海を仰いで
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イザークとお茶したその翌日の日曜日、エミリアは昨日来店した紅茶屋さんとは比べものにならないほど久方ぶりに潜る門を前にヒヤヒヤとしていた。
「あー、絶対ラクス様怒ってるだろうなぁ…」
そう、アスランの婚約でラクスと顔合わせして以来、友達となった2人はあれから何度も連絡を取り、お互いの時間が合えばお茶をしたり出かけたりラクスのコンサートへ招待されたり、と親睦を深めていた。
もちろんその場にはアスランも一緒にいる日ももちろんあったが、気を使おうとする私を「アスランやエミリアと共にこうして過ごせるなんて、わたくしは幸せ者ですわね」だなんて微笑まれてしまえば会う回数を減らす、なんて気を使う事も出来なくなったのだ。
そんなラクスとエミリアの連絡は徐々に減り、会う事も少なくなった事で何かに気付いたラクスはアスランへ直接聞いたようで、先日そのアスランから「黙ってはいたんだが、すまない…」と謝られた。
何しろラクスは平和を愛する歌姫であり、ZAFT軍の広告塔だ。私が志願したと分かればきっと黙ってないだろう。
そしてアスランのその謝罪はラクスにその事が知れたと言う事だ。もちろん怒る事も出来ないので「いずれ分かる事だったからいいよ」となだめたのだ。
そうして久しぶりに取った連絡でエミリアはラクスからの事情聴取もといお茶会へ誘われ、ここクライン邸へと訪れたのだった。
「まあエミリア、お久しぶりですわね。お元気でしたか?」
「ええ、まあ、ぼちぼちと…。」
「それは良かったですわ。今日会うこの日まで、お怪我のないようにと心配しておりましたので。」
皮肉めいたイタズラっ子のような微笑みに私は「その節はご報告が遅れ、誠に申し訳なく思っております…」と堅苦しく返すほかなかった。
「…怒ってませんのよ?わたくしはエミリアのことを案じておりました。毎日のように連絡を取っていたのにぱたりと止んでしまったので何かあったのかと心配いたしました。」
「そうよね、ごめんなさい。事実忙しかったけどラクス様を蔑ろにした訳ではないの、許してくれる…?」
「そうですね…ではわたくしと今日は目一杯お話してくださいな。そして連絡はこまめにしてくださいね。わたくしはもちろんパトリック様も心配なさいます。」
「お父様が…わかりました。連絡もします。そして今日は一日ラクス様とお茶を楽しむ日とします!」
「ええ、そういたしましょう。」
にっこり微笑んだラクスに続いてピンク色の球体ロボットのハロことピンクちゃんが横で「てやんでーい」と言いながら跳ねている。
ラクスは膝へ乗ってきたピンクちゃんを一撫でした後、紅茶を一口飲んだ。
「…それでは今はアスランと共にZAFTのアカデミーへ通ってらっしゃいますのね。」
「そうですね、アスランと共に入学したのでもう2ヶ月ほど経ちました。」
「短いようですがあっという間ですわね。アカデミーはいかがですか?」
そうして簡単に近況を報告していく。
ラクスは時々あら、まあ!などと相槌を打ちながら話を聞いてくれる。ラクスの話も聞きたいな、なんて思い問いかけようとした時、
「ではエミリア、好きな殿方は出来ましたか?」
「す?!わ、私はそんな人いません!ましてや学びに通ってるのでそんな暇ありません!」
「あら、そうですか…てっきり先ほどからお話に出ているイザーク様と良き仲なのかと思いましたが…」
「イザークは違います。そもそもイザークはエザリア様のところの息子さんよ?私とは本来住む世界が違いすぎるもの、そんな事間違ってもありません。」
そう言い切るとラクスはいいえ、それは違いますよ。と窘められた。
「エミリアとイザーク様のお気持ち次第ですからお家のことは関係ありません。エミリア、貴女はイザーク様のことお嫌いではないのでしょう?では本当の貴女のお気持ちは?」
「私の気持ち…」
そう問われ自らに改めて問いかけてみるものの好きだとか恋だとかは何も浮かばない。しかし少し胸がホッとなるし温かくなった気がした。
「…少なくとも現状はわかりません。ですが嫌いではありません。彼は少しカッとなりやすいようですが他人に厳しいように自分にも厳しい方で、何だかんだ頼まれれば断れないし、己が悪だと感じたことが目の前で起これば黙って見過ごせない、そんなタイプの方です。」
「たくさん見ていらっしゃるんですね、イザーク様のことを。」
「ど、同期としてですよ!そこに特別な意味はありませんっ」
「ふふ、そうですね。では今はそのようにしておきます。」
「もう!ラクス様のいじわる!」
草木や可憐な花が咲き誇るどこまでも手の行き届いた広い庭園の中で、そうして2人は夕方まで積もりに積もった話をして時を過ごすのであった。
ーーー
今日は暖かい日差しだな、とエミリアは窓の外を横目に見ながら授業を受ける。アカデミーへ入学してからもう3ヶ月が経った。外の景色も冬から春に装いを変えた。
そんな私も3ヶ月経てばいろいろな事が変わるもので、気が付けば入学当初からあった私への視線も全く気にならなくなったし、周りも物珍しいモノを見るような目線もしなくなった。
それは少なからず私が普段共に行動している彼らのお陰でもあるが彼らは彼ららしく行動しているだけで何も特別なことはしていない。
むしろお家柄や能力、そして同じコーディネーターの中でも一際目を惹く容姿をした彼らに周りも私も慣れてしまったのだ。慣れとは恐ろしい。
「ヒューストン、この場合での私達が取る対応として正しいのはなんだ?」
突然エミリアに対して教官から問いかけがきた。
それでも内心慌てつつも何も差し障りのないように席を立ち、「人質を取られている場合、まずは情報収集にて敵の要求など情報、そして人質の安否確認を最優先とします。敵を無闇に刺激したり行動を起こす事で人質に何かが起こる可能性を未然に防ぐ為です。」と矢継ぎ早に答え、「その通りだ」と満足げな返事を返されてホッと席に座りなおす。
そのあとは意識を授業へと戻し、何事もなく進んだ。そこで教官から次回の実習について知らせを告げられた。
「明日は以前から伝えていた通り、実地訓練として潜入捜査を行う。お前たちは3つのグループである偵察兼通信班、潜入班、索敵兼突入班に別れて行動してもらう。
何度も言うが今回は実地訓練だ。実際に要人が多く参加するパーティに紛れて今作戦を遂行してもらう。これから配る資料に今までの成績を加味した班分けと主な流れ、簡易的な役割指示や今回の目的と達成、その後の評価について等記載した。
くれぐれも確認は怠らず、失敗のないように。また必要物資はこの後各自に配るから必ず内容の確認もするように。以上だ。」
教官の言葉に一同返事をする。
周りがソワソワと今回の実地訓練についてや班分けはどこになったか、などと気にしている。もちろんエミリアもその1人ではあったが潜入場所がパーティ会場だと聞いて大方の察しがついてしまった。ドレスの貸し出しはあるのだろうか、ラクスと初めて会った時に履いていたパンプスなど取りに行かねば、と周りに聞こえぬよう小さくため息をついた。
教官が教室を出た後、勢いよくラスティがエミリアの元へときた。
「なぁなぁ!どこ配属だった!?俺突入班!」
「あら残念ね、別行動よ。」
「え、どこだった?」
「…潜入班よ。そうだろうとは思っていたけどね。」
「えー!いいじゃん、俺もパーティ混ざりたかったなぁ」
「問題が起きれば嫌でも突入出来るわよ。」
そう答えると「それは起きたら困るやつじゃん!」と文句を零すが決まったことは仕方がない、と早々に諦めもついたようだ。そこへまだ貰った資料を読み切れていない私の元へアスラン、イザーク、ニコル、ディアッカもまとめてセットで声を掛けてきた。
「エミリアは潜入班でしたか?」
「ええそうよ」
「やはりそうでしたか。僕は偵察兼通信班でした。」
「ニコル情報処理早いもんね、妥当な判断だと思うわ。」
「俺とイザークはお前と同じ潜入班だぜ。」
「俺はラスティと同じようだな。」
「なるほどね、このクラス10人だし3:4:3で班割りしたのね」
「そうみたいだな。…しかしエミリアは潜入で大丈夫か?」
「なにそれ、アスランは私じゃ不服ですかー?」
「違う。お前は曲がりなりにも女性だから潜入班なのは危険じゃないか?と心配しているんだ。」
「それなら心配いらんだろう。こいつはこの特進クラスの男共の中で一番腕っぷしが強いからな。」
「それどういう意味よ!」
何故か突っかかる言い方をしてくるのでついカチンと来てしまったが事実なので否定しきれない。
話によるとアスラン・ラスティが索敵兼突入班、ニコルが偵察兼通信班、エミリア・イザーク・ディアッカが潜入班のようだった。
「ま、俺はパーティ楽しめて女の子と話せるからいいんだけどね」
「ディアッカ!これは任務だ、遊びではないんだぞ!」
俺の足を引っ張るなよ、ともとれる剣幕でディアッカに言うイザークとそれに「はいはい、ちゃんと仕事もしますよー」と適当に流すディアッカ。
しかしアスランが突入班なのは意外だ。てっきり潜入班かと思った。
逆にディアッカとニコルは適任だといえる。ニコルは先ほども言ったが情報処理に長けているし落ち着きある彼だからこそ彼から指示をくれるというのは助かる。
それにディアッカは入学翌日には冗談交えて話しかけてきたそのコミュニケーション能力の高さ、そして女性の扱いに慣れているのだろう。パーティやそういう場には彼の目立つ容姿も含めてとても良い判断だと言える。
ラスティはその陽気な笑顔があれば溶け込むことは可能ではあるだろうが少し甘くみるところや土壇場での判断に欠けるところがあるので適任とまでは言えない。
アスランはもちろん何でも器用にこなすのでどの班でも申し分ないだろう。
…しかし問題はイザークだ。ないとは思うが彼が女性の扱いや目上の人にキレないかヒヤヒヤしながら任務をこなさなければならないのか?それは困る、非常に。
そして私が潜入班に選ばれたのも恐らく女性として潜入出来るのは相手にもこちらにも良い事だしアドバンテージが違う。また何か不測の事態に陥っても私ならばイザークが言うように男の一人や二人のしてしまうからだ、適任としか言えない。
出来ればそういう場は不慣れなので行きたくないが今後も踏まえて任務ならば仕方ない。そう思いながらやっと資料を読んでいく。
内容はとある人物が今度ある物を手引きし、他の者へ渡すようなのでその日取りと相手、そして物の現在の所在を調べること。…とあった。
内容を見る限りつまりはその人物が参加しているこのパーティに私たちが潜り込みその情報を聞き出す、というわけだ。初めての実地訓練にしては随分と聞き出す情報が多く骨の折れそうな話だ。だからこそ潜入班が3人なのかもしれないが。
しかしその人物は男性ではなく女性のようだ。ならば私が潜入するのは正直意味がないのでは?と思うがまぁ多方面から情報を聞き出せる可能性を高めるのは悪いことではない、と自身を納得させた。
その他必要な物資を貰うはずだが潜入班には潜入道具や衣服のほか仕込み武器も与えられるようだ、後で受け取らねば。ドレスの持ち合わせが今はないので嬉しい限りだ、と先ほどの心配が気宇となりほっとしながらもページも読み進めていく。
すると案の定イザークが話しかけてきた。
「俺の足を引っ張るなよ、エミリア」
「誰に言ってるの。少なくとも乱戦になったら貴方よりも使い物になるわよ」
「俺エミリアのドレス姿も楽しみだなぁ」
「おい、さっきも言ったがこれは遊びではないんだぞ!」
「そうよ。それに私のドレスなんて見たって何の得にもならないわよ」
「そうだ、このチンチクリンに期待するだけ無駄だぞ」
「だからイザークは私に何か恨みでもあるの?!」
「イザークはこれでもエミリアのこと心配してんだろ」
そんなことはない!などと怒鳴るイザークに私もそんなことは流石にないだろう、と話も早々に必要なものを受け取るために「じゃあね」とみんなより一足先に教室を出て武器等の貸し出しがある実習準備室へと向かった。
部屋へ着くと先ほど授業を行っていた教官がいたので挨拶と実地訓練で使う物を受け取りに来た、と伝える。
「あぁ、ヒューストンか。そこに用意してあるから持っていけ。それからお前は潜入班だから当日は潜入前に準備としてフィッティングルームに行け。そこでドレスなんかの用意や髪などもやってくれるぞ。」
「そうなんですね、不器用なのでありがたいです。」
「あとお前も女だから任務とは別で、何か良からぬことを考える輩にも気を付けるんだぞ。」
「…お気遣いありがとうございます。」
そう簡単に会話を交わし、物資も受け取り寮の自らの部屋へと戻っていった。
―――
そして翌朝から実地訓練が始まった。ニコルを含めた偵察兼通信班は既に偵察組として現地近くに止めたフェイクのトラック内でその人物について調べ始めている。実際にパーティが始まるのは夜からだがマークする人物を確認、その人物の行動をあらかじめ捕捉しておくためだ。
アスランやラスティの索敵兼突入班もその人物周辺へと実際に調べに行っている。
私を含めた潜入班はと言うと潜入前から顔がバレて詮索される訳にもいかないのと潜入前に準備が必要なのでエミリアはこうしてフィッティングルームへと赴いたところであった。
「失礼します。パイロット科特進クラスのエミリア・ヒューストンです。本日夜からある潜入捜査のため、こちらで衣服を借りるように、と言われたのですが…」
「あら、貴女がエミリアさんね。話は聞いてるわ。さ、時間もないから準備するわよ。」
「お、お願いします。」
少し恰幅のいい女性にハキハキと話を進められ圧倒されつつも自身も部屋の奥へと進んでいった。
ーーー
夜になりパーティ会場に到着したイザークとディアッカはもちろん正装で現れた。しかし会場内には不思議と男性たちしかいないようだ。
貰っていた資料にはパーティとしか書いてなかったので何かあるのか、と思うがそれにしても怪しい。そこも含めて状況判断が問われるのか、そう考えながらもイザークはエミリアがまだ会場にいないことに気付いた。
「おい、アイツはまだなのか」
《もうすぐ着く頃ですよ、ターゲットと合流してもう出たようなので》
「はぁ!?アイツは何しているんだ!」
「イザークはなんだかんだ気にしいだよなぁ」
「うるさい、何か問題を起こされては困るだけだ。」
「はいはい、そういうことにしておきますよ」
《連絡遅れてすみません。今回のパーティは男性のみしか参加出来ないことが先ほど調べで分かりましたので急遽、エミリアにはターゲットの付き人として既に潜入してもらいました。》
「それでまだエミリアの姿が見えないのか。」
「アイツで大丈夫なのか?」
「まぁ大丈夫だろ、エミリアだって“赤”着てんだからさ。」
そう雑談を挟みつつも今日の任務内容を脳内で反復していく。情報を聞き出す、という人物もまだ表れていないが恐らくそいつもエミリアと共にそろそろ来る頃だろう。手元の腕時計で時間を確認するとインカムが飛んできた。
《ターゲット、並びにエミリアが会場に到着したようです》
「「了解」」
2人は自然な動きで入り口へ身体を向ける。会場内の人が多いので直接入り口までは見えないがその他の人の反応からターゲットが入室したことが分かった。
そちらに数歩足を向けるとターゲットは資料に合った通り女性のようだ。煌びやかなドレスを身にまとった見るからに箱入り娘、という雰囲気だ。
周りにボディーガードも数名ついている。しかしニコルのインカム通りなら傍にエミリアが付いている筈だがどこだ?
イザークらは姿の見えないエミリアを視線の端に捉えようとしながらターゲットの動きに注視する。そこに別のインカムが飛んできた。
《こちらエミリア、無事ターゲットと共に会場に到着。ここからは付きっきりになるからよろしく。》
手短にエミリアのインカムで会場入りとインカムがタイミングによっては返せないということを知らせてきた。しかしその当の本人がイザーク達には分からない。
「おい、貴様どこだ」
《…ターゲットに話しかけるからそれで確認して。》
エミリアがお付きである事はわかっていたがわからないのでは行動しづらい。そこで誰かわかるように、と促すとターゲットに話しかけることで自身を判別しろ、と要約できる返答が来た。
すかさずターゲットを見るとエミリアより幾分か背丈の高い黒いスーツを身にまとい、ショートクラウドマッシュで前髪半分は掻き上げた爽やかな風貌の若い男性がターゲットに話しかけていた。
「ミシェル様、宜しければお飲み物お持ちしますが何がよろしいですか?」
「私白しか飲まないの。とびきり美味しいのをよろしくね。」
「かしこまりました。」
数言会話するとターゲットから離れて行ったエミリア。イザークはちらりと数歩離れた先にいるディアッカの様子も見ていると彼も唖然としているようだった。
《…俺、エミリアちゃんのドレス姿楽しみにしてたのになぁ》
《今僕も確認したんですが男の僕たちから見ても大変様になってますよね》
「無駄口叩くな、作戦始めるぞ!」
声は小さくとも語気の強めた言い方をしたイザークの発言で全員短く“了解”と返し各々行動に移っていった。
(私は凄く複雑なんですけど…)とエミリアは思うも視界の端に捉えたイザークとディアッカを見て安心した。付き人である私が失敗してボロを出すわけにはいかない、と改めて少し着崩れたジャケットをピンっと正す。
ターゲットのミシェル様の付き人らしく振舞わなければ、と考えながらエミリアは会場内を歩く給仕からドリンクを1つ受け取り、ミシェルの元へと戻っていった。
さぁ、作戦開始だ
ーミッションスタートー