海を仰いで
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翌日、私はすぐさま父パトリックの朝食時間に合わせてダイニングに向かった。
「おはようございます、お父様。昨日の事なのですが…」
「なんだ、手短に言え。」
紅茶を飲みながら一瞬視線を私に向けるもののすぐに手元へ戻される。この人はあまり家族のことに口出しはしない人だがそれでも母のことを少しでも好いてたんだろうと思うとまた悲しみが襲ってくるがそう悠長にしている時間はないので話を続ける。
「はい。昨日言ったように士官学校へ通う前に試験等はありますよね?その試験が行われる最短の日取りを教えてください。あと入学時に私の個人情報などを修正して志願書と出していただきたいのです。」
「まずもちろん試験はある。お前は今まで機械工学も専攻していたようだがそれとは比べ物にならんと思え。日取りはあとで知らせる。それからその個人情報の修正とはどういうことだ?」
「私は養子ですがその存在を公表はしていても今まで表舞台に顔を出したわけではありません。これから士官学校、そしてZ.A.F.Tの一員として戦地へ行くことになる中で万が一私がザラ家の娘だと知られれば人質、または捕虜として捕らえられ、交換条件にされてしまう可能性があるからです。
それとこれは私の個人的なものですが、私が女であること、そしてザラ家の者であることで何かしらの成績等を修めてもコネだとか言われたくありませんので…。」
「なるほど。女だからと嘗められたくない、というわけか。」
静かにティーカップをテーブルへ置くと微かに口角を上げながら分かった、そのように手配しよう。とだけ言って上着を取り、部屋を出て行った。
案外簡単にお父様を説得することが出来た。あんなにあっさりと承諾してくれるとは思わなかった。だが恐らく朝一番に来たことと昨日の私の言葉通りもう二言はない、と言ったことであの人なりに私のことを応援してくれようとしているのかもしれないなと思った。
まだ朝早いので一先ず部屋へ戻ろうかと思ったところへパトリックを玄関まで見送りに行った侍女長がカップなどを下げに戻ってきた。これはいい、と私は早速声を掛けた。
「おはよう、エリザベス。いきなりで申し訳ないんだけど今の学校への転校届けと士官学校の入学試験に間に合うように勉強をしたいから試験科目や範囲を知りたいんだけれど調べてもらってもいいかな?」
「かしこまりました。では分かり次第ご報告にお部屋へ伺わせていただきますね。」
「ありがとう、よろしくね。…あ、あとアスランにはギリギリまで内緒にしておいてほしいの。それからこれから食事は部屋でとるわ。少しでも勉強しなくっちゃ…!」
「そんな…。アスラン様もご心配されますのでお伝えした方がよろしいのでは…?」
「それもそうだけどもう決めたの!それをきっとアスランはやめろ、って口煩く言ってくるはずだから少しでも集中して勉強したいし。落ち込んで熱でもでたーって言っといて。」
「…かしこまりました。」
侍女長へも話を済ませると私は一目散に部屋へ戻る。ここでアスランと出くわすと話がややこしくなるからだ。時間も惜しいので自室のパソコンで情報収集をすることにした。
そうだ。きっとZ.A.F.Tでは戦地へ行くくらいなのだから士官学校では対人訓練などもするだろう。夜は侍女長に怒られるだろうから早朝に走り込みして少しでも体力を戻さねば。
久しぶりに前世のように体が動かせると思うと少しワクワクしたがこれはそういったものの為にやるのではないと思いなおし、私は侍女長の報告まで部屋に籠ったのだった。
ーーー
数時間後、侍女長が凄い量の書類や書物を抱えて部屋へとやってきた。
「遅くなり申し訳ありません。転校手続きは済みました。志願書へのサインと旦那様へ申し上げておりました個人情報の修正箇所の希望と記入をお願いいたします。」
私のデスクの横に必要なものをドンドンと置いていく。志願書や情報の修正の書類はわかるがこの分厚い書物はなんだ?と首をかしげていると、
「…お節介かとは思いましたが試験範囲がわかりましたのでそれに関係する書物を屋敷内からお持ちしました。」
「エ、エリザベスゥ…ありがとう、頑張るね!」
ほろろ、と泣き真似をしてたらそれはいいのでサインしてください、と急かされてしまった。流石だ侍女長、手厳しい。
そうは言っても時間が惜しいのも事実なのでそれぞれの書類にサインや修正を済ませていく。志願書と修正書類を書いている時にふと気づいた。私の今後の”名字”だ。
もちろんザラを名乗ることは出来ない。適当に偽名を使ってもいいがどうする…そこまで考えたがペンをピタリと止める。そうだ、本来の名字でいいじゃないか。
止まっていた手をスラスラと進める。名字の欄にはナターシャとダリルの名字であり、私の本当の名字、『ヒューストン』と記入した。
現住所などもザラ家ではなく、近くに借りる予定のアパートのものを記入した。そこでまたペンが止まった。
(うわ、身元保証人の欄どうしよう!それは流石に考えてなかったし既に死んだ両親の名前を書くことも出来ない。架空の人物では調べられた時に困る…!)
どうしたものかと頭を抱えていると侍女長エリザベスから声がかかった。
「最短の試験実施日ですが2月18日、結果は翌日19日には知らせがくるそうです。…それから身元保証人のお名前ですが旦那様からパトリック様のお名前を書くように、と。以前お嬢様のいらしゃった施設を旦那様が支援する形になりましたのでそれでお名前を使っても不自然ではないだろう、とのことです。」
「試験日早くない!?今日入れてもあと4日しかないじゃん!
…というかお父様いつの間にそんなこと…。私あの施設には1日しかいなかったのに…。」
「旦那様なりの思いやりですよ。」
少し表情を崩して微笑む侍女長に「そうだね、あとでお礼言わなきゃ」と返して残りの必要書類への記入を全て済ませ、その後も食事を挟みながら私は猛勉強に勤しんだ。
ーーー
「なに、今日もエミリアは寝込んでいるのか!?もう3日だぞ、病院へ連れて行った方がいいんじゃないか?」
エミリアが朝のダイニングへ姿を現さなくなって3日が経った、今日は17日だ。もちろんアスランはあの事件翌日の朝から姿が見えないエミリアに気付き侍女長へ聞いたが「熱でお部屋で休まれております。」としか言わなかった。
もちろんエミリアがショックで寝込んだのかもしれない、と最初はそっとしておこうとも思ったのだが自分自身も明日は試験で家を空けるしその数日後には士官学校へ入学し寮での生活となるのだ。
当分会えなくなるのに顔も見れないのでは流石に心配でいてもたってもいられない。
朝からで少し申し訳ない気もするが起こしたとしても今回ばっかりは仕方ない。
朝食を終えてすぐにエミリアの部屋へ向かう。すると部屋の前まで来たところで「なにこれ!?難しいよ~、わけわからん!」などというあまりにも大きすぎる独り言が聞こえてきた。
なんだか別の意味で嫌な予感がする…。
女の子の部屋だとか病人の部屋だとかを一切無視して扉を勢いよく開けるとそこには自らのデスクに座りつつも椅子の背もたれにこれでもか、と体重を乗せて仰け反るように座っていたエミリアと目が合った。
あ、あはは…と乾いた笑いを浮かべているがデスクの上を見るとよりにもよってMSのシステムや構造についてが書かれた書物やノートが散らばっていた。
何でこいつはいつもこうなんだ…、と思わず言い訳を聞く前に頭を抱えてしまう。
ーー
今日もここ数日間のように朝のジョギングと前世で行っていた稽古を済ませていざ試験勉強追い込みだ!となったところで早速躓いた。
なんでこんなに話がややこしいんだガンダムってのは!と言ってやりたいが別段言う相手もいないのでそのまま書物に噛り付く。
そもそも私はオペレーターでも何でも構わないがいざって時に何も出来ず指くわえて帰りを待つなんて出来ない。だったら自分もパイロット志望でいくしかない、という志望動機だがこれが本当に厄介だ。
これまでも工学関係は勉強してきたし、前世の時から勉強は出来ないわけでもないし高校の受験勉強は祖父母の期待に応えたくて死ぬ気で毎日勉強したから詰め込み方や要点の押さえ方は下手ではない。
それどころかこの世界では今までで以上に勉強をしているしコーディネーターとして産まれたことで情報処理能力や判断力、記憶力etc…ようはかなり頭も良くなったのだ!それでもわからないことはある、だなんてこの世界の技術はどこまで進歩しているんだ!そう内心愚痴を零しながらもカリカリとペンを走らせていく。
一先ずわからないところは飛ばそう、躓いたところだけでまとめてキリが良いところまでやったらそこを重点的に調べたり復習しよう。
そう仕切り直し、書物のページを捲る。
するとそこには前頁の応用だったのか、更に難しい公式や数字の羅列や単語がズラズラと並んでいた。思わず椅子に仰け反るように後ろへ両手を伸ばす。
「なにこれ!?難しいよ~、わけわからん!」
最早泣き言であった。そしてその言葉を発した数秒後に部屋の扉が何の声かけもなく勢いよく開かれる。
ーー
「…それで、一応聞くが病気と偽ってまで何をしていたんだエミリア。」
「…まぁもう明日バレる事だったしいいか。アスランの考えてる通りだよ、私もZ.A.F.Tに志願した。だから士官学校の試験の為に勉強してたの。」
「なんでそんなことしたんだ!俺はプラントを守るために、お前や市民を守るために志願したんだ。今までのカレッジとはわけが違うし…」
「わかってるよ、そんなこと。私だってアスランと一緒。大切な人たちを守りたいから、だから指咥えてるだけは御免なの。アスランに止めらるのもわかってたよ。でも私も最初止めたよね?それでも聞かなかったのはそれだけアスランの決意が固いんだな、って思ったの。私も同じことよ。」
「だからってわざわざ前線のパイロット志願じゃなくてもいいだろう!その資料、MSだろう?ということはお前もパイロット科に志願したんだろう?」
「そうだよ、いいじゃない。最前線で私がアスランの背中を守ってあげるよ。」
そう言うとはぁ、お前ってやつは…と溜息をつかれてしまった。まぁその溜息含めてこうしてお叱りを受けるのも想定内だ。
遅かれ早かれバレていたし、むしろ早いうちに済んでよかったかもしれない。なんて思っているとアスランがすぐ真横まで来て覗き込んできた。
「それで、どこがわからないんだ。」
え、と聞き返すと「俺も試験勉強するから少ししか教えてやれないからな」とアスランは赤ペンを手に取る。
「…やっぱアスラン優しいね、許してくれるってわかってたよ。ありがとうね。…それでこことここと、あっ、前のページのこれもなんだけど…」
と照れ隠しも含めて続けて言うと「そんなにか!?お前本当に勉強していたんだろうな!?」と叱られてしまい、そこからはみっちりマンツーマンの家庭教師状態で昼食を持ってきてくれた侍女長が来るまで続いた。
「…とりあえずエミリアが説明さえすればわかってくれる奴でよかったよ。俺も追い込みがあるからあとは一人で頑張れよ。」
「うん、本当にありがとう!アスラン頭いいし教えるの上手いから戦争終わったら先生になるのもいいかもね!」なんて言うと「終わったら、か」なんて言いながらアスランは部屋を出て行った。
さて、私もこの昼食が済んだら残りを頑張らなきゃ!と勉強しながらでも食べやすいようにと侍女長が用意してくれたタマゴサンドを頬張った。この味も好きだなぁ。
ーーー
試験当日は落ち着いて迎えられたと思う。試験と言っても筆記のみで実技がなかったのが良かった。以前は毎日やっていた稽古も今では思い出した時に家族に怪しまれないようにこそっと部屋でやる程度だったので鈍っているからだ。
試験翌日の19日には話していたように試験結果と共に志願書と提出していたサイズを元に制服が届いた。入寮希望も出したので過ごし方やアカデミー内の施設利用について等が書かれているパンフレットも同封されている。
それらの書類と制服の入った大きめの箱を開けると気になる試験結果を見る前に見えてしまった。
赤服だ。
つまり私は受験者の中で10位以内になったのだ。これほどまでに嬉しいことはない。頑張ってこの短い期間に寝る間も惜しんで勉強した甲斐もある。赤服をぎゅっと抱きしめて改めて思い出す。
私が知っているSEEDの世界ではアスランはこの制服ではなく赤い軍服を着ていたはずだ。そこも気になり調べたがこのZ.A.F.Tと言うのは民間組織なので上下関係はほぼない。
指揮官や隊長は存在するがあくまでもこのプラントでの民間からの志願者の組織なので軍ではないからだ。まぁ地球軍と交渉も対立もしているのはこの元自警団であるZ.A.F.TなのでZ.A.F.T軍と一般的に呼ばれてはいるが。
そしてこの赤服。これはその中でも功績を修めたもの、または士官学校、通称アカデミーで好成績を修め、上位10名にのみ配給される物、つまりエリートの証なのだ。
そしてそれはアカデミーもZ.A.F.T軍へ配属になってからも同じだ。この赤い制服のままで卒業できれば晴れて赤服と呼ばれるあの軍服に袖を通せるわけだ。
私の記憶ではアスランは赤服を着ていたのだからアスランやお父様を守るのなら必然的に少しでも近くに居られる赤服でなければならなかった。猛勉強の甲斐あってこの赤い制服が届き胸がいっぱいだ。まずは一番手前の目標がクリアできた。今度は次だ。
もちろんアカデミー内で定期的に試験が行われてクラスメイトは成績が悪くなれば下位クラスへ降格になるし上位へ上がって来る者もいる。その者たちに負けず成績を維持、そして更に10位の中でも更なる上位を目指さなければ!受かっただけで終わりではないのだ、ここでうかうかとなんてしてられない。
決意も新たに改めて今回の試験結果とテストのおさらいをする為書類たちを広げる。
(ふむ、今回私は上位10名の中でも7位だったのか、まぁまぁな成績だな。)
それでも上位者の中では下から数えた方が早いのでこれは気を引き締めなければ、と答案用紙をみながら私は失点した箇所を復習していったのだった。
ーーー
入学式前日。
前日に入寮を済ませ、荷物も最低限のものしか持ち込まなかったので荷解きも早々に済んでしまった。アカデミーといってもZ.A.F.T軍管轄の建物なので軍関係者が多く出入りしているのでとても空気は新学期ウキウキ!といった感じではない。
(あまりうろつくのも良くないが場所は把握しておきたいな…)
そう思った私は小さめのバッグに携帯と財布とこのアカデミーの地図が載っているパンフレットを仕舞い込み部屋を出た。
(まずはこの寮から教室と講堂、それから食堂かな。その後に各自施設を見て回ろう。)
パンフレット片手に歩き始める。入学式前日なので入寮者や人が多いかと思えば殆ど人影を見かけない。こりゃ迷子になったら大変だ、と思いながら明日真っ先に行くことになる講堂を目指す。
ものの数分で講堂には辿り着けた。寮から近いのね、なんて脳内で地図を再構築させながら次の目的地へ向かう。この講堂からは食堂が一番近いようなのでそこへ向かった。
ここへも数分で辿り着けた。食堂はもちろん食事を摂る場所なので講堂のように寮から近いのか、なるほど。講堂は使用用途的に一般の人も来校、利用することが多い筈だ。だからアカデミーの入り口に近かったのだな。そして寮の立地も然りだ。出入りが多い為だろう。
なので必然的に寮・講堂・食堂は近かったんだな、と理解しまた脳内の地図へそれぞれの場所をインプットしていく。
そう思いながら簡単に食堂内も見て回る。人は疎らだが私よりも明らかに年上の軍服を身に着けている方ばかりなので恐らくアカデミー生ではなくZ.A.F.T軍所属の方々なのだろう。
しかし朝から荷物の搬入と荷解き、そして構内散策でもうじき夕方になる。日も暮れてきて流石に喉が渇いた。手短な空いた席で少し休憩させてもらおう。
そう思ってサーバーから水を汲んで座る。ゴクリと水を一口飲みこんだあと、またパンフレットを開きながら場所を確認した。
(そうか、教室と寮は最早別棟なんだな。こりゃ朝寝坊したら大変だ、距離があるぞ)
なんてもう朝の時間がいかにギリギリまで寝ていられるかを窓から入る夕日を浴びながら考えていると横から声を掛けられた。
「お嬢さんどうしたんだい、パンフレット見て。誰か家族に会いにでも来たのかい?案内しようか?」
先ほど視界に入れた軍服とは違い緑の制服を身に着けた学生が声を掛けてきた。因みに今の服装は搬入や荷解きがしやすいように、と軽装の私服で、首からGESTのストラップをかけていた。
つまりこの人は私がここの学生とは思わずに面会で会いに来たが場所がわからず途方に暮れた少女だと思ったのだろう。歳がいくつかは存じ上げないが”お嬢さん”と呼ばれるような歳でも中身でもない。
少しむっとしつつも好意を無碍にも出来ないので無難に答える。
「お気遣いありがとうございます。初めてここへ来たものですからあまりの広さに少し疲れてしまっただけですよ。もう帰るところですから大丈夫です、ありがとうございます。」
「そうだったのか!じゃあ入り口の門のところまで連れて行ってあげるよ。可憐な君をそのまま放ってはおけないからね。」
「いえ、ご足労おかけしてはご迷惑になります。パンフレットもありますし来た道を戻るだけですので。」
そう丁寧に、それでいてハッキリと何度も断るが彼は中々どうにも引き下がらない。終いには私の手首を掴んで「じゃあ施設を案内してあげよう!」と無理やり引っ張ったのだ。
(この野郎、黙ってしおらしくしていれば…!)
そう思いながらも引っ張り上げられ思わず席を立ったその時。
「おい、貴様にはその人がアカデミーに観光でもしに来たと思っているのか。」
聞き慣れない声に私も男子学生も振り返るとそこにはシルバーブルーの綺麗に切り揃えられた髪にキリっとした瞳をした赤い制服を纏った少年がいた。
(赤い制服…)
そう思う最中男子学生は食って掛かる。
「何だお前、知り合いでも何でもないなら何処か行ってろ!赤着てるからって調子に乗るなよ!」
「フン、下らんな。赤も着れない奴がこの俺に調子に乗るな、等そのままそっくり返してやる。」
「な、なんだと…!」
(助けてくれるならまだしもこの人火に油注いでるー!!)
そう思いつつも男子学生はあろうことかその赤服の学生に殴り掛かった。
咄嗟に危ないと目を瞑った瞬間、ダンッと大きな音がして急いで目を開いてみるとそこには殴り掛かった男子学生が先ほどまで座っていた机に上半身を押さえつけられていた。
「イッ…!」
「この程度か、つまらんな。だから緑なんだ。出直してこい。」
そう吐き捨てると乱暴に男子学生を放り投げる。
少しふらつきながらもこちらを睨みながらその学生は食堂を出て行った。
呆けていたがハッとなりお礼を言う。
「とても助かりました。ありがとうございます。」
「…別に大したことはしていません。貴女こそその恰好でここをうろつくのは止めた方がいい。」
そう言われ改めて自分の恰好を見るがそんなに不用心な格好だっただろうか?と思いつつも現に変な輩に絡まれたのだから何も言えない。「そうですね、失礼しました。気を付けます。」と返す。
「…それで貴女はこれから帰られるんですか?」
「そうですね、もう用事も終わりましたので。」
本当は教室や施設の場所を把握しておきたかったが仕方ない。この「もちろん帰るよな?」という雰囲気には勝てないし別段場所は今すぐ知らなければならないわけでもない。
「そうですか。ではお気をつけて。」
特に興味もなさそうに立ち去ろうとするその人の袖をはしっと掴みとる。何事かと振り向いた彼に問う。
「あの、よければお名前お聞きしても?」
「…名乗るようなものではありませんし今後お会いすることもないと思いますので。」
では、と去ろうとするその人の袖を離さずにもう一度聞く。
「いえ、きっとまたお会いできます。その時はぜひお礼させてください。」
これは名前を告げないと離さないな、と察したのか小さく溜息を吐く。
「イザークだ。どうだ、満足したか?」
「はい、イザークさんですね。ありがとうございました、またどこかで。」
パッと袖を離すと参ったような顔でイザークさんは食堂を後にした。
中々優しい人がいるじゃないか、少し、いやかなり不愛想だが。
そう思いながら私もいつまでもここにいたらまた絡まれる、と早々に寮へと戻っていった。
あの人は既に制服を着ていたが在校生だろうか?それならばまだ構内で会えるかもしれないな、なんて思いながらこの部屋で初めて眠りについた。
ー二等星で一番星ー