先導者
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1つ、年下の妹がいる。
出来ないことがあれば俺を頼り、分からないことがあれば俺に聞き、何でも俺の真似をする。
いつでも俺の後をついてくる、可愛い、可愛い妹だった。
それが鬱陶しくなり始めたのは、俺がまだ小学生の頃。
櫂と知り合ってヴァンガードを始めた。初めて触るカードに、夢中だった。
櫂が強かったというのもあって、俺はヴァンガードにのめり込んでいった。
毎日毎日家に櫂を連れ込んで、デッキを組んだりファイトしたり、すごく楽しかった。
年頃の男の子なんだから、カードに夢中になるなんて、普通の事だろう。だから、妹がいつも傍で俺らのことを見ていたとしても、そんなに気にしなかった。
俺は楽しくファイト出来れば、それで良かった。
だから、妹が俺を追ってヴァンガードを始めた時、こいつとはファイト出来ないと思った。
妹のファイトは楽しくなかった。
ただ、勝つためのデッキ、勝つための戦略…それは良いことなのだろうが、きっと俺らの気を引こうとしているのだろうと分かる、プレイングが酷く目に付いた。
嫌だった。
距離を取りたかった。
可愛い妹、が憎たらしい妹、に変わった瞬間だった。
少し後、櫂は家の都合で転校した。
俺はファイトの相手がいなくなって、しばらく落ち込んでいた。ファイト自体は妹とすることもあったけど、あいつとやってもやっぱり楽しくないし、ショップに行っても櫂より強い奴はいなかった。
中学に入って、周りにヴァンガードをする奴はいなかったから、時たま色んなショップに足を運ぶ程度でカードから離れた。
同時に反抗期ってやつも来ていて、家では部屋にこもるようになった。親はうるさいし、相変わらずヴァンガードを続けている妹のファイトの誘いにも酷くイラついていた。
この反抗期が落ち着いたのが、中学を卒業する頃の事。親との関係もだいぶ修復して、家でも普通に過ごすようになった。
ただ、妹との関係だけは戻すことが出来なかった。昔から、俺が妹と話す時は妹から話しかけてくれて、話題を振ってくれていた。
あれだけ無視したり避けたりしておいて、今更何と話しかければ良いのか分からなかった。
憎たらしい妹は、気まずい妹に変わった。
高校に入って櫂が戻ってきた。
昔とちょっと色々変わっている所はあるものの、櫂は櫂だった。
そうやって櫂とつるむようになって、カードキャピタルに通うようになって、中学の頃とは比べ物にならないくらい楽しい日々を送るようになって、またそれほど妹の事を気にしなくなった。
1度だけ、たまたまカードキャピタルの前で会った時、櫂といる今なら声をかけられると思って、久しぶりにファイトしないか誘った。
妹は目を細めて、笑みを浮かべる。その瞳に映るのは困惑と、少しの恐怖。
今日はそういう気分じゃないから、と断った声色は余所行きの硬いもので、数年というのは大きな溝なのだと思い知った。
ちなみに櫂には喧嘩したのかと聞かれたが、適当にそんなものだと答えた。
なんか言いたそうな顔に知らないフリを返した俺に、呆れたようにため息をついて、取り返しのつかない事になる前に仲直りしろよとだけ言った。
あの時、櫂の言うことをちゃんと聞いておけば、こんな事にはならなかったのかもしれない。
ヴァンガードチャンピオンシップの全国大会。
全国の高い壁にぶち当たり、全試合に黒星を付けたアイチに、雀ヶ森レンとか言うやつがイチャモン(?)付けに来た時。
「レン様! アサカ様!!」
観客席の外から聞こえてきた幼い子供のような少し高い声。俺はこの声を知っている。ただ、俺が知っているのはもっと覇気がなくて、沈んだ声で。
嫌な予感がする中、この場に姿を現したのは、朝見かけた妹その人だった。
「こんな所にいたんですね! 探しましたよ」
「すみません、夏希は忙しそうだったので」
もう! とぽこぽこ怒っている姿は、まさに数年前、自分が向けられていたその姿で、少しだけ面白くない気持ちが湧く。
だがそれよりも、信じられない気持ちの方が強かった。
「…………夏希……」
信じられなくて、信じたくなくて、ほんの小さく呟いた妹の名前は、ザワついたこの空間に良く響いた。
全く気づかなかったと言うようにこちらを振り向いた妹と目が合って、可愛らしい顔が歪む。
「…知り合い?」
「兄です」
「へぇ…貴方が」
「僕は初めて聞きました。お兄さんがいたんですねぇ」
さっきまでの豊かな表情がスッと消えて、ガラス玉のような瞳でこちらを見やる妹だけでも傷付く。
それなのに妹から何かを聞いているらしい姉ちゃんの戦った相手から睨まれ、雀ヶ森レンとか言うやつからはねっとりした歓迎できない視線を貰って、俺はもう心が折れそう。
「それより、早く行きましょう! 私、早くアサカ様と戦えるくらい強くなりたいんです!」
「別に言ってくれれば付き合うわよ?」
「駄目です! アサカ様のお気に入りだから傍に置いてもらえてるって言われたくないので! 実力でねじ伏せます」
「気合い入ってますねぇ」
「はい!!」
ポンポンと目の前で繰り広げられる会話は、自分が埋められなかった数年の溝を見せつけられているようで悔しい。
わざとらしく妹の綺麗な青い髪に手を置いて、彼は笑む。
「期待してますよ、夏希」
「はい!! ご期待に答えられるよう精進します!」
ねっとりと、絡みつくように。
見下ろした彼の視線の怪しい光が、伝染するように妹の目に映る。
それが、それだけで分かった。彼はもう妹を離さない。妹も、もう手遅れだと。
俺の気まずい妹は、手の届かない妹になった。