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『門の前にいる』
手元の画面にその文字が浮かび上がると、急いで外靴に履き替えた。じゃあね、と前を歩くクラスメイトに声をかけ、そのまま返事を待たずに小走りで校門へと向かう。
万里くん、遠回りだから来なくていいって言ったのに。当たり前に思っていた現地待ち合わせの案は、あっさり却下されてしまった。
出会ったきっかけが私がトラブルに巻き込まれた場面だったからか、万里くんはできるだけ一緒に外を歩こうとしてくれる。でもまさか、ここまでしてくれるなんて。
……あれ、いない。
なんなら女の子が万里くんを囲んでるところに突撃するのを覚悟してた私は、息を整えながら辺りを見渡す。
「伊吹、スルーすんなよ」
突然肩と背中に重みを感じ、振り向くと、いつもより眉を下げて目を細める万里くんと目が合った。走った時とは違う胸の高鳴りを感じて、私はどうしようもなく目を逸らす。
「ど、どこにいたの?」
「普通に、そこ。目の前走り抜けてくからビビったわ」
「わー、ごめん。……あの!迎えに来てくれてありがとう」
「まぁ、彼氏だし当たり前じゃね」
ほわぁ。万里くんってすごいなぁ。こういうことをサラッと言えるしできるんだもんなぁ。私はこうやって肩を抱かれるのにも、まだ照れくさい気持ちがあるのに。
彼氏、彼氏。じゃあ私は彼女か。なんて当然なんだけど、まだ信じられない。私は彼女っぽいことできて、ないな。うん、できてない。幸くんや東さんにアドバイスをもらって、前よりは見た目に気を遣ったり、可愛くいようと思ったりはする。けど、万里くんと一緒にいると、いつも好きだなと思うばかりで、気づけば私のちっぽけな策略なんて全部パーになっている。……このかっこいい人に釣り合いたいな。
促されるまま歩き出した私は、そこでふと、疑問が浮かんだ。
「ん?そっちも6時間目終わったばっかりだよね?」
じっと見つめながら言うと、私が何を言おうとしているのか察した万里くんが、瞬間移動しただなんて適当な言い訳をした。
「……咲也くんに聞いてみよ」
「やーめろ。自習だったんだよ」
自習ね。私的にはアウトと言いたいけど、前までギリギリの出席日数だった万里くんが朝からちゃんと学校に行ってるんだから、このくらいは許容しよう。
「デートを続行します」
「続行しないパターンもあるのな」
「その場合は、寮に帰って左京さんお呼び出しの刑ですね」
「うげ。勘弁」
本当に嫌そうな万里くんに、思わず吹き出してしまう。すると、笑うところじゃねぇ、と長い指が私の頬をつついてくる。
私が首を振っても気にせず続けるので、万里くんの背中をバシッと叩く。思いのほか硬い感触に、逆に掌がダメージを受けてしまった。
「痛い……」
「いや、痛いのこっちだからな。まぁ痛かねぇけどさ」
なにやってんだよとため息をついて、万里くんは未だじんじんしている私の手を取った。なんだろうと思ったのも束の間、そのまま指を絡め、いわゆる恋人繋ぎで平然と歩く。
手を繋ぐのは初めてではないとはいえ、私と同じ制服の子が通り過ぎるような場所でするのは、変に緊張してしまう。
「叩いたから、帰るまでこのままの刑な」
万里くんがにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。手の甲に触れる指が、楽しそうに動いている。
刑だなんてとんでもなくて、私だって嬉しいけれど。それより今は恥ずかしい。
「えーと、電車の中でも?」
「もちろん」
「映画館でも?」
「そりゃな」
「トイレでも?」
「……そりゃあ、な」
「ば、万里くん。流石に……」
「……今のは伊吹が悪くね?」
「ふふふ。そっかそっか。え、というか本当にこのままなの?」
「そー言ってんじゃん」
そう口にする万里くんの表情が思いのほか真剣で、単純に会話を楽しんでいた私はまごついてしまった。
私は外は言わずもがな、寮でももちろん他の皆がいるから、その中で万里くんと手を繋いだりくっついたりするのはいつも照れてしまう。だけど万里くんは常にくっついてるし、それは談話室だろうと部屋だろうと関係ない。付き合ってからはさらに距離が近くなって、これは抱きしめられてるよね?みたいな状況で普通に会話を進めてくるから何が何だか分からなくなる。私はむしろ付き合う前の方が気にならなかったし、例えば密さんが私の膝で寝ていても、全然大丈夫だ。簡潔にいえば、意識しすぎてるってことなのだろう。と、分かってはいる。
さっきまでひんやりしていた万里くんの掌が、私の体温が移ったのか、温かくなっていた。そんなことにもいちいち反応してしまうから、お手柔らかにお願いしたいのが正直なところだ。万里くんは緊張とか、してないんだろうなぁ。
「お。臣さんが献立発表してる」
赤信号で止まると、万里くんがLIMEを確認して言った。
「唐揚げだってさ。伊吹の好物じゃん」
「やったぁ」
あ、でも。
映画観た後、夜ごはん外で食べるのかなって、少し思ってた。休日にデートするときは、夜まで外にいることの方が多い。まぁ今日は放課後に寄り道って感じだから、万里くんとしてはそのまま帰るつもりだったかな。
「……夜ごはん一緒に食べたい。寮じゃなくて」
考えるより先に言葉にしていた。
行き交う車の音より小さい程度の声だったのに、ばっちり届いていたようで、私が顔を上げると、万里くんは二回ほど瞬きをしてからふはっと笑った。
「なに食いてぇ?」
「えーっと。唐揚げかな」
「だと思ったわ」
そう言う万里くんは、時々見せる大人っぽい、優しい表情をしていた。
私は胸がいっぱいになって、好きと伝える代わりに、繋がれた手をそっと握り返した。
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