晴れの日に傘をさしませう
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「どーも、今日からまた五番隊で平隊士やってくんで、どうぞよろしくお願いしますー」
平子隊長が狐目を連れてきたのは、平子隊長がうちに来て数日経ってからだった。
平子隊長が来た時は物音立てず静かだったうちの隊でも、いくらなんでも流石にざわめく。そりゃあそうだ。彼は護廷隊の裏切り者で、藍染隊長の右腕だったのだから。
そんな彼がうちの隊に、ましてや平隊士として入ってくるなんて混乱もする。
もちろん私だってそれは例外ではなく、顔に出さずとも困惑していた。
「…あの、絹傘三席は知ってました?」
小声で隊士からかけられる声に力なく首を横に振る。
恐らく隊長、副隊長への通達はあったのだろうけど、あいにくうちは隊長、副隊長共に不在だった。その通達の書類は日番谷隊長が署名したのだろうし、当然三席である自分にその情報が降りてくるわけが無い。
「あ、平隊士っちゅーても普通の隊士と一緒におったら向こうが緊張するやろし、お前は執務室に居り」
「はい隊長」
眠たそうな目のまま横に立つ狐目を見上げて平子隊長がそう言う。
おかしいな。どう見ても平子隊長よりも身長が高いハズなのに、言い方や仕草から幼い子供に言い聞かせるような何かが連想される。
何なんだろう本当にこの人達。心の底からそんな思いが湧き上がった時、平子隊長と目が合った。
嫌な予感。
「智世、お前が仕事手伝ったり」
「えぇー、ボク手伝いなんていらんよ。前も五番隊におったん忘れてしもたん?」
的中した予感に即座に反応したのは狐目の彼。見下ろしつつ首を傾げる彼に平子隊長はケッと吐き捨てた。
「文句言いなや言うこと聞け阿呆。監視や監視。お前仕事せんやろが」
「…そんな事ありませんよー。ねぇ?」
「今の間は何や! お前どうせ隊長やった時は副官に書類やらせて判子だけ押しとったんやろ!!」
「な、なんでご存知なんですか…まさかイヅルが…!?」
「はっ、何年お前の事見てたと思ってんねん。俺も惣右介にやって貰っとったからな」
「なんや仲間やないですか」
「お前と一緒にすんなや」
ポンポンと平子隊長と市丸隊長の会話が飛び交う。口を開く間すらない。
聞いただけでは分からないが、平子隊長が市丸隊長と仲間という事は2人共仕事をしないという事で…。私はこれから雛森副隊長が復帰するまでこの2人の手網を握らなければならない。
ただでさえ劣悪だった職場環境が一気に崩壊しました。誰か助けてください。とりあえず胃痛薬を…。
「えーと、三席さんなんて名前やっけ?」
「絹傘 智世です市丸隊長」
「智世ちゃんなぁ、よろしゅう」
「よろしくお願いします」
「あ、あとボクもう隊長やないから呼び捨てでええよ」
ギンでも何でも好きに呼んでな。そうにこりと笑った彼に頭を抱える。
お願いだから仕事を進めてくれ。
あの後「じゃ後のことは頼んだ」と平子隊長は隊首室に行ってしまい、仕方ないからとりあえず今日非番の四席の机を借りる。
そしてそこに市丸隊長を座らせて横で監視しながら書類をやらせる事2時間。私は良くやったと思う。
最初の10分程はキチンと集中していて心配も杞憂だったかと思ったものの、その後飽きたらしく視線が泳ぎだし、私や他の隊士を観察し、最終的にはどこからか入り込んだ蝶々を目で追って
「ちょうちょや! 見て! なぁ見たって!?」
と私に絡んで来た。
執務室の他の隊士からやりにくいから何とかして! って視線をガンガン感じながら私の脳は死滅した。
実はさっきの自己紹介の下り、もう何回も繰り返している。私この会話してる時だけタイムスリップしてるのかな。イヅルさん、良くこんな人の相手してたなぁ。そりゃあ胃痛も患う。
「絹傘三席…今良いですか…」
机の上に両肘ついて頭を抱えていたら市丸隊長じゃない方から声をかけられる。重い頭を上げるとそこには六席がいた。
周りの人達が私達を避けるように仕事をしているのに、なんて事ない顔で静かに話しかけてきた彼は本当にすごい。まぁただ単に興味がないだけなのだと思うけれど。
「あぁ、はい大丈夫ですよ。どうかしましたか?」
「先月の隊士の出勤表出来ました。確認お願いします」
差し出された書類を受け取り席官の出勤率を確認する。上の方の隊長、副隊長の欄は勿論のこと全部白紙。その下の全部埋まっている所が私で、さらに下の四席は…流石隊士の鏡、程よく規定通りに休暇を取っている。
「私の欄、先月の予定に入ってた通りに休みにしておいてください。他は大丈夫です」
「ですが、三席はもう数ヶ月休み無しになってます…いい加減お休みを取らないと三席が倒れますよ」
「いえ、新しく隊長が入った今こそ頑張らなくてはなりませんから」
それでも何か言いたそうにこちらを見下ろす六席に微笑む。
休みなんて取っていられない。
藍染隊長が雛森副隊長を刺して護廷隊を裏切った為、五番隊の信用は失墜した。もちろん同様に三番隊や九番隊の信用も落ちたが、そこは副隊長が根回ししたり現世を護る戦いに参加したりである程度回復している。それに対してうちの隊は、副隊長が錯乱し床に臥せっていたり、現世を護る戦いでの怪我で未だ復帰していない為に信用の回復は難しい。
雛森副隊長を悪く言うつもりはないけれど、副隊長に頼ることが出来ない中、ただの三席である私への期待と負担は増すばかりだった。
私が仕事を休んだからって何か変わることがあるかと言ったらないと思うけれど、それでも私はこのまま五番隊が壊れていくのではないかと不安で、1日も休みを取らないままここまで来てしまった。
私の力では失墜した五番隊の信用を取り戻す事は出来なかったけれど、新隊長が入った今こそ頑張って信頼回復を図るべき時なのだ、と私は思う…。
もし、藍染隊長がいてくださったのなら、私がこんな苦労をする事もなかったのかもしれない。いや、そもそもその藍染隊長が元凶なのだけれど。
あぁ駄目だ。すぐ藍染隊長の事を考えてしまう。
「ほんま、智世ちゃん全然休み取っとらんのやね。あかんよ、ちゃんと休まな。動けなくなってまうやろ」
私達の会話に入り込んできた声の主はさっきまで私の後ろにいたはずなのに、今は六席の後ろから出勤表を覗き込んでいる。
流石元隊長気配もなかった…。
「…今は、欲しくないんです」
「…」
ジッと私を見下ろす市丸隊長の瞳に、何故か悪いことをしている気分になって顔が下を向く。やっとの事で絞り出した答えは酷くか細くて、何も考えたくないと私の心が悲鳴をあげているのが聞こえる様だった。
「ちゃんと睡眠は足りてますので、今のままで平気です」
顔を上げて改めて声を上げる。今度はちゃんと普通の声色で話すことが出来た。だと言うのに市丸隊長も六席も納得いかないという顔でお互い視線を交わしている。
「ほんなら今月の非番の日にちゃんと休んでへんかったら隊長さんに直接言うよ」
「え」
「ええやろ? 休日に体休めるんもお仕事の1つやで」
「…分かりました」
「智世ちゃんは偉いなぁ。ええ子ええ子」
有無を言わせぬ言い方に仕方なく頷くと、彼は満足そうに笑んで私の頭をグリグリと撫でる。…人に撫でられるのは嫌いじゃないけど、なんだか変な感じだ。
どこかフラフラとしている印象だった彼も一応ちゃん隊長だったんだな…と改めて実感する。
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