海を仰いで
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週明け後、手首に湿布と軽く包帯を巻いて行くとおはようと挨拶した拍子にアスランに目敏く発見され「どうしたんだ、この怪我!」と言われた。
相変わらずお前は私のお母さんか、と言いたくなる気持ちを抑えて「なんてことないよ、扉にぶつけてしまっただけだから気にしないで。問題なく授業も受けられるから。」と言うも「そういう問題じゃないだろう…!」と怪我をしてる本人よりも慌てた様子でどうしたものか、とアスランは思考を巡らせる。
そのアスランの横を本当に何でもなさそうにあしらい通り抜けてエミリアは目的の人の元へ行く。イザークの席まで行くと朝からなんだ、と言わんばかりに睨んできたが気にせず話しかける。
「おはようイザーク、これありがとうね。私が持ってるわけにもいかないし返す、助かった。…あ!きちんと洗ってあるけど嫌なら自分で捨ててね。じゃ、そういうことで。」
そう言いたいことだけ言い切ってハンカチだけが入るには一回り大きめの紙袋を半ば無理矢理押し付ける。
すると「いらんぞ、おい!!」などと背後から声がかかるがタイミングよく次授業の教官が教室へ入ってきてしまったため、渋々イザークは紙袋片手にそのまま席に着席した。
一連の流れを見ていた同じクラスの人たちは今まで顔を合わせれば口喧嘩か摸擬戦をして競っていた二人に何が起きたのかと目を丸くさせるのであった。
因みに、押し付けるようにはなったが中身は私が一番好きな紅茶屋さんの茶葉。それからイザークはよく資料室で何か本を借りてたようだから「こんなもん使えるか!」と捨てられたらそこまでだがまぁ気持ちだし、ということで栞も入れた。
デザインは海辺に反射した星が多く浮かぶ夜空、とても綺麗な写真を切り出したようなシンプルな短冊形の物だ。
この栞と茶葉のセットは「これでたまには本読んでるときにでも茶しばいて休んでくれ」といった感じだ。
ここまでキッチリとお返しをしたワケだが、先日の公園の事もあるが入学式前日の食堂でのこともなんだかんだお礼をしていないじゃないか、と気付いたのだ。
そこでハンカチを返す、という口実もあるので日曜日に用意したのだ。…だがこれでもこの内容に決まるまで街で一悶着あった。
ーーー
「…あいつって何なら喜ぶの?」
そうと決まれば、と意気揚々とエミリアは街へ出てきたが考えてみるものの全く分からない。普段同じ授業を受けてはいるが全く彼の好みが分からなかったのだ。
好きな物、食べ物、色、趣味など…考えるがさっぱりだ。仕方なくアカデミーで使う物にしようか、とも思ったがあの彼が使うものに困っているわけもなく、渡しても使わないだろう。
じゃあ何を渡すか、と悶々としていたところで本屋の前を通った。
店前にはいろんなタイトルのポスターなどが並ぶ中、ふと思い出した。彼はよく授業や実習の合間に資料室で本を借りていた。
何故知っているかと言えば彼はよく本を持っていたが度々タイトルが違うものだったし、ディアッカがお昼に食堂へ行こうと誘ったところ「資料室へ行くから先に行ってろ」「またかよ、物好きだね~」と話していたことがあった。
その話から彼は恐らく頻繁に資料室で本を読み、借りる事が多い人間なのだろうと思ったのだ。
しかし流石に本を贈るのは好みやジャンルがあるから難しい。そう思いつつも何かないか、と本屋を覗いてみると本に使うアメニティも多く取り揃えられていた。
そのまま店内へ足を踏み入れると文房具、ブックカバー、栞、など多く取り揃えてあった。
先ほども言ったが彼は使うものには拘りそうだし困りもしてなさそうなので文房具は脳内で真っ先に却下。
ブックカバーも実際にはとても実用的で店内POPにも「プレゼントにぴったり!」などと書かれているがどんなデザインを好むかわからないし、彼が使うとしても本の表紙に掛かるからよく目に入るものだ、きっと気に入った物を使いたいはず。
それに本を頻繁に資料室で借りているならば返すのも頻繁ということだ。何度もわざわざカバーを掛けるのは面倒だろう、私なら面倒だ。
そこまで考えて今度は栞が目についた。
これならば本の間に挟むのでデザインはあまり見えないしブックカバーほど大きくもないので悪目立ちもしない。もし不要でも捨てやすいだろう。
そう考え栞のコーナーを物色すると様々なデザインがあった。その中に星のデザインの物も多くあった。
前から星モチーフが好きなので自然と目についてしまう。しかし彼が星モチーフを使うには可愛すぎるだろう。想像すると申し訳ないが笑えてくる。
するとその中に夜空の写真のような短冊形の栞があった。これならばそこまで可愛い物でもなく、写真のようだが編集して水彩で描いたような暈しがありとても素敵だ。
これ以上悩んでいても埒は明かないし彼の好みなど分からないのだから私が良いと思ったものにしよう!と思い気が変わらぬうちに、と会計を済ませた。
…しかし、いざ店から出て来てみると栞は安価すぎるしお礼にしては何か物足りない。買う物間違えたかな、と頭を悩ませるがこれといった名案も浮かばない。
渋々歩き疲れたのもあり、足と頭を休ませるために最近アカデミーに籠りっきりで行けなかったお気に入りの紅茶屋さんへ来た。
ここはカフェも併設しているのでそこで休ませてもらおう。店に着くとアールグレイとカヌレを注文する、私のお気に入りのセットだ。
店員からトレーを受け取り空いているお気に入りのカウンター席へ置き自らも着席する。
席に着いて早々に紅茶を一口飲む。甘いものが生前より好物だったがここの紅茶は砂糖なしの方が美味しいことを知っているのでそのようにして飲む。「あぁ、懐かしいなぁ…」とほっと一息いれる。
先ほども言ったがこの店には母ナターシャとよく来ていたがあの事件後はほとんど来ていなかった。本当に久しぶりに来たが紅茶も店員さんもお店も何一つ変わらず安心した。
そう考えながらカウンター席から店外の人々を観察する。何も考えずにぼうっとするのがこれほどまでに心地よい店は中々ないので幼少より気に入っていたが、最近根を詰めて実習や授業を受けていたから凄く疲れたな、と肩の重さと共に改めて感じた。
一息ついたところで今度はカヌレも食す。程よい甘さとカヌレにも紅茶を練りこんであるので仄かに香るのがとても美味しいし大きすぎないところもまたいい。そう一口二口食べ進める中ふと気付いた。
彼も人間なのだからきっと実習続きの毎日では疲れるだろう。しかし彼はきっと周りの期待と自分自身のプライドで休むということはしないだろう、それこそ誰かに言われなければ。
まぁ私から言ったとしてきっと休憩を取ることはないだろうから渡すだけ渡して促すくらいはいいだろう。
そう思い、再度売り場に行き私のお気に入りの紅茶の茶葉をプレゼント用に、と包んでもらった。
…そうしてなんだかんだと彼に合うものを吟味したつもりだったが結果的には私の好みの物を押し付ける形となってしまった。
受け取った当の本人は座学の授業中何やら不機嫌の塊、といった雰囲気を纏っていたがそれまた予想通りではあったのでその授業後は突き返されぬようエミリアはその日徹底してイザークを避けまくったのだった。
―――
数日後の週末、イザークはまた母エザリアに呼び出されて実家へと返ってきていた。どうせまた見合いの話だろう、ともう人生何度目かわからない溜息を零しながら家の門を潜って部屋へと入ると「あら、早かったわね。おかえりなさいイザーク」と紅茶を飲みながら何かの記事を読んでいたエザリアが久々に帰宅した我が子に微笑んでいた。
その姿を見るとイザークはお決まりの台詞といった様子で「ただいま帰りました、ご無沙汰してます。」と丁寧に挨拶をし、母の前まで行く。
そのまま徐に母の前に一つの紙袋を出す。エザリアは自身へ渡しているのだと察しすぐにこれを受け取る。
もちろんなんだろうかと思い「どうしたの?これは?」とエザリアが聞くと、少しと言うよりはだいぶ苦虫を噛み締めたような顔つきで答えた。
「…これは先日アカデミーの奴から貰いました。ただ私はこういったものはあまり詳しくないので紅茶がお好きな母上に差し上げようと思い、持ち寄りました。」
「まぁ、そうだったのね。でも折角もらったのなら貴方も味わいなさい。早速紅茶を入れさせましょう。」
ありがとうね、と言って侍女にその茶葉を紙袋ごと渡して紅茶を待つ。
自身も飲むつもりはなかったが母が言うようにプレゼントを受け取ったのにも関わらず自身は手を付けず、ましてや人にあげたというのは不躾だろう。
もらった人物も礼だと言っていたし母ももう用意させている、そのまま見合いの話が切り出される前に退散したいところだったが仕方なくエザリアのすぐ横の席へとついた。
数分後には侍女が早速先ほどの茶葉で紅茶を淹れて持ってきた。
ティーカップへ静かに注がれる紅茶に「あら、いい香りね」と飲む前から感想を零す母を見て経緯と出所はさておき母上好みなようで持ち帰ってきて良かった、とイザークは思った。
エザリアはカップをとり、一口飲むと「まぁ!これとても美味しいわね」と好みの紅茶だったようで上機嫌だ。
その姿を確認してからイザークも一口飲むと口に広がる甘さと香りが程よく、そして体が温まる感じに喉を通過させてからほっと一息出た。
「そうですね、とても美味しいです。」
「貴方が気に入るなんて珍しいわね。私も気に入ったわ。今度その茶葉買いに行きたいからこれをくださったお友達に聞いてくれる?」
そう言われてわざわざアイツに聞くのか!とも思ったが母上が気に入って店を聞くぐらいいいだろう、と思い「今度、聞いておきます…」と渋々言う。
「こんな素敵な紅茶を選べるのだから素敵な方なんでしょうね。そうだわ、今度家へ呼びなさい、歓迎するわ。」と紅茶一つでえらく気に入ってしまったようで内心焦ったが断る理由もなく、
「…わかりました。」と告げると「きっと女心も良くわかるんでしょうねぇ、貴方ももう少し女性に…」とこの手の話が来てしまい、適当ながらも相槌を返していくのであった。
―――
週明け後、母から頼まれているとはいえエミリアに紅茶の店を聞き、そして家へ招かなければならない事にイザークは頭を悩ませていた。
最悪家へは多忙で来られない事にすればいい。しかし紅茶は母も気に入り今後も飲みたいだろうこと、そして店を聞くくらい普通の友人相手にならば容易に出来るであろうこと。
聞かなければそれはそれで母の機嫌を損ねる事になるが自身のプライドがエミリアに聞くというのが素直に出来ないことも事実だ。
…しかし見合いの話を延々とされること、少しでも母の機嫌よく先延ばしにできる可能性があること、どちらを天秤にかけるかは言わずもがなであったため、こうして朝から葛藤しつつも聞くことを決意したのであった。
ともあれ紅茶の店を聞くだけだがどんなタイミングで聞けばいいのか全く分からない。勉学のことや実習の事ならばそれらしくも見えるが自分からその手の話題をわざわざエミリアに持ちかけることも無ければ聞く必要もない。
ましてやディアッカ達がいる教室で聞くのもあとあと寮へ戻ってから質問責めになるに決まっている。どうにか聞き出せないものか、と再度頭を悩ませていたがそのままその日は授業も難なく終えて一日が終了してしまった。
一方、エミリアは朝からずっと睨んでくるイザークに寒気がしていた。
私はまた彼の気に障るようなことをしてしまったか、いや元から彼は何にでも気が振れやすいタイプだ、今回は私じゃないかもしれない。などと考えるがよくよく思い返してみると先週彼にお礼と称して紅茶や栞を渡していたことを思い出した。
もしかしてそれが気にくわなかったのかもしれない、でもそんなことでわざわざ睨むだろうか、と思いつつも思い違いかもしれないし「まぁ、また何か文句があれば向こうから吠えてくるだろう」と結論付け、その後の授業に取り組んだ。
数日後の夕方、射撃場で居残り練習をしていたイザーク。
ここ最近集中して授業へ取り組めていないことで先日、今日この日まで負けなしだったこの射撃もアスランに得点を抜かれてしまった。大変気にくわない。
それもこれも全部アイツのせいだ!と未だ店の名前を聞けてないことをエミリアのせいにしながら射撃場で邪念を的にして籠って撃ち続けていた。
数分後、少し気が紛れたので休憩するか、と銃のセーフティーをかけ耳当てを外したところで声がかかった。
「あら、今日はもう終わりなの?」
振り返るとエミリアがイザークの後ろから何の気なしに声を掛けてきた。
「き、貴様~~~~!!!」
思わずここ数日の悩みの種である張本人を前にし声を荒げるも当の本人は「え、なになにっ、私なんかしたっけ!?思い当たる事しかない!」と慌てていた。なんてタイミングがいいのだろうか。
今この場には同級生のやつらも教官も誰もいない。これを逃したらもう聞き出すタイミングはない!そう思うか否か猛スピードでエミリアに詰め寄る。
「なになになに!?怖いんだけど!」と手を前に出してあわあわと謎の動きをするエミリアへ言い放つ。
「紅茶の店はどこだ!」
「あー!ごめんなさい!実はあのプリン食べたの私です……、え?紅茶の店?」
「そうだ!早く教えろ!」
「デ、ディセンベルの街にあるTea‘sってお店だけど…もしかしてここ最近私を睨んでたのってそれ?」
「Tea’sだな、わかった。…というかやはり貴様があのプリン食べたんだな!ディアッカだと言っていたではないか!」
「だって!プリンだけ残してたから食べないのかと思って!…というか紅茶の事で何もあんなに睨まなくても…」
「うるさい。こうして話しているだけで奴らは横で囃し立てるだろう。それが面倒だっただけだ。」
「あーなるほどねぇ。プライド高いイザーク様が例え紅茶とはいえ人に聞くのが嫌だったのかと思ったよ。」
「ぐ…」
そういうとそれまた図星と素直に顔に書いてあるイザークを見て「そっか、あの紅茶気に入ってもらえたんだな」とエミリアは嬉しくなる。
「あのお店ね、私のお母さんが好きで昔よく一緒に行っていたお店なの。…今はアカデミーにいるし忙しくて全然いけてないんだけどね、どうぞご贔屓に。」
なんて少し眉を下げてエミリアは残念そうに言うが別段気にした様子もなくイザークは小さく「あぁ」とだけ返した。
その日の夜、イザークは早速母エザリアに連絡し、紅茶の店を報告した。
すると今度は「お店の場所がわからないわね、今度連れて行ってもらいなさい。」などと言われ断ることも出来ず、再度イザークを悩ませることとなるのであった。
ーーー
更に数日後の週末、イザークは最終手段だ、とでも言わんばかりにここ、ディセンベルへとやってきていた。
あのままエミリアに店まで案内してもらうのも癪だし、そうして街を歩く理由も別段ないのにその姿を目撃されても後々面倒だ。
そう思ったイザークは店がディセンベルにある、ということだけでもわかっていることから一人でその店を探すために来ていた。
わざわざ貴重な休日に何故この俺がこんなことを!とは思ったが母には逆らえないので渋々店を探すためターミナルから出て繁華街の方へと出た。
街とは言っていたが果たしてどこにあるのだろうか。きっと紅茶などに詳しくもない自分があれだけ美味しいと感じた紅茶なのだから店も有名でさぞ混んでいるに違いない、と予想して大通りをメインに捜し歩いていく。
…だが、歩けども歩けども一向にその店は見つからない。そもそも情報が「ディセンベル」にある「Tea's」という店だ、という事しか知らないのだ。
あの時もっと詳しく聞いていればよかった、と過去の自分へ悪態をつくも店が見つかるわけでもないので気持ちを切り替えて再度捜し歩き始める。
しかし一向に見つからないまま夕方になり、街の広さと店の多さ、そして自身の情報収集の足らなさにも最早怒る気にもならない、といった気持ちで路地を歩き続ける。
もうディセンベルで知らない店はない、という程に歩き尽くしたのではないか、と思いながら歩き続けると向かいから見覚えのある女性が歩いてきた。
「あれ、イザークじゃん。こんなところでどうしたの。」
奇遇だね、なんておどけて手の平をひらひらさせて言うエミリアにいつもならば文句の一つでも言っただろうが疲れてそれすらも出てこなかったイザークはそのままエミリアへ詰め寄る。
「おい、あの紅茶屋へ案内しろ」
「え、いいけど…もしかしてわざわざあのお店を探す為にディセンベルに来てたとか…?」
「~!悪いかッ!!言っておくが母上があの紅茶を気に入ったからだからな!」
そう顔を赤くして奮起する姿にエミリアは「言ってくれれば教えたのに」と笑うので更にイザークは気を悪くし、もういい自分で探す!と歩き出そうとしたがエミリアに腕を取られて止められた。
「あー笑った…ごめんねイザーク。理由はどうあれ嬉しいよ。…そしてそのお店なんだけどね、もう着いてるよ。」
何のことだと振り返るとエミリアが横を指さしていた。その方向を見ると目の前に看板にTea'sと書かれた店がそこにあり、いつの間にか辿り着いていたことにやっと気付いた。
「このお店大通りから外れてるから結構穴場なのよ。良く見つけたね。」と言われるも既に自らのプライドから場所を聞かなかったことで今日一日何時間も悪態をつきながら歩き回ったことなどエミリアには口が裂けても言えなかった。
「私も今日自分用に紅茶買いに来たところなの。こないだ一緒に自分の分も買っておけば良かったけど忘れちゃって。」
そう話しながらエミリアは店内へ入っていく。当初の予定とは大きくかわったが自身も目的としていた店だったのでエミリアがいて気まずさはあるがイザークもあとを追うようにして店へと入っていった。
店内へ入ると紅茶のいい香りがした。香りのする方向を見るとカフェスペースも併設しているようだった。
そんな俺の様子を見た店員が「いらっしゃいませ」とテンプレートと化したお決まりの台詞を言う。
「私このお店の紅茶とカヌレ好きなんだ~。カトレアさんお願いね」
「エミリアちゃんいらっしゃい、いつものね。用意するから少し待ってね。そちらの彼氏さんはどうされます?」
「やだなぁカトレアさん、この人は同級生だよ~彼氏じゃないの。」
「あらそうなの残念。でもよかったらゆっくりしていってね」
そう自身を抜いて勝手に話が進むので否定も何も出来なかったがエミリアに彼氏じゃない、と言われると何故だかそれはそれで腹が立つ。
店員の立つショーケースの前まで行き、「俺も同じ紅茶を。」と告げてそれとは別に持ち帰りで茶葉も頼んだ。
そのままエミリアの会計もまとめて済ませると横から「いいのに!お礼の意味無くなっちゃうじゃん!」と言われたが例え付き合っていない男女であっても茶の一杯も奢れぬ男はあまりに格好がつかないし、それはイザークのプライドに反するのだ。
黙って席で待ってろ、と伝えるとエミリアはまだ少し文句がある、といった顔をしたが「…そう?じゃあお言葉に甘えて」と素直に隣接するカフェスペースへと消えて行った。
店員から「きっと奥のカウンター席にいるわよ」と言われてトレーを受け取りエミリアを探すと店員の言う通りカウンター席に座っていた。
ここまで来てわざわざ別席に行く理由もないので大人しく紅茶等が乗ったトレーをエミリアの前に置き、イザーク自身も隣の席へ座る。
「わざわざありありがとうね。お礼した意味なくなっちゃった。」
「ふん、こんなのお礼の内に入るか。お前も女なら大人しく奢られていろ。」
「そういう男女差別よくないなぁ、ナイフ戦負けっぱなしのイザークくん」
「お前は~!大人しく礼だけ言っていればよいものを!」
「あはは、ごめん、ウソウソ。本当に感謝してるよ、ありがとう。なんかこうして話すことなんてなかったからちょっと嬉しいな、って思って。」
「お前たちは普段から教室でも騒ぎ立てているだろうが。」
「あれは教室で、でしょ?完全にプライベートでこうしてお茶飲むのも話すこともないな、って話よ。」
「ふん。アカデミーに通い、今後戦地へ行くのに馴れあってどうする。」
「そんなことないよ。だって仲間なんだからコミュニケーションとっておくのは悪いことじゃないでしょう?」
そうエミリアに言われて確かに、とは思うが今の現状を誰かに見られたらどう見ても俺たちをそういう仲だと誰もが思うに違いない。
それは気にくわん、と先ほどとは全く逆のことを思いながらもこの店の雰囲気が落ち着くことも事実で、ゆっくりと紅茶を楽しむように飲んでゆく。
そもそも上機嫌のエミリアと会話するために席で休んでいるわけではない。元々はどこかのカフェへ入り休憩をとろうと思っていたのだ。
結果的に目的地に着いたのだが歩き疲れていることも事実で、休憩するため思い出したように手持ちの小さなバッグから書籍を一冊取り出すと早速エミリアが食いついてきた。
「そうだ、前から思っていたけどイザークって意外と本の虫よね。何をそんなに真剣に読んでいるの?」
「どうせお前に言ってもわからぬことだ。黙って茶でも飲んでろ。」
「酷いなぁ…ふーん、それ民俗学か何か?…二ホンについてねぇ…」
「お前も馬鹿にするんだろう。放っておけ、俺が好きで読んでるんだ。」
そうエミリアとは逆の方向へと身体ごと向けるとそんなことないよ、と言われる。
今までディアッカやラスティなどこの手の内容に関心を持つものはいなかったし「俺が読んでも1ページでリタイアしそうだわ」と言われたのだ。エミリアもきっと気を利かせようと話を合わせているだけだろう。
そう考えていると「私、二ホン好きよ。あそこはいろんな文化や風習があったし二ホンの女性は奥ゆかしいっていうしね。」小説なんかも多くあるけどどれも素敵な詩や句を読んでると思うわ、などと語りだした。
「…お前、本当に好きなのか?」
「当たり前でしょ〜。二ホンの食文化や着物とか衣服も素敵だし。私は特に祭りが好きかな、その中でも七夕祭りが好きよ。」
「七夕祭り?なんだそれは。」
「え、うーん…所説あるけど一番有名な説話は星の話になるんだけどね、昔はアルタイルとベガの事を二ホンでは彦星と織姫と呼んでいたの。彦星は牛飼い、織姫は機織りで反物を織っていてお互いそれを仕事にしてた働き者でね、後にその二人は天帝のお許しを得て夫婦となるの。
その後もそのまま続けば良かったんだけど2人ともお互いを好きで夫婦生活が楽しすぎるあまり仕事を疎かにするようになってしまい、
天帝のお叱りを受けて天の川と呼ばれる星々で出来た川を隔てるように離れ離れにされてしまった。
なんとか2人は会いたくて仕事を頑張るんだけど中々会わせてもらえなくて…。後々2人の姿を見兼ねた天帝があまりに可哀想だ、と年に一度7月7日にだけ天の川へ橋を架け、2人を引き合わせた。
…ってのが一番一般的に言われている七夕説話ね。そこから7月7日には七夕説話にあやかって五行色が用いられた飾りや短冊に技芸上達の願いを込めて願い事を書いて笹へ飾る風習が付いたのよ。」
「…お前、詳しいんだな。」
「このぐらい当たり前でしょ、知らない方が凄いけど。」
そこまで言ってからエミリアは気付いたが自分は生前に日本で暮らしていたのだから自身にとっては当たり前だがこの世界の彼らはそれが当たり前ではないのだ。やってしまった…!と気付いき慌てて訂正しようとしたが…
「そうか、そんな説もあったんだな。その風習についても時代の流れで実際の内容とずれていったところも興味深いし面白い。」と、驚くどころか納得していたからエミリアは拍子抜けした。
今後は気を付けねば、と思いながらも、「…まぁ私もたまたま本で読んだだけなんだけどね!」と申し訳程度に付け足しておいた。
その後も文化や風習について聞かれるものだからイザークは変わっているなぁ、なんて二ホンについてアレコレと聞いてくる姿に少し呆気にとられながら覚えている限りで受け答えしていった。
ーーー
「…ん?もうこんな時間か。おい、帰るぞ。」
「え、もうそんな時間なの!?明日は朝早いのに~!」
「今から急いで帰れば問題ないだろう。プラントへ着いてからは寮まで送ってやる。」
「本当イザークって心配性だよねぇ…ま、助かるからいいんだけど。」
「何か言ったか?」
「なんも言ってませーん。さ、帰ろ!」
そう言って席を立った。それを見ていたイザークも手元の本を閉じた。その際ページを閉じる時に紅茶と一緒に渡した栞を挟んでいるのが見えた。
受け取る時にはなんだかんだと言っていたが使ってくれているんだな、とエミリアは嬉しく思いながら店を出る。
数分歩き空を見上げると綺麗な夜空が広がっていた。
「ねぇイザーク知ってる?七夕の日に雨が降ると天の川が増水して織姫と彦星は会えなくなると言われているの。…今年の七夕も晴れるといいね。」
そう言うと「そうだな。」と簡単ではあるがエミリアと同じように夜空を見上げながら答えてくれた。
正直この先の戦争でイザークが死んだかまでは覚えていない。それでもイザークと歩きながら戦争なんてなければと思うが、大切な人たちを守るためにも私が強くならねば、必要な事なのだと改めて決意を固くしたのだった。
また来年もこうして星を見れたらいいのに、と思った。
ー天の川にひとくち零すー