海を仰いで
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まだ起きて数分しか経っていない頭で一先ず体を起こす。
先ほどから下の階から朝とは思えないほど快活な声でおじいちゃんが飯食っていけー!と言っているが残念ながら数日がかりで慣らしたとはいえ日々部屋に引き籠ってルーズな朝を迎えていた私にはまだ早すぎる時間で、やっとの事で起き上がりまだ下ろしたてでパリッとした服に身を包んでいく。
本日すでに何度目かの起きたかー!と叫ぶ声の主に「今行くってばー」と起き抜け初めての声を上げる。
「なんかなぁ…シャキッとしないとまた怒鳴られそう。登校初日でナイーブな年頃の女の子の気持ちなんて1mmも理解出来なさそうな人だもんなぁ…」
朝から声を上げた主の事を思いながらため息を漏らす。
けれども口が上手くないあの人なりの気遣いだったのだろうと思いなおし早々に着替えを終えて下の階へ下る。
リビングを横切り、洗面所へ向かう途中で横から「おはよう。早くしないとご飯があの人のお腹に吸い込まれちゃうわよ~」と別段困ってなさそうな声色でおばあちゃんに言われる。
「わかってるー」とだけ言って顔を洗い、歯を磨き始める。
鏡に映る自分を見て(うわぁ、今日の寝癖もすごいなぁ…)なんて他人事のように認識しながら歯磨きを終え、髪も梳いていく。
記念すべき日だが手の込んだ髪型にするか、いやでも1人だけ気合の入った髪型で浮きたくもないな、などと独りごちていつも通りの無難なストレートヘアにする。いたって普通の黒髪だ、浮くこともないだろう。
もう一度全身を鏡で確認し一周回ってみて問題がない事を確認し、軽く手を洗ってダイニングへと向かう。
部屋へ入ると新聞をテーブルの空いたスペースへ広げて目線だけ誌面へ向けて食事をするおじいちゃんと、丁度タイミングみてよそったご飯とお味噌汁の器を持ったおばあちゃんが勢揃いしていた。
「ん、おはよう。おばあちゃんありがとね、今日入学式だけで終わるの早いからお夕飯の買い出し手伝うよ。」
「おはよう。あらそう、それは助かるわぁ。」と今日は牛乳が安いけど重くなるから悩んでいたのよ、と告げられる。
「うんいいよ、重いの持つ。それくらいしかできないしね。」なんて返すとそんなことないわよというおばあちゃんの言葉に被せて「俺が教えてるんだから身体は丈夫に決まってるだろう!」と焼き魚を解しながらおじいちゃんが口を出す。
「…そだね、おかげ様で風邪知らずだよ、ありがとね」と食卓に着き手を合わせながら言う。
「本当に最初は止めたのだけど、小さな頃から空ちゃんはこういうところだけおじいちゃんに似て頑固だから…」と当時の私の事を思い出しながら語るおばあちゃんを他所に「いいじゃないか、かっこいいだろう!」と頬を白米で詰め込みながら世辞にも行儀が良いとは言えない無作法な態度で自らの事のように語るおじいちゃんに私は乾いた笑いしかおきない。
天気予報や最近のニュースの話をしながら食事を済ませ、食器をシンクへと下げ水に漬ける。おじいちゃんは既に食べ終わり毎朝の日課となっているジョギングに出かけたようだ。我が祖父ながら本当に年を感じられないほど元気な人だなぁ、と考えながら再度リビングを横切り奥の和室に入る。
「…おはようございます、お父さんお母さんお兄ちゃん。今日はとうとう高校の入学式だよ。2年間もごめんなさい。でも頑張るからこれからも見守っててね。それじゃあ行ってきます。」
両親と兄への写真に手を合わせながら目を閉じて挨拶を済ませる。
所謂仏間なので物々しい雰囲気がしてこういった類いの雰囲気や話はフィクションであっても得意ではないがそれでも亡き両親と兄への挨拶を忘れた日などなかった。
あの時は毎日が悲しくて悲しくて仕方がなかったなぁ、と思いながらも一呼吸おいてからスクールバッグを手に取り部屋を後にする。
玄関に着くとこれまた真新しい革靴が置いてあるのでそれに足を入れる。数ヶ月も前からおばあちゃんが喜び勇んで買いに行った靴はピッタリと馴染んだ。
玄関口から恐らく今朝の食器を洗っているであろうおばあちゃんへ「いってきまーす」と声をかけて玄関と外の門から出て扉を閉じたところで「気を付けて行ってこい。」と急に声を掛けられた。
「ちょ、ビックリするでしょおじいちゃん!いるならいるっていってよ!」
「どちらにしても驚くだろうが。…初日だろ、気ぃ張ってると思ってだな…」
「あーそうだね、ありがとう。もちろん帰り道も含めて気を付けるよ」
「…変な人に声かけられても不用意に技をかけるなよ、警察署で会うのは御免だからな。」
「そっち!?孫の事心配したんじゃないの!?もー、いってきます!」
わざわざジョギングへ出たと思っていたおじいちゃんが門の前で待って声を掛けてきたので何か気の利いたことを言いたかったんだろうが、如何せん先ほども思ったがそんなことを言える口は付いていないのである。
口下手だけれどもそんなところも素敵なのよ、とおばあちゃんは言っていたが私が結婚するなら出来ればご遠慮したい部類に入る、が友達にはほしい。これぐらい気さくな人が友達になってくれるといいな、等と思い歩き出す。
先ほど仏壇に挨拶をしていた通り私には両親と兄がいたが既に亡くなっている。私は6歳の時におじいちゃんの下で総合格闘技を習っていた。初めは兄である陸お兄ちゃんがやってる様を見て私も見様見真似で始めたのだが、これが思いの外楽しくて毎週通うほどになった。それを見たおばあちゃんは言っていたように心配していたが私が楽しそうにしていたので良かったそうだ。
その日もいつものようにおじいちゃんの道場で習い、おばあちゃんに「はい、空ちゃん。お母さんと陸くんには内緒ね。」とアイスを貰って口内を冷やしながら両親の迎えを待った。いつものように両親が迎えに来て道を歩いて他愛のない話をしてお夕飯の買い出しがしたいという母に連れられ商店街に差し掛かったところでその事件は起きた。
突然後方から男女の叫び声が聞こえたのである。何事かと私と両親が辺りを見回すと血に濡れた包丁を振り回す男がそこにいた。両親が一瞬で事態を察し逃げようと私の手を引くが私は足が動かない。
もちろんドラマや映画もこんな光景を見たことがなかった。声も掠れて動けずにいる私を見て母が私を抱えて駆けだした。既に数歩前で父がこちらを呼んでいたがその声もこの騒ぎで上手く聞き取ることは出来ない。
犯人の男は数秒遅れた私たち家族を見逃さずあろうことか追ってきた。両親は走るが私を抱えた母はもちろん足が速いわけでもなくすぐに追いつかれてしまった。振りかざされた包丁に私が目を瞑ったその瞬間、痛みも衝撃もなかったが母とは別の女性の甲高い叫び声が響いた。
恐る恐る目を開くとそこには私と母を庇った父が男に腹部を刺されている光景だった。私も母もその場で思わず固まり、母がやっとの事で「あなた…!」と声を漏らすが「は、やく…逃げ、ろ…」と絶え絶えの声で告げた。
その後も男を何とか抑えようとする父に容赦なく包丁を刺していく男に私はやっと「やめて!お父さんしんじゃう!やめてよぉ!!」と言うも全く意味はなく、それどころかこと切れた父を放り出し、再度私と母に向かってきたのだ。
母は何度も助けてください!と言いながら走るがこの男を抑える勇気などこの緊迫した状況であるのだろうか、と思うほどその場は阿鼻叫喚としていた。
先ほどから走っている母は唐突に私を降ろして「走れるわね!とにかく走って!おじいちゃん家まで行くのよ!いいわね!?」と口早に言い背を押しだされた。
「でも、お母さん!お母さんも一緒に行こうよ!しんじゃうよ!お父さんも助けなきゃ…!」
「いいから!!お願いだから言うこと聞いて!」と切迫した顔で告げられ走るしかなかった。そうだ、おじいちゃんへ助けを求めればあの男を倒せるかもしれない、おじいちゃんは武道の達人だ。いろんなものに精通していてそんな強くかっこいい、それでいてその強さをひけらかさない祖父に私も兄も憧れたのだ。
泣きじゃくりながら走っていく後方で悲鳴が聞こえた。聞き覚えのある声に思わず振り向くと母が男に髪を鷲掴みにされていたのである。
必死にその手から逃れようとする母と目が合い、思わず叫ぼうとした時に「好きよ、空!お兄ちゃんと元気にね…」と告げられたその瞬間、母の背中を男が斬りつけた。
「お母さん!!!」
私は堪らなくなって叫び走り寄ろうとしたところに逃げていた男性の一人が犯人に飛び掛かった。それを合図に複数の男性たちが取り押さえるために犯人に走り寄っていく。私も母のもとへ向かおうとしたが近くに居た女の人に「危ないわ!」と抱え込まれる。
「でも、お母さんとお父さんがぁ!!死んじゃうよぉ!!」
「大丈夫よ、警察も救急車も呼んだから!だから!ここで貴女まで傷ついたらお父さんとお母さんが悲しむでしょ!きっと大丈夫だからね!」と私へ必死に言い聞かせながら女性はどんどん現場を離れていった。
その後、犯人はそのまま現行犯で取り押さえられ、逮捕された。精神的に疲れていたとされた犯人の無差別殺人だった。
両親以外にも斬られた者はいたが運の悪いことに死者として数時間後に名前が挙がったのは両親のみだった。数回にわたって斬りつけられたことによる出血死だった。
それから警察署で保護された私が祖父母と兄に会ったのは更に数時間後であったが直感的に両親が助からないと感じていた。
遺体が安置されている部屋へ祖父母と兄に連れられて入った瞬間におばあちゃんはその場に泣き崩れ、兄は走り寄り顔布を取り払った。
恐ろしいほどに白くなった両親の顔を確認した途端に兄もその場で声をあげて泣いた。おじいちゃんはただ黙って私を抱きしめていた。その手は震えていた。
そんな事件後、葬儀も終えて私と兄はそのまま祖父母の家にお世話になることになった。両親がいないことを感じさせないようにとする祖父母の言動を察していた兄は今まで以上に私に優しく、そして構うようになった。
現場にいなかった事で守れなかったと思っているのだろうと幼いながらに思い、出来る限り今までのように振舞うようにした。
その数年後の私が中学1年生のある日、またも悪夢が起きた。今度はあの兄が交通事故で死んだのである。
道路に飛び出した猫を追って走っていった女の子を助けようとして轢かれたのだ。正義感の強い兄らしいと思う。
その少女は助かったがそのまま兄は帰らぬ人となってしまったのだ。人生で二度目の遺体安置地所に足を踏み入れて兄の姿を確認した。両親や祖父母に負けず劣らず妹の私に甘かった兄がそこにあった。
おばあちゃんは「なんで、この子まで…」とおじいちゃんに泣きつき、私も「何で死んじゃうのよ、お兄ちゃん。もう一緒にアイスも食べられないじゃない…」と涙を零した。
その日から私は部屋に引き籠った。とてもじゃないが両親に続いて兄まで亡くし、元気に登校することなど出来なかったのである。
毎日のように枕を涙で濡らしては咽び泣く日々が続いたそんなある日、部屋に籠って一向に顔を出さない私の部屋におじいちゃんが読んで字のごとく飛び込んできたのだ。
「いつまで泣いてるんだ!泣いてお前の父さん母さん、陸は帰ってくるのか!?違うだろう!?何のために父さんや母さんがお前を逃がした!最後に母さんが言った言葉を忘れたのか!?今のお前の姿で両親と陸に会えるのか!?」
おじいちゃんは私の部屋へ入るなり怒鳴り込んできた。数秒遅れておばあちゃんがいけませんよ、と止めに入るが聞く耳を持たない、と言った様子で私が丸くなっていた布団を剥ぎ取った。
「…でもそんなこと言ってもいないんだもん、守れなかったんだもん、仕方ないだなんて割り切れないよ!なんで私の家族はみんな死んじゃうのよ…!」
「お前に守れだなんて誰が言った!親はな、子供を守るためにいるんだよ!子供の未来の為にその子の為に何でもするんだ!守って今生きているお前がそんなことでどうする!」
「でも…」
「お前の今の姿を見せたら父さん母さん陸は悲しむだろう。でも励ましてやることも傍にいてやることも出来ないんだ。今どれだけ三人がお前の事を心配しても、もういないんだ。それを受け止めて生きていくしかないんだよ。今生きてる者が死んだ者たちの代わりに出来ることは泣いてこうして引き籠る事じゃない、生きる事なんだよ」
「…おじいちゃん…うぁぁぁ!!!ご、ごめんなざいぃ」
「今は泣いていいから、明日からでいいから、生きてくれ。さっきは三人と言ったが俺とばあちゃんもお前が心配なんだよ。」
「…うん、うん…、ごめんね、ごめんなさい」
「…ひとつ新しく教えてやろう。こういう時はごめんなさいじゃない、ありがとう、だ。」
「…うん、ありがとうおじいちゃん、おばあちゃん。…寂しくてまた泣いちゃうかもしれないけど、私頑張るから…!」
「寂しくなんかさせん。じいちゃんとばあちゃんがいるんだからな。」
……なんてことがあって塞ぎこんでたんだけど一年位でなんとか立ち直ることが出来た、のまではよかったのだが、まぁ本文といえばそうなんだけど一年も不登校で学校に復学するのがちょっと尻込みしてしまい、
正直先生や友達に腫物のように扱われるのも嫌だし、と引き籠りから不登校にジョブチェンジしたが、そこで驚いたのがおじいちゃんにはてっきり「学校へ行けー!!」と言われるかと思ったら「行きたくないなら行かんでいい。家でも勉強は出来るからな。」とさしも気にしていないといった様子で言われて拍子抜けしたものだ。
だがおばあちゃんが「中学までは義務教育だけど高校は違うのよ?それに今のご時世大卒どころか高卒もしてないと就職も難しいのよ?」とおじいちゃんの少し無責任ともとれる発言に物申すと「そ、そうか、じゃあ高校は卒業しろ!」とすんなり意見を変えたが、
おばあちゃんが中学校も卒業してほしいけど無理はしなくていいのよなんて言われ、その言葉に甘えて私は中学はほとんど通わなかったが高校は受験し、そして見事合格してこうして今日入学式を迎えるわけだ。
「はぁ…友達できるかなぁ…いきなりいじめられることもないと思うけど流石に学校自体が久しぶりすぎて心配だわ…」
…と愚痴交じりに大きな独り言を漏らす。そんなことを考えながら歩いていたがもう間もなく駅に着く。
新たに買った定期を上着のポケットから取り出し改札にかざして通過する。行き先を確認してホームの色の着いたライン内側に並び電車を待つ。
中学の子に会うと気まずいので少し遠くの学校を受験したために電車通学になってしまったがこれはこれで新鮮で良いかな、なんて思う。
そういえば高校受験は本当に大変だった。そもそも引き籠りになって中学の勉強すら疎かになっていた私にいきなり高校受験はどう考えても受かるわけがない!と早々に気付いた私は独学ではあるが教科書とノートとワークブックを開き、
それこそ親の敵と言っても過言ではないほど机に噛り付き、なんとか受験に間に合わせたのだ。正直受かったのは奇跡だと思ったが運も実力の内だ!とおじいちゃんに言われて笑いながら頷いたのだった。
その合間におばあちゃんがたまにお菓子や少しテレビでも見て休憩しましょ、と来てくれたのも嬉しかった。その時にたまたま兄が録画してまで見ていたアニメのディスクが出てきてそれを祖父母と見たりもした。
時折「俺の時代に放送されていたガンダムもかっこよかったぞ!」だなんて誰に向けてかわからない維持を張ってきて笑ったものだ。
「あの主人公たち大変だよね、突然あんな戦争に巻き込まれて友人同士なのに殺しあわなきゃいけないなんて…」と考えながらも命とは、生きる事とは、と考えさせられるとても良いアニメだった。
正直ロボットアニメに興味なんてなかったんだけどあれはお兄ちゃんがハマるのもわかる、と1人頷く。
そうこうしてるうちに時間が進むにつれて徐々にホームに人が増えてきた。私と同じように真新しい制服を纏った男子学生の2人が仲良さそうに小突きあいながら私の後ろに並ぶ。
主人公の男たちにもこのように仲良く通学していた時期があったんだろうなぁ、とどこか遠くのことのように思い、その男子学生から目を反らす。すると丁度ホームにアナウンスが響き渡る。
「まもなく2番線に〇〇行きの電車が参ります。ホームの内側まで下がってお待ちください。」
ようやく来たか、と思い前を見てるとすぐに右手から電車が駅へ入ってくるのが見えたその瞬間、背中に物凄い衝撃を受けた。
何事かと振り向きたかったが思わぬ事で体がバランスを崩してしまった。
気付くと身体は宙に浮き、反対側のホームにいる人たちの顔が良く見えたが揃いもそろって顔色を悪くさせていた。
私の後ろからも悲鳴と先ほどの男子学生達の声がする。恐らく彼らが私にぶつかったのだろう。
ほんの1秒ほどの出来事が何分にも感じられた。横から電車が来る、何とかして避けなければ、と考えている間に先ほどの衝撃とは比べ物にならない痛みが体を襲った。あ、死んだな、と悟った。
おばあちゃんに買い物付き合うとか、おじいちゃんに気を付けるね、だなんて言ったのにその日の内に約束を破ってしまった…親不孝ならぬ祖父母不幸な孫だな、なんて考えている内に意識が途切れた。
ーーー
ふと気付くと真っ白な世界にいた。
(眩し…!)
そう思った後、誰かに抱かれるような感覚になった。
(なんだろう、包み込まれるような…温かいな…)
などと考えながらもそのまままた意識は落ちていった。
……数分後か数時間後かわからないが意識が再度浮上した。まだはっきりしない中、ぼんやりとする目を必死に開き凝らしてゆくと金髪の美しい女性が私を覗き込むようにしていた。
(えっ、誰、というかこの人に私抱っこされてる!?)
と思った瞬間自分の声が言葉とならず、かわりに赤子特有の「おぎゃあ」という泣き声が響き渡った。
「あ!起きたわ!赤ちゃんはよく泣くものだと聞いていたのに殆ど泣かずに眠ってしまったから心配してたけど大丈夫みたいね」
「心配いらないよナターシャ、よく言うじゃないか、寝る子は育つってね!」
「そうねダリル。ほーらエミリア、お母さんよ~」
「お父さんもいるぞ~」
…何やら物凄い勘違いをされているのでは!?私は何故この金髪美女に抱き抱えられているのかはわからないが私の両親はこんな人たちではない!、と思わず暴れた際、ふと自分の手が視界に入った。
ふくふくとして真ん丸で小さな握りこぶしだ。…違うそうじゃない、何故私の手がこんな事になっているんだ!?頭は混乱するばかりだし気付けば先ほどから聞こえる赤ちゃんの泣き声も私からするではないか。
「あらあらどうしたの~怖い夢でも見たのかしら」と私をあやす金髪美女が抱えたまま立ち上がる。よしよし、と言いながら私の背をリズミカルに軽く叩きながらゆらゆらと揺れる。
何がなんやら、と考えていると壁面に飾ってあった鏡に映った赤ちゃんと目が合った。金髪美女が揺れ動く度に私も鏡の中の赤ちゃんも揺れ動く。
まさかまさか、と在り得ないことだと思いつつも一つの仮説に行き着く。
「エミリア、今日からこの人と私が貴女のパパとママよ~」
そうだ、認めたくはないがもうこれはそうとしかいいようがない。
私は赤ちゃんになってしまったのだ…
ー新しい日を二度迎えるー