先導者
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
知らないふりをしていたんだ。
ずっと、ずっと昔から。
三和家の第二子に、長女として生まれた私は1つ年上の兄のことが大好きだった。優しくて、明るくて、頭も良くて、自慢の兄だった。
いつも兄の側にいて、分からないことは何でも兄に聞いた。親にも呆れられる程、兄にベッタリだったと思う。
そんな兄が連れてきた仲の良いお友達、櫂トシキさん。明るくて、優しくて、色々な事を教えてくれる彼にも、私は良く懐いた。
櫂さんが家で兄とヴァンガードをしているのを毎日、毎日眺めていた。
いつも盛り上がっている2人に置いていかれたくなくて、追いつきたくて必死にカードを集めて、勉強もした。
それでも私は2人に見向きもされていなかったように思う。
そんなある日、櫂さんが家に来なくなった。兄に話を聞いたら、家の事情で転校してしまったらしい。
兄の悲しそうな雰囲気につられて、私もしばらく静かだった。
それからは専ら私が兄のファイト相手を務めた。
2人でショップに行って他の人とファイトしたりもしたけれど、やっぱり櫂さんより強い人はいなかった。
……もちろん私を含めて。
兄はどんどん私を見なくなって行った。
中学に上がって、帰宅時間が遅くなった。
同じ学校に上がっても、学校で顔を合わせる事なんかなかった。
部屋にこもるようになった。
ファイトも、してくれなくなった。
置いてかれた。置いていかれた。
頑張っても、追いつけない。
どうして見て貰えないのか分からない。私はこんなにも努力しているのに。
不満が爆発したのは、櫂さんがこの町に戻ってきてしばらくした頃だ。
久しぶりに会った彼は相変わらず強くて、そして冷たくなっていた。
そんな彼らはカードキャピタルというカードショップに通い始めた。同級生の先導くんと森川くんと井崎くんも通っているみたいだった。
悔しかった。
私とは全然ファイトしてくれないのに、私よりもずっと後に始めた彼らとは楽しくファイトするんだと思ったら、悔しくて悔しくて……。
フッと諦めが浮かぶ。
あぁ駄目だ。
私じゃ駄目なんだ。
兄に執着するのはやめよう。
カードがあるから、私の先導者が彼らだったから、彼らに依存してしまうのだ。
カードがなければきっと、別の道を歩んでいける。そのはずだ。
だからヴァンガードをやめた。
やめようとした。
「あぁ、キミが最近噂になっている、ショップ荒しですね」
たまたま見かけてしまったカードキャピタルの一行に、嫉妬や憎悪のこもった黒い感情を抱きながら逃げるように歩いていたら、妙に艶のある声が後ろからかけられた。
振り向くとまさに原色赤って感じの長い髪が、ブワッと広がっているなんか変な人がいた。
なんだあの肩パット。最高に似合っていないけど…。
「うーん……デッキ、持ってないんですかぁ?」
彼は不思議そうに私をジロジロと眺める。なんだか居心地が悪い。
しかもつまらないですねぇ、とため息をつかれた。
「…あの」
「はい?」
「私に何か用ですか…? というか、なんでデッキの事…?」
そうだ。
確かに私は今日デッキを持っていない。カードを全て売ってしまおうと、家で既にレア度や買取価格で分けてしまっているから。
でもなぜそれをこの人が知っているんだ?
カバンも服装も大体いつもと同じだし、デッキを持っているかどうか、見た目から分からないと思うのに。
目を細めた彼の目が怪しく光る。
いきなり腕を引っ張られてどこかに落ちていくような衝撃に目を瞑った。それでも流れ込んでくるあまりにリアルな惑星クレイの映像。
「っは、」
膝が床に叩きつけられた衝撃で目を開く。上手く息が出来なくて服の胸の所を引っ張るけれど、それで呼吸がしやすくなる訳でもない。
「おや、当てられちゃいましたか? 大丈夫ですよぉ、怖くないですからね」
膝から崩れ落ちて蹲った私の頭に、暖かいものが触れる。それはゆっくりした動きをしていて、頭の上を滑るそれに合わせて呼吸をすると随分息をするのが楽になった。
あぁ頭を撫でられるなんて久しぶりだ。もうずっと、誰も私を褒めてなどくれなかったから。
「キミには、素質があります。ボクの所へ来ませんか?」
ふわふわと私の頭を撫でていた彼の方へ目を向ける。微笑むような表情と、差し出された手。
素質がある?
お兄ちゃんにも、櫂さんにも見向きもされなかった私に、素質が…?
この人について行けば、私は置いていかれる事などなくなるのだろうか。
お兄ちゃんや櫂さんを、見返せるほど、強くなれるだろうか。
迷うように、でも確かにそろりと差し出した手が彼の手と重なる。
「ようこそ、フーファイターへ」
ヴァンガードは、やめられない。
やっぱり、一人きりは嫌だった。