水溜まりを飛び越えて
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
雲ひとつない綺麗な青空が憎らしくて、何よりも嫌いだ。
茶屋で大福を一口頬張る。柔らかい皮の食感、舌触りの良い甘い餡子。口の中にふんわり人がる甘さに顔が綻ぶ。
前にルキアちゃんが教えてくれたお店、来てみて良かったな。長い事忘れてたけど、名前を聞いて思い出せた事が奇跡だよ。あぁ、これを人は幸せと言うのだろう。
大福による幸せを噛み締めて二口目を運ぼうとした時、私の手から大福の重みが消えた。
「なんや、またこんな甘ァいもん食べてるん?」
仕事はどしたん? と降ってきた声に顔を上げると、太陽を背中に背負った銀髪が見えた。いつもの緩く、無理やり作ったような笑顔を浮かべた彼は、私の大福を頬張って顔を歪める。その顔はまるでうへぇ…と言っているよう……いや言ってる。口に出てる。
「ちょっとそれ私のなんだけど」
「あら、隊長さんに対して随分な物言いやねェ」
「どうせサボりでしょ」
隣に座って残りの大福を口に入れる彼は、私の言葉に心外な! という顔をする。ムカつくなコイツ。
「…ボクやって仕事する時はするもんやよ。今やって一番隊に書類出てきた所やし、おサボりの紫苑とはちゃうよ」
「あらそれは失礼しました市丸隊長。私も別にサボりじゃなくて休憩です。お間違いのないようお願いします」
まぁまだ残ってる書類は置いてきてるからサボりと言えばサボりだけど。と思いながらも口では刺々しい言葉を吐き出す。
「きゅーけーもサボりも変わらへんやろ」
「あ、すみません。大福とみたらしください」
「無視しいひんでもええやん…」
あ、ボク餡子ね。と注文しているが、まさか自分で払ってくれるんだろうな。私は出さないぞ。出さないからな。
お茶を飲んで一息。空を見あげれば青空。横を見ればギン。こんなの休憩だとすら思いたくない…。
「それにしても久しぶりやねェ。元気してた?」
さり気なく私から奪い取ったお茶を一口飲むギンにイラッとする。普通に奪い返して睨みつけた。
「これが元気じゃないように見えるんですか?」
「そら元気そうやけど、会ってない間って意味やん。ほら、長く会ってへんかったやろ? 最後に会ったんはいつやったか…10、いや20やったかな」
「40年前です。もうお呆けになったんですか?」
「ぼ、ボケって…ボク紫苑とそんな変わらんやろ!?」
「そーですねぇ」
面倒になって適当に返したらすっごい不満そうな顔をしてこっちを見る。ギンは私がちゃんと返事をしないといつもこの顔をする。初めて彼に会った時から変わらない、私が彼を子供だと思う所以だ。
「大福とみたらし、それから餡子ですね。お待たせ致しました」
私の横に大福とみたらしを、ギンの横に餡子とお茶を置いてお店の人は店に引っ込む。
再び大福を一口。この控えめな甘さが絶妙に美味しい。やはりお菓子は和菓子に限るね。
「ルキアちゃん見つかったんやってね」
「…らしいですね」
「なんや冷たいなァ。仲良かったんちゃうん?」
ひょいとみたらしが1本盗まれた。コイツはホント…いやもう諦めよう。
「誰から聞いたんです? そんな事」
「十三番隊長さん」
「あぁ…」
確かに浮竹隊長ならギン相手にもポロッと零しそうだ。
浮竹隊長の頭の中で私とギンは未だに"仲の良い子供"なのだろうと思う。私達はもう何年も前から仲が良いなんて言えない関係だと言うのに。
「まぁ、仲は良かったと思いますよ。昔は、の話ですけど」
少し古臭い話し方をする可愛らしい彼女。私は彼女の為にあの隊へ移動したのに、何一つ役に立てなかった。それどころか隊の建て直しで忙しい時期に迷惑を掛けてしまった。
あれから約20年。恋次くんとの話題に上がる事こそあれど、顔を合わせて話す事もない。これを仲が良いと言えるかと聞かれたら答えは否だ。
「元々私に似ている人がいるからって海燕さんに誘われて知り合ったってだけで、私生活でも」
「あかんわ」
私の話の途中で割って入るギンの冷たい声に、言葉に、ビクリと肩が跳ねた。目の前を眩しいほどの金色が過ぎ去ったような、そんな幻覚を見た気がする。瞬きをしてギンの方へ顔を向けると、思ったよりも近い距離にいて無意識に体が硬直した。
「な…に…?」
細く絞り出した声で震える喉に、ギンの冷たい手が触れる。首筋を包み込むように触れたギンの手は大きくて、そのまま力を入れたら私の首は折れてしまいそうだ。
ギンの親指が気道の上を滑る。急所を触られている緊張で息苦しくなって呼吸が浅くなっていった。どこか楽しそうに私を見下ろしたギンは、私の耳に顔を寄せて鼓膜を震わせる。
「アカンよ、ボクに心開いたら。紫苑の隊長さんに言われたやろ? 忘れてもうたん?」
グッとギンの親指が気道を圧迫する。狭くなった気道を空気が無理矢理通る音がする。心臓が早鐘を打つのが頭にガンガン響く。
体に酸素が回らなくて目の前がチカチカして来た。
「忘れたらアカンよ」
パッとギンの手が離れた。脳や体が酸素を欲しがって息を吸うのに喉が追いつかなくて噎せる。酸欠で頭がボーッとするのを頭を振って追いやった。
何度か咳き込む事で落ち着いた喉元に手を添えてギンを見上げる。何の表情も浮かべていない彼は、私を見下ろして口を開いた。
「ボクは紫苑の味方やない」
それだけ言って餡子の団子を持った彼は去って行った。その背中を見つめてこれは本当、と胸に刻む。
急に絡んできたと思ったらまた懐かしい話をして来たものだ。どこか悲しそうな彼はまるで…まるでそう、101年前に私が現世任務に就く前の時のようだ。
沈んだ気持ちを引き上げるために空を見上げる。変わらず清々しい青空にはいくつかの白い雲が浮かんでいた。それは私の心に浮かんだ不安を表すようで。
「あーあ、跡つかないように首絞めやがって。仕事休めないじゃん」
考えるのをやめて大福を口に放り込んだ。
3/3ページ