第三章 海神と恋人
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
騒然とする裁判場。その中で千栄理と目の前にいる青年だけが取り残されているような感覚を覚える程に、二人の間には場違いな程、穏やかな空気が流れていた。目の前の青年は明らかに自分より年下にしか見えない姿をしているのに、千栄理はまるで亡くなった父と再会したような気がした。
ふと、おもむろに青年は片手を上げ、そのまま千栄理の頭に置いたかと思うと、そのままゆっくり撫で始めた。どうして青年がそんなことをするのか分からない千栄理は、不思議そうに青年を見返す。そんな彼女に構わず、青年はまたふと優しく微笑んで言った。
「もう大丈夫。頑張ったね」
その言葉を聞いた瞬間、千栄理は何故だかひどく泣きたくなった。青年の言葉に胸を締め付けられるような不安も孤独感も去ったのだと直感する。青年はそうして何度か千栄理の頭を撫でていたかと思うと、くるりと背を向けて静かに立ち去って行った。不思議と他の誰も、彼を咎めるようなことは無く、幻のように消えてしまった彼の後ろ姿を千栄理はぼうっと見送った。
結局、その場はフォルセティの判断で閉廷となり、千栄理の神性裁判はまた日を改めて再開されることになった。急ごしらえの裁判場だったこと、本来なら上層にて行われる筈だった裁判を下層で行ったこともあり、神々にいくらか悪い印象を与えただろうということで、しばらくは大人しくしているようにと注意を受けただけでその日は何事も無かったかのように終わった。彼女の神性裁判の進み具合とは裏腹に、下層の人間達は既に今後、彼女を無条件に入国させる準備を着々と進めていたのだった。これも、裁判が始まる前にベリアルがネットワークを介して騒ぎ立てたからだ。たとえ悪魔であろうとも神の一柱に『神性があるかどうか』と疑われたということは彼女は神であるという『希望』を抱く者も少なくなかったのだ。そんな気の早い者達は、裁判場から出てきた彼女を崇め奉ることは目に見えていた。そう踏んでいたヘルメスはそんな事態を見越して裁判場を出る時、事前にハデスから借りてきた『ある物』を彼女へ差し出した。
「千栄理さん、ここから出る時はこちらを着けてください」
「え? あの、ヘルメスさん。これは?」
「こういった事態にもなるかと思って、ハデス様からお借りして来たのです」
「お義兄様から?」
それは銀製の髪飾りだった。まるで月桂冠のような輪になっているそれは水仙を模していた。葉と茎で輪を作り、所々に水仙の花で飾られたそれは、可愛らしい王冠にも思えた。頭を一周するように着けるのだと教えられて、千栄理がヘルメスの言う通りにすると、ヘルメスは千栄理の手を引いて裁判場を出た。それまでにすれ違う神々は皆、まるで千栄理なんていないかのように彼女の存在を無視していく。その様子に彼女が隣を歩くヘルメスへ不思議そうに呼び掛けるも、彼は自分の唇に人差し指を当て、小さく「シー」と息を吐く。静かにしているようにと示された千栄理は思わず、自分の口を片手で押さえて頷いた。
そのまま裁判場を出た一人と一柱は誰にも気取られること無く、上層へ帰ることができた。道中、姿の見えない千栄理を先導しつつ、ヘルメスが考えていたことは『早急にこんな面倒なことはなくしたい』だった。千栄理が下層へ赴く度に毎回ポセイドンの命令で自分が迎えに行くことになるのは、非常に手間だ。自分だってなるべくなら、ゼウスの傍を離れる訳にはいかない。その分仕事は溜まるのだから。これは下層の人間達にも協力してもらおうかと、千栄理を無事に送り届けた後に手配しておこうとヘルメスは素早く考え、それ以上の思考は早々に打ち切った。
「ただいま帰りました」
その声を聞くと、ポセイドンはデスクワークをしていた手を止めて、直ぐ様千栄理の傍まで来ると、その肩を抱いて引き寄せた。その様子を見てヘルメスは内心「おや」と思う。第三者の目から見ても、明らかにポセイドンの千栄理に対する態度は以前とは別神のように変わっていると分かったからだ。前より独占欲が強くなっているような気がすると思いはしたが、それをわざわざ口に出す程、ヘルメスは愚鈍でも怖いもの知らずでもない。そのまま何事も無かったかのように恭しく頭を垂れ、「それでは、ポセイドン様、千栄理さん。私はこれで失礼いたします」といつもの挨拶を口にしてからポセイドンの部屋を出て行こうとした。だが、扉を閉めようとしたその時、千栄理に呼び止められる。
「なんでしょうか?」
「いつも色々とありがとうございます。ヘルメスさんには随分とお世話になっていますので、後日また改めて何かお礼をしたいと思ってます」
はにかんで笑う千栄理を意外そうに見つめ、ヘルメスはふ、と思わず口元が緩んでしまった。彼としては立場が自分より上の神々の要望を聞いているだけなのだが、千栄理の心遣いを思うとそれも悪くないかと思えてしまうのだから、つくづくこの人間は不思議な者だと思う。以前の自分なら、触らぬ神に祟りなしという精神で断っていただろうがと頭の片隅で考えつつ、ヘルメスは柔和な笑みを浮かべた。
「ええ。楽しみにしておきます」
彼のその言葉を聞くと、千栄理はぱあと表情を明るくし、ヘルメスと同じように笑って「楽しみにしていてください」と返した。今度こそ扉を閉めて、ヘルメスは足取り軽くその場を後にした。
「何を話していた」
「ヘルメスさんにいつもお世話になっているので、今度何か贈り物をしたいって話してたんです」
「ほう」
そこで妙な沈黙が流れた。特に変わっていない表情のポセイドンだが、千栄理は慌てて付け加える。
「た、他意は無いですよっ!?」
「ふ……分かっている。お前にも彼奴にもそんな気は無いのだろう」
余程、千栄理の慌て振りがおかしかったのか、肩を震わせて笑いを堪えるポセイドンに恥ずかしそうに俯いていた千栄理だったが、すぐにぱっと顔を上げてピアスの件を話しておこうと口を開いた。内心、もしかしたらまた怒るのではないかと思っていた千栄理だが、隠し事をして余計に怒らせるようなことはしない方が良いと思ったのだ。
「ねぇ、ポセイドンさん。ピアスのことなんですけど」
「ああ。どうした」
「それがその……」
そこで千栄理の言葉は急に減速する。よくよく考えてみれば、この件は本当に言ってしまって良いものなのかと今一度、千栄理は考え始めてしまう。ポセイドンからしてみればどうなのだろうと、つい彼の立場に立って考える千栄理の様子にポセイドンは不思議そうな目で見つめてくる。彼女が何か悩んでいるとはとっくに気付いていたポセイドンは、彼女が話し出すまで座って待とうとソファに座り、膝の上に彼女を乗せて抱き締める。悩むのに夢中な千栄理はその行動に気付くことは無く、やがて決心したように一度頷くと千栄理は再び口を開く。
「ピアスなんですけどね」
「うむ」
「始皇帝陛下に作って頂けることになりました」
「…………何故そうなった」
少し、ほんの少しだけムッとしたポセイドンの様子を伺いつつ、千栄理はそこに至るまでの話を最初から順を追ってポセイドンに言って聞かせた。経緯を話していくにつれて、ポセイドンはぎゅっと千栄理を抱き締める腕にほんの少しだけ力が入る。
「ポセイドンさん、ちょっと苦しいです」
「…………うむ」
千栄理の苦しげな声ではっと我に返ったポセイドンは、咄嗟に彼女を解放する。解放された彼女は安堵したように息を吐くと、少し困ったように笑った。
ふと、おもむろに青年は片手を上げ、そのまま千栄理の頭に置いたかと思うと、そのままゆっくり撫で始めた。どうして青年がそんなことをするのか分からない千栄理は、不思議そうに青年を見返す。そんな彼女に構わず、青年はまたふと優しく微笑んで言った。
「もう大丈夫。頑張ったね」
その言葉を聞いた瞬間、千栄理は何故だかひどく泣きたくなった。青年の言葉に胸を締め付けられるような不安も孤独感も去ったのだと直感する。青年はそうして何度か千栄理の頭を撫でていたかと思うと、くるりと背を向けて静かに立ち去って行った。不思議と他の誰も、彼を咎めるようなことは無く、幻のように消えてしまった彼の後ろ姿を千栄理はぼうっと見送った。
結局、その場はフォルセティの判断で閉廷となり、千栄理の神性裁判はまた日を改めて再開されることになった。急ごしらえの裁判場だったこと、本来なら上層にて行われる筈だった裁判を下層で行ったこともあり、神々にいくらか悪い印象を与えただろうということで、しばらくは大人しくしているようにと注意を受けただけでその日は何事も無かったかのように終わった。彼女の神性裁判の進み具合とは裏腹に、下層の人間達は既に今後、彼女を無条件に入国させる準備を着々と進めていたのだった。これも、裁判が始まる前にベリアルがネットワークを介して騒ぎ立てたからだ。たとえ悪魔であろうとも神の一柱に『神性があるかどうか』と疑われたということは彼女は神であるという『希望』を抱く者も少なくなかったのだ。そんな気の早い者達は、裁判場から出てきた彼女を崇め奉ることは目に見えていた。そう踏んでいたヘルメスはそんな事態を見越して裁判場を出る時、事前にハデスから借りてきた『ある物』を彼女へ差し出した。
「千栄理さん、ここから出る時はこちらを着けてください」
「え? あの、ヘルメスさん。これは?」
「こういった事態にもなるかと思って、ハデス様からお借りして来たのです」
「お義兄様から?」
それは銀製の髪飾りだった。まるで月桂冠のような輪になっているそれは水仙を模していた。葉と茎で輪を作り、所々に水仙の花で飾られたそれは、可愛らしい王冠にも思えた。頭を一周するように着けるのだと教えられて、千栄理がヘルメスの言う通りにすると、ヘルメスは千栄理の手を引いて裁判場を出た。それまでにすれ違う神々は皆、まるで千栄理なんていないかのように彼女の存在を無視していく。その様子に彼女が隣を歩くヘルメスへ不思議そうに呼び掛けるも、彼は自分の唇に人差し指を当て、小さく「シー」と息を吐く。静かにしているようにと示された千栄理は思わず、自分の口を片手で押さえて頷いた。
そのまま裁判場を出た一人と一柱は誰にも気取られること無く、上層へ帰ることができた。道中、姿の見えない千栄理を先導しつつ、ヘルメスが考えていたことは『早急にこんな面倒なことはなくしたい』だった。千栄理が下層へ赴く度に毎回ポセイドンの命令で自分が迎えに行くことになるのは、非常に手間だ。自分だってなるべくなら、ゼウスの傍を離れる訳にはいかない。その分仕事は溜まるのだから。これは下層の人間達にも協力してもらおうかと、千栄理を無事に送り届けた後に手配しておこうとヘルメスは素早く考え、それ以上の思考は早々に打ち切った。
「ただいま帰りました」
その声を聞くと、ポセイドンはデスクワークをしていた手を止めて、直ぐ様千栄理の傍まで来ると、その肩を抱いて引き寄せた。その様子を見てヘルメスは内心「おや」と思う。第三者の目から見ても、明らかにポセイドンの千栄理に対する態度は以前とは別神のように変わっていると分かったからだ。前より独占欲が強くなっているような気がすると思いはしたが、それをわざわざ口に出す程、ヘルメスは愚鈍でも怖いもの知らずでもない。そのまま何事も無かったかのように恭しく頭を垂れ、「それでは、ポセイドン様、千栄理さん。私はこれで失礼いたします」といつもの挨拶を口にしてからポセイドンの部屋を出て行こうとした。だが、扉を閉めようとしたその時、千栄理に呼び止められる。
「なんでしょうか?」
「いつも色々とありがとうございます。ヘルメスさんには随分とお世話になっていますので、後日また改めて何かお礼をしたいと思ってます」
はにかんで笑う千栄理を意外そうに見つめ、ヘルメスはふ、と思わず口元が緩んでしまった。彼としては立場が自分より上の神々の要望を聞いているだけなのだが、千栄理の心遣いを思うとそれも悪くないかと思えてしまうのだから、つくづくこの人間は不思議な者だと思う。以前の自分なら、触らぬ神に祟りなしという精神で断っていただろうがと頭の片隅で考えつつ、ヘルメスは柔和な笑みを浮かべた。
「ええ。楽しみにしておきます」
彼のその言葉を聞くと、千栄理はぱあと表情を明るくし、ヘルメスと同じように笑って「楽しみにしていてください」と返した。今度こそ扉を閉めて、ヘルメスは足取り軽くその場を後にした。
「何を話していた」
「ヘルメスさんにいつもお世話になっているので、今度何か贈り物をしたいって話してたんです」
「ほう」
そこで妙な沈黙が流れた。特に変わっていない表情のポセイドンだが、千栄理は慌てて付け加える。
「た、他意は無いですよっ!?」
「ふ……分かっている。お前にも彼奴にもそんな気は無いのだろう」
余程、千栄理の慌て振りがおかしかったのか、肩を震わせて笑いを堪えるポセイドンに恥ずかしそうに俯いていた千栄理だったが、すぐにぱっと顔を上げてピアスの件を話しておこうと口を開いた。内心、もしかしたらまた怒るのではないかと思っていた千栄理だが、隠し事をして余計に怒らせるようなことはしない方が良いと思ったのだ。
「ねぇ、ポセイドンさん。ピアスのことなんですけど」
「ああ。どうした」
「それがその……」
そこで千栄理の言葉は急に減速する。よくよく考えてみれば、この件は本当に言ってしまって良いものなのかと今一度、千栄理は考え始めてしまう。ポセイドンからしてみればどうなのだろうと、つい彼の立場に立って考える千栄理の様子にポセイドンは不思議そうな目で見つめてくる。彼女が何か悩んでいるとはとっくに気付いていたポセイドンは、彼女が話し出すまで座って待とうとソファに座り、膝の上に彼女を乗せて抱き締める。悩むのに夢中な千栄理はその行動に気付くことは無く、やがて決心したように一度頷くと千栄理は再び口を開く。
「ピアスなんですけどね」
「うむ」
「始皇帝陛下に作って頂けることになりました」
「…………何故そうなった」
少し、ほんの少しだけムッとしたポセイドンの様子を伺いつつ、千栄理はそこに至るまでの話を最初から順を追ってポセイドンに言って聞かせた。経緯を話していくにつれて、ポセイドンはぎゅっと千栄理を抱き締める腕にほんの少しだけ力が入る。
「ポセイドンさん、ちょっと苦しいです」
「…………うむ」
千栄理の苦しげな声ではっと我に返ったポセイドンは、咄嗟に彼女を解放する。解放された彼女は安堵したように息を吐くと、少し困ったように笑った。
