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傷だらけの幸せ

楓の背中が遠ざかっていく。

澪はその場に立ち尽くしたまま、足が動かなかった。手のひらにじんわりと汗が滲む。胸の奥が締めつけられるように痛い。

「……どうしよう」

ふと、ある顔が思い浮かんだ。

***

「……それで、本当にあいつが、別の男と?」

ファミレスの向かい側で、大地が難しい顔をして腕を組んだ。

澪は視線を落としながら、小さく頷く。

「うん……私のこと、『いつの話してんの?』って、笑ってた」

口にするだけで、また涙が出そうになる。でも、今ここで泣いてしまったら、ますます自分が惨めになりそうで、ぎゅっと唇を噛んだ。

大地は大きく息を吐いて、ゆっくりとコップの水を口にする。

「そっか……で、お前はどうしたいんだ?」

「……わかんない」

本当は、わかってる。

こんなの、おかしい。楓が裏切ったのに、それでも私はまだ楓を好きでいるの? どうして?

「別れた方がいいよ」

大地の声は静かだった。でも、その一言が妙に胸に突き刺さる。

「でも……」

「澪」

「……」

「お前、傷だらけじゃん」

言われて、思わず袖をぎゅっと握る。

長袖で隠しているけど、楓につけられた痣は、簡単には消えない。

「好きなら、それでいいのか?」

大地の言葉に、何も言い返せなかった。

***

そのときだった。

ガタッ——

入り口のドアが勢いよく開き、重い空気がファミレスに流れ込んだ。

「……楓……?」

視線を上げた瞬間、心臓が跳ねた。

楓が、店の中にズカズカと入ってきた。

「なぁ、お前、何してんの?」

周囲の客が一斉にこちらを見る。でも楓はお構いなしに、大きな声で続けた。

「俺の女はお前だろ?」

店内が静まり返る。

澪の体が一気に強張る。

「ちょ、楓、やめ——」

言い終わる前に、楓が手を伸ばして、澪の手首をぐいっと掴んだ。

「帰るぞ」

「——痛っ!」

思わず声を漏らす。

楓の手はいつものように強くて、逃げようとしてもびくともしない。手首に爪が食い込む。

「おい、やめろよ」

ガタンッと音を立てて、大地が立ち上がった。

楓はちらりと大地を睨む。

「は? お前に関係ねーだろ」

「関係ある。澪が嫌がってる」

「嫌がってねぇよな?」

楓がぐっと澪の腕を引っ張る。痛みで涙が滲む。

——嫌だ。助けて。

でも、声が出ない。

大地は迷わず、楓の腕を掴んだ。

「やめろって言ってんだよ」

その声には、普段の穏やかさはなかった。
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