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始まりはほんの些細な反抗心。
世界に愛され、明るい未来を保証された彼が、心の底から羨ましかった。
だって彼は主人公。この世界が物語である以上、途中どうなろうが結末はあるべき姿に収まるはずなのだ。
……はず? そんな緩い表現じゃない。
収まる。収まることが既に決まっているのだ。
それに対して私は?
ただこの世界で紡がれる1つの可能性を、知識として持っているだけのただのモブ。主人公の親友の兄弟ですら命を落とすようなこんな世界で一体何が出来ようか。
トリップ特典?
そんなの転生した事以外の何物でもない。新しい命と、新しい世界と、新しい家族と。これ以上ない特典ではないか。
チャンスを与えられた事に深く感謝し、間違えた前の人生をやり直すべく正しい道を歩むべきだ。
そう、思っていた。最初は。
「……穢れた血って言われるの、どんな気持ちなんだろ」
ぼんやりと荷物を抱えながら廊下を歩いていた。そんな時にポツリと口から漏れた本音。
穢れた血。魔法族ではないマグル出身の魔法使いに対して侮辱を込めて使われる言葉。
血筋がハッキリしていて、混血であるとすら言われたこともない自分には想像もつかないものだ。
きっと、多分、恐らく酷い言葉なのだろう。だって純血主義でない人が、こぞって怒る言葉なのだから。でも、私には分からない。その言葉が酷い言葉だと叱ってくれる人はいなかった。
「マーガレット」
後ろから呼ばれた自分の名前に、反射的に振り向く。声の主は少し後ろからこちらに向かってくるくたびれたスーツの男だ。
今年の闇の魔術に対する防衛術の授業の先生である、リーマス・ルーピン。主人公の父親やスネイプ教授と同級生で、狼人間。好物はハニーデュークスのチョコレートで、反対に苦くて美味しくない脱狼薬はあまり好きじゃない。
私は知っている。私だけは知っている。この人の行く末を。
こちらに歩いて来る彼が横に来るまでボーッと見つめる。
今日もいつものくたびれたスーツ。狼人間だから就職先が見つからず、貧乏なのだったか。気の毒だなぁ。
それに今日はまた一段と顔色が悪い。もうすぐクリスマスだから満月が近いんだっけ。ルーピン先生がいると満月がいつなのか分かりやすくて良い、なんて他人事だから言えることだけど。
先生は私に一言、「着いておいで」と声をかけてそのまま足を進めた。その後ろを素直について行きながらふと思う。
……もしかして、説教だろうか。さっき、私よりも後ろを歩いていたから私は気付かなかったけれど、実は先生がいて独り言を聞いていたとか。いつもニコニコ胡散臭い笑顔を浮かべているのに、珍しく真顔だし。
もしそうならとても面倒くさい。
彼が元グリフィンドール生である事を考えると、どうせ崇高なお説教が飛んでくるに違いない。なんならまだ誰にも言ったことないのに、罰則を食らう可能性もある。私より先にドラコに罰則与えてよ、アイツは普段使いしてるんだから。
……普段使いってなんか化粧品みたいで嫌だな……。
テンションだだ下がりで重い足を引きずること数分。招き入れられたのは闇の魔術に対する防衛術の教室。
先生は私に何か言うことも無く奥の先生の部屋へ消えた。持っていた荷物を置きにでも行ったのだろう。教室の適当な椅子に身を投げ出して座った。気が重いのと比例して、体全体が重かった。
先生が戻ってきそうな気配がして居住まいを正すと、ちょうど部屋から出てくる。相変わらず硬い顔。
「さて……」
こう始まった長話は要約すると極めて単純で、結局のところ「穢れた血という呼び方がどれだけ愚かしいか」というところに帰結する。
うん。なんか深刻そうな顔してながーく語ってくれたけど、もう14歳なのだ。いくらなんでも、その辺の事は純血家系出身って言っても知ってはいる。
「罰則ですか?」
「……いいや、誰かに向けて言ったわけではないから、注意だけだよ」
君がキチンと反省してくれればそれでいいんだ。と言う彼の顔には、本当に分かっているのか……と書いてある。
マグル生まれを差別するのはいけない事なのに、純血家系出身とかスリザリン生だとかで偏見を持たれるのは差別にならないのだから、納得いかないよなぁ。あ、なんかカチンと来た。
「私、別に誰かに言う計画があってその言葉を知ってるわけじゃないですよ」
私の座っていた席から少し離れた席に寄りかかっている彼から視線を逸らす。
「穢れた血、という言葉について、私は知識としてよく知っているし、使っている人も使われてショックを受ける人も見たことがあります。でも、私はその言葉の価値を理解っていない」
姿勢良く椅子に座ったまま窓の外に視線を投げた。
「言葉は、魔法です。呪文を知っていても、理解していなければ魔法が使えないのと同じなんですよ、先生」
教室に沈黙が落ちる。私は口を引き結び先生も何も言わない。あまりの静けさに耳鳴りがする。
そんな静かな空間にカツカツと誰かの歩く音が響く。かすかに聞こえていたその音は徐々に大きくなり、ついぞ部屋の前で止まった。そうしてノックもなしに開かれた扉から現れたのは、良く見知った顔だった。
「……罰則ですかな? Mr.ルーピン」
「セブルス。いや、今そこで会ってね、話をしていたところだ」
教授は私と目が合うと、眉間に皺を寄せて先生に目を移す。視線を向けられた先生は、同意を求めるようにこちらを向くが、私は目を合わせなかった。
だってお茶を出されている訳でもない上に、私室ではなく教室に二人きりとか、どう考えても仲良くお話って雰囲気では無い。授業の話でもないのは先生との距離でバレバレだろう。
教授はため息を1つついて、持っているものを出入口付近の机に置く。
あれが脱狼薬かな……あの量を飲むのはさすがにしんどそう……
「あぁ、わざわざ持ってきてくれたのかい? ありがとう」
「礼には及ばぬ。我輩が戻ってくるまでに飲んで起きたまえ」
あ、ゴブレットはちゃんと回収しに来てくれるんですね。お優しいです事。
「さて、Ms. コールドウェル」
「はい」
急に名前を呼ばれてドキッとした。
もしかして、これが恋って奴ですか。この変態めっ! って、普通にビックリしただけだわ。
返事をした私の方を見た教授の眉間にシワが増える。そんなんだから怖い顔とか不気味とか言われるんですよ。
「我輩がそこまで送ってやろう。ついてきたまえ」
「はい」
ローブを翻して教室を出て行く彼の背中を追いかける。残される先生に見向きもせずに。
「スネイプ教授、穢れた血って言われるのってどんな気持ちなんですかね」
足早に前を歩く教授はチラリとこちらに視線を向けて、そして心底どうでもいいと言うように吐き捨てた。
「……考えるだけ時間の無駄だ。特に君にはな」
さぁさっさと談話室へ向かえ、と手で追い払われ、誰もいない廊下に靴音を響かせる。
あぁこれだ。私が求めていた返事は、まさにこれだった。
私は自分の"知っている"事に引き摺られて、"正しい思想"をしようとしていたんだ。
教授の答えは、私に警告してくれているのだ、これ以上考える必要は無いと。地に足を付けて生きろと。
宙ぶらりんの私の心がそれで良いと言われたようにホッと胸を撫で下ろす。
いづれは世界が彼に跪くのだから、モブの私は生きていくこと以外は時間の無駄だろう。
寮へ向かう足取りは随分軽くなっていた。
マーガレット・コールドウェル
純血家系。
血を裏切った両親(奇跡的にどちらも純血)が闇の帝王に殺され、親戚に引き取られた。
育て親が純血主義のため、そのように育てられているが、心の底まで純血主義に染まることはなかった。
それどころか、割とどうでも良いと思ってさえいる(生まれとか血筋とか)
ただ、マグル差別には厳しい癖にスリザリン差別を平然としてくる全ての人間にうんざりしている。
ついでに命の保証されている主人公にはちょっとした反発心がある。その為主人公サイドには嫌われているという八方塞がり。詰み。