恋人とのお題
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
蝉の声が喧しい休日の午後、私は若林くんとの約束通りサッカーの試合を観に来ていた。
もう何度目の観戦だろう。
初めの頃はオドオドしながら席を探したものだけど、今では若林くんの活躍が1番良く見える席へと慣れた足取りで向かっている。
グラウンドに目を向けるとすぐに一際目立つ赤色のユニフォームを見つけられた。
みんなの真ん中に堂々と立つその姿はさすがキャプテンというべき貫禄があって、今日の試合も簡単に勝ってしまいそうな頼もしさを感じさせる。
チーム全体で声を掛け合った後、選手が素早くグラウンドに散る。
ゲーム開始のホイッスルが鳴った。
「お前サッカーやってるのか?」
それが若林くんとの初めての会話だった。
ついでに言うと私は南葛小の生徒で、若林くんとはそのとき初めて知り合った。
若林くんも当然私のことを知らなかったはずだけど、なぜ話しかけられたのか。
それは私がドリブルしながら下校していたからだろう。
翼くんの登下校でのドリブルがなんだか楽しそうで、何を思ったか1度だけ挑戦してみたのだ。
「ううん、女子のサッカー部は無いし。」
「じゃあサッカーが好きなだけか。」
「うーん……。」
好きというほどでもない、というのが正直なところだ。
ただ、翼くんを見ていると楽しいのだろうとは思う。
私の返答にそこまで興味が無いのか、若林くんの視線は顔から足元へと移る。
「お前の蹴ってるボール、随分古いな。」
「ああ、うん。サッカー部じゃないのに良いボール借りてくるのは悪いなあと思って。」
グラウンドの隅に忘れ去られたように放置されていたボロボロのボール。
白色の部分は土で茶色くくすみ、黒色の部分はすっかり色が剥げ落ちてしまっている。
さらにコンクリートに思い切りぶつけてもほとんど跳ねない。
「そんなボールじゃいくらやっても練習にならないぞ。」
「うーん、そうだよね。」
少し残念だけどサッカーを真剣に始めようとは思ってなかったし仕方ないか。
自分でもなぜこんなことをしようと思ったのかわからないくらいだ。
ドリブルは諦めようとボールを拾い上げると、思いがけず若林くんの視線とぶつかった。
彼は私を見ながら何か考えているようだった。
「……ついてこい。」
「え?」
それ以上何の説明もするつもりはないらしく、くるりと背を向け歩いていく。
私は慌てて後を追った。
着いたのは大豪邸の前、私はここの表札で若林くんの名前を知ることになる。
「少し待ってろ。」
「う、うん……。」
嬉しそうに吠える犬をかわしながら家の中へと消えていく。
少ししてから若林くんはボールを抱えて戻ってきた。
「これをやる。」
「えっ」
多少使い込まれた感のある、しかし綺麗なボールだ。
なんだかサッカー部の使っているボールよりもしっかりしているような気がする。
「俺のお下がりで悪いが、そのボールよりはずっと性能がいいぞ。」
「えっくれるの?なんで……。」
「サッカー部でもないのにボールを蹴って下校なんてよっぽどサッカーが好きじゃなきゃやらないだろ。そこまで好きなんだったら俺のをやる。」
「そんな、悪いよ……。若林、くん?…の言う通りサッカー部に入る予定もないしさ。」
「いいんだよ、余ってるんだから。」
「で、でも……」
もらうのは本当に申し訳なかった。
ドリブルをするのはきっと今日だけのことだし、そのためにこの立派なボールをもらうわけにはいかない。
しかし断るにしても本当はサッカーがそこまで好きなわけではないなんて、この状況下ではとても言えない。
恐縮した私を見て若林くんも何かを察したらしい。
「ふん……よくわからんが、いらんならいい」
「いらんというか本当に申し訳なくって……気持ちだけで十分嬉しいから、ありがとう」
「……お前どこの小学校だ」
「南葛小だよ」
「そうか……俺は修哲小FCの若林源三だ。ボールが欲しくなったらいつでも来い。じゃあな。」
若林くんはそう言い残すと、さっさと家に入っていってしまった。
私は修哲小のサッカー部がどれほど強いかなんて知らなかったから、そのときは若林くんをただの良い人だとしか思わなかった。
しかし後日、南葛小と修哲小の対抗戦が行われた際に修哲小が前年に全国優勝を果たしたことを知り、若林くんの強さを目の当たりにして、とんでもない人と知り合いになったものだと驚愕することになる。
若林くんとは波長が合うのか、その後も偶然何度か鉢合わせ、その度に少しずつ仲良くなっていった。
もうドリブル下校はしなかったけど、サッカーについてより興味を引かれるようになった。正確にはサッカーをする若林くんに強く惹かれていた。
そんなある日のことだった。
「今度の試合、観に来るか?」
「今度って……修哲小の練習試合?」
「ああ、相手は南葛小じゃないが。」
友達と遊んだ帰りにばったり、といういつものパターンでまもなく分かれ道にさしかかろうというとき。
若林くんの何気ない発言が私をどきりと緊張させた。
誘われた。試合観戦だけど。
「お前、対抗戦の後俺のプレーが良かったって散々言ってただろ。」
確か対抗戦のすぐあとのことだ。
たまたま出くわして、悔しさたっぷりな様子の若林くんにどう声をかけて良いのかわからず、とにかくめちゃくちゃに褒めちぎったのは覚えている。
だけど全国優勝のキャプテンに対してプレーのことまで言及していたとは……。
「生意気なこと言ってごめん……」
「俺はあの試合で大空翼に勝ってない」
私の言葉など意にも介さず話を続ける。
「あのときのプレーが良かったなんて思われてちゃ俺のプライドが傷付く。だから観に来て確かめろ、俺の本当の実力を。」
なるほど、そういう理由か。
少し期待してしまった自分が恥ずかしくなる。
「本当は大空翼に勝つところを見せたかったが、もうあいつとの勝負の機会はないからな」
「えっそうなの?」
「選抜に俺もあいつも選ばれたんだ。これからは同じチームで戦う。」
「そうなんだ!」
「実力を見せるのは翼のいる公式戦からでもいいんだが……」
どうだ?とばかりにこちらを見る。
もう分かれ道だ。
「じゃあ……行こっかな。せっかく若林くんが誘ってくれたし。」
「そうか、試合は次の日曜日だ。寝坊するなよ。」
ふっと笑って分かれ道の先へ歩き出す。
夕闇の中、背中越しに手をひらりと揺らして去る姿にきゅんと胸が締め付けられる。
若林くんの笑顔を見るのはこれが初めてだった。
そして、待ち侘びた日曜日。
流石に練習試合で立派な会場は使わないようだ。
若林くんに言われた通り、修哲小のグラウンドへやって来た。
南葛小の自分が入っていいものかとビクビクしながら奥へ進んでいく。
校舎の角を曲がると、人混みが目に入った。
流石全国優勝チームだけあって練習試合といえども観戦に来る人は多い。
選手の親御さんをはじめ、選手の様子を録画したりメモをとったりするおじさんや私のように誰か目当てでじっとグラウンドを見つめる女の子たち。
若林くんにもファンが大勢いるんだろうか……。
ピーッと鋭い笛の音が聞こえる。
恐らく試合開始の合図だ。
慌ててグラウンドに駆け寄る。
「ディフェンダー下がれ!」
声援の中に若林くんの迫力ある低い声が聞こえる。
相手チームが先攻らしい。
早く若林くんの姿が見えるところに行かないと。
若林くんが活躍を見てほしいって言ったんだから。
なんとか人の少ないところに出ると、ちょうど相手チームの選手がシュート体勢に入ったところだった。
雄叫びをあげつつ蹴り出したボールはゴールの上隅へ。
そこへ間髪入れず飛び込む若林くん。
広いゴールの端、若林くんは見事にボールをキャッチしてみせた。
内心若林くんの反射神経に感動していたのだが、当の本人はまるで当然だとでも言うように素早く前線の味方へロングパス。
「フォワード上がれ!一気に決めるぞ!」
若林くんの指令と呼応するように修哲小メンバーが一斉に走り出し、相手チームは虚をつかれた様子で慌ててその後を追う。
一手遅れた防衛など、修哲カルテットの前には全く意味をなさない。
滑らかなパス回しであっという間にゴールを奪う。
そうしてゲームは進み、いつしか私はすっかり試合に見入っていた。
ときにはピンチな場面もあったけど、なんとか食い止めて再度攻撃に転じる。
最後には大差をつけて修哲小FCの勝利となった。
なんだかすごく嬉しくて、その日は軽い足取りで家路についた。
翌日、私は若林くんに感想を伝えたくて放課後に居残りをした。
宿題をして時間を潰し、帰路でばったり会おう作戦だ。
若林くんの家は知ってるけど、わざわざ感想を言うためだけに家の前で待つのは恥ずかしいのでやめておいた。
空がオレンジ色に染まり、その上から闇が降りてくる。
そろそろ出よう。
大体いつもどのくらいの時間に会ってたんだろう。
これまで意識して会おうとすることがなかったから、いざ会いたいときに戸惑ってしまう。
もう既にこの道は通り過ぎた後だろうか、まだまだ練習しているのだろうか。
答えの出ない問答が頭の中で延々と繰り返される。
もうすぐ分かれ道だ。
あそこで少し待っていようか、今日のところは帰るか。
歩みが鈍る。
ここで帰ってしまったら次はいつ会えるんだろう。
ついこの前に見た若林くんの笑顔が浮かぶ。
「おい、鈴木ーっ!ちょっと待て!」
ドキッとして振り返る。
夕焼けに照らされて、男の子がこちらに走ってきている。
声で気付いていたが、間違いない。
若林くんだ。
しかし、まさか私に気付いた上走って追いかけてきてくれるとは。
「ふー……間に合ったな。」
すぐに息を整えて、まっすぐ立つ。
少し微笑んだ若林くんと目が合い、つい視線を下げた。
「試合観に行ったよ。」
「ああ。」
「すごく面白かった。修哲小って本当に強いね。全国優勝とは聞いてたけど、実際に見て納得しちゃった。」
「そうか。」
若林くんのことも話さなきゃ。
かっこよかったって言いたい。
でも、どうしても言葉が出てこない。
若林くんを前にして緊張が高まっていく。
「修哲カルテットってすごいんだね。パスがスムーズで見てて気持ち良かった。」
「練習を積んでるからな。」
「あと若林くんがどんなシュートでも防いでたのがその、すごく……」
かっこよかった。
勢いをつけてさらっと言ってしまおうと思ったのに。
これでは逆に注目されてしまう。
チラリと見上げると、若林くんは待ってましたと言わんばかりの表情で私を見つめている。
「えっと……さ、流石だなって思った。」
「そうか。」
「近距離で打たれたシュートにも完璧に反応してたし最後まで無失点だったし、やっぱり若林くんってすごいね!」
「当たり前だ。誰にも俺のゴールは抜かせない。」
若林くんが不敵な笑みを浮かべる。
努力に裏付けられた自信が垣間見えて胸が高鳴った。
「面白かったんなら、また観に来るか?」
「えっいいの?」
「いいに決まってるだろ。次の試合が決まったら教えてやる。」
嬉しそうに言う若林くんを見て、自分でも分かるほどにやけてしまう。
私の存在が若林くんの中で少し大きくなったような気がして、とても嬉しい。
「じゃそろそろ帰るか。またな、鈴木。」
「うん、またね。」
しばらく立ち話をしていたから、いつもより遅い時間になってしまった。
きっとこの後予定があったのだろう。
いつもとは違って走って行ってしまった。
長話をしてしまって申し訳ないという気持ちと私と話す時間を作ってくれたんだなと喜んでしまう気持ちが入り混じる。
その日の夜は若林くんとのやりとりが頭の中を延々回り続けてなかなか寝つけなかった。
「また来てるぜ、あの子。」
「一体誰のファンなんだ?」
いつからか試合の日にはいつもスタンドの同じ席にいる女の子。
修哲小メンバーのみの練習試合でも見かけるが、どうも修哲小ではなく南葛小の生徒らしい。
南葛小の女の子で修哲小のファンというのも珍しいが、さらに毎度来ているというのでチーム内でも多少話題になっていた。
「あっキャプテン!ほら、またあの子来てますよ。」
若林さんがベンチに入ってきたのに気付いた来生が早速声を掛ける。
若林さんはふっと微笑むだけでそちらに目もくれない。
「まだそんなこと気にしてるのか。それよりさっさとウォーミングアップだ。」
「は、はい。」
言葉とは裏腹に語気は柔らかい。
なぜか近頃の若林さんは心なしか笑顔が増え、やる気に満ち溢れている。
こちらについてもチームメイトの中で様々な憶測の飛び交う話題の種となっている。
「でも、やっぱり気になりますよ。誰かの親戚ってわけでもないみたいだし……。キャプテンは知り合いじゃないんですか?」
井沢の発言にもまるで動じず、若林さんはただすました顔でスパイクに履き替える。
「井沢。今日の相手は格下だが、だからといってなめてかかると負けるぞ。試合に集中しろ。」
「す、すみません。」
普段と変わらないと言われれば変わらない、だけどなんとなく滲む違和感が拭えない。
俺たちは密かに視線を交わし、無言でベンチの端へ。
「やっぱり若林さん少し前から変だよな。」
「お前もそう思うか、高杉。」
「妙に機嫌がいいというか……。」
「これは何かあるな。」
「いいことでもあったのか?」
「キャプテンには悪いが、ちょっと調べてみようぜ。」
「どうするんだ?」
「今日の試合後、跡をつける。」
「本気か!?」
「しーっ。声がでかい。」
「何やってる。」
一斉にビクリと体を震わせ振り返ると、そこに立っていたのは監督だった。
「なーんだ、監督かあ。」
「なーんだとはなんだ!全員ウォーミングアップは済んだんだろうな!」
「い、今からやります!」
「さっさとしろ!」
慌ててベンチから出る。
話は途切れたものの、俺たちの意志は固まった。
若林さんが変わった理由を調べるんだ。
試合は無事勝利に終わった。
喜ぶのもそこそこに、いつもよりてきぱきと帰り支度をしながら若林さんの様子をうかがう。
いつもは意識して見ていなかったから知らなかったが、よく見るとうっすら微笑んでいる。
周りの仲間もこれに気付いたらしく、動揺して互いに顔を見合わせた。
「?……お前ら何見つめ合ってるんだ、気持ち悪い。」
「えっ!?な、何でもないですよ!な、みんな!」
「あ、ああ!キャプテンは先に帰っててください!」
「変なやつらだな。じゃあ先に帰らせてもらうぜ。」
怪訝そうな表情をしつつも深く追及するつもりはないらしく、鞄を肩にかけるとすぐにロッカールームから出ていってしまった。
ドアが閉まると同時にチームメイト全員が期待のこもった目で立ち上がる。
俺がそろりとドアを開けて外を確認すると、足早に進む若林さんの背中が見えた。
「どうだ滝。」
「今角を曲がった。行くぞ!」
「おう!」
一定の距離を保って道の角から角へ。
道行く人に白い目で見られはしたものの、恐らく若林さんに気づかれてはいない。
しかし、一向に怪しい挙動が見られない。
寄り道もしないで一直線に家に向かっている。
「なあ、このままじゃ何も起こらないままキャプテンの家に着いちまうぜ。」
「もしかして今日は何も無いのか?」
「だったらまた明日やり直すか?」
「あっ!あれ見ろ!」
仲間の誰かの鋭い声に、全員の視線が戻る。
「キャプテンの横に誰かいる。あれは……。」
「スタンドの女の子だ!」
その一声でみんながハッとする。
後ろ姿だが、確かにそうだ。
「キャプテンの知り合いだったのか。」
「そういえばあの子のこと聞いたとき、キャプテン知らないとは言わなかったな。」
「どうして教えてくれなかったんだろう。」
少し離れた2人の様子をじっと観察する。
ふと、女の子が笑った。
若林さんはその姿をじっと見つめて微笑んでいる。
「……彼女なのかな、もしかして。」
「……かもなァ。」
あんなに幸せそうな若林さんを前に茶化すことなんかできなくて、みんな言葉少なに笑い合う。
「若林さんのプレイに支障があるわけじゃないし、理由もわかったからもういいか。」
「ああ、俺たちも帰ろう。」
じゃ、と手を振ってそれぞれの家路につく。
翌日からチームメイトの若林さんに対する目が妙に優しくなり、またしても本人に気持ち悪がられてしまうのだった。
いつもの帰り道。
今では若林くんとばったり会うのではなく、待ち合わせをするようになっていた。
「今日の試合は翼くんが大活躍だったね。」
「そうだな。あいつは頭一つ抜けてる。」
「翼くんも若林くんのことすごいキーパーだって言ってたよ。」
「確か同じクラスなんだったな。」
「うん。席替えして隣になったから若林くんの話たくさんしてるよ。」
「そうか。」
少し照れたように笑みを漏らす。
私の自惚れでなければ、若林くんは結構わかりやすい。
初めは真顔が多いと思っていたけど、それはストイックな性格ゆえに感情の振れ幅が小さかったからなのだろう。
気が緩めば、こうしていろんな笑顔を見ることが出来る。
「俺のどんなことを話すんだ?」
「やっぱりキーパーしてるときのことが多いかな。翼くん、サッカー大好きだから。」
「ほお。」
「そういえば若林くんともサッカーのことばっかり話してるね」
「……そうだな。」
若林くんは私の言葉に何か引っかかったようで、少し思案したあと躊躇いがちに口を開いた。
「……鈴木の誕生日はいつだ?」
「ええっ!?ど、どうしたの急に。」
「いや……これだけ毎日のように話してるのにサッカーのことばかりじゃ飽きるだろう。お前の話も聞きたい。」
「わ、私の話!?何か面白い話あるかな……。」
「面白いかだの、そんなことはどうでもいい。なんでもいいから聞かせてくれ。」
少しつっけんどんな言い方だが、気恥ずかしさから来るものだろう。
私から大きく顔を背けていたり、声がいつもより固かったり、ぎこちなさが丸わかりだ。
だが、それがわかったところで私も同じこと。
若林くんに改まって自分の話をするなんて、なんだかとても恥ずかしい。
「え、えーと……誕生日から答えたらいいのかな。」
「ああ。」
そこからは怒涛の質問攻め、とまではいかないが会話の合間合間にポツポツ質問された。
南葛小のメンバーとは仲がいいのか、普段は何をしているのか、好きなことはあるのか……。
分かれ道まで来ると若林くんはどこか名残惜しそうに口を噤んだ。
「じゃあまた明日ね。」
「ああ。」
「……あれ、帰らないの?」
「帰る。鈴木も早く帰れ。」
「う、うん。」
いつもならすぐに背中を向けるのに、今日は何故かこちらを向いたまま立ち止まっている。
背中を見送りたかったんだけど……。
不思議に思いながら少し進んで振り返ってみる。
若林くんはまだその場に立って私を見ていた。
手を振ってみると一瞬戸惑ったように身じろぎ、少しだけ手を挙げて見せてくれた。
見送ってくれてるのかな……。
そう思うと自然と口角が上がってしまう。
若林くんの姿が見えなくなるところまで来ると、そこから家までの道程はせり上がる気持ちのままに走って帰った。
もう何度目の観戦だろう。
初めの頃はオドオドしながら席を探したものだけど、今では若林くんの活躍が1番良く見える席へと慣れた足取りで向かっている。
グラウンドに目を向けるとすぐに一際目立つ赤色のユニフォームを見つけられた。
みんなの真ん中に堂々と立つその姿はさすがキャプテンというべき貫禄があって、今日の試合も簡単に勝ってしまいそうな頼もしさを感じさせる。
チーム全体で声を掛け合った後、選手が素早くグラウンドに散る。
ゲーム開始のホイッスルが鳴った。
「お前サッカーやってるのか?」
それが若林くんとの初めての会話だった。
ついでに言うと私は南葛小の生徒で、若林くんとはそのとき初めて知り合った。
若林くんも当然私のことを知らなかったはずだけど、なぜ話しかけられたのか。
それは私がドリブルしながら下校していたからだろう。
翼くんの登下校でのドリブルがなんだか楽しそうで、何を思ったか1度だけ挑戦してみたのだ。
「ううん、女子のサッカー部は無いし。」
「じゃあサッカーが好きなだけか。」
「うーん……。」
好きというほどでもない、というのが正直なところだ。
ただ、翼くんを見ていると楽しいのだろうとは思う。
私の返答にそこまで興味が無いのか、若林くんの視線は顔から足元へと移る。
「お前の蹴ってるボール、随分古いな。」
「ああ、うん。サッカー部じゃないのに良いボール借りてくるのは悪いなあと思って。」
グラウンドの隅に忘れ去られたように放置されていたボロボロのボール。
白色の部分は土で茶色くくすみ、黒色の部分はすっかり色が剥げ落ちてしまっている。
さらにコンクリートに思い切りぶつけてもほとんど跳ねない。
「そんなボールじゃいくらやっても練習にならないぞ。」
「うーん、そうだよね。」
少し残念だけどサッカーを真剣に始めようとは思ってなかったし仕方ないか。
自分でもなぜこんなことをしようと思ったのかわからないくらいだ。
ドリブルは諦めようとボールを拾い上げると、思いがけず若林くんの視線とぶつかった。
彼は私を見ながら何か考えているようだった。
「……ついてこい。」
「え?」
それ以上何の説明もするつもりはないらしく、くるりと背を向け歩いていく。
私は慌てて後を追った。
着いたのは大豪邸の前、私はここの表札で若林くんの名前を知ることになる。
「少し待ってろ。」
「う、うん……。」
嬉しそうに吠える犬をかわしながら家の中へと消えていく。
少ししてから若林くんはボールを抱えて戻ってきた。
「これをやる。」
「えっ」
多少使い込まれた感のある、しかし綺麗なボールだ。
なんだかサッカー部の使っているボールよりもしっかりしているような気がする。
「俺のお下がりで悪いが、そのボールよりはずっと性能がいいぞ。」
「えっくれるの?なんで……。」
「サッカー部でもないのにボールを蹴って下校なんてよっぽどサッカーが好きじゃなきゃやらないだろ。そこまで好きなんだったら俺のをやる。」
「そんな、悪いよ……。若林、くん?…の言う通りサッカー部に入る予定もないしさ。」
「いいんだよ、余ってるんだから。」
「で、でも……」
もらうのは本当に申し訳なかった。
ドリブルをするのはきっと今日だけのことだし、そのためにこの立派なボールをもらうわけにはいかない。
しかし断るにしても本当はサッカーがそこまで好きなわけではないなんて、この状況下ではとても言えない。
恐縮した私を見て若林くんも何かを察したらしい。
「ふん……よくわからんが、いらんならいい」
「いらんというか本当に申し訳なくって……気持ちだけで十分嬉しいから、ありがとう」
「……お前どこの小学校だ」
「南葛小だよ」
「そうか……俺は修哲小FCの若林源三だ。ボールが欲しくなったらいつでも来い。じゃあな。」
若林くんはそう言い残すと、さっさと家に入っていってしまった。
私は修哲小のサッカー部がどれほど強いかなんて知らなかったから、そのときは若林くんをただの良い人だとしか思わなかった。
しかし後日、南葛小と修哲小の対抗戦が行われた際に修哲小が前年に全国優勝を果たしたことを知り、若林くんの強さを目の当たりにして、とんでもない人と知り合いになったものだと驚愕することになる。
若林くんとは波長が合うのか、その後も偶然何度か鉢合わせ、その度に少しずつ仲良くなっていった。
もうドリブル下校はしなかったけど、サッカーについてより興味を引かれるようになった。正確にはサッカーをする若林くんに強く惹かれていた。
そんなある日のことだった。
「今度の試合、観に来るか?」
「今度って……修哲小の練習試合?」
「ああ、相手は南葛小じゃないが。」
友達と遊んだ帰りにばったり、といういつものパターンでまもなく分かれ道にさしかかろうというとき。
若林くんの何気ない発言が私をどきりと緊張させた。
誘われた。試合観戦だけど。
「お前、対抗戦の後俺のプレーが良かったって散々言ってただろ。」
確か対抗戦のすぐあとのことだ。
たまたま出くわして、悔しさたっぷりな様子の若林くんにどう声をかけて良いのかわからず、とにかくめちゃくちゃに褒めちぎったのは覚えている。
だけど全国優勝のキャプテンに対してプレーのことまで言及していたとは……。
「生意気なこと言ってごめん……」
「俺はあの試合で大空翼に勝ってない」
私の言葉など意にも介さず話を続ける。
「あのときのプレーが良かったなんて思われてちゃ俺のプライドが傷付く。だから観に来て確かめろ、俺の本当の実力を。」
なるほど、そういう理由か。
少し期待してしまった自分が恥ずかしくなる。
「本当は大空翼に勝つところを見せたかったが、もうあいつとの勝負の機会はないからな」
「えっそうなの?」
「選抜に俺もあいつも選ばれたんだ。これからは同じチームで戦う。」
「そうなんだ!」
「実力を見せるのは翼のいる公式戦からでもいいんだが……」
どうだ?とばかりにこちらを見る。
もう分かれ道だ。
「じゃあ……行こっかな。せっかく若林くんが誘ってくれたし。」
「そうか、試合は次の日曜日だ。寝坊するなよ。」
ふっと笑って分かれ道の先へ歩き出す。
夕闇の中、背中越しに手をひらりと揺らして去る姿にきゅんと胸が締め付けられる。
若林くんの笑顔を見るのはこれが初めてだった。
そして、待ち侘びた日曜日。
流石に練習試合で立派な会場は使わないようだ。
若林くんに言われた通り、修哲小のグラウンドへやって来た。
南葛小の自分が入っていいものかとビクビクしながら奥へ進んでいく。
校舎の角を曲がると、人混みが目に入った。
流石全国優勝チームだけあって練習試合といえども観戦に来る人は多い。
選手の親御さんをはじめ、選手の様子を録画したりメモをとったりするおじさんや私のように誰か目当てでじっとグラウンドを見つめる女の子たち。
若林くんにもファンが大勢いるんだろうか……。
ピーッと鋭い笛の音が聞こえる。
恐らく試合開始の合図だ。
慌ててグラウンドに駆け寄る。
「ディフェンダー下がれ!」
声援の中に若林くんの迫力ある低い声が聞こえる。
相手チームが先攻らしい。
早く若林くんの姿が見えるところに行かないと。
若林くんが活躍を見てほしいって言ったんだから。
なんとか人の少ないところに出ると、ちょうど相手チームの選手がシュート体勢に入ったところだった。
雄叫びをあげつつ蹴り出したボールはゴールの上隅へ。
そこへ間髪入れず飛び込む若林くん。
広いゴールの端、若林くんは見事にボールをキャッチしてみせた。
内心若林くんの反射神経に感動していたのだが、当の本人はまるで当然だとでも言うように素早く前線の味方へロングパス。
「フォワード上がれ!一気に決めるぞ!」
若林くんの指令と呼応するように修哲小メンバーが一斉に走り出し、相手チームは虚をつかれた様子で慌ててその後を追う。
一手遅れた防衛など、修哲カルテットの前には全く意味をなさない。
滑らかなパス回しであっという間にゴールを奪う。
そうしてゲームは進み、いつしか私はすっかり試合に見入っていた。
ときにはピンチな場面もあったけど、なんとか食い止めて再度攻撃に転じる。
最後には大差をつけて修哲小FCの勝利となった。
なんだかすごく嬉しくて、その日は軽い足取りで家路についた。
翌日、私は若林くんに感想を伝えたくて放課後に居残りをした。
宿題をして時間を潰し、帰路でばったり会おう作戦だ。
若林くんの家は知ってるけど、わざわざ感想を言うためだけに家の前で待つのは恥ずかしいのでやめておいた。
空がオレンジ色に染まり、その上から闇が降りてくる。
そろそろ出よう。
大体いつもどのくらいの時間に会ってたんだろう。
これまで意識して会おうとすることがなかったから、いざ会いたいときに戸惑ってしまう。
もう既にこの道は通り過ぎた後だろうか、まだまだ練習しているのだろうか。
答えの出ない問答が頭の中で延々と繰り返される。
もうすぐ分かれ道だ。
あそこで少し待っていようか、今日のところは帰るか。
歩みが鈍る。
ここで帰ってしまったら次はいつ会えるんだろう。
ついこの前に見た若林くんの笑顔が浮かぶ。
「おい、鈴木ーっ!ちょっと待て!」
ドキッとして振り返る。
夕焼けに照らされて、男の子がこちらに走ってきている。
声で気付いていたが、間違いない。
若林くんだ。
しかし、まさか私に気付いた上走って追いかけてきてくれるとは。
「ふー……間に合ったな。」
すぐに息を整えて、まっすぐ立つ。
少し微笑んだ若林くんと目が合い、つい視線を下げた。
「試合観に行ったよ。」
「ああ。」
「すごく面白かった。修哲小って本当に強いね。全国優勝とは聞いてたけど、実際に見て納得しちゃった。」
「そうか。」
若林くんのことも話さなきゃ。
かっこよかったって言いたい。
でも、どうしても言葉が出てこない。
若林くんを前にして緊張が高まっていく。
「修哲カルテットってすごいんだね。パスがスムーズで見てて気持ち良かった。」
「練習を積んでるからな。」
「あと若林くんがどんなシュートでも防いでたのがその、すごく……」
かっこよかった。
勢いをつけてさらっと言ってしまおうと思ったのに。
これでは逆に注目されてしまう。
チラリと見上げると、若林くんは待ってましたと言わんばかりの表情で私を見つめている。
「えっと……さ、流石だなって思った。」
「そうか。」
「近距離で打たれたシュートにも完璧に反応してたし最後まで無失点だったし、やっぱり若林くんってすごいね!」
「当たり前だ。誰にも俺のゴールは抜かせない。」
若林くんが不敵な笑みを浮かべる。
努力に裏付けられた自信が垣間見えて胸が高鳴った。
「面白かったんなら、また観に来るか?」
「えっいいの?」
「いいに決まってるだろ。次の試合が決まったら教えてやる。」
嬉しそうに言う若林くんを見て、自分でも分かるほどにやけてしまう。
私の存在が若林くんの中で少し大きくなったような気がして、とても嬉しい。
「じゃそろそろ帰るか。またな、鈴木。」
「うん、またね。」
しばらく立ち話をしていたから、いつもより遅い時間になってしまった。
きっとこの後予定があったのだろう。
いつもとは違って走って行ってしまった。
長話をしてしまって申し訳ないという気持ちと私と話す時間を作ってくれたんだなと喜んでしまう気持ちが入り混じる。
その日の夜は若林くんとのやりとりが頭の中を延々回り続けてなかなか寝つけなかった。
「また来てるぜ、あの子。」
「一体誰のファンなんだ?」
いつからか試合の日にはいつもスタンドの同じ席にいる女の子。
修哲小メンバーのみの練習試合でも見かけるが、どうも修哲小ではなく南葛小の生徒らしい。
南葛小の女の子で修哲小のファンというのも珍しいが、さらに毎度来ているというのでチーム内でも多少話題になっていた。
「あっキャプテン!ほら、またあの子来てますよ。」
若林さんがベンチに入ってきたのに気付いた来生が早速声を掛ける。
若林さんはふっと微笑むだけでそちらに目もくれない。
「まだそんなこと気にしてるのか。それよりさっさとウォーミングアップだ。」
「は、はい。」
言葉とは裏腹に語気は柔らかい。
なぜか近頃の若林さんは心なしか笑顔が増え、やる気に満ち溢れている。
こちらについてもチームメイトの中で様々な憶測の飛び交う話題の種となっている。
「でも、やっぱり気になりますよ。誰かの親戚ってわけでもないみたいだし……。キャプテンは知り合いじゃないんですか?」
井沢の発言にもまるで動じず、若林さんはただすました顔でスパイクに履き替える。
「井沢。今日の相手は格下だが、だからといってなめてかかると負けるぞ。試合に集中しろ。」
「す、すみません。」
普段と変わらないと言われれば変わらない、だけどなんとなく滲む違和感が拭えない。
俺たちは密かに視線を交わし、無言でベンチの端へ。
「やっぱり若林さん少し前から変だよな。」
「お前もそう思うか、高杉。」
「妙に機嫌がいいというか……。」
「これは何かあるな。」
「いいことでもあったのか?」
「キャプテンには悪いが、ちょっと調べてみようぜ。」
「どうするんだ?」
「今日の試合後、跡をつける。」
「本気か!?」
「しーっ。声がでかい。」
「何やってる。」
一斉にビクリと体を震わせ振り返ると、そこに立っていたのは監督だった。
「なーんだ、監督かあ。」
「なーんだとはなんだ!全員ウォーミングアップは済んだんだろうな!」
「い、今からやります!」
「さっさとしろ!」
慌ててベンチから出る。
話は途切れたものの、俺たちの意志は固まった。
若林さんが変わった理由を調べるんだ。
試合は無事勝利に終わった。
喜ぶのもそこそこに、いつもよりてきぱきと帰り支度をしながら若林さんの様子をうかがう。
いつもは意識して見ていなかったから知らなかったが、よく見るとうっすら微笑んでいる。
周りの仲間もこれに気付いたらしく、動揺して互いに顔を見合わせた。
「?……お前ら何見つめ合ってるんだ、気持ち悪い。」
「えっ!?な、何でもないですよ!な、みんな!」
「あ、ああ!キャプテンは先に帰っててください!」
「変なやつらだな。じゃあ先に帰らせてもらうぜ。」
怪訝そうな表情をしつつも深く追及するつもりはないらしく、鞄を肩にかけるとすぐにロッカールームから出ていってしまった。
ドアが閉まると同時にチームメイト全員が期待のこもった目で立ち上がる。
俺がそろりとドアを開けて外を確認すると、足早に進む若林さんの背中が見えた。
「どうだ滝。」
「今角を曲がった。行くぞ!」
「おう!」
一定の距離を保って道の角から角へ。
道行く人に白い目で見られはしたものの、恐らく若林さんに気づかれてはいない。
しかし、一向に怪しい挙動が見られない。
寄り道もしないで一直線に家に向かっている。
「なあ、このままじゃ何も起こらないままキャプテンの家に着いちまうぜ。」
「もしかして今日は何も無いのか?」
「だったらまた明日やり直すか?」
「あっ!あれ見ろ!」
仲間の誰かの鋭い声に、全員の視線が戻る。
「キャプテンの横に誰かいる。あれは……。」
「スタンドの女の子だ!」
その一声でみんながハッとする。
後ろ姿だが、確かにそうだ。
「キャプテンの知り合いだったのか。」
「そういえばあの子のこと聞いたとき、キャプテン知らないとは言わなかったな。」
「どうして教えてくれなかったんだろう。」
少し離れた2人の様子をじっと観察する。
ふと、女の子が笑った。
若林さんはその姿をじっと見つめて微笑んでいる。
「……彼女なのかな、もしかして。」
「……かもなァ。」
あんなに幸せそうな若林さんを前に茶化すことなんかできなくて、みんな言葉少なに笑い合う。
「若林さんのプレイに支障があるわけじゃないし、理由もわかったからもういいか。」
「ああ、俺たちも帰ろう。」
じゃ、と手を振ってそれぞれの家路につく。
翌日からチームメイトの若林さんに対する目が妙に優しくなり、またしても本人に気持ち悪がられてしまうのだった。
いつもの帰り道。
今では若林くんとばったり会うのではなく、待ち合わせをするようになっていた。
「今日の試合は翼くんが大活躍だったね。」
「そうだな。あいつは頭一つ抜けてる。」
「翼くんも若林くんのことすごいキーパーだって言ってたよ。」
「確か同じクラスなんだったな。」
「うん。席替えして隣になったから若林くんの話たくさんしてるよ。」
「そうか。」
少し照れたように笑みを漏らす。
私の自惚れでなければ、若林くんは結構わかりやすい。
初めは真顔が多いと思っていたけど、それはストイックな性格ゆえに感情の振れ幅が小さかったからなのだろう。
気が緩めば、こうしていろんな笑顔を見ることが出来る。
「俺のどんなことを話すんだ?」
「やっぱりキーパーしてるときのことが多いかな。翼くん、サッカー大好きだから。」
「ほお。」
「そういえば若林くんともサッカーのことばっかり話してるね」
「……そうだな。」
若林くんは私の言葉に何か引っかかったようで、少し思案したあと躊躇いがちに口を開いた。
「……鈴木の誕生日はいつだ?」
「ええっ!?ど、どうしたの急に。」
「いや……これだけ毎日のように話してるのにサッカーのことばかりじゃ飽きるだろう。お前の話も聞きたい。」
「わ、私の話!?何か面白い話あるかな……。」
「面白いかだの、そんなことはどうでもいい。なんでもいいから聞かせてくれ。」
少しつっけんどんな言い方だが、気恥ずかしさから来るものだろう。
私から大きく顔を背けていたり、声がいつもより固かったり、ぎこちなさが丸わかりだ。
だが、それがわかったところで私も同じこと。
若林くんに改まって自分の話をするなんて、なんだかとても恥ずかしい。
「え、えーと……誕生日から答えたらいいのかな。」
「ああ。」
そこからは怒涛の質問攻め、とまではいかないが会話の合間合間にポツポツ質問された。
南葛小のメンバーとは仲がいいのか、普段は何をしているのか、好きなことはあるのか……。
分かれ道まで来ると若林くんはどこか名残惜しそうに口を噤んだ。
「じゃあまた明日ね。」
「ああ。」
「……あれ、帰らないの?」
「帰る。鈴木も早く帰れ。」
「う、うん。」
いつもならすぐに背中を向けるのに、今日は何故かこちらを向いたまま立ち止まっている。
背中を見送りたかったんだけど……。
不思議に思いながら少し進んで振り返ってみる。
若林くんはまだその場に立って私を見ていた。
手を振ってみると一瞬戸惑ったように身じろぎ、少しだけ手を挙げて見せてくれた。
見送ってくれてるのかな……。
そう思うと自然と口角が上がってしまう。
若林くんの姿が見えなくなるところまで来ると、そこから家までの道程はせり上がる気持ちのままに走って帰った。
1/2ページ