの独占欲の強さに引いていた。
千栄理がパンの配達に飛び回っている間、ポセイドンの城にはゼウスが訪ねていた。いつになく真剣な面持ちでやって来たゼウスは、少しの間黙っていたかと思うと、いきなり本題に入った。
「ポセイドン、分かっておるとは思うが、もうすぐ人類存亡会議が始まるのう」
「……」
いつものようにゼウスはポセイドンの沈黙を肯定と取り、そのまま話を続ける。
「お前さんの意見は聞かずとも分かっとるから良いとして、来月にも会議があるからの。そっちにもちゃんと顔出しせぇよ」
「末弟の分際で余に命令か」
「いや、去年サボった奴に注意しとくのは当たり前じゃね? 今回も『必要無い』とか言ってサボったりせんようにな! ポセイドン」
数千年に一度の人類存亡会議。それとは別に天界の神々には毎年十月にそれぞれの領地を治める主として一年の振り返りと来年の運命について会議をする。いつも議長として仕切るゼウスをサポートする形で運命の三女神達が立つ会議でもある。各地の神々が集い、納得するまで話し合う為、毎年どうしても一ヶ月は掛かってしまう。なので、十月は神がいないことを表す神無月と呼ばれている。のだが、去年ポセイドンはこの会議に出席することを拒否し、自分の仕事だけを黙々とこなしていた。その前例と今年は恋人の千栄理がいるので、また同じようにサボらないか、ゼウスが忠告しに来たという訳だ。
そんな弟の考えていることは既に読み切っているポセイドンだったが、今年もしれっと欠席するつもりだったとは口が裂けても言わないだろう。一月も城を空けることになってしまうのだから、彼が千栄理を心配しない訳は無い。主な神々全員が出席する会議なのだから、長兄であるハデスにも頼れない。プロテウスを信頼していない訳ではないが、彼とグレムリン達だけでは万が一、彼女に何かあった場合、対処しきれないかもしれない。
「……」
やはり、彼に頼るしかないか、とポセイドンはある神の姿を思い浮かべた。
「稚魚」
「なんじゃ?」
「ならば、彼奴……ヘラクレスを余に貸し出せ」
「…………お前さん、ちと過保護過ぎんか? 今更じゃけど、千栄理ちゃん、一応成人しとるのじゃぞ?」
「黙れ」
ブンッと無造作に投げられた槍を避け、ゼウスは仕方なしに了承した。内心で千栄理に「苦労するのう」と些か同情しながら。
そう言って、千栄理はポセイドンの耳元から手を離す。その時、指が僅かに当たってしゃらりと石同士が擦れる音がした。雫のようなダイヤ型にカットされたラピスラズリと真円に最も近いヘマタイト。シンプルだが、手が込んでいると分かるピアスがポセイドンの両耳を飾っている。神が造る物に比べたら、遥かに脆弱だが、それでもこの上ない喜びが自分の胸を突くのをポセイドンは静かに感じていた。
「神様がお造りになる物とは違いますけど、ポセイドンさんへの願いは誰よりも込めたつもりです」
「……そうか」
そう言ってはにかむ千栄理を見て、ポセイドンもつられて微笑んだ。それと同時にピアスを付ける前の彼女の姿も思い浮かべ、ポセイドンは密かに笑みを深める。箱からこのピアスを出して掌に握り込み、何やらうんうんと念を込めていたのは願いを込めていたからなのだと分かり、益々愛おしさが止まらない。その衝動のまま、ぎゅっと抱き締めると、千栄理はくすぐったそうに笑って身動ぎした。そうして細い腕を懸命に伸ばし、彼女も抱き締め返してくる。全身で大好きだと言う千栄理にポセイドンももっと密着しようと彼女の頭に顎を乗せた。しばらくの間、そうしているとやはり千栄理から「苦しいです」と訴えられ、ポセイドンは渋々解放してやる。その代わりと言いたげに彼女の首筋に顔を埋めた彼はぼそりと呟いた。
「千栄理」
「なんですか?」
「……余は、もう耐えられぬ」
「え? ……わぁっ!?」
ぽすっといつの間にかソファからベッドへポセイドンと共に倒れこむことになった千栄理は、これまでにも何度かあった怪しい雰囲気を察知し、緊張と恥ずかしさで体を強張らせる。しかし、未だ彼らはそういった行為には及んでいなかった。シーツに沈んだまま、じっとこちらを見つめるポセイドンの頬はほんのり上気しており、千栄理の許しを得ようと熱っぽく目で訴えてくる。
「千栄理」
「あ……う、うぅ……」
「千栄理」
「う……だ、だめ、ですっ……!」
今回もダメだと分かると、ポセイドンは眉間に皺を寄せ、むっとした顔になる。そんな彼の表情に根負けしそうになった千栄理だが、そこはしっかり線引きしようと再度、「ダメです」と告げた。もういい加減、これだけ待ってくれているポセイドンには悪い気もしているが、それでもやはりまだ千栄理は怖いと感じてしまうのだった。
しかし、ポセイドンの方ももう限界だった。こんなにも愛しく思っている相手に思うように触れられないのは、もどかしくもあり、寂しさを覚えるものだ。この体が男である以上、仕方のないことでもある。何とかこの募る思いを吐き出したい彼は「ならば」と言葉を紡いだ。
「ならば、噛む」
「な、なんでですかっ!?」
「お前が許さぬのならば、余はお前を噛む。たった今、決めた」
「か、噛むって……どのくらいの強さですか?」
何を勘違いしているのか、千栄理は恐る恐るといった様子でそう訊いてくる。その手を取ってポセイドンは薬指と小指を口に含むと、ごく弱い力であむ、と噛み付いた。ざら、と指の表面を撫でる温かい舌の感触に「ひゃあっ!?」と千栄理は思わず、声を上げる。それに気を良くしたポセイドンは口から指を放し、そのまま手首に舌を這わせ、ちゅうと口付けた。
「この程度だ」
そう言ってポセイドンはそれだけで終わらず、再び千栄理の首元に唇を寄せると、同じように噛んだ。千栄理を傷付け過ぎないように優しい力で噛むと、彼女の口から「んん……っ」とくぐもった声が漏れる。柔らかな肌に付いた噛み跡にちろりと舌を這わせれば、「あっ……」とか細く戸惑いの声が聞こえる。だが、嫌がる素振りは無い。そのまま何度かポセイドンとしては薄く噛み跡を付けていくと、途中からぷるぷると震え出した千栄理の小さな手によって中断させられた。
「ぽ、ポセイドン……さん……っ。跡、残っちゃいます……」
「元よりそのつもりだ」
千栄理がいつものように拒絶しないせいで調子に乗ったポセイドンは、中断の為にそっと突き出された手にまた噛み付き、そのまままた彼女の胸元や首筋に噛み跡を残していった。
全身、余すところ無く噛まれ、舐められ、口付けられた千栄理は疲労困憊といった様子でくったりとベッドの上で脱力していた。
「う……うぅ……。これじゃ、お出かけできないです……!」
「ふん。余への贈り物を他の雑魚に造らせるからだ」
「あ、そこ気にしてたんですね」
「…………」
図星だったらしく、少しの間黙ったポセイドンは不快そうな表情から一転して獰猛に笑うと、再び千栄理に覆い被さる。
「へ? あ、あの、ポセイドン……さん?」
「……その様子では、まだ足らぬと見える」
「え? あ、い、いいですっ。もう充分ですぅっ……!」
ポセイドンの腕から抜け出そうと身動ぐ千栄理は、あっという間にポセイドンの手によって封じられ、また様々なところを噛まれ始めてしまったのだった。そんな二人をプロテウスは静かに見守りつつ、お茶の準備をし、グレムリン達には見えないように配慮していた。
翌日、パンの配達に来た千栄理を見て、ある神は呆れ、ある神は微笑ましく笑い、ある神はポセイドンの独占欲の強さに引いていた。
千栄理がパンの配達に飛び回っている間、ポセイドンの城にはゼウスが訪ねていた。いつになく真剣な面持ちでやって来たゼウスは、少しの間黙っていたかと思うと、いきなり本題に入った。
「ポセイドン、分かっておるとは思うが、もうすぐ人類存亡会議が始まるのう」
「……」
いつものようにゼウスはポセイドンの沈黙を肯定と取り、そのまま話を続ける。
「お前さんの意見は聞かずとも分かっとるから良いとして、来月にも会議があるからの。そっちにもちゃんと顔出しせぇよ」
「末弟の分際で余に命令か」
「いや、去年サボった奴に注意しとくのは当たり前じゃね? 今回も『必要無い』とか言ってサボったりせんようにな! ポセイドン」
数千年に一度の人類存亡会議。それとは別に天界の神々には毎年十月にそれぞれの領地を治める主として一年の振り返りと来年の運命について会議をする。いつも議長として仕切るゼウスをサポートする形で運命の三女神達が立つ会議でもある。各地の神々が集い、納得するまで話し合う為、毎年どうしても一ヶ月は掛かってしまう。なので、十月は神がいないことを表す神無月と呼ばれている。のだが、去年ポセイドンはこの会議に出席することを拒否し、自分の仕事だけを黙々とこなしていた。その前例と今年は恋人の千栄理がいるので、また同じようにサボらないか、ゼウスが忠告しに来たという訳だ。
そんな弟の考えていることは既に読み切っているポセイドンだったが、今年もしれっと欠席するつもりだったとは口が裂けても言わないだろう。一月も城を空けることになってしまうのだから、彼が千栄理を心配しない訳は無い。主な神々全員が出席する会議なのだから、長兄であるハデスにも頼れない。プロテウスを信頼していない訳ではないが、彼とグレムリン達だけでは万が一、彼女に何かあった場合、対処しきれないかもしれない。
「……」
やはり、彼に頼るしかないか、とポセイドンはある神の姿を思い浮かべた。
「稚魚」
「なんじゃ?」
「ならば、彼奴……ヘラクレスを余に貸し出せ」
「…………お前さん、ちと過保護過ぎんか? 今更じゃけど、千栄理ちゃん、一応成人しとるのじゃぞ?」
「黙れ」
ブンッと無造作に投げられた槍を避け、ゼウスは仕方なしに了承した。内心で千栄理に「苦労するのう」と些か同情しながら。
