海を仰いで
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「…新しくこの場所で過ごす日々は君たちとって必ずや良いものとなるでしょう。」
教官や先生が教団で話をする。もうかれこれ1時間は経った。こういった挨拶は長いだけであまり中身はないと思っている質なので寝入ってしまいたいところだが私の纏っている服のせいかこの場所のせいか、そういう訳にもいかない。
入学式は順調に進んでいく。先ほど新入生代表として主席入学したアスランが挨拶をし終えたところだ。贔屓目で見てもアスランは目立つし整った顔立ちをしていると思う。入学早々既に目立っている彼はそれはそれは女子にモテるだろうな。
無用なことを考えていたらもう式は終わったらしい。教官の指示の元、各自指定された教室へ向かう。行き着いてみると案の定同じ赤い制服を身にまとい、先ほどまで教団上で挨拶をしていたアスランが既に指定された番号の席へ座っていた。
私が教室へ入ると生徒たちの視線が一気に私へと向けられる。目立ちたくないのになぁ、とは思うものの察してはいたがこの上位10位内に入った者のみで編成されたクラスであり、パイロット科の特進クラスには女子は私しかいないようで注目も致し方ない。
だからと言って何かあるわけでもないので大人しく席へ着こうと歩を進めるとアスランが私へ話しかけようとする初動が見えたので「アスランくん、だったよね」と釘を刺す。
「初めまして、エミリア・ヒューストンです。これからよろしくね。さっきの挨拶とても良かったよ。」
そう続けて話しかける。これは牽制だ。私は貴方とは初めましてなんだぞ、という意味を込めて言う。
なぜそうなったかと言うと試験後、帰宅してから夕食時にアスランへ私が提案したからだ。パトリックにお願いしたように名字を偽って入学すること。そのため例えアカデミーで会ってもアスランとは家族ではなく初対面であること。不用意に話しかけられると親しそうに思われたり以前から友人だったのでは、と疑われてしまうので必要以上には話しかけないでほしいこと。それらの理由もパトリック同様に伝えた。
それらを伝えるとアスランは納得できないが理解は出来る、と言った表情で「絶対に無茶をするな。何かあったらすぐ自分へ知らせること。」という事を条件に渋々承諾してくれたのだ。まぁ早速話かけようとしてきた訳だが。
「…あぁ、こちらこそよろしく。」
牽制に気付いたアスランは簡単な挨拶を交わすとすぐ視線を机に戻した。私も自分の席に着かなくては、と歩き出そうとしたところつい最近聞いた事があるような声が響いた。
「貴様、誰のコネでここへ来た。遊びではないんだぞ。今後怪我したくなければさっさと帰るんだな。」
コネでなかったとしてもまぐれか、などと言う声のした方向を見るとつい昨日私を食堂で助けてくれたイザークではないか。相変わらず口は悪いしまさか真っ先に彼がいちゃもん付けてくるとは思わなかったが…。
それにしても昨日は髪を降ろしていたが今日は縛ったものを上げてバレッタで留めていたいただけだ。それでもこの男は昨日の私だと気付かないのだろうか?興味なさそうにしてたもんなぁ、まぁ興味持たれても困るんだけど。
「遊びだなんて微塵も思ってませんよ。それにこの”赤い制服”はコネや”まぐれ”でもらえるような簡単な物だったかしら。それならそれでこのクラスも貴方も程度が知れるわね。」
「貴様ァ…!」
昨日の礼もまだしていないが相変わらず喧嘩を吹っ掛けてくるので敢えて乗ってみるとわかりやすく怒り出した。何もそんなに怒鳴らなくても。
「…それに本当は貴方にはお礼がしたかったんですがそう見下されてはこちらとしてもショックです。ねぇイザークさん?」
「貴様何故俺の名を…」
イザークが言い終わらぬ内にバレッタなどを外してまとめていた髪を降ろし「これでも思い出しません?忘れん坊さん」というと「お前は昨日のッ!」とやっと思い出してくれたようだ。髪型が変わるだけで忘れてしまうなんてこの人は相当女や他人に興味がないのだろう。昨日の言葉は悪くとも颯爽と助けてくれたイメージとはてんで違う、少しガッカリだ。
「ともかく!貴様がこのクラスでやっていくと言うなら俺に示して見せろ!…貴様もだアスラン・ザラ!」
ビシッ!と音が出そうな勢いで指を指されたアスランは興味なさそうにそうか、とだけ返して視線を前へ戻すものだからイザークが噴火したのは言うまでもない。
ーーー
ほどなくして教室へ入ってきた教官に入学初日は案の定施設の場所やカリキュラムの説明、備品の使用方法やその他規則についての説明を受けて早い時間にその日は解散となった。
翌日は早速1限目からナイフ戦の授業だった。指示された服へ着替えて実習室へ行くと既に何人か集まっていた。足元は室内だというのに敢えて土で舗装してあったりかなり本格的だ。室内を観察している内にその他数名のクラスメイトと教官が入室した。
「整列!!俺はフレッド、お前たちのナイフ戦の科目を担当する。授業中は教官と呼ぶように。まずは入学おめでとう。お前たち特進が纏う赤色に恥じぬよう努めろ。
…では今日はお前たちの今現在、どの程度出来るかを知るために摸擬戦をしてもらう。ナイフは模造品を使うが使い方次第では怪我するから気を抜かぬ事、以上だ。何か質問がある奴はいるか?」
一通り説明を済ませたフレッドに勢いよくはい!と声が上がった、イザークだ。
「対戦相手は決まってますか?もし自由であれば私とはそこのヒューストンと組ませてください!」
「ほう、いいだろう。他の者も自由に組んで構わん。」
「ありがとうございます!」
そう良い返事をすると私を目線で刺し殺す勢いで睨みつけてきた。なるほど、早速私と戦って出鼻を挫くつもりだな。そう感じ取った私はその目線に何も返さず教官の指示を聞いた。
そして始まった摸擬戦。凡そナイフは持ったことがないものが大半でほぼ組手のような形になっていた。何組も摸擬戦をしていき周りのレベルを知る。
(やはりみんな特進に入るだけあって型らしきものがある人もいれば、型などなく自分の長所を生かした攻め方をしている人もいるなぁ。私も男なら良かったのに…。)
なんてみんなの動きを見ながら今更変わるはずもない事実が頭をよぎっていった。そこで教官から呼ばれる。
「次!最後はイザーク・ジュールとエミリア・ヒューストンだ」
「「はい!」」
2人とも前に出る。イザークは何とも余裕そうな表情をしているし横に捌けているアスランは顔こそ真顔だが内心は荒れていることだろう。今まで口喧嘩をしたことはあれど殴り合いなんてもちろんしたことがなかった。アスランは私が本当に勉強だけ頑張って入学した少女だとでも思っているのだろう。
「今の内だぞ、昨日の言葉を撤回するなら。」
ふふん、といった態度で腰に手をついて私を見下すイザーク。
「撤回なんてしませんよ、事実ですし。それに証明すればいいんでしょう?」
そう返せばイザークがキレるのはわかっていたがここまでコケにされては黙っていられない。そう思っている最中、「女の子相手に躍起になるなイザーク、ヒューストンもわざわざ喧嘩を売るんじゃない。」とアスランが口を出してきた。ここでアスランが声を掛ければ更に相手は躍起になってくることなど分かりきっているというのに…。
そう思っているとイザークが「アイツに言われたのは癪だがお前は女だからな、少し手加減してやる」と言われた。どこまでも人を小馬鹿にしてくるな、と思っていると教官から摸擬戦開始を知らせる「はじめ!」という掛け声がかかる。
「……じゃあ本気でもいいよね?」
「は?…」
言い終わるか否か私は素早く近づき足払いでイザークの体制を崩し、更に顎に一発拳を食らわせた衝撃で上がった腕をナイフごと蹴り上げる。その上がった腕を掴み取り、そのまま締め上げながら後ろ手に回して地面へ叩きつけ、首元に自らが持っていたナイフを当てた。
あまりの速さと手慣れた迷いの無い動きにその場の全員が騒然となり固まる。
「……どうします?授業で腕折る訳にもいかないですよね、教官」
その言葉を聞いたフレッドも「やめ。もういいぞヒューストン」と声かけをもらう。正直イザークの攻撃や攻め方、癖なんかを教官は見たかっただろうが真正直に攻撃を受けたくなんか無かったので終わりにしてもらえて良かった。
ふう、と一息ついてイザークの拘束を解く。解かれたことでイザークは起き上がりその場に片膝を肘置きにするように立てて腕を摩った。
あまりのことに本人も呆然としているがエミリアは終わった途端に「もう一度だ!」などと怒鳴られるかと思っていたので静かなイザークを見てもしや、と思い慌てて聞いた。
「大丈夫?一応急所は外したんだけど…あ!顎のやつ効いた?ごめんなさいね?」
立てる?と手を差し伸べると我に返ったイザークがこの数秒黙っていた分まとめて言うかの如く捲くし立てた。
「うるさい!いらん!どけ!」
イザークはエミリアの手を払い退けると教官へ医務室に行ってきます!と元気よく、ともとれる勢いで申し入れ、実習室を出て行った。そこまで見ていたアスランもハッとなった。
(今何が、起こった…?イザークがいくら細身でエミリアを嘗めていたとはいえ、エミリアはいつこれが出来るように…?)
その疑問は最もだ。兄妹となった5歳の時よりそれはそれは仲が良すぎると言っていいほど2人は一緒に過ごしたのだ。その中でこんな技術を習う日は1日として見かけなかったし、かといってZ.A.F.Tへ志願したであろうあの日からやり始めたとしても一朝一夕で出来るようになることでもない。
あまりの出来事に考えこんでしまったが教官の声にハッとなる。
「よし、全員摸擬戦はやったな。今日のを基盤にこれからの個々の特訓メニューや授業内容を組む。そしてこれは全員だが体力は全てにおいて元となる。毎日体力作りやトレーニングは怠らないこと、以上。今日は終わりだ。」
はい、ありがとうございました!とその場にいた全員が声を上げる。そのまま教官が退室するのを確認して各々も実習室から出ていく。
(なんだか拍子抜けしてしまった。イザークが嘗めてたから、ってのはあるけど汗ひとつ掻かずに終わってしまうなんて。)
今までの稽古を思い返し乾いた笑いを浮かべる。そうこうしている内に次の授業が始まってしまうので更衣室へ急いだ。
ーーー
着替え終わり教室へ戻るとまだイザークは戻っていなかったガ数分後には彼も着替えを終えて教室へ戻ってきた、が頬には小さな湿布が貼られていた。
まさか怪我を負わせていたなんて、と思った時には次の授業である情報処理の担当の先生が入室したために授業へ意識を向けることとなった。
難なく授業を終えると席を立たれる前に、と真っ先にイザークの元へと駆け寄った。
「…その、頬ごめんなさい。加減がわからくて…。」
話しかけた姿を見て各々が「あれは本気だったのか?」「加減が、と言っているんだからそうなんじゃないか?」「あのイザーク・ジュールがあっさりやられるなんて…」とひそひそと話していた。
それが聞こえていたイザークももちろん同じことを考えていた。だがもちろん女に心配される、ましてや既に一度敗北していることなど彼のプライドが許さないのだ。
「ふざけるな!女のくせに負けた俺に同情か!?どこまで俺をコケにする気だ!」
「本気でいいかはきちんと聞いたし、女だからと嘗めて加減する、だなんて煽ってきたのはそっちでしょ。あれだけ大口叩いて負けて何逆ギレしてるの、みっともない。」
「何だと貴様ァ!!」
つい正論とは言えエミリアが返した言葉が火に油を注いでしまいイザークは激怒し勢いよく席を立ってエミリアの胸倉を掴んだ。そこまで見ていたアスランが慌てて2人の間に割って入る。
「やめろ2人とも!イザークは悔しいなら次エミリアに勝てばいいだろ!エミリア、お前もわざわざ煽るな!入学早々退学になりたいのか!」
「そうですよイザーク。悔しいのはわかりますがアスランの言う通りです。…それに授業でもないのに女性に手を挙げるのはよくないですよ。」
今までの話を見ていたアスランと緑髪の少年が私たちの一発触発な喧嘩を仲裁してくれた。緑髪の少年は私の胸倉を掴んだイザークの手を軽くポンと乗せるように叩く。
「俺を軽く殴り飛ばしたやつが女の分類に入るか!…というか貴様もだアスラン!お前も俺が倒す!」
フン、と鼻を鳴らしながら啖呵を切って私の胸倉を離したのち腕を組んで仁王立ちするイザーク。
私もアスランに「…ごめんなさい。少し頭にくる物言いだったから。悪かったわね。」と伝えると「いや、わかればいい。…だが今後はわざわざ喧嘩に乗るな、いいな?」と途轍もない圧の含まれた念押しの言葉のにバツが悪そうに「…わかったわよ。」とだけ返事をした。
一悶着が落ち着いたか、というタイミングで褐色肌のガタイの良い少年とオレンジ髪でいかにもお調子者ですといった雰囲気の少年が来た。
「自己紹介まだだよな。俺ディアッカ・エルスマン、ディアッカでいいぜ。お前さっきの摸擬戦凄かったよな!今度教えてくれよ手取り足取り、なんつって。」
そう褐色肌の少年ディアッカは手を差し出しながら茶目っ気ある顔でウィンクして見せた。その横で「俺ラスティ・マッケンジー!よろしくな!」と顔を覗かせている。
ディアッカの発言にエミリアではなくアスランが何を言ってるんだ、と慌てているが私は特に気にせず答える。
「こちらこそよろしく、エミリア・ヒューストンよ。教えるのは良いけど怪我しない保証はないわよ。」
そう手を”強く”握り返すとさもお手上げだ、といった両手を上げるポーズで「師匠は手厳しいな、ガードも堅そうだ。」と飄々と言ってのけた。
それに続いてラスティもいいなぁ、俺も教えてほしー!と少し的外れなことを言いながら頭の後ろに手を組んだ。
「そうだ、僕もしてませんでしたよね自己紹介。僕はニコル・アマルフィです、よろしくお願いしますねエミリアさん」
そうイザークを宥めた優しそうな緑髪の少年が告げ、その手を握り本日2度目の自己紹介を済ませた。
その後数日間、もしくは今後ずっとなのだろうがイザークは事ある毎にエミリアとアスランに勝負を申し込んでくるようになり2人は断る理由もない、と受け続ける事になるのであった。
ーーー
そんな入学式から数週間後の土曜日の夜のある日、エミリアはもう誰に文句を言われるわけでもない、と最早入学してから日課となっているジョギングのためこっそり寮から抜け出し、近くの公園まで来ていた。
ここなら寮からも近いので通いやすいし公園自体が広く整備もしてあってジョギング用のコースもありうってつけだ。一目でこの公園を気に入ってからは用事のない毎週末の夜はここでジョギングをするようになった。
因みに夜なのは朝早起きが得意ではないのと夜の方が夜風が心地よくて走りやすいからだ。
数分走ってから一旦開けた場所まで来たので休憩することにした。手持ちにある飲み物を飲んでいると後ろからふと話かけられる。
「こんばんは。こんな夜中に女性一人でジョギングとは、健康の為かもしれませんが危ないですよ?」
振り返るとそこには全く知らない男性がいた。姿を見るとスーツだったのでたまたま仕事帰りに私を見かけて心配して声を掛けてきたのかもしれない。まぁこちらはわざと出て来ているので失礼ながらお節介でしかないんだが。
「こんばんは。そうですね…昼間は忙しくて出来ませんので…。でももう少ししたら帰りますよ」
「そうですか。では宜しければお待ちしても?貴女のような素敵な方を放っておけませんので。」
「ご心配ありがとうございます。ですが自分の身は自分で守れますので大丈夫ですよ。」
「いやいやそんな。こんな時間ではご家族の方も心配されますしご自宅までお送りしますよ」
根気よく断り続けるも中々折れてはくれない。終いには手首を掴まれここから連れ出そうと引っ張られた。少し痛んだ手首に顔を歪めながらもそういえば前にもこんな事があったような、とどこか抜けたことを考える。
抵抗しようにも一般人のようだし手荒なことは出来ない、そう思いながらも打開案を考えるが浮かばずにこれ以上引っ張られてまいと身を引いて抵抗しているとこちらに向けて後ろから声がかかった。
「俺の連れに何の用だ、その手を放せ。」
声のした方向を見るとそこには少し正装をしたイザークが立っていた。
「何を言ってるんだ、彼女は一人でいたんだから連れも何もないだろう!そういうお前こそ突然出てきて誰なんだ!」
「最高評議会議員エザリア・ジュールの息子、イザーク・ジュールとその連れだと言ってもまだわからんか貴様。とっととその汚い手を離さんか!」
その語気を強めた言葉に男性は舌打ちをして私の腕を振り落とすようにして走り去っていった。自分でもなんとか出来たが助けて貰ったのは事実に変わりないのでお礼を言おうとした瞬間、
「…貴様ッこんな夜中に馬鹿か!お前は確かに強いし自分の身など守れるかもしれんが常識的に考えろ馬鹿者!
それに相手が一人とは限らんのだぞ!こんな夜中にわざわざ寮を抜け出して何をしていた!」
…と続けて捲くし立てられてしまった。そんなに馬鹿馬鹿言わなくても、と思いつつも良くないことをしたという自覚はあったので少し小さな声で、
「…トレーニングの為に少し出てました。そうでもしないと私は女なので貴方達と同じ授業に体力的に差が出てしまうので…。規則を破ってまで出てきてこんな事になってしまっては何も言えないわね、ごめんなさい。」
そう素直に謝るとイザークは黙ってしまった。何かまずい事を言っただろうか。そう考えてみるもどの言葉が彼の癇癪に触れたのかわからない。かなり間が空いてからやっとイザークが喋りだした。
「…お前が努力しているのは知っている。でなければ”赤”を身に着けてはいない。…だがそれとこれとは話が別だ!たまたま俺が通りかかったから良かったものの、何かが起きてからでは遅いんだぞ!」
「そんなに言わなくても…第一ジュールさんだって外に出てるじゃない。」と言い訳をのように口にすると「俺はさっきまで母上に呼び出されていたんだ。もちろん外出の申請も出している。お前と一緒にするな。」と軽く返され、ジョギングの為だけに毎回外出の申請書を書くのを面倒くさがった私はぐうの音も出せず軽く返されてしまった。
「あとそのジュールさんと言うのをやめろ、わざとか。」
「…まぁ私素直じゃないんで。じゃあイザーク君とでも呼べばいい?」
「その君もいらん、わざとか貴様!」
「そういう貴方もでしょ。常々思っていたけどその貴様呼びやめてくれないイザーク。」
「…それより腕を出せ。」
話を逸らされてしまった。私の話を無視してイザークは先ほど男性に引っ張られていた方の腕を掴む。強く握られて痛みに少し顔を歪めながらも自分でもその腕を見ると手首が少し痕になっていた。
それを見るなりイザークはエミリアの腕を引いて歩き出した。急に引っ張るので何事かと「ちょっと!歩けるから離してよ!」と言うも止まらない。
この人は頑固だ。ちょっとやそっと言ったくらいでは聞かない。この数週間で痛いほど実感しているので諦めてついていくと公園の水道まできた。すると徐に自身のポケットチーフを引き出して水で濡らして絞り、私の腕に巻き始めた。
「大した怪我じゃないがよく冷やしておけよ。手首は一度傷めると癖になりやすい。」
まさか普段あれだけ目の敵にしている私を助けただけでなく手当までしてくれるなんて、と思わず呆気に取られてると「聞いているのか!」とまたキレられたものだから「き、聞いてるわよ…」とつい素っ気なく返してしまった。
アカデミーでは張り合ってくるわ怒鳴ってくるわで正直このイザークは本当にあのイザークなのかと疑いたくなるほどだ。…確かにすぐ怒るところは同じだが。
なんともいえない空気に包まれてから切り出すようにイザークが話し出した。
「どうせ方向は同じだ、寮まで送ってやる。」
「え、いいよ!別に遠くもないし一人でも帰れ…『またさっきのような事があっては俺の寝覚めが悪くなる!…さっさと帰るぞ!』
「えっ、待ってよ!言いながら置いていくってどういうことなのよ!」
手当を済ませると送ると言うだけ言って歩き出してしまったので慌てて文句を言いつつも追いかける。結局帰り道もあれこれと文句を言われ続けながら女子寮の前まで送ってもらい、こっそり部屋へ戻るつもりが寮長に見つかりこってり絞られたのだった。
ー第一印象と現実ー