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傷だらけの幸せ

澪は、頬に残る鈍い痛みを指でそっとなぞった。じんじんとした熱を持ったそこには、昨夜の楓の怒りがくっきりと刻まれている。

「お前が悪いんだろ」

そう言いながら、楓は最後に優しく髪を撫でて、「でも、俺にはお前しかいない」と囁いた。

その言葉さえあれば、どれだけ殴られたっていいと思った。痛みなんて、すぐに消える。でも、愛してるって言葉は、ずっと残る。

——だから、澪は楓を手放せなかった。

友達がどれだけ「別れなよ」と言っても、全然聞く気になれなかった。だって楓は、最後には「お前がいないとダメなんだ」って言ってくれるから。

それだけで、充分だった。

***

駅前のコンビニで水を買って、店を出たときだった。

何気なく前を見て——澪の足が止まった。

楓がいた。

それだけなら普通だった。でも、隣には——見知らぬ男がいた。

楓は、その男の腕に自分の腕を絡ませて、親しげに笑っていた。

——え?

心臓が、一瞬で冷たくなる。鼓動がバクバクとうるさくなって、息が詰まる。

目の前の光景を、どう理解すればいいのかわからなかった。

「……楓?」

無意識に名前を呼んでいた。声が震える。

楓がこちらを振り向く。

「あ?」

顔を見た瞬間、澪は小さく息を呑んだ。

——いつもと違う。

澪といるときの楓じゃなかった。どこか無防備で、素のままで笑ってる。

「なに、してるの……?」

ぎゅっとペットボトルを握りしめる。

楓は、面倒くさそうに眉を寄せた。

「は?」

「だって……楓は、私に……『お前しかいない』って……」

どうして言葉が出てこないんだろう。喉がひりついて、まともに声が出せない。

「好きって……言ってくれたじゃん……」

楓は一瞬、きょとんとした顔をした。

そして——笑った。

「あぁ? いつの話してんの」

「……え?」

「いや、笑うんだけど。澪さ、そういうの、めんどくさいって何回も言ったよな?」

楓は鼻で笑って、隣の男に軽く肩をぶつけるようにして、「ほら、行こ」なんて言って歩き出した。

——待って。待ってよ。

澪は息ができなくなったみたいに、その場に立ち尽くした。

今、何が起きたの?

何を言われたの?

どうして、こんなに心臓が痛いの?

涙がにじむ。でも、楓はもうこっちを見てもくれなかった。

「嘘つき……」

小さく漏れた声は、誰にも届かないまま、夜の街に消えた。
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