脱色
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草木を揺らした冷たい風が頬を撫でる。
もうすっかり寝静まった真夜中、ぼんやりと隊舎の手すりに肘をついた。
眠れない。
明日も朝早くから仕事があるし、準備も進めないといけないのに、どうしても眠れないのだろうか。
「……灯里?」
「あれ、隊長。どうしたんですか? こんな時間に」
気配も足音もなく急に名前を呼ばれて振り向く。怪訝そうな面持ちで角に立っていたのは、綺麗な金髪をパッツンと切った我が隊の隊長、平子真子であった。
いつもはドタドタと足音を立てていることの多いクセに、私に気を使っているのかスルッと近付いて来る。そして瞬く私の目を覗き込んだ。
「え…と、本当にどうしたんですか…?」
一歩後ずさって隊長から距離を取りつつ、改めて問う。
「なんか言う事あらへんか?」
「へ?」
「なんか俺に言う事あらへんねんかって聞いてんねん」
これまたどういう風の吹き回しなのか。首を傾げて彼を見上げる。普段なら照れていそうなものだが、今日の隊長は真剣だ。何とも言えない複雑な感情の映った瞳と視線がかち合う。
隊長に、言わなければならない事。
あるかと言われたらあるし、ないかと聞かれたらない。隊長に隠している心の内の気持ちなんて吐き捨てる程あるけれど、それを隊長に伝えなきゃならないかどうかは私が決めることだ。
よって隊長への答えは…。
「……ないですね」
これ一つだ。
それだけ言ってまた空を見上げる。
悲しきかな明日は新月。
いつも頼りにしている月明かりも心許なく、まるで私のこれからを表しているようだ。
まだ釈然としないようにこちらを見ていた隊長も、諦めたのかため息を1つ零して隣に立った。
それ以上会話が続くことも無く、虫の鳴き声だけが響く。
「なぁ」
ポツリと零れた声に視線を向ける。声の主は何を考えているのか分からないいつもの顔で、空を見上げていた。
「何でしょう?」
「……平和やな」
のんびりとした、優しい声色。
ここ最近、瀞霊廷は慌ただしかった。虚の出現回数は増加傾向にあり、今日だって新型虚に襲われた部隊の報告を聞いた。
「…そう、ですね」
少し悩んで、呟く。
昼間より、平和なことは間違いなく確かだ。
「月明かりがあらへんと暗うてあかん思うとったけど、案外星が見えてええな」
「そうですね。……でも、私はやっぱり月があった方が安心します」
貴方が、傍にいてくれるみたいで。
隊長の金髪は太陽の光を反射している時よりも、月の光で煌めいている時の方がずっとずっと綺麗で、見とれてしまう。今日は月明かりがないから全然キラキラしてないけれど。
チラリと横を向いて、隊長の横顔を見つめた。もうすぐ見納めになってしまうその姿を目に焼きつける。
あぁもう、なんで好きになっちゃったかなぁ……なんて、今更ゴチてももう遅い。
「なんや人の顔ジッと見て…見とれたか?」
「っ」
意地の悪い顔で笑む彼と目が合って、ぶわっと血が巡る。顔に熱が集まってちょっと暑い。
「なに馬鹿なこと言ってんですか。もう遅いんですから早く寝ますよ。明日寝坊して副隊長に叱られても知りませんからね」
赤い顔を悟られないように顔を逸らす。その行動の意味がバレているのか上からクツクツと抑えた笑い声が聞こえて、だいぶ雑に撫でられた。
「腹冷やさんようにな」
顔を向けた時にはこちらを見ていなかった隊長の背中に、「おやすみなさい」と呟く。聞こえたのか聞こえないのか、ヒラヒラと片手を上げて角に消えて行った隊長を見送った。
「心の整理はついたかい?」
隊長が私の視界から消えて程なく。私の背後に音もなく降り立った影は言う。
どうせ屋根の上で全部見ていたのだろう。悪趣味な事だ。
「どうでも良いでしょう? 私の心なんて」
「そんな事はないさ。君には期待しているんだ」
彼の方を見ずに話しているから、今彼がどんな顔をしているのか分からないけれど、どうせいつものわるい顔をしているのだろう。
「…お上手ですね」
「本心さ」
やるせない気持ちに唇を噛んで、そして息を吐く。
「次の満月の晩が決行だ。良いね?」
「……はい、藍染様」
心が痛まない訳では無いけれど、私は目的の為なら何だってする。
それがたとえ、貴方を犠牲にしなければならなかったとしても。
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