水溜まりを飛び越えて
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カンとかコンとか、木と木のぶつかり合う音がする。言葉で表現するととても可愛らしい感じになるが、本当はもっと大きくて重くて良く響く音だ。もちろん人間の叫び声も聞こえる。
「あれ、珍しいね、紫苑がこの時間にここに来るなんて」
「…綾瀬川五席こそ珍しいですね」
書類を片付けるのに飽きて気分転換でもしようとやって来た道場で中々珍しい人に会った。瞬きをしながらこっちを見たおかっぱ頭の美青年…と言わないと彼は怒る…にそれはこっちのセリフだと目を瞑ってみせる。
彼がここにいると言うことはあの人も確実にいるじゃないか…。
「息抜きでもしに来たの?」
「よく分かりましたね、正解です」
「でもこの時間に来たのは不正解だね」
「…私もそう思います」
弓親さんの視線の先を辿ると予想通りツルツルで光っている頭が見えた。ストレスでも溜まってるのか隊士たちをバッタバッタとなぎ倒している。
しばらく見ていると最後まで彼にかじりついていた十席が倒れ伏した。一通りみんなを倒した彼はふぅ、と息を付きながら額の汗を拭う。ストレス(?)が発散されて気分が良いらしい彼の頭が輝いた気がした。
「ん? お、紫苑。いい所に」
「あ、私まだ書類があるのですぐ戻ります」
ふとこちらを見た彼…一角さんに笑顔でお断りを入れる。書類仕事なんて正直今日はもうやめとこうと思っているけど、ちょうど良い。
この人は相手が自分よりも強い時と、ストレスを発散している時と、発散し終わったあとはやたらと強くなる。やたらめったら強くなるから私は彼と戦うのが好きじゃない。
ただ純粋に彼が強いから、というのもあるが圧倒的に体型、筋力差がありすぎるのだ。私よりも大きくて力の強い一角さんの一撃は重くて勢いがある。一太刀一太刀が私を上から押しつぶそうとしてくるのだ。こういう時に自分が女である事を自覚して嫌になる。女辞めたい。
普通そういう差がある時は鬼道を使ったりして状況を打開するものだけれど、ここは十一番隊だ。鬼道を使うなんて以ての外、場合によっては相手から距離を取ることさえ腑抜け扱いされる事もそう珍しくない。そんな環境に慣れてきたとはいえ、ある程度実力がついた今でさえ部下に負けることは割としょっちゅうだ。
それなのに一度も勝ったことの無い、しかも一番調子のいい一角さんとか木刀で殺されるのではないだろうか。ボコボコにされるのは目に見えているのでお断りしたい。
「息抜きだろ、息抜き。書類なんてあとでもできるだろーが」
私に断られちょっと不機嫌そうに口を尖らせた一角さんは、その辺に転がったままになっていた隊士をポコッと蹴る。可哀想に、痛そう。
「斑目三席は重いからやです」
「あん? 鍛え方が足りねーんだよ。鍛え直してやるからこっち来い」
おら、という声が聞こえてきそうな顔で呼ばれて、どうしたものかと頭を捻る。一角さんにボコボコにされるのは嫌だなぁ…。
「綾瀬川五席が代わりに書類やってくれるのなら考えます」
「僕はパス」
「弓親ぁぁ」
とりあえず矛先を変えようと隣の弓親さんに話題を放ると、食い気味に叩き落とされた。もしかしたらちょっとだけ期待していたのかもしれない。ガックリと膝をついた一角さんに弓親さんと顔を合わせて笑う。
「全くしょうがないな、代わりに僕が相手をしよう」
「斑目三席、明日ならお付き合いしますよ」
私たちの言葉にバッと顔を上げた一角さんの目は爛々と煌めいていた。そして「ぜってーだぞ!! 忘れんなよ! 紫苑!! 早くしろ! 弓親!!」と私たちに向かって叫んで、退け!邪魔だとまだ足元に転がっていた十席を蹴りあげた。
「紫苑」
「はい」
「さっきの返事も不正解だったみたいだね」
「お互い様ですね。まぁ、綾瀬川五席の犠牲は忘れません」
「ちょっと」
「斑目三席!! 五席が今日こそ三席を叩きのめすって言ってます!!」
私が巻き込まれる前に弓親さんを回収してもらおうと一角さんに手を振りながら声をかける。何故か一角さんの足にまとわりついていた十席をブンブン振り回していた一角さんが、グインと首を90°回転させて振り向いた。え、怖い…フクロウより怖い…
「言ったな、弓親」
「言ってないよ!! あれは紫苑が」
「綾瀬川五席、ご愁傷さまです。では」
「ちょっと紫苑!! 君覚えてなよね!!!!」
あぁぁぁぁ…と道場の真ん中まで引きずられていく弓親さんに心の中で合掌しながら立ち去る。
これが日常なんて信じたくない…
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