水溜まりを飛び越えて
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「おや、紫苑ちゃんじゃないか。久しぶりだねぇ」
一角さんと弓親さんを修練場にぶち込んで仕事をサボっている私は、どこか休憩の出来そうな御茶屋さんを探していた。ふらふらと宛もなく歩いていたら正面からふらふらと歩いてきた彼と目が合ったのだ。
「お久しぶりです、京楽隊長。相変わらずサボりですか?」
「やだなぁ人聞きの悪い。休憩がてらの散歩って言ってよ」
「えぇー同じじゃないですか」
ふわふわしたまま微笑む彼の後ろには黒い色が滲んでいる。今のは嘘。いつものサボりじゃなくて、どこかで何か真剣な話をして来た後だ。
「そう言う紫苑ちゃんこそどーなの?」
「私ですか? 私は息抜きです」
「同じじゃない」
「違いますよ、私はちゃんとやる事はやってますからね」
ふふん、とドヤ顔をして見せればわー偉いねぇなんて頭を撫でられた。おかしいな、この人、100年以上前から私への対応が何一つ変わってないんだけど…。
ぐりぐりと力を込めて頭を撫でられた為、せっかく纏めていた髪がぐしゃぐしゃだ。まとめ直そうと簪を髪から抜くと髪が風に揺れながら腰に当たる。
「…長くなったね」
「…そうですね」
神様のようだと崇められた真っ白な髪に目を落とす。アレからずっと伸ばし続けている…と言っても一度諸事情で切らなきゃいけなかったんだけど…長めの髪は割と重い。これが100年の重みか…。
なんてしみじみと感じながら髪を束ね直していると、ふと京楽隊長が声を上げた。
「そう言えば、紫苑ちゃんってルキアちゃんと仲良いんだっけ?」
「ルキアちゃん、ですか…?」
十三番隊の朽木 ルキアちゃん。ここ暫く行方不明になっていたとはいえ、なんで京楽隊長が知っているのだろう。と言ってもルキアちゃんの上司は京楽隊長と仲の良い浮竹隊長だから、私の事も何もかも筒抜けだろう。
「今も仲が良いかは別ですけど、仲は良かったと思いますよ。多分。でも、なんで急にルキアちゃん…? もしかして、何かあったんですか?」
さっぱり見当がつかなくて聞き返すと困ったような笑みを浮かべた。京楽隊長にしてはなかなか珍しい顔。
「あらら、まだ噂聞いてないのね。実は少し前から居場所が分かってて」
「え!?」
思わず声が大きくなる。
ここ20年くらい彼女と会う事さえなかったと言えども、彼女の行方は気になっていた。心配していた。その彼女が、見つかっていたなんて、私は一言も聞いていない。
「待った待った、話はちゃんと最後まで聞いて。居場所は分かってたんだけど、ちょっとワケありでねぇ」
はぁぁ、とため息をついて私を見下ろす京楽隊長の目に写るのは私への哀れみと気遣い。嫌な予感がした。
「人間への霊力譲渡と滞在超過の罪で、今は六番隊に拘留されているよ」
「へ…あ、え…? 霊力譲渡…? なんだってまたそんなマイナーな規律違反…?」
「紫苑ちゃん、立派な罪だよ、霊力の譲渡」
学生の頃に習った気がする随分とマイナーな…というか普通はどうやっても難しい…霊力の譲渡をやる人がいて、ましてそれをルキアちゃんがやるなんて意外だ。
「ルキアちゃんがそんな…何かの間違いじゃ…」
「そうだと良かったんだけど、残念ながら朽木隊長と最近副隊長になった…」
「恋次くんですか?」
「そうそう、その2人が確認したから間違いないって」
なんて面子に行かせるんだ。そりゃ兄と幼馴染が来たら逃げようがない。
「…なんで、あの二人が? わざわざ隊長と副隊長が揃っていくような事でもないでしょうに」
「さぁ、四十六室からのご指名らしいから詳しい事は分からないけど、どうしても連れてきたかったんじゃないの?」
「…それにしては随分と…厳重なような…」
まぁ、あんな人達の考える事なんて、私に分かるわけないか。
「まぁまだ罪状は決まってないみたいだし、そんなに重い罪にはならないと思うよ」
霊力譲渡した人間から霊力は取り上げて来たみたいだしね。そう言って今度は優しく撫でてくれた京楽隊長に小さく頷く。
罪人として捕まっているのなら流石に心配だ。それに、"罪人"という言葉は胸が苦しくなるから嫌い。
「はいはい、そんな暗い顔しない。紫苑ちゃんの可愛い顔が台無しだよ?」
さっきまでの薄暗いような空気を吹き飛ばすように明るく声を上げる京楽隊長と目が合う。ギャップで風邪引きそう。
ウインクしながらニコニコと「これから浮竹の所に行かない?」と聞いてきた京楽隊長と、こちらに近づく1つの霊圧に少しだけ微笑む。そして京楽隊長の隊長羽織を逃げられないように握ってあざとく見上げて首を傾げてみせた。
「京楽隊長、私最近美味しい和菓子屋さん見つけたんです。そこ行きませんか?」
「おぉーいいねぇ。じゃあ今から行こうか」
「見つけましたよ! 隊長」
割とわざとらしく京楽隊長を誘ってみたのだけれど、デレッとした締まりのない笑顔を浮かべた彼を見た感じ、あざとかろうが、わざとらしかろうが女の子なら何でも良いらしい。心の中でちょっと呆れた所でこちらに迫っていた霊圧の主が京楽隊長の後ろに降り立った。
「な、七緒ちゃん…」
「さぁ、隊長。仕事に戻りますよ」
えぇ、せっかく紫苑ちゃんがお茶に付き合ってくれるって珍しく言ってくれたのに…なんて抗議する京楽隊長に七緒ちゃんがため息をつく。
「月森六席、足止めご苦労様です」
「いいえ、お気になさらず」
ニッコリと笑んで見せると、七緒ちゃんは小さく微笑み、京楽隊長は酷いよぉなんて言ってくる。京楽隊長はいつも相変わらずだ。
「今度、ウチに遊びに来てくださいね。お茶くらいなら出しますので」
「ありがとうございます。そのうちお伺いします」
「楽しみに待ってるよ」
じゃあ仕事頑張ってねぇ、と京楽隊長は七緒ちゃんに引きずられて行った。彼らが見えなくなるまで見送って空を見上げる。
今日もまた、憎らしい程の青空だ。
あの日と、同じ。