また、来世で 《前》
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休日。
それは一週間の中で1番尊く、価値の高い日付である。
普段は全くのインドア派な私ではあるが、ごく稀に休日に出かける事だってあるのだ。
そしてその結果がこれだぜ。
すぐ近くで井上さんを見かけてまさかと思ったけれど、まさか公園で謎の野球をしている御一行に会うとは…。
声をかけた方が良いのかと一瞬思案するが、どう考えても話しかけるメリットが見当たらない。
とりあえず見なかった事にして家に帰ろう。
そう思った時だった。ふとこちらを振り向いた巴とパッチリ目が合ったのは。驚いたようにパチパチと数度瞬きをして、それから嬉しそうに口角を上げた彼女は大声で私の名前を叫び大きく手を振った。
当然のごとく黒崎くんと朽木さんの視線は私に向けられ、思わず笑顔が引き攣る。思い切り心の中でため息をついた。
仕方ないから巴の方へ行くために階段を降りて行くと、駆け寄ってきた巴がガバッと抱き着いてくる。急に抱きつかれてバランスを崩し、慌てて後ろに足を出すことで体を支えた。私よりも身長高いんだから気をつけてよね。
「危ないな…」
「えへ、ごめんごめん。休みの日も巴と会えて嬉しいなって思って」
本当に嬉しそうにニコニコする巴に、仕方ないなぁなんて笑んで見せる。
私だってたまたま出かけただけだし、巴と会えたこと自体は嬉しい。
「買い物帰り?」
「うん。ネギとバターと、バナナ……あとようかん買ってきた」
「…………えっと、何を作るの?」
私の買い物袋を見ていた巴の表情が凍りつく。
いや、何も全部いっぺんに使うとは言ってないじゃん。
「ネギは色々使えるから買い足し、バターもそろそろ切れそうだから買い足し。バナナは安かったからアイス代わりに潰して冷凍しようと思ってて、ようかんは来客用」
「たまちゃんは晩御飯用の買い出しじゃなかったんだね……良かった……良かった……」
「いや、なんでそう思ったの……?」
心底安心したように胸をなでおろした巴に首を傾げる。
なんで晩御飯だと思ったの……ネギとバターとバナナとようかんで作る晩御飯って何なの……?
巴の思考回路に軽く恐怖を抱きながらも、無視するわけにはいかないからと顔を上げた。
「黒崎くんと……朽木さんだっけ? こんにちは」
「おう」
「……ご、ごきげんよう!!」
巴の後ろの2人に視線を向けて微笑みかける。もうすっかり慣れた片手を上げるだけで挨拶する黒崎くんと、誰だか分からないがとりあえず挨拶しとけ!! みたいな雰囲気でスカートの裾を摘む朽木さんに微笑みが苦笑に変わる。
本当に原作始まったんだなぁ。
黒崎くんのシャツを引っ張って耳打ちする朽木さんをぼんやりと眺めた。
アホ毛など跳ねていない、纏まった綺麗な黒い髪。
健康的であるギリギリのラインを攻める白い肌。
小柄で華奢な体つき。
儚い系男勝りヒロインの名は伊達ではありませんな。きっとボーッとしてたら桜に攫われそうな儚い感じになるのだろう。今はギョッとした目でこっち見てるけど。
……それに何より。
すん、と小さく鼻を鳴らす。鼻の奥を掠めるように、 "死"の匂いがした。
ヒトよりも死に近い匂い。彼女は今、死神の力の大半を失っているから、この溢れ出る死の気配もどちらかと言えば死神と言うよりも幽霊に近い気がする。
黒崎くんは確かに死の匂いはするけど、知らなきゃ分からない程度。きっと彼は死神だけど生きているからこんな匂いなのだろうか。
「それで、珍しい組み合わせだけれど、何の集まり?」
ここにいてそれを振らないと逆に怪しまれるかと思って口を開く。三者三様の驚き方をして、揃って焦ったように汗を流して視線を泳がせた。
誤魔化すの下手くそかよ。
「もしかして、朽木さんもお化けが見える体質とか?」
「ひょえっな、なななんでそう思うんでひゅか!?」
いや噛みすぎ。落ち着いて……。
まぁ危ない橋は渡らないよって言ったばかりなのになんで突っ込んで来るの!?!? って混乱してるのかもしれないけど。
「え、だって黒崎くんと巴ってお化け見える体質組でしょ? 朽木さんが見えるのなら、3人でそういう集会してても変じゃないし。そもそも黒崎くんって転校生にそんなに構う方じゃないじゃん」
「あー……まぁ、そんなもんだ」
黒崎くんはそっぽを向き頬を掻きながら頷く。ちゃんと目を見て話して欲しいんだけど。黒崎くん身長高いから目を合わせるのしんどいけど。
「あ、あの! たまちゃんそういうの苦手だし! 今日は解散って事で!!」
「解散っつーか、お前は勝手にそこにいただけだろーが」
黒崎くんの呆れた声をまるっと無視した巴にグイグイと引っ張られてその場を離れる。あんまり仲良い訳じゃないけど、一応黒崎くんと朽木さんには手を振っておいた。
「それで? なんで急にあんな事言い出したのさ」
そっぽ向いた巴が頬を膨れさせる。
勝手なことするなとあたしには言った癖に、自分では勝手するんだ? という圧がある。言っては来ないけど、何となくそんな気配がする気がする。
「だってあの組み合わせで何してたのか聞かなきゃ逆に変じゃん……確か井上さんも聞いてたと思うし……」
「あぁ確かに……織姫も聞いてたな……」
まぁ、織姫は一護の事好きだから気になるんだろうけども……。なんて呟く。
公園で井上さんに会ったってことは、今日は井上さんと有沢さんが井上兄に襲われる日な訳だけれど、気づいてるのかなぁ、この子は。
「そういえばたまちゃんの買ったものが織姫と同じでホントビックリした……」
「ネギとバターとバナナとようかん?」
「そう! 織姫は晩御飯って言ってたから、まさかたまちゃんも……? って思って……」
「あぁ、だから驚いてたのね……」
そういえばそんな下りも原作にあった気がする。
このメニューは全くの偶然だけれど、井上さんは本当に何を作ろうとしているのか……。というか、有沢さんが泊まりに行くって事は、有沢さんもその晩御飯食べることになるのでは……?
「これからどうしようかなぁ……」
「うん?」
心の中で有沢さんに合掌していると、巴が空を見上げる。
夏が近づいているような高い空は澄んでいて、今日は風が心地いい。絶賛飛び降り日和である。
「たまちゃんは、あんまり原作に関わりたくないんだよね?」
「まぁ、死ぬならポッキリ恐怖も感じずに死にたいし」
「生きて……長生きして……」
すがりつくように両肩にかかった他人の体重が重い。私だって巴には長生きして欲しいけれど、そんな事思ってるとは思ってないんだろうな。
「巴がどうしてもって言うなら話くらいなら聞くけど」
「ホント!? え、どうしても!! どうしてもたまちゃんに話聞いて欲しいな!!!! 原作には関わらなくて良いから! ね!?」
「はいはい分かった分かった」
あまりにもあからさまな食いつきにちょっと鬱陶しくなるけれど、少しだけホッとした。私があんまり関わりたくないって言ったら、原作ばかりで私から離れていくんじゃないかとちょっとだけ思ったから。
「はぁ……っくしゅ」
「うわ……大丈夫? 風邪でもひいた? こんな薄着で出歩くからー。早く帰ろ?」
ほら、と着ていたパーカーを肩に掛けてくれる所はこう……理想の彼氏って感じなんだけど……。
「ナチュラルに私の家に向かってるけどなに? 今日泊まるの?」
「え? 良いの? やったぁー」
「いや泊めるとは言ってな……ああぁいやもう良いよ泊まってけ……」
ぎゅう、と握られた右手が温かい。
ずっとこうして巴と2人、馬鹿していけたらそれだけでいいのに。